92 ロゼッタのために
「小さな赤い花がたくさん咲いていたの」
「そうかい」
「とても可憐な花で──そんなふうに水の中で咲いているのを見るのは初めてだった」
「物質界ではそうだろうね。海中で花をつける海草は、地上の花とは形が違うようだからね。こちらの世界では、水の底でも地上のものに似た色とりどりの花が咲くがね」
「ええ」
おばあちゃんの言葉にルビーは頷いた。
氷山の浮かぶ冷たく暗い海に咲く鮮やかな赤い花。あの花は厳密には"物質"とは呼べない何かだったように思う。恐らくこちら──精霊界のものに近い存在だったのだ。
ルビーたち人魚がそうであるのと同じに。
「花の中に埋もれるようにして、小さな竪琴が置かれていたの」
「竪琴を花が覆っていたんだね」
「そうなの。本体の部分を覆うように、赤い花が一杯咲いていたわ。切れた弦が浮き上がって、水の流れにゆらゆらと揺れて、まるでおいで、おいでをしてるみたいだった。あたし、近づいていって、指でこう──」
ルビーは指先を竪琴の木枠の部分に滑らせたそのときと同じ仕草をして見せた。
「赤い花びらを掬って、口に入れた」
「食べたんだね」
「ええ。食べたの。なぜかとてもおいしそうに見えたから」
「おいしそうに見えたのかね」
おばあちゃんの繰り返した言葉をもう一度頭の中で反芻して、ルビーは訂正した。
「おいしそうっていうより、なぜか食べなきゃいけないような気がしたの。これはあたしのものだと感じたんだわ」
「その花が、ロゼッタの記憶だったんだね」
「そうなのかな。ロゼッタの記憶だけじゃなくて、竪琴の記憶でもあるみたいだった」
「竪琴の記憶?」
「そう。空中ブランコから落ちて死んだロゼッタの下敷きになった楽器の1つよ。舞台に置いていたほかの楽器はみんな壊れたけど、竪琴だけは壊れなかったの。道具係のだれかが血を洗い流して、こっそりよそに売ったの。カルナーナの見世物小屋を出てからいろんな人の手に渡って、それから吟遊詩人の手に渡って、北へ北へと旅してきたの。そして最後に北の海に投げ込まれた」
ここは精霊の川の水の底の水蛇の都。おばあちゃんがモナと2人で住んでいるというあずまやだった。
ルビーのまぶたの裏に浮かぶ紺色に近い海中の景色とは全然違う。水の中なのにとても明るいのだ。
小さな部屋の中にも、光そのもののような青い水は満ちている。窓から流れ込み、ゆらめいて別の出口から流れ出ていく。
おばあちゃんは水の中では風を操る術で声を発するのは難しいと言っていたけれども、精霊の川においては何の無理もなく、木の上の小屋にいるときと同じように不自由なく言葉を紡ぎ出すことができる。
少し前に、3人の水蛇の女の子たちは、カナリーにせかされるようにして山岳世界に向けて出かけていった。ルビーは気分がすぐれないのを理由に、急きょここに残ることになったのだった。
1人で留守番することになったルビーのそばに、おばあちゃんがつきそってくれた。
穏やかな人で、笑うと顔のしわがくしゃっとなる。人魚の長老の昔馴染みだということだったが、長老と違って全然怖くない。おっとりとした雰囲気は、モナと共通している。
溢れ出た記憶があまりにも生々しくて、さっきは本当に気持ち悪かった。でもおばあちゃんがルビーの話を1つずつゆっくり聞いてくれるおかげで、ちょっと気分が落ち着いてきた。
おばあちゃんが目で促したので、ルビーは再び口を開く。
「──それが4年と少し前。あたしが人間の国に興味を持って何度も出かけていくことになるきっかけになったんだわ」
「竪琴は、あんたたち人魚族のいる北の海に捨てられていたんだね」
「捨てられたんじゃないの。海に埋葬されたのよ。死んだロゼッタが海に帰りたがっていたの。あたしたち人魚のもとに辿りつきたかったの。吟遊詩人は声にならないものたちの願いを聞くことのできる人間だった。長い長い旅をして、あの海に届けてくれたのよ。たくさんの街を渡り歩いてその竪琴を弾いて、悲しい音色を奏でながら」
「その吟遊詩人はどうなったんだい」
「いまもどこかを旅しているはずだわ。歌も歌うの。踊りも踊るわ。それにパントマイムも。あたしたち見世物一座や楽団の人たちと同じ。だけど、たった1人で世界を回っているの」
「そうかい」
「ロゼッタの記憶も流れ込んできたわ。でも全てが断片的で、そのときのあたしにはちっとも意味がわからなかった。大きな建物の真ん中に舞台があって、舞台を囲んで人がたくさん座ってて、天井を見上げてるの。その女の子は舞台のうんと上の天井のあたりにいて、仲間の男の子と一緒に空を飛んでいるの」
眠って見る夢の中の風景のような景色だった。いつかお姉さま方が教えてくれた見世物小屋の話。記憶の中の光景とそれをつなげて考えることは、あのころは思いつきもしなかった。
現実に見世物小屋に辿りついたときはアンクレットに記憶を封じられていたから、そうと気づかずに過ごして来ていた。
「いまのあんたには、その意味がわかるんだね」
「ええ。そこは見世物小屋の大ホールで、彼女がやっていた演目は空中ブランコ。一緒に演じていた男の子は、いまのあたしの──」
声をとぎらせ、ルビーは俯いた。
記憶の中のアートは、いまの彼をそのまま幼くしたような綺麗な少年だ。いまよりもいっそうほっそりと頼りなげで、どこか中性的なあどけない顔をしている。少女を見つめるときの柔らかな笑顔。少女を片手でそっとかばい、周囲を見回すときの張りつめた表情。
胸が痛むのは、忘れていた記憶のせいだ。
落下していく少女に向かい、顔を強張らせて精一杯手を伸ばしていた彼の姿が、ロゼッタが最期の瞬間に見た映像だ。
少ししてぽつりと、ため息のようにルビーは零した。
「どうして賢人グレイハートは、あたしの中のロゼッタを封印したのかな。悲しくて苦しくて辛い記憶だけれど、邪悪なものなんかじゃなかったのに」
「あんたはその子の記憶に振り回されていたんだろう? 記憶を手にしたまま人間の世界にきていたら、ますます振り回されていたんじゃないのかね」
「わかんない。あたしは人間の世界に行きたかったし、いつかロゼッタのいた街に、場所に行きたかった。だから南の国にあこがれたわ。でもそれだけじゃないと思う。あたし自身が人間のことをもっと知りたいと思ったの」
遠く北の海を離れて南の国カルナーナまでやってきたのは、4年前最初に上陸した村やその周辺の街が、断片的な記憶の中の風景と違って見えたからだ。
植物はもっと鮮やかに。人々の服装は軽やかに。
空はもっと明るくて強い日差しに満ちて。
陽に焼けた大地は赤茶けて。
オレンジの樹。葡萄のつる。ひまわり畑。オリーブの実。
風をよく通す窓の大きな家々。椅子とテーブルを置いたバルコニー。植物でいっぱいの中庭。きらめく噴水の水。
竪琴に宿っていた少女の記憶が、かつて彼女の見てきたもの全てが、ルビーを強く惹きつけた。
けれども以前は断片的な、そして無音の、本当に映像だけの記憶だったのだ。なのにさっきいきなり蘇ってきた記憶はなぜか、音や空気の匂いなど、全ての感覚を伴ったものだった。
草原を通り抜ける風の、ヒューヒューと寂しげな音。風に揺れる背の高い草の葉擦れの音。
農民たちがザクザクと草の根を踏みしめる音。飛び交う怒声。
地面に転がされたときに感じた、ひんやりとした土の匂い。
そして、冷たい風の肌触り。折れた植物の茎が肌を刺す痛み。
その向こう側で、凍りつきそうな月の青白い輝きだけがとても静かで。
それとともに溢れ出したのはひどく生々しい、少女自身の悲しみだった。
少女が胸の奥にひっそりと押し込めていたのは、遠い、遠い海の記憶。
一度も訪れたことのない北の果ての海の青を、なぜだか少女は記憶していたのだ。
大きな氷山の影。海底に積もる砂。潮に乗って泳いでくる魚の大群。波越しに降りてくる柔らかな日の光。光に照らされリズミカルに踊るプランクトンの群れ。微かな、本当に微かな月の光。
ゆらめく水の層の向こうを泳ぐ、色とりどりの鱗を光らせて泳ぐ人魚の影。
先祖返りという言葉をルビーは思い出す。
モリオンが建設大臣ジグムンド・デュメニアを指して先祖返りと表現していたが、恐らくロゼッタもまた先祖返りともいえる存在だった。
海を記憶しているだけではない。風を操り、雨を呼び、魔力を込めた不思議な歌を歌う。
ルビーや仲間の人魚たちが持っているのと同じ力。
彼女は自分が水の中でも呼吸できると知っていたのだろうか?
記憶の海が彼女の夢や空想の産物ではなく、本当に同じ大陸の北の果てにあることを知っていたのだろうか?
それともそんなことは一切知らないまま、どこにあるのかわからない遠い海への思いを秘めたまま、短い生涯を終えたのだろうか?
いまのルビーにはわからない。
不意に蘇ってきた生々しい情景は、何の前触れもなく突然ふっつりと途切れてしまったからだ。それは開いていたドアが唐突に閉まってしまったような感覚だった。
いまルビーが思い出せるのは、倒れ込んだ少女に向けて髪を切り落とした男が再び鎌を振り上げた瞬間までだ。
尖った月を背に佇む男の憎しみに歪んだ顔が、残像のようにルビーの頭の中に焼きついている。
あのあと、とてもとても怖いことが起こったのだ。
なのにその続きが一向に思い出せないのは、アンクレットの封印がいまもまだ働いているからなのだろうか?
記憶の中を探っても、アシュレイがルビーの中にいるみたいには、ロゼッタの存在を感じ取ることはできない。さっき蘇ってきた何かは、ロゼッタそのものだったのに。
思い出せるのは、南の島に辿りつくまでの日々、ルビーを突き動かしていた南の国への憧憬だけだった。鮮やかだけれども途切れ途切れの、映像だけの記憶とともに。
「アンクレットはずっとあんたを守ってくれてきたんだろう?」
「ええ」
おばあちゃんの言葉にルビーは頷いた。守るという言葉は曖昧だけれども、魔力の封印も記憶の封印もきっと、ルビーの魂を傷つけるものから遠ざけるためだけのものだ。
「わかってる。だけど──」
封印が破れかけたのは、この胸の痛みのせいだろうか?
それとも封印が破れかけているから、この胸が痛むのだろうか?
ルビーの知っている見世物小屋の人たちとロゼッタの記憶の中のそれは、みんなちょっとずつ違っている。
いまよりも若くてスマートなナイフ投げ。今よりは幾分若いけれども、大きな口を開けて笑うほがらかな印象はそのままの親方。座長はいまと同じように威張っているけれども、ルビーが知っているよりもいかめしくて怖そうに見える。舞台の中心で踊っているのは、レイラではなくて知らない黒髪の女の人。あれは多分ロゼッタが見世物小屋にいたころの舞姫であろう踊り子だ。
そしてアートは、ルビーが知っているよりもずっと幼い。柔らかく笑う彼。心配そうに彼女をのぞき込む眼差し。ときどき戸惑った顔になり、ときには困ったような顔にもなる。それから何かに喜んでいるときや声を上げて笑っているときの、年相応の無邪気な表情。
思い出せる限りの記憶をなぞるだけでひどく疼く心は、ロゼッタの感じている痛みなんだろうか?
それとも痛むのはルビー自身の心なんだろうか?
考え込むルビーに、おばあちゃんは優しく笑いかけた。
「ルビー。もしもあんたがその子の記憶を抱えたままで、その子が実際に暮らしていた場所を訪れていたとしたら、その子の気持ちはあんたの中で収拾がつかないぐらい膨れ上がってたんじゃないかい。あんたはまるで乗っ取られてしまったみたいに自我を失ってしまう可能性があったと思うがね」
「そうなのかな」
「以前のあんたはとても幼かったんだろう? 得るものも、失うものも何もなかった。北の海は、あんたにとって心地よいゆりかごのようなものだったのではないのかね? だとしたら、あんた自身の持つ感情よりも遥かに激しく心を揺さぶるものに、あんた自身を譲り渡してしまったとしても不思議はなかったとあたしは思うね。もしもあんたが自分自身を記憶の中のロゼッタにまるごと譲り渡していたとしたら、どうなったと思うかね?」
「それはあたしがあたしじゃなくなって、中身がロゼッタになってしまっていたかもしれないっていうこと?」
おばあちゃんは頷いた。
「ルビー。最初にあんたが人間の国にやってきたとき、どうやってあんたを捕えた漁師の若者のところから見世物小屋に辿りついたのかを思い出してごらん。あんたはその若者に魔力を使っただろう? 若者があんたを見世物小屋に導くように。それはあんたの中のロゼッタの記憶がそうさせたんじゃないのかね?」
「あたしは怪我で気を失っていて、気がついたときにはもう、尻尾のつけ根のところにアンクレットが嵌められていたのよ。でも──おばあちゃんのいうとおりかもしれない」
ロゼッタは確かに邪悪なものではなかった。けれども、ぷつりと途絶えてしまった記憶の直後に起こったのは、恐らく残虐な殺戮だった。
直接その場面を思い出せたわけではない。でも、なぜかルビーにはそうだと思えてならない。
ロゼッタはワルシュティン卿の策略に嵌り、あの声の命ずるまま、彼女に害をなそうとした男たちを切り裂いたのだ。
つむじ風を使ってずたずたに切り裂いた。自らの意志を手放したまま。
ハマースタインの奥さまの館で、王家の末裔アントワーヌ・エルミラーレンに操られてアートに襲いかかった少年兵ジョヴァンニと同じように。
かつてアントワーヌ・エルミラーレンは"眷族"という言葉を使っていた。眷族とは、"絶対的に、恒久的に自らの支配下に置く存在"なのだそうだ。奴隷商人の館から連れ出された数日の間に、ロゼッタはワルシュティン卿の"眷族"にされたのだ。
もしかしたら──。
ぞっとする考えが、ルビーの心に浮かんだ。
カルナーナの街のどこかに、もしもワルシュティン卿につながるものがいたとしたら。ルビーがロゼッタの意識に心を奪われたまま見世物小屋に売られていっていたら。
たくさんの人たちが出入りするのが見世物屋だ。もしも卿の手のものに見つかって、再び卿の"眷族"として操られてしまっていたとしたら。
ルビーはかつて、長老と比べて自分の力は大したことはないと思った。けれども、悪意を持った人が利用しようと思えば、風を操り空気を切り裂くだけのことでも十分にだれかを害する力になるのだ。
そのとき不意に、理解が訪れた。
電撃のように閃いた。
5年前に起きたという悲しい出来事。
──ロゼッタはあのとき決意して、自分から飛び込んだように見えたんだ
──横木を結わえていた縄が生き物のようにするりと動く瞬間、あの子の視線は縄に向けられていて……
──そのあと全く慌てず、落ち着いて、意志的な顔で、落ちていったように見えた
ルビーは思い出した。丘を見下ろす廃墟で昔の話を聞かせてくれた親方が漏らした幾つかの言葉を。それと同時に、最期の日の興業の様子がロゼッタの目を通してルビーの中で蘇る。
あの日彼女はワルシュティン卿に何かを命令されたのだ。
ロゼッタが耳を傾けたくないと願うことを──彼女の大事な人たちに害を為すような何かを。
命令に背くために自分の意志でできることは、彼女には本当に限られていたから。
願うことと祈ること以外には何もなくて。
だから彼女は風に祈り、風が彼女の願いを聞き届け、あのブランコの縄をほどいたのだ。
「あたし、思い出さなきゃ」
左足首の赤い貴石でできた輪を見下ろして、ルビーはぽつりとつぶやいた。
アンクレットの色はアシュレイの血の色で、ルビー自身の後悔と戒めの色だ。
それと同時にルビーがルビーである証でもある。
もしもいま、ロゼッタの記憶を全部引き受けても、ルビーはきっとそれには引きずられない。
それに。
大人になったアートの姿を思い浮かべても、やっぱりルビーの胸は痛むのだ。
決して感情的になることのない、穏やかな笑顔。もの柔らかな声。
大天井でブランコの演技をするときの、真剣な横顔。
ルビーが空中ブランコをやると告げたときの、途方に暮れた表情。
奥さまのお屋敷で眠りこんでしまっていた日の明け方、壁のかくし通路に消えていくときの、静かな決意を秘めた顔。
ロゼッタの命を奪ったものの正体を、いまでもアートは1人で捜している。
ルビーが思い出せたら、きっとそれは真実を知るための大きな手掛かりとなる。
けれどもルビーは、自分の口からロゼッタの記憶について話すことを考えて、ためらった。
矛盾したさまざまな感情が、ルビーの中でせめぎ合う。
ブランコから落ちた少女のことをアートが話したのは、相手がジゼルさまだったからだ。
ルビーにではない。
アートにとってロゼッタにまつわる物語は、親密な相手になら話せるけれども、できれば心の中でそっとしておきたい大事なものなのだ。
ルビーがそれを話題にすることは、アートの心に土足で踏み込むような、何かを壊してしまうようなぶしつけな行為ではないんだろうか?
そもそもアートはルビーの話を信じてくれるんだろうか?
信じてくれたとして、ロゼッタの記憶を持つルビーのことを、アートはどう思うんだろうか?
アートにとって、ルビーはルビーのままでいられるんだろうか?
もしもアートが、ロゼッタがまた戻ってきてくれることを望んだら。
中身がロゼッタなら、たとえルビーの姿でも構わないからと──もしも彼がそう望んだら。
それはルビーにとって、とてもとても辛いことのような気がした。
まるで心が握りつぶされてしまうような──。
それでもルビーはやっぱりロゼッタのことをちゃんと知りたいし思い出したい。
以前は人間の記憶を持つ少女が人魚の仲間だとルビーは思わなかった。だから、長老にも他のお姉さま方にもその話をしたことは一度もない。
生まれてきたことすら仲間に気づかれず、たった1人で生きて死んでいった人魚の少女がいたことを考えると、ルビーは悲しくて仕方がなくなるのだ。
遠い懐かしい海。静かな碧い、碧い人魚の海。
ルビーは豊かなあの海に抱かれて、見るものすべてに心躍らせて育ったのに。
大天井から飛び降りる瞬間、ロゼッタは何を考えていたんだろう。
竪琴を手に入れた吟遊詩人は、見世物小屋に残されたアートを捜すのではなく、ひたすら北の海を目指して旅を続けた。
きっとそれはロゼッタが胸の奥に隠した海への憧れを、亡くなるその瞬間まで抱き続けていたということなんだろう。
「思い出さなきゃいけないの」
もう一度そうつぶやいたルビーに、おばあちゃんは小さく頷きながらやっぱり「そうかい」とだけ答えた。




