青の魔術師
「東に向かう途中でこの宿に立ち寄ったのだが、まさか、お前と再会できるなんて、夢にも思わなかったよ、タンジー」
何を言っているのか理解できなかったが、彼が、タンジーの兄であることは分かった。
魔術師は、綺麗な二重瞼の目をしたハンサムな青年だった。
「まあ、僕のことは後にして、まずは火事をなんとかしよう」
フランキンが宿に魔法円を組んでいる間、シスルが戻って来た。球根を持っている。
「タンジー、球根を抜いて来たわ」
「ありがとう」
タンジーは受け取って左手に持って呪文を唱えた。
「ダッフォディル、ダッフォディル、豊穣の力を貸しておくれ」
ぱっと球根が粉になる。タンジーは膝をついた。
雨雲を思い描き、北へ向かって粉を吹く。次に、南、東、西と同じことを繰り返した。
「お願い、雨よ、降って」
青年はタンジーを見守っていた。
頬を生温かい風が撫でる。雨粒がぽつっと青年の頬に落ちた。
彼は空を見上げた。真っ黒の雲が空を覆っている。
青年は、シトリンのはまった杖を持ち上げた。
「風の魔法よ、僕の声を聞いてくれ」
トンと大地を軽く叩く。シトリンが光った。もう一度、青年が叩くと、シトリンがさらにまばゆく輝いた。
「風よ、彼女の声を聞け」
タンジーは、左手に力が集まるのを感じた。タンジーは両手を合わせて祈りを込めた。
「ダッフォディル、ダッフォディル、豊穣の力、強く雨を降らせて」
風が吹き、雨が降り出した。
みるみるうちに森が鎮火していく。青年の杖は光り輝いたまま、タンジーたちを雨から守ってくれた。
タンジーは、振り向いて彼を見つめた。
青年は、悲しげな目でこちらを見つめ続けていた。
雨は長いこと降り続いた。森のざわめきが収まり、動物たちがゆっくりと森へ戻っていく。
「わしは動物を癒す手伝いに行く。アレイスターに行く時は必ず声をかけてくれ」
フランキンが念を押すと、
「俺も手伝うよ」
とベイが後に従った。すぐに、シスルも森へと消えていく。
タンジーと青年は二人きりになった。
「助けてくださってありがとうございました。なんてお礼を言っていいか」
頭を下げると、青年が目を見張る。そして、顔がこわばり、口を引き締めた。
「君は? タンジーではないね」
「わたしは、アニスといいます」
「入れ替わったのか、どうやって」
青年が驚いて、髪をかきあげた。
「妹は、今どこに?」
「彼女はわたしの体に…。でも、どうして分かったのです?」
「分かるさ、妹は賢明ではない。邪悪な生き物だ」
吐き出すような青年の口調に、タンジーは驚いた。
「まさか」
「僕が妹の力を封じた。妹は、自分の美貌で村の男たちから力を奪おうとしていた。僕は、魔力で妹の姿形を不器量にさせ、魔法も歪めたのに…。そうか、入れ替わったことで、君の魔力で魔法が解けたんだね」
タンジーは混乱していた。
体の奥で何かが変わっていたのは分かった。
ジョーンズが自分を欲しがったのも、そのせいだろうか。
「妹と入れ替わったと言ったね」
「ええ」
「では、元に戻してあげよう」
「え?」
聞き違いかと思ってぱちぱちと目を瞬かせた。青年は、にっこりと笑った。
「もう一度、妹に魔法をかけなおすよ。妹に好き勝手はさせない。けれど、君は違う。名前は?」
タンジーは、一瞬、考えた。
わたしの名前は――。
「…アニス」
「アニス、僕はナーダスだ。よろしく、と言っても、もう遅いかな」
ナーダスは、アニスの手を握りしめ、呪文を唱えた。
アニスはがくんと首をのけぞらせ、意識を失った。
タンジーの体が宙に浮いた。
「アニス、元の身体へと戻りなさい。二人にかけられた魔法は今ここで解けた。そして、タンジー、戻っておいで」
ナーダスが手を差し出し、脱力したタンジーの身体を横抱きにした。
タンジーの姿は魔法をかけた時と同じ姿だった。
白く長い手足、きめ細かい肌に整った顔をしている。何人の男がこの顔にだまされただろう。
ナーダスは美しい妹を憐れむように見つめた。
その時、
「おいっ」
と、宿の方向からジョーンズが飛び出してきた。
ジョーンズは、タンジーが心配でたまらなかった。
ナーダスは、タンジーを抱えなおした。
「君は?」
ナーダスは、ジョーンズを隅から隅まで眺めた。
彼が、タンジーの次なる獲物というわけか。
タンジーにしては趣味がよい。
気品ある顔立ちで、澄んだ青い目をしている。体付きも申し分なく、ナーダスと同じくらいの身長があった。
「僕は、今お前が抱いている女性の婚約者だ」
「なるほど」
ナーダスは深く頷いた。




