プロローグ
「カナン・ラディスト、現着」
俺は通信機に向かって、短く報告を投げた。
『――了解。任務を開始してください』
耳の奥で響く、無機質なオペレーターの声。
視界の先には、残酷なほど平和な光景が広がっている。広場で笑い合う人々、無邪気に走り回る子供たち。
彼らは、自分が今この瞬間に「絶滅の淵」に立っていることなど露ほども知らない。
この星は、驚くほど簡単に消える。
もし俺が一つでも手順を誤り、正体を露呈させれば――銀河治安局の艦隊がこの空を焼き尽くす。
過去に一度だけ、調査員の正体が露呈したことがある。
その結果――その惑星は、調査員もろとも、全生命ごと消去された。
俺は今、その『絶滅の引き金』を握りながら歩いている。
「……任務を開始する」
本来の任務は、惑星の存続を脅かす存在――『害虫』の駆除。
だが、それは表向きの理由に過ぎない。俺がこの血塗られた組織に身を置いているのは、正義のためでも平和のためでもない。
妹を救う方法は、たった一つしかない。
銀河治安局の超科学ですら「延命が限界だ」と宣告したあの病。それを根治させるための“材料”が、この惑星に存在する。
本来なら、ここに来ることすら許されないはずだ。
個人的な目的での惑星介入は、銀河法で厳格に禁じられている。発覚すれば、死よりも重い処分が待っているだろう。
――だが今回は、違う。
『害虫の排除任務を最優先とすること。その過程で得られる範囲に限り、対象物の捜索を黙認する』
上層部が下したのは、そんな都合のいい条件付き命令だった。
要するに――銀河の治安に貢献するなら、妹を救うための行動も見逃してやる、ということだ。
……ふざけた話だ。
利害が一致している間だけ許される“違反”。それが崩れれば、俺は即座に切り捨てられる。
だが、そんなものは正直どうでもいい。
銀河の平和も、惑星の維持も、俺には関係ない。
――妹が助かるなら、俺はどうなっても構わない。
ただし、守らねばならない絶対の掟が一つ。
この星の住人に、俺が何者であるかを知られてはならない。
もし知られれば、その瞬間にこの星は消える。
妹を救うための材料も、この星の未来も、すべてが塵になる。
潜入開始。
俺は、銀河を欺く『幽霊』となった。
――そして同時に、この星の人間として振る舞う。




