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願いは一度だけ  作者: 春野セイ


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27/69

ミモザアカシアの花




 アニスを休ませてロビーに戻ったジョーンズは、タンジーがいないのにすぐに気付いた。


「タンジーはどこに行った?」


 三人はなぜかイスに座ったままだ。


「従僕が呼びに来て、どこかへ行ってしまった」


 マイケルが茫然と答える。他の二人もぼんやりとしている。


「まずいっ」


 ジョーンズは宿を飛び出した。辺りを見渡して走り出す。


「タンジーっ」


 名前を呼んだが当然、返事はない。


 どこへ行ったのだろう。やみくもに走っても仕方がない。

 ジョーンズは焦りを感じた。

 嫌な予感がする。また、何者かがタンジーを狙ったのではないか。


 その時、風が吹き、風の中にハーブの匂いがした。

 鼻を刺激する樹木の匂いの中に、微かに血なまぐさい臭いがする。

 臭いをたどると、建物の裏手でタンジーが倒れていた。

 両腕が血だらけだ。


「タンジーっ」


 駆け寄って抱き起こす。顔が真っ白で唇は青い。意識を失いかけている。


「タンジー、僕の声が聞こえるかっ」

「ジョーンズ…。逃げて…」


 抱き起こしたが、タンジーがそれを遮った。


「目を取り戻さなきゃ…」

「敵がそばにいるのか。僕には何も見えない」


 タンジーを見えない相手から守ろうと必死で抱きしめる。タンジーの表情が少し和らいだ。


「やはり、あなたの手は魔法の手だわ。とても、穏やかな気持ちになれる。ジョーンズ…」


 タンジーが枝を差し出し、ジョーンズはそれを受け取った。


「彼に投げつけて、そして、力を奪うの」

「できるだろうか」

「わたしを信じて」


 タンジーはうろうろと目線をさまよいながら、一定の場所で顔を止めた。ジョーンズもそちらへ顔を向けた。


「金星のハーブ、バーチよ、わたしたちを悪霊から守り、悪魔に取りつかれた精霊を浄化してほしいのです」


 タンジーの魔法の言葉にあわせて、タンジーの手のひらにジョーンズが手を乗せると、彼女の見ているものが見えた。

 目の前にくすんだ色をした男があざけるように笑って立っている。


 アニスの従僕だ。


 彼は、黄色の古いローブを着ており、顔は痩せこけてやつれていた。


「見えた!」

「これを投げつけて」


 ジョーンズが従僕に目がけて、思い切りカバノキの枝を投げた。枝は宙を飛び従僕の背後にすばやくまわりこむと、背中をパシンと叩いた。


(あうっ)


 従僕が前のめりに倒れ、その口から紫の炎が飛び出た。


「瞳よ、元の場所に戻って」


 タンジーが叫ぶと、紫の炎はタンジーへと飛んでくる。


(そうはさせないっ)


 従僕が叫んで、その紫の炎を手につかんだ。


(ぎゃああー)


 その途端、従僕の体が炎に包まれた。


「ミモザっ」


 瞬間、ジョーンズの腕の中からタンジーが抜け出して、従僕へと駆け寄った。

 燃えるその手をぎゅっとつかむ。


「その手を離してっ」

(浄化の魔法を…)


 従僕は燃える炎の中で訴えた。


「許して…ミモザ…」

(わたしのアニス…)


 従僕が手を伸ばし、タンジーの頬を撫でた。

 タンジーがハッとすると、紫の炎がタンジーを包み込み、すうっと消えた。

 従僕の姿はもうなかった。


「ミモザ…」


 タンジーががっくりとうなだれる。

 ジョーンズはそばに寄って肩を撫でると、タンジーが振り向いてぎゅっと抱きついた。その体を強く抱きしめる。タンジーは泣いていた。


「タンジー、ケガの具合を見せてくれ」

「ジョーンズ、ミモザが消えてしまった。わたしが殺した」

「僕はそうは思わない。彼は自分で望んだんだ」


 タンジーの目の包帯が濡れていく。ジョーンズは包帯を解くと、タンジーの両目が現れた。


「目が戻ってる」

「……ミモザが消えてしまった」


 ジョーンズは、タンジーの涙を両手で拭いた。


「泣かないで、愛しい人」

「やめて…」


 タンジーが顔をそむけた。その時、風が吹いて甘い匂いが漂ってきた。金色のミモザアカシアの花がふわふわ舞い降りてきた。タンジーの手のひらに落ちる。


 ――ありがとう。


 タンジーはその花を両手で優しく包みこんだ。それから、彼女は震える手でポケットからレースハンカチを取り出した。大切に金色の花を挟んだ。

 ジョーンズは声もかけられず見つめていた。

 タンジーが顔を上げた時、彼女は真顔だった。


「タンジー」

「わたしは大丈夫よ」


 ジョーンズは、タンジーの手を引き寄せると、彼女の手の甲に唇を押しあてた。


「言ってくれ、僕に何かできないか」


 タンジーは首を振った。


「今は何も…。でも、あなたが来てくれたから、わたしは助かった。ありがとうジョーンズ。あなたにお礼をしなきゃ」

「お礼なんかいらないよ」


 タンジーの手を離したくない。

 ジョーンズはぎゅっと抱きしめる。

 紫の目はタンジーによく似合っていた。


「みんなが喜ぶよ。それとケガを治さなきゃ。魔法で治るのかい?」

「分からないわ」


 タンジーが肩をすくめた。思ったほど、ひどい傷ではないようだった。


「動かせるのか」

「ええ」


 ジョーンズの手をぎゅっと握り返してくれる。


「頼むから、もう一人にならないと、僕から決して離れないと約束してくれ」

「…ええ」

「約束だよ」

「分かったわ」


 タンジーがほほ笑む。ジョーンズは安堵して、背中を優しくぽんぽんと叩いた。




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