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華炎戦譚 ー呪われた都で交錯する、退魔師達の業と恋の物語ー  作者: 織河トオコ
第三章 「八岐神楽《ヤマタカグラ》」

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第14話 「三つの試練」


 目を開けると、最初に見えたのは亜蓮(あれん)の寝顔だった。


 昼の光がカーテンを透かし、白い室内へ淡く広がっている。亜蓮はベッド脇の椅子に腰掛けたまま眠っていたらしい。


 花緒(はなお)が身じろぎした気配に気づき、弾かれたように顔を上げた。


「花緒」

「……亜蓮様」


 声を出した途端、体が鉛のように重いことに気づいた。右肩から腕にかけて鈍い痛みが走る。


「起きなくていい。白波(しらなみ)君から、しばらく絶対安静って言われてる」

「どれくらい、眠ってました?」

「今昼過ぎだから……八時間くらい」


 花緒は窓へ目を向けた。記憶にある最後の景色は夜だった。モモの泣き顔。振り下ろされた角刃。突然現れた狐耳――それから先は、痛みの中で途切れ途切れだ。


「モモさんは?」


 亜蓮の表情が曇った。


「まだ戻ってきてない」


 花緒が反射的に体を起こそうとした。全身に痛みが走り、思わず顔を歪める。


「待って。安全は確認できてる」

「どこにいるんですか」

「……国家退魔師隊の本部だ」


 花緒が言葉を失った。

 その時、廊下の向こうから慌ただしい足音が響く。


「花ちゃん、起きたか!」


 勢いよくドアが開いた瞬間、花緒の右手が宙を切った。銀色の光が御之(みゆき)の頬を掠め、ペーパーナイフがカンッ!と背後の壁へ突き刺さる。


「怪我人の部屋へノックもせず入ってこないでください」

「怪我人が投げてええ速度ちゃうやろ……」


 

 * * *

 


 花緒の部屋へホワイトボードが運び込まれ、亜蓮、御之、千助(せんすけ)はその周囲を囲んでいた。


 花緒は背中に枕を重ねた状態でベッドに座り、これまでの経緯に耳を傾けている。


「迂闊に動かず、まず作戦を練るという方針は理解しました」


 膝の上で両手を重ね、花緒は三人を見渡す。


「ですが、次がラストチャンスとはどういう意味ですか?」

「それなんすけど」


 千助がマーカーのキャップを外した。


「まずは『三つの試練』について説明しなきゃいけなくて」


 ホワイトボードの一番上に『三つの試練』と大きく書く。隣には、3つの山のイラストも。


「昔話や神話って、『3』がやたら出てくるじゃないすか。三人兄弟、三つの願い、三日三晩。3ってのは、物事の『完成』や『成就』を表す数字なんすよ」


 千助はホワイトボードの中央へ、野球の得点板のような横長の枠を描いた。


試練①  試練② 試練③

  →  →  →   →【成功報酬】


「主人公は望みの報酬を得るために、三つの試練を与えられるっていう法則っす」

 

 千助はホワイトボードに向き直る。


「たとえば『三枚のお札』。小僧は札を一枚ずつ使って山姥(やまんば)を3回退けた。桃太郎は家来になる動物に3回出会う」


 3つの枠へ丸を入れ、最後の【成功報酬】に赤で王冠マークを重ねた。


「同じことがモモさんにも起こっていると?」


千年京(せんねんきょう)は世界そのものが神話や昔話の構造を取りたがりますからね。今はこのルールに従って動いてるはずっす」


 千助は少し屈んで、今度はホワイトボードへ丸いモモの似顔絵を描いた。横に再び枠を並べる。


「初めて亜蓮さん達と出会った時、これが一回目……。そして、昨日の儀式が二回目――」


    試練①  試練② 試練③

【モモ】 × → × →   →【仲間入り】


 最後の一枠だけが白いまま残された。

 千助が二つの×をマーカーの先で示す。


「モモちゃんを仲間にする挑戦は、もう二回失敗してる。次が三回目。ラストチャンスっす」

 

「待って! モモさんは出会った日から仲間だったでしょう!?」

 

「いや。モモちゃんはまだ『()()()()』だったんすよ」


 花緒の背筋が凍る。

 椅子に腰掛けたまま亜蓮が引き継いだ。


「鬼を人間側へ迎え入れるには、味方の人間全員の同意が必要らしい」

「あっ……えっ? でも――」

「例外もあるで。例えば、家来や眷属(けんぞく)の同意はいらん」


 床に寝そべっていたタロが不満そうに鼻を鳴らした。

 

 花緒の脳裏に、かつて自分が吐いた言葉が蘇る。


 ――認めない。

 ――ありえない。

 あの時、モモの加入を受け入れていたのは亜蓮と御之だけだ。


「じゃ、じゃあ、今までのモモさんは?」


「招かれた鬼。いわゆる『まれびと』ってやつっす。飯を出されて、居場所を与えられて、もてなされる神様っすよ……」


 花緒の背筋を冷たいものが滑り落ちた。

 モモのために用意した食事。皆で囲んだ食卓。あれすらも異界の法則から見れば、鬼へ捧げる「もてなし」だったのかもしれない。


「……私の、せいで」

 

「いや、俺も最初はそう思ったんすけど。モモちゃんは出会った時から人喰い鬼っつー(けが)れを持ったままだから、どのみちアウトだったっす」


「でも……」


「むしろ、花緒さんはモモちゃんの中の異物に反応したんじゃないすかね。物の正体を見抜く直感は、昔から女や子供の方が鋭いって言いますし」


 花緒はそれ以上何も言えなくなって口を閉ざした。


「で、ここからが本題っす」


 千助が赤いマーカーへ持ち替える。


「この『三回の試練』には、()()()()()があるんす」


 千助が赤で2つの×を叩いた。


「一回目と二回目に失敗してても、三回目に大成功すれば前の失敗をチャラにできるんす」


「チャラ?」


「長男と次男が失敗して、三男が全部解決する話って多いでしょ。三回目の大成功が、前の失敗を成功への過程に変化させるんす」


「言うとくけど、俺は失敗するつもりで動いたわけやないからな」


 御之が憮然として言う。


「2度目が必ず失敗するって決まった訳やあらへん。神話はあくまで傾向や。上手くいく可能性があるならやるだけやった」


「っすね。最低でも一度成功すればオッケーってパターンもあるし……。でも、昨日の失敗もこのルールに従えば、無駄にはならない」


【モモ】 × → × → ◎ ⇒【大団円】

 

「大団円って……具体的には?」


 亜蓮の問いに、千助は一瞬言葉をつぐんだ。


「……モモちゃんだけじゃなくて、雪乃さんも取り戻せる、とか」

 

 亜蓮が目を見開いた。


「何が『大成功』判定になるのかはわからないっす。でも、モモちゃんを取り返せるチャンスは整ってる」


 振り返り◎を見つめる。マーカーを握りしめる手に汗が沸いた。


「次で全部ひっくり返す。それしかない。失敗した時に何が起きるかは……正直、俺にも分かんないっす。」


 誰も口を開かなかった。

 重い沈黙を見計らい、千助が勢いよく振り返る。


「で、そのための作戦が――!」

「待ってください」

「へっ?」


 花緒が素早く手を上げた。

 完璧に流れを折られ、千助が情けなく狼狽える。


「な、なんか異議ありっすか?」

 

「いえ。ですが、このまま話を進めれば有耶無耶にされそうなので、先にはっきりさせましょう。」


 花緒は手を下ろし――御之を真っ直ぐに見据えた。

 御之が嫌な予感を覚えたように片眉を上げる。


「――貴方、人間じゃありませんね?」


 御之が目を見開いた。

 亜蓮の肩に緊張が走る。


「えっ、えっ? いやそんなはずは……」

「初めて会った時からおかしいと思っていました」


 狼狽える千助を花緒が遮る。


「貴方の気配です。人間なんですよ、不自然なくらい。能力の高さと、異能者としての気配がまるで釣り合っていません」


「ええことやん。健康体っちゅうことやろ」


「そうじゃありません。異能を使う人間の体には必ず穢れが混じります。異能を振るう以上、その影響は避けられない」


 花緒の視線が、御之の金色の目を射抜く。


「なのに、貴方にはそれがほとんどない。体の色を変えて景色に溶け込む蛇みたいに、人間の気配を完璧に模倣している。それに、昨晩のまるで異形みたいな魔力……」


 千助が青ざめた顔で御之に振り返る。

 亜蓮は、口を閉ざしていた。


「亜蓮様から分け与えられた力は、受け取った者の潜在的な願いを形にします」


 花緒はそっと自分の胸元へ手を置いた。


「私は、亜蓮様を支える力が欲しかった。食事も睡眠もほとんど必要としない体は、その願いが歪な形で表れたものだと思っています。では、貴方は何を願ったのか」


 御之が口元に笑みを作った。

 花緒が、静かに呼吸を置く。


「貴方は、人間になりたかったんじゃないですか?」


 亜蓮が息を呑んだ。

 御之は数秒間完全に動かなかったが、やがて挑発するように口角を上げる。


「おもろい発想やなぁ。で、それが本当やとして、確かめる方法でもあるんか?」

 

「はい」


 花緒が即答した。御之の両手首へ光の立方体が絡みつく。結界が収縮し、両腕を背中側へ拘束した。


「これから貴方を尋問にかけます」

「「「えっ?」」」


 三人分の声が重なった。

 花緒はベッドから降りると、拘束した御之の背を押す。


「ちょ、ちょい待て!」

「亜蓮様」


 狼狽える御之を無視し、花緒が振り返った。


「この男、少しお借りします」


 亜蓮の顔から、さあっと血の気が引く。


「花緒、程々に――」

「尋問に支障はありません」

「あ、いや……御之の方」

「は!?」


 御之が振り返る。亜蓮がさっと目を逸らした。


「手加減してあげて……」

「善処します」

「善処はせん奴の言い方や! おい待て! なんで俺が心配される側やねん!」


 花緒はきっちりと頭を下げ、御之を廊下へ押し出した。


 

 * * *


 

 空き部屋へ放り込まれた御之は、床へ膝をついたまま唯一の出口を見上げた。少しして、花緒が紙袋片手に戻ってくる。


「はぁ……困った子やなぁ」


 鍵をかける音に、御之は余裕を取り戻したように笑った。


「密室に男連れ込んで、えっちな拷問でもする気か? 花ちゃんがええ男と二人きりになってますーって慈雨月(じうつき)さんに言いつけたってもええねんで」


「安心してください」


 花緒が御之のサングラスを外す。


「これから貴方へ施すのは人事的行為であって、それ以外の余分な感情は一切ありませんから」

 

「どこが人事や!」


 花緒は無表情で御之の背後へ回り込み、片腕を取った。手首へ何かが巻きつけられる。黒いスマートウォッチだ。


「心拍数、体温、発汗量を測定します。嘘発見アプリも入れておきました」

 

「はぁーなるほどなぁ。このオモチャで俺の言うとることの真偽を調べるっちゅーわけな。可愛いやん」

 

「精度は六割程度という評判です」

 

「ほれ、ただの遊びやん」

 

「ですが、同じ質問を繰り返して統計を取り、表情の変化と照合すれば、おおよその判断はつきます」


 御之の笑顔が固まった。

 花緒は端末へ表示された平常時の数値を確認する。


「まずはテストです」


 スマートフォンを片手に、御之の正面へ腰を下ろす。


「貴方は以前、『隠し事はチームを壊す』『この程度の秘密で壊れるチームなら、壊れた方がましだ』と言いました」

 

「……」

 

「あれはモモさんについて話しているように見せて、自分のことを指して話してましたね?」


 御之の顔から、ほんの僅かに表情が消えた。

 花緒がスマートフォンへ目を落とす。


「驚きました。殆ど顔色が変わりませんでしたね。ですが心拍数は上がりました」

「おいおい……」

「図星を突かれると固まる癖があるんでしょうか。まあ、続ければ分かりますね」


 花緒は部屋の隅に置いた紙袋から、三冊の本を取り出した。


 一冊目。

『あなたの本当の性格が分かる! 深層心理テスト』


 二冊目。

『友達とのホントの関係まるわかり! 友情タイプ診断』


 三冊目。

『恋するあなたの素顔♡完全診断』


 御之の顔から、みるみる血の気が引いていく。


「貴方が最も嫌がる尋問方法を真剣に考えました」


「もっと普通に殴れや……」

 

「貴方は自分の内面を人に知られることを極端に嫌います。それがお遊びの心理テストであっても相当に不快なはずです」


 スマートウォッチの心拍数が一気に跳ね上がった。


「はぁ、おもちゃも案外馬鹿にできませんね」

「ちょ、待て。話し合おうや」

「折角です。3回ルールの効果も試してみましょう。三冊目で貴方が降参すれば私の大成功。三冊すべてに耐え切れば、貴方は秘密を隠したまま逃げおおせる。公平でしょう?」

 

「どこがや!!」


「始めます」


「ちょ、ま、」


 一冊目を開いた。


「『森を歩いていると、道が三つに分かれていました。どれを選びますか』」

「……帰る」

「選択肢にありません」

「ほな作れや!」

「一、明るく開けた道。二、暗いが近道に見える道。三、誰かの足跡が残っている道」

「……二」

「危険を承知で近道を選ぶ。目的のためなら自分を犠牲にしやすい性格です」

「うっさいわ!!」


 

 *


 

 30分後、御之は目に見えて余裕をなくしていた。

 花緒は既に二冊目の本を開いている。


「親しい友人から突然連絡が途絶えました。最初に何をしますか」

「放っとく」

「嘘ですね。」

「即答すなや!」

「では、連絡が途絶えた相手が亜蓮様なら?」

「その聞き方ずるいやろ!」

「で?」

「…………探しに行く」

「それはあなたが一人で悩んでいる時に真っ先に取ってもらいたい行動です」

「その本後で絶対燃やしたるからな……」



 *

 

 

 ――さらに30分後。

 花緒は二冊目の心理テストを閉じ、大きく息を吐いた。

 

 御之は茹で蛸のように赤くなってぐったり横たわっている。花緒は胸元のシャツを仰いだ。頬は僅かに赤く、こちらも相当な精神的ダメージを受けている。


「はあ、この質問、やる側もこたえますね。聞いてるこっちまで恥ずかしくて消えたくなります」


「ならやめたらええやん……。誰も得せえへんやん……」


 花緒が三冊目へ手を伸ばすと御之が跳ね起きた。


「待って、花ちゃん。ほんま、それ以外にしよ」

「3回目が本命です」

「3回ルールの使い方絶対間違っとるやろ!」


 花緒は試験官のような顔で、『恋するあなたの素顔♡完全診断』を開いた。


「では……理想のデートからいきましょうか……」

「花ちゃんっ……!」

「貴方が全て話せば終わります」

「人権侵害や!」

「ちなみに、とっておきは『恋人への甘え度』です」


 スマートウォッチがけたたましい警告音を鳴らした。

 汗だくの花緒が、引き攣った笑顔を浮かべる。


「綺麗に吐けるといいですね」

「やめろぉぉぉぉ!!」


 

 * * *

 


 天井からどかどかと激しい物音が響いていた。

 時折、御之の悲鳴や、何かを必死に否定する叫び声が降ってくる。


 千助はマグカップを両手で持ち、不安そうに天井を見上げた。


「……何してんすかね」


 亜蓮も青ざめた顔で天井を見上げる。かれこれ一時間以上この調子だ。

 

 どんっ、と大きな音が響く。


『そんなん知らん! 知りませーん!! はい嘘ーー!絶対嘘ーー!!』


 二人は同時にお茶を啜った。


「つか、行かせてよかったんすか? 無理やり聞き出される感じになってるっすけど」


「……ああでもしないとあいつは人と壁作ったままだろうし……。花緒も御之のこと信用したくてやってるだろうから」


 亜蓮が目を伏せる。


「……千助は、御之が変だなって思ったこととかある?」

「いや、あいつだし、おかしいとこしかないっすけど、そうだな……」


 口元に指を当てて考える。


「あいつ……酒一滴も飲まないんすよね……」

 

 いつの間にか、2階の物音が止んでいた。

 不自然なほどの静寂に気付いてから20分後。

 勢いよくドアが開き、ぐったりした御之が床へ崩れ落ちた。


「ヒィッ!? 御之さん!」


 千助が駆け寄り、亜蓮も椅子から立ち上がる。

 御之は床へ顔押しつけたまま震える声を絞り出した。


「鬼や……ほんま……人の心ないんか……」

「失礼ですね」


 花緒が手で顔を仰ぎながら現れる。


「こちらまで知りたくもない恋愛観を根掘り葉掘り聞かされて苦痛極まりない時間でした」


 御之は耳まで真っ赤になって恨めしそうに花緒を見上げた。秘密は全てゲロしたのに何故か追加で五問も答えさせられたのだ。

 

「花ちゃん……ほんま、覚えとれよ……!」

「構いませんよ。貴方が最も苦手な言葉も分かりましたから」


 花緒は腰を屈め、御之の耳元へ顔を寄せた。


「御之さんって優しいんですね」

「ぐああああああ!!」


 長身が床をごろごろとのたうち回った。全身に鳥肌を立て悶絶する。

 花緒はふんと鼻を鳴らしたが、すぐに表情から苛立ちは消えた。


「ですが……事情は分かりました」


 空気が変わる。

 床で悶えていた御之が死んだ蛇のように動かなくなった。

 

 花緒は同情とも憐れみともつかない色を瞳に浮かべ、静かに告げる。


「――この男は、異魔者(いまもの)です。モモさんと同じ、異形に()った元人間。覚醒時に体のコントロールを失い、当時の恋人を…………亡くしています」




8月は更新お休みします!

カクヨム版の近況ノートに、これまでいただいたFAや、戦闘曲などご紹介させていただいています。

是非見て&聴いてくださいね(*´ω`*)

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