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第3話 呪都《千年京》



明かりのないトンネルを、スマホのライトをかざして進んでいく。


時折、天井から垂れてくる水滴が、地面に小さな黒い水溜りを作っていた。


「足元気ぃつけてなー」


御之の軽い声が静寂を割った。


モモが改めて洞窟を見渡す。

静寂の中、聞こえるのは二人の足音だけ。


御之の声は緊張をほぐすようだったが、足元以外は闇の景色に、モモの鼓動は早くなっていく。


(……そうだ。まだ終わってない。アジトってところに着くまで、気は抜いちゃ駄目だ)


モモは静かに気を引き締めた。


「あ、せや。ここ魅魅蚓(みみず)が出るかもしれへんから、気は抜かんといてな」


「みみず?」


モモの頭に疑問符が浮かぶ。

こんな洞窟にもいるのだろうか……。


「そうそ。にしても自分、災難やったなあー?ま、ほんまに災難なんはここからかもしれんけど」


「……」


モモは目を伏せ、あの暗い部屋を思う。


ーー同じ地獄なら、あの自由のない場所の方が、私はずっと嫌だ……。


深くは考えこまず、モモはそれより気になっていたことを尋ねた。


「他の皆さんは大丈夫でしょうか」


「心配せんでもそうそう死なへんて。伊達に少数精鋭やってへんからな」


御之の軽い返しに、モモの中でふと疑問が蘇る。


「そういえば、国家退魔師隊ってなんですか?敵、ではないですよね……?警察、みたいな感じですか?」


「せやな。千年京の治安維持から街の復興、堕神退治から民間人の保護救助まで、なんでもやっとる公的組織や。規模で言うたら千年京で一番デカいとこやな」


「凄い!暁月は何人いるんですか?」


「モモちゃん入れて、4人やな」


「4人!?」


まさか、この場にいるメンバーが全員だとは。


――はて、とモモは顔ぶれを思い出す。


(私に、亜蓮さん、御之さん、花緒さん、それと……顔色の悪い人? え、5人?なんか人数、合わないような……?)


誰か、メンバーじゃない人が混じっていたのだろうか。

5人でも不安なのに、一人減るとなると、なおさら心細く感じる。


「……あの。気のせいか、今その警察みたいな人達から逃げてる、ような?」


モモが思った事を言うと、御之が楽しそうに笑った。


「せやで〜!ちっとばかし、俺らの方が特殊な集まりやねん。非公認組織やしな。色々あって、今ちと目の敵にされとるところ」


「えっと、私……ちょっとややこしいところに拾われちゃいました?」


「お!ええなぁその素直な感想!好きやでー!」


御之の足取りが愉快そうに踊る。


「ま、概ね亜蓮の"浄化の力"絡みやな。モモちゃんも、自分の力の出所や素性は黙っとくのが賢明やで」


なるほど。外から見れば、暁月は“正体不明の組織”ということかもしれない。


だがーー。

御之がいくら軽い口調で“怪しい集団”のように語っても、モモにはそうは思えなかった。


それはきっと、亜蓮の存在だ、とモモは思う。


彼がモモに求めた覚悟の重み、仲間の誰よりも前に立って戦う姿、そして逢魔を倒す為に命を賭けるという決意ーー。


どれもが嘘偽りのない言葉だった。


出会ったばかりのモモですら、心の奥底から全ての信頼を賭けたい理由となるくらいにーー。



ふと、御之が足を止めて上を見上げた。

上から風が吹き込んでいる。

頭上の岩の出っ張りで、クロチが飛び跳ねていた。


「ここから上がれるな」


洞窟がゆるやかな上り坂になる。

モモが壁に手をつき瓦礫を登っていく。


その時ーー上から光が落ちてきた。


「桜の、花びら?」


手を伸ばすと、それはまるで小さな生き物のように光を放ち、ふわりとモモの指先に舞い降りた。


「けど、ややこしいで言うたら、モモちゃんも相当やと思うけどな」


突然話題を向けられて、モモはキョトンとする。


「そうですか?」

「せやで〜」


からからと笑う御之の声から、冗談っぽさが少しずつ薄れていく。


「モモちゃんみたいに、覚醒して人外寄りになった人間のことを、《異魔者》言うねん。でも、その存在がこの千年京で確認された例はまだなかった。ついさっきまではな」


突然難しいことを話しだす御之に、モモはわずかに混乱を覚える。


既にたくさんのことが起こって頭がいっぱいのモモに、御之の言葉はまともに耳に入ってこない。


「それはな、仮に元人間やったとしても、千年京の瘴気に触れると人間性は無うなって肉体が変質するからや。だから、元人間だったかどうかの判断がつかんくなる。せやから、“異魔者”っちゅー存在自体、空想の産物やと思われとんねん」


御之の声が、どこか淡々と続けられる。


「しゃーないな、この地におる神さんは、みんな漏れなく穢れる運命やから」


最後の登りはほぼ垂直だった。

御之はひらりと跳ねるように穴の上へ登り、手を差し伸べる。


「でも、モモちゃんは例外やった」


その言葉が耳に届いた瞬間、モモの中に寒気が走る。


伸ばされた手を掴んだとたん、視線が交錯する。

いや――目が、射抜かれた。

御之の目が、闇夜に光る蛇のような輝きを宿して、笑っていた。


掴まれた腕が強引に引き上げられ、御之の顔がモモに近づく。

口元には、何かを楽しむような、冷たい気配が漂っていた。


「ーーなぁモモちゃん。どうして君、そんなことができたん?」


世界から音が消え、月明かりが御之の表情を半分、影に沈める。


モモは息をするのを忘れ、思考が止まった。

心の中に真っ白な空白が広がり、言葉が出てこない。


だが次の瞬間、御之はその目の輝きをスッと引っ込め、ふっと笑った。


「なんか思い出したら、教えてな」


ひょいと、御之はモモの身体を軽々と引き上げた。


モモが再び御之を見上げるが、御之は元の面倒見のいい軽やかな笑顔に戻っている。


「さ、地上やで」


「……っ」


冷たい風が、モモの肌を刺した。

視界が一気に広がる。

そしてーー空を覆うようにそびえる桜の巨木が、モモの呼吸を奪った。


「あれは……」


満開の枝先から、光る薄桃色の花びらがひらりひらりと宙に舞う。

まるで桜そのものが意志を持つかのように、静かに光を放っていた。


「超巨大霊木。通称、冥桜・イロハ桜。この町のシンボルみたいなもんやな」


低い風鳴りと共に、桜吹雪が夜空を覆う。


千年京の街並みは、現代と古代がねじれたように融合していた。


遠くに見える崩壊したビル群。

瓦礫隙間に埋もれた鳥居。

斜めに立つ顔の欠けた仏像。

月光に浮かび上がる五重塔。


瘴気が地面を流れるように漂い、夜空の闇に白い人魂が静かに舞っている。


ふと目に入った樹木に、捻れた人の顔が浮かんで見えた。


それだけでない。

ねじくれた指のように隆起した地面。

コンクリートの壁から這い出る石の体。

錆びついたフェンスに絡みつく、血管のような蔦ーー。


モモは言葉を詰まらせた。


天国かも、地獄かもわからぬあの世のような光景に、息をするのさえ躊躇われるほどの恐怖と、畏敬の感情が込み上げてくるーー。


「ようこそ」


隣から御之の声が軽やかに響く。


「ここが生きては帰れぬ魔の神性領域ーー千年京や」


その言葉に、モモは再び現実に引き戻された。


美しくも不気味な世界に、モモは肌で理解した。


ここは人の世界ではなく、私は神様の領域に足を踏み入れてしまったのだと。

鬼の力など、この世界を前にしては小さくささやかなものなのだと……。





異魔者(いまもの)

魔力に目覚め、身体や精神が「人外化」した存在。実際に確認された例はなく、分類として存在する想像上の存在である。それは、元人間だったとしても、千年京の瘴気の影響で自我は失われ肉体も変質する為、人間だったかどうかの判別が非常に難しいと考えられるからである。高い戦闘力、魔力暴走、強力な異能が特徴。


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