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火刑台の薬剤師〜いや、それ呪いじゃなくて病気です〜  作者: 大棗ナツメ
第4章

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8 糾弾の黄金2

(……やっぱり!)

 からかうような男の声に、遥香は確信した。


「ロイさん、ですよね」

「あったり〜!」

 そう言うと、錬金術師ーーロイは遥香を目隠ししていた手を外した。


「久しぶりだね、遥香チャン」

 ロイは仮面を外し、にっこり笑ってみせた。


「……もう、ビックリさせないで下さいよ」

 遥香は安堵で肩を落とすと、口を尖らせる。


「ねぇ、なんでこんな所にいんの?」

 ロイは長い金髪をかきあげ、青い瞳で遥香を見据えた。


「えっ? いやー、ちょっと……そ、それより男爵って一体どういうことですか?」

 遥香は誤魔化すように話題を変えた。


「ああ、貴族って言えばみんな信頼するからねー」

 ロイは二本指を立て、ニカっと笑って見せた。


「信頼って……詐欺師だって噂が広まっているらしいですよ」

 遥香が呆れたように言う。


「へぇ、そうなんだ……けど、まだ目標金額まで達してないから、やめらんないわ」

 ロイは気にすることなく飄々と答えた。


「……目標?」

 遥香は眉をひそめ、聞き返す。


「前に言ったでしょ――黄金を作る理由があるって」


 ロイは薄ら笑いを浮かべ、指先で自分のこめかみを軽く叩いた。

 いつもの軽薄そうな態度だが、その瞳の奥は、どこか真剣だ。


「……理由、ですか?」

 遥香がごくりと唾を呑み尋ねた。


「……孤児院だよ」

 ロイは、いつもの調子を崩さずに言った。

 だが――ほんの一瞬だけ、目が逸れた。


「教会が運営してるボロいとこでさ、金が必要なんだ」

 軽く笑うその声に、温度はなかった。


(本当? それとも……)

 遥香は、判断がつかずに眉をひそめた。


「なんでまた……その孤児院を……?」

「俺、教会の孤児院の出なんだ」


 ロイは、少し俯き気味に寂しげに言った。

 だが、その目は鋭く光っていた。


 遥香は、ふとレオニスの言葉を思い出した。

 ーー金が教会に流れているらしい。

(なるほど。 それが本当なら、ロイさんは教会に恩があることになる)


 遥香はチラリとロイの顔を見た。

 相変わらず胡散臭い笑顔を浮かべたロイは、ニコニコと遥香を見ている。


(……この人、底が見えない)

 遥香は大きく息を吸った。

 しん、とした空気になる。

 遠くから、賭博場の喧騒が微かに聞こえてくる。


「……遥香チャン」

 ロイはふいに真剣な顔をし、真っ直ぐに遥香を見た。

「俺を捕まえに来たんでしょ」


「……っ!」

 遥香は答えられなかった。


「騎士団も、仮面被って中にいるし」

 ロイは楽しそうに、言う。その声音は確信している。


「……気付いて、いたんですか」

 遥香がごくり、と唾を呑んだ。

 今更誤魔化しても無駄だと判断した遥香は、正直にそう返した。


「気付くよ。あの冷たい空気」

 ロイが一歩、遥香に近付いて来る。


「……っ」

 遥香もつられて一歩下がる。


「どうする? あの美しい騎士さんに言っちゃう?」

 ロイは、逃げ場を塞ぐようにさらに一歩踏み込んだ。

 壁際に追い込まれる形になり、遥香の背がひやりとする。

 顔は笑っているのに、その目は笑っていなかった。


 遥香はロイから目を離さず、覚悟を決めたように口を開いた。

「……ロイさん、は敵ですか?」

 その声は上擦っていた。


「……さあね」

 ロイは目を細めて、にっこりと笑うだけだった。


 **********


「遥香」

 賭博場に戻ると、後ろからグイッと腕を引かれた。


「あ、レオニスさん……」

「どこへ行っていた? 探したぞ」

「あ、すみません……ちょっと、迷ってしまって……」

 遥香は咄嗟に嘘をついた。


「気をつけろ」

 レオニスはしばらく遥香を見ていたが、そう言うと遥香の手を引いた。


(……どうしよう。レオニスさんに、嘘ついちゃった)

 遥香の胸が罪悪感でいっぱいになる。


(でも、言えばきっとロイさんは消える)


(でも――言わなければ)

 脳裏に浮かぶのは、血に濡れたエルダの姿だった。


(……私は、どっちを選ぶの?)

 遥香は頭を抱えて悶々と悩む。


 その姿を、レオニスは目を細めて見ていた。



 *******


 潜入調査を終え、城に戻る頃にはすっかり日が落ちていた。

 長く伸びる廊下は、いつもより静かだった。灰色の石壁に、松明の火がゆらゆら揺れる。


「……遥香」

 背後から、低い声がした。


「はい?」

 遥香が振り向いた瞬間、腕を掴まれ、レオニスにぐっと壁に押し付けられた。


 ――トン

 石壁に背中が当たり、逃げ場を失う。目の前には、至近距離のレオニスがいた。


「……っ、レオニス、さん……?」

 いつも冷静で、感情を表に出さない彼の瞳が、今は鋭く揺れている。


「隠していることがあるな」

 レオニスは断定したように言う。


「……な、何のことですか……」

 視線を逸らそうとすると、逃がさぬように腕が壁に突かれる。


「賭博場で……誰に会った?」

「……っ」

「嘘はつくな。はぐれていた間、何をしていた?」

 沈黙が、重くのしかかる。


「……副団長としてではなく、個人的に聞く」

 レオニスの声が、少しだけ低くなる。


「――俺を、信用していないのか?」

 その声は低く、押し殺されていた。だが、その奥に滲む苛立ちは隠しきれていない。


 その一言が、遥香の胸を強く打った。

「……違い、ます」

 小さく、震える声でなんとか言う。

「……でも、まだ言えません」


 沈黙。

「……はぁ」

 黙りこくる遥香に、レオニスは一歩引き大きくため息をつく。

「……例の、錬金術師か?」


「………っ!」

 遥香は驚き、レオニスを見る。

「な、なんで……」

「クリスも会っていることを、忘れたのか」

 レオニスが呆れたように言う。


(……そうだった。ロイさんの家には、クリスさんも行ったんだった)


「あいつは、詐欺師だ」

「分かってます……けど、エルダさんを助けるためには……」


「それは、騎士団が調査している。お前は今、指名手配されているんだぞ」

「分かってます……でも、私も何かしないと……苦しいんです」

 そう言うと、遥香は俯いた。

 何かしていないと、エルダを犠牲にした罪悪感で押しつぶされそうだったのだ。


 レオニスはそんな遥香の様子を見て、ため息をついて言った。

「はあ。それで……何か分かったのか?」


「いえ、何も……」

 遥香は小さく首を振った。

「あ、でも、詐欺をしているのは育った孤児院を救うためだそうです」

 遥香は思い出したかのように言う。


「育った、孤児院?」

 レオニスの声がさらに低くなる。


「え? はい……」

 遥香はレオニスの様子に首を傾げる。


「あいつは……グランディス家の人間だ」

「………っ!」

 遥香の呼吸が止まる。


 それは――賭博場でレオニスが名乗った偽名と、同じだった。


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