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冒険者ギルドの記録員  作者: 六花葵
第一巻
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記録9-2 深林に佇む不自然な扉

レスト視点


 これにてようやく、エルフの執行効率というものを思い知らされた。


 準備から出発までに、なんと一週間。そこに目的地までの移動時間を加えると、計算上、丸一か月を費やしたことになる。この拘束時間で報酬が金貨三百枚というのは、一日平均にして金貨十枚。普段請け負う依頼と比較すれば、少々安すぎる見積もりだったかもしれない。これなら、追加オプションの請求でも考えるべきだった。


 目的地は、シルウォートから徒歩で一週間ほどの距離にある森の深部だ。人間の足跡など一切なく、獣道すら存在しない。道中は完全にルミエルの口頭指示だけを頼りに進んでいく。


 この期間を共に過ごしたことで、互いにそれなりの面識はできた。たまに答えに窮するような質問を私に投げかけてくること以外、彼女は常にレシーナと口論を繰り広げている。


 少女同士の付き合いというものは、実に不可解だ。ルミエルは隙あらばレシーナの傍に寄り添い、何やら耳打ちをする。それに対してレシーナは興味深そうに聞き入ることもあるが、大抵は怒りのあまり黙り込んでしまう。


 今も、レシーナは可愛らしい顔を不機嫌そうに歪め、無言でこちらへ歩いてきた。その後ろをルミエルがぴたりと追っている。


「王女様、ナナを過度にからかうのはやめてください」


「だってナナが可愛すぎるんだもの。つい我慢できなくて」


 いや、我慢してほしい。でないとレシーナの方が我慢できなくなる。


 ここ数日、夜に彼女をなだめる時間は日に日に長くなっている。君たちだって、身内との不意な遭遇戦など望んでいないはずだ。日中、私の隣でレシーナが『世界核平』をじっくりと撫でながら、何やら考え込んでいる姿を見ていると……正直、彼女が完全に寝静まり、その危なっかしい手が『世界核平』から離れたことを確認してからでないと、怖くて目を閉じることすらできない。


 出発から一か月。この隊の物資運搬担当として、日々の衣食住の消耗については常に頭の中に尺度がある。当初の買い出し量を見たときは、相手に溜め込み癖でもあるのかと思っていたが、蓋を開けてみれば単なる「先延ばし癖」だったようだ。


 帰還に必要な消耗量を差し引くと、残りの余裕はダンジョン内でせいぜい七日分といったところだろう。もちろん、彼女たちが個別に持っているアイテムボックス内の品は別としての話だが。その懸念から、私は一応ルミエルに忠告した。


「王女様。帰路を考慮すると、食料の残りは七日分となります」


「大丈夫よ。すぐ近くにあるって、そんな予感がするわ」


 その時、先行して偵察に出ていたカティアが戻ってきた。


「王女殿下、発見しました。すぐ先です」


 徒歩で十分もかからない場所に、一行はある「扉」の前へと辿り着いた。


 周囲は鬱蒼とした森だ。自生する野草はレシーナの背丈よりも高く伸びている。そんな密林の奥深くに、突如として一枚の木製の扉が佇んでいた。正確には、華美な彫刻が施された装飾扉だ。


「王女殿下。これこそ、大魔導師グレイブンの研究室へと続く扉に間違いありません」


 華麗な彫刻を除けば、長年の頻繁な使用によって生じたであろう扉の取っ手の微かなガタつき、そして目立たない場所に刻まれた細かな傷。そこから漂う「生活感」が、この荒野においては無視できない違和感となっていた。


 ルミエルは扉の横に屈み込み、その角をじっくりと観察する。


「間違いないわ。これは私の悪戯の跡よ」


「入り口確定。皆、準備を。正式に進入するわよ」


 ルミエルはふざけた態度を収め、真剣な面持ちで皆に指示を飛ばした。


 全員が真剣に装備の確認を始める。本来の軽装な革鎧の重点部位に金属製の軽甲を重ね、回復や解毒のポーションも即座に使えるようベルトに吊るしていく。


 今の私とレシーナは、完全にその場の空気にそぐわない異質な存在となっていた。私にとって戦闘準備などというものは存在しない。私の戦闘スタイルは「ワンボタン」で切り替え可能だからだ。敵がいなければ運搬人、敵が現れればその瞬間に戦闘員となる。


 背負っているバックパックも、単なる飾りだ。これは心理的な暗示、つまり私のアイテムボックスの容積に対して相手に誤った認識を抱かせるためのブラフに過ぎない。考えてもみてほしい。より便利なアイテムボックスに物を入れられる人間が、わざわざ動きを制限するバックパックを背負うだろうか?


 自然と、次の連想へと繋がるはずだ。――この男のアイテムボックスは容量が小さいか、あるいは使いこなせていないのか。相手がどのような推測を抱こうと、それは私にとって「情報格差」という優位性をもたらす。


 これといった準備もせず、私は扉の傍をぶらつきながら、その姿をつぶさに観察した。同時に、これが本当にダンジョンの入り口なのかと疑念を抱く。


 人為的に作られたダンジョンというものは、その姿も制作者によって千差万別なのだろうか?


 全員の行軍準備が整いつつあるのを見て、私は一歩脇へと退いた。何を理由に叱責しようかと待ち構えていた様子のカティアは、言葉を飲み込んで顔を歪め、最後には吐き捨てるようにこう言った。


「小僧、中に入ったらしっかりついてくるんだな」


「カティア! 言ったでしょう、争いごとはやめてって」


 ルミエルの警告が飛ぶ。私はカティアを一瞥し、溜息をついてからルミエルに応じた。


「王女様、カティア様は私に行軍前の教育をしてくださっているだけですよ。誤解です」


 それから私は身を翻し、彼女と私にしか聞こえない小声で告げた。


「カティア様、そう私を敵視なさる必要はありません。私は記録員として契約しており、私たちは一つの任務を共有する二つの個体です。契約上、貴女が私の安全を気にする必要はありません。ですが、道義上、私は貴女たちの安全を全力で保証するつもりですよ」


 皮肉を込めた私の言葉に、カティアは顔を青くし、あるいは赤くして絶句した。彼女が言い返そうとした瞬間、木製の扉の前に立ったルミエルが号令を発する。


「カティア、出発よ!!」

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