第1話 妹を救うついでに、銀河の治安も守ることにした
「カナン・ラディスト、帰還しました」俺は任務を終え、銀河治安局の拠点――宇宙要塞『ギラクシア』へと帰還した。予定時刻より、今回も早い。
「また記録更新?……局のシステム、壊れたのかと思ったわ」
出迎えてくれたのは、俺の専属オペレーター、ニュー・リームだ。
雪のように白い髪を腰まで伸ばし、トレードマークの黒いカチューシャがよく映える。
俺より一つ年上の17歳だが、細身で華奢なその体つきは、どこか守ってやりたくなる危うさがあった。
「一つの惑星に執着する理由はない。任務を最速で片付けて、次の現場へ行くだけだ」
16歳で少尉まで登り詰めた俺の言葉に、ニューは小さくため息をついた。
「わかってるわよ。……リキューちゃんのため、だもんね」
「ああ。それで、あいつの様子は?」
「特に変化はないわ。いつも通りよ」
「そうか。少し会ってくる」
ニューに短く告げ、俺は集中治療室へと足を向けた。
*
リキューは、俺の四つ下の妹だ。
以前は金髪をなびかせてよく笑う、太陽のような子だった。
だが一年前、事態は急変した。
眠ったまま起きない彼女を医務室へ担ぎ込み、あらゆる検査を繰り返した結果、下された診断名は――『黒夢病』。
宇宙に遍在するダークマターを取り込みすぎたことで脳に異常をきたし、深い眠りに落ちる奇病。
前例はほとんどなく、現在の医療では延命が限界だった。
唯一の希望は、三つの材料から生成される『メザメ薬』。
・一枚で一日の活動を支える白い花『シロミツソウ』
・蓄積した疲労を瞬時に拭い去る透明な水『リラックスイ』
・万病に効くとされる伝説の『ヤクシカの角』
調査員になってから数多の惑星を巡ったが、いまだにその欠片すら見つかっていない。
除菌工程を終え、俺は入室した。
多くの医療器具に繋がれた妹は、金髪の中に病の影響である黒髪が混じり、点滴だけの生活で見る影もなく細り果てていた。
俺はそっと、そのおでこを撫でる。
ソフトモヒカン気味に短く整えた俺の髪とは対照的な、伸ばしっぱなしの柔らかい髪。
「リキュー、今回の任務だが……」
返事はない。それでも俺は、語りかけ続ける。
俺たちの両親は別の基地で長期任務に就いており、数年も会っていない。トップクラスの実力者である姉も、任務で飛び回っている。
今、この子のために動けるのは、俺しかいないんだ。
(必ずお前を目覚めさせる。……もう少しだけ待っていてくれ)
*
自室に戻ると、ニューが待っていた。
「お疲れ様。リキューさんと話せた?」
「ああ。今回の任務の報告をしてきた」
「そう。……でも、あんまり無理しないでね? 私のことも、もっと頼ってほしいの」
最初は「危なっかしい弟分」として接していたはずの彼女の瞳に、
最近はどこか違う色が混じっている気がした。
だが、その意味までは分からない。
「……充分助かっているよ。これからも頼む」
「もう! 殊勝なこと言わないでよ、私が好きでやってるんだから!」
ニューにデコピンを食らわされ、俺は少しだけ口角を上げた。
その時、基地内に鋭いアナウンスが響く。
『カナン・ラディスト少尉、ニュー・リームオペレーター。直ちに第四作戦室へ向かえ』
「仕事だ。行こう」
「……うんっ!」
*
第四作戦室には、三人の男たちが待っていた。
「待っていたぞ、カナン」
声をかけてきたのは、基地長のローマン・キャリン。
父の旧友であり、一般人だった俺が調査員になることを許してくれた恩人だ。180センチの巨躯に茶髪、現役時代を思わせる筋肉質な体つきは圧倒的な威圧感がある。
「おっつー、カナン! 今回の装備も最高に仕上げといたぜ!」
そう言って肩を叩いてきたのは、坊主頭の整備長代理、テスカトル。
俺の装備の扱いに惚れ込み、半ば専属と化している「テス」さんは、今回も不敵に笑う。
「……いつも一緒ですね、二人とも」
最後の一人、情報官のケール・オーリンズが、眼鏡の奥で眠そうな目をこすった。
赤紫の長い髪を後ろでまとめ、大きな欠伸をする。普段は寝てばかりの彼女だが、俺の任務の時だけは必ず姿を現す。
「あんたは相変わらずね、ケール」
「ニューこそ……。あたしは……カナンに会うために起きてるんだから……。ねぇカナン、チューしていい……?」
「え? それくらいなら別にかまわな――」
「ダメに決まってるでしょ!!」
ニューが俺の口を塞ぎ、ケールを引き剥がす。いつもの光景だ。
「……コホン。そろそろ任務の話をしていいか?」
ローマン基地長が咳払いをし、スクリーンを指した。
表示されたのは、青い海と緑の大地が広がる惑星。
「今回の任務地は、第3軌道惑星――『アースパンゲア』。ここで『害虫』の反応が出た」
ケールが気だるそうに補足する。
「場所は『ニシミヤコ』。住人は我々と同じヒト種……。範囲は南北87キロ、東西20キロ……。広範囲だから、初めての長期任務になるかもしれないわねぇ……」
「長期か」
俺は拳を握る。それだけ長く滞在すれば、材料が見つかる可能性も上がる。
「テスさん、装備の予備は?」
「おう、最高のセットを用意してやる! 長丁場でもバッチリだ!」
俺は最後に、ケールへ視線を向けた。
「ケールさん、例の薬の材料の情報は……」
「うーん……今のところ、有力な情報はまだないみたい……」
「そうですか……」
落胆する俺に、ケールがふらふらと寄りかかってくる。
「ごめんねぇ……。でも、もし見つけたら一番に教えるから……」
「いいえ、いつもありがとうございます。助かります」
「よし、作戦最終確認だ」
ローマンの声が室内に響く。
・惑星アースパンゲアの『害虫』駆除。
・作戦期間は七日間。
・正体を隠し、現地民として振る舞うこと。
「一時間後に出撃だ。……解散!」
作戦室を出る際、ニューが俺の手をぎゅっと握った。
「大丈夫。私がサポートするし、カナンなら心配ないよ!」
「ああ。……行ってくる、ニュー」
初めての長期潜入任務。
妹を救うためなら、関係ない。
――目覚めさせるためなら、
俺は銀河の幽霊として――この星に潜る。




