扉の行方
ジョーンズは、アニスのそばに立つ男を見て、あっと声を上げた。
彼は、タンジーの兄だ。
ノアの姿を見て、ジョーンズは頭を押さえた。
彼は命を狙われていて鍵となり、自分が飲み込んだ。その彼が目の前に立っている。
「なんてことだ…」
魔法使いフェンネルが呟いた。
立ち上がったノアは真っ青で、あたりを見渡している。
瞬時に顔色が変わり、状況を把握したようだった。
フェンネルは、タンジーの身動きが取れないうちに、瞬間移動してノアの手をつかんだ。
ジョーンズは痛みで顔を歪めた。自分のお腹を見ると大きな傷を覆っていて、血が流れていた。
タンジーだ。
彼女がやった事を思い出した。しかし、彼女はもういない。黒い魔女となった。
ふいに、柔らかな手が自分の手を包み込んだ。どきりとして横を向くと、アニスが手を握っていた。
「傷が痛いのね」
温かいまなざしがジョーンズを見つめていた。
深い緑の澄んだ瞳を見て、初めて会った時のことを思い出す。
「アニス、タンジーはもういないんだね」
「ええ」
アニスの唇が震えていた。
「今は、兄上を助けなきゃ」
アニスの言葉が引っかかる。ノアの兄はタンジーだったはずだ。しかし、今はそれどころではなかった。
タンジーは顔を真っ赤にさせて、自分に巻き付いた蔓を火で燃やし、自由になると、両手を大きく広げてフェンネルを大きく投げ飛ばした。ノアの体を宙に浮かせる。
「ノアっ」
アニスが悲鳴を上げる。
タンジーは、ノアを自分に引き寄せると、鋭い爪を首筋に押し当てた。逆の手で、扉を再生し始める。
背後でフェンネルが立ち上がり、剣をつかんだ。後ろから襲いかかろうとした時、振り向いたタンジーの額の目がかっと開いた。
邪眼が開き、フェンネルは目を見まいと顔を逸らした。しかし、足元をすくわれて剣を奪われる。
タンジーは奪った剣を振り下ろした。フェンネルはそれをかばおうと手を上げた。
「お師匠さまっ」
アニスが、タンジーの動きを左手で制止した。
「バーチ」
バーチには、邪眼を封じる力があった。数本のバーチをタンジーに向けると、先のとがった鋭い剣に代わったバーチが襲いかかった。
タンジーの邪眼は封じられ、彼女の手足に数本刺さる。
タンジーは、悲鳴を上げた。
アニスは叫んだ。
「金星のハーブ、バーチよ、お師匠さまを守って」
大きなカバノキが現れ、魔法使いのほうきへ変化する。ほうきはフェンネルを乗せて飛び立った。
ジョーンズは、自分には何もできずただ見ているしかできなかった。
みんなが大変な目にあっているのに、自分は何もできない。
その時、アニスがほうきにまたがり、タンジーの方へと飛んでいく。
「アニスっ」
ジョーンズが叫んだが、その声は届かなかった。
アニスは、タンジーの前に飛び降りた。
「兄を離して」
タンジーの爪は、兄の首に食い込んでいる。
あの時と同じだ。
ジョーンズが殺されそうになった時、自分は何をしていたか。
ただ、ジョーンズが殺されるのを見ていることしかできず、フェンネルに助けを求めたのだ。
その結果がこれだ。
アニスは、身構えた。
「あなたの自由にさせない」
アニスは、ポケットから残りのミモザの花を取りだした。
「土星のハーブ、ミモザ、浄化の力で魔女を取り押さえなさい」
「アニスっ」
フェンネルの叫ぶ声がしたが、構わなかった。
アニスは、タンジーに向かってミモザを投げつけた。タンジーが苦痛に顔を歪ませる。
ノアの首を離した瞬間に、ノアに抱きついた。
アニスは、ノアに何度も呼びかけた。
「ノアッ」
ノアの目が開く。
「アニス…」
「兄上っ」
「元の姿に戻ったんだね…」
ノアの声はかすれていた。疲れているようだった。
「兄上、一緒にアレイスターへ行きましょう。あそこなら安全よ」
「そうだな」
ノアがほほ笑む。
「ローズに会いたいよ」
「わたしもよ」
ノアは、手を伸ばしてアニスの頬を撫でた。
「逃げるんだ、アニス」
「嫌よ」
アニスはきっぱりと言った。
「兄上は渡さない」
背後でタンジーの気配がする。
アニスは、ノアをかばうので精いっぱいだった。
「お師匠さま、兄上をっ」
頼もうとした時、二人の体を何かが貫いた。
ずるりと剣が引き抜かれる。
時間が制止したような一瞬だった。
「よせっ」
ジョーンズの叫ぶ声が聞こえた気がした。
アニスとノアは互いの目を見つめた。
ノアは悲しげな顔をしていた。
「アニス、後は頼んだよ」
呟いて目を閉じる。
「兄上…」
がくっとアニスの肩に顔を乗せるノアを強く抱き寄せた。
「アニスっ」
背後からジョーンズが走ってこちらに向かっている。アニスは力を振り絞った。
「平気だから…」
笑ったアニスは、ノアとともに頭を垂れて意識を失った。
「アニスっ」
ジョーンズは二人に駆け寄った。
「アニス、アニスっ」
呼びかけたが声は届かない。
そばではタンジーが二人を貫いた剣を舐めて笑っている。
ジョーンズは怒りで我を忘れた。
二人をそっと下ろし、立ち上がるとタンジーへとつかみかかった。
タンジーは手を振り上げて、簡単にジョーンズの体を吹き飛ばした。
背中を打ちつけたジョーンズはすぐに立ち上がった。背中が破けて血が出たが、構わずタンジーへと立ち向かう。
「気が狂ったか」
ジョーンズは、そばに落ちていた剣を手に持った。手に力がこもる。
何があっても許さないつもりだった。
剣に集中して、呼吸を落ち着かせる。
タンジーの体は隙だらけだ。
ジョーンズは魔女に向かって剣を振り上げた。タンジーが魔法を使う前に、右腕を切りつけた。タンジーは顔を歪めただけだったが、かろうじて立っている。
タンジーも何もしなかったわけではなかった。
ジョーンズの右太ももに黒い焦げあとがあった。強い痛みを感じたが、アニスの痛みに比べればなんでもない。
ジョーンズは、再び剣を振り上げてタンジーの脇腹をかすった。タンジーの目がかっと見開く。攻撃を受けたが、ジョーンズは剣で跳ね返した。
「くそっ、くそっ」
タンジーがわめいた。
ジョーンズは力が溢れてくるのを感じていた。その時、フェンネルが叫んだ。
「ジョーンズ、魔女にとどめを刺せっ」
ジョーンズは剣を構えた。タンジーの胸に突き刺そうとした。しかし、タンジーの動きは素早く、タンジーが放った炎に腕を焼かれた。
「うっ」
ジョーンズは剣を取り落とした。切られると思ったが、タンジーは扉の前に立っていた。
いつの間にかノアの姿がなくなっていた。
タンジーの姿が、メランポードへと変化した。その手には、銀の鍵が握られている。
フェンネルが呟いた。
「扉が開く」
「え?」
ジョーンズはケガした腕を支えて、膝立ちでフェンネルを見上げた。
「ノアが死んだんだ」
フェンネルが小さく言った。




