第5話 「爆弾」
花緒はスマホを握りしめたまま俯いていた。
通話時間を示す白い数字と、重たい沈黙の時間だけがただただ刻まれていく。
御之は、少し離れた木の幹に背を預け星の見えない闇を見上げていた。
「……大方決まりやな」
御之がぽつりと呟いた。花緒が視線だけを重たく御之に向ける。
「モモちゃんは逢魔時の日に、この山道で事故に遭うた。魂が屍鬼になって蘇って、手負いの雪乃ちゃんと鉢合わせて、襲った。母親の記憶だけを頼りに彷徨って、外界へ出た」
『雪乃を襲った? どういうことだ?』
慈雨月の声が強張った。
「……モモさんは、屍鬼です。屍鬼は喰らった相手の力を手に入れます。モモさんの戦闘力の高さ、事故現場と、雪乃様の行方が途絶えた場所が一致していることから考えるに……恐らく……」
通話の向こうで、明らかに慈雨月の顔色が変わる気配がした。
――でも、本当にそれが真実なのか?
花緒の中で、どうしても重たい違和感が拭えない。
確かに千年京は、何が致命的になって命を落とすかわからない世界だ。それでも、生まれ出でたばかりの屍鬼に、雪乃が負ける姿は想像がつかなかった。
(まだ、私達の知らない何かがあったのかもしれない……)
一方、御之の中でも釈然としないものがあった。
(わからないのは、なんでモモちゃんの魂が屍鬼になったかや……。千年京で死んだ人間がみんな鬼になるわけやない……何か理由があったはず……)
「……慈雨月様、申し訳ありません」
『……どうしたんだ、急に』
「私が雪乃様だとお伝えしたご遺体……もしかするとあれは、モモさん、だったのかも……。物的状況だけで、早まった判断をして……とんでもないことを……」
『大丈夫だ。花、それは違う。』
消え入りそうな声を絞り出す花緒に、慈雨月は声音を強くした。
『さっきも言ったが、千年京で命を落とせば、個人の判別ができる遺体が戻る方が稀だ。弔えたのはむしろ運が良かった方だよ』
「しかし……」
『それにもうあの遺体は火葬されてしまっている。もう確認のしようは――』
言いかけて、慈雨月の言葉が止まった。妙な沈黙に花緒が違和感を覚える。
「……慈雨月様?」
『……いや、すまない。もしかすると、なんとかなるかもしれない』
花緒と御之が息を呑む。
「遺骨から個人を特定できる手段があると?」
『まだ……断言はできない。だが、人一人が鬼になったんだ。知ればそれこそ「鬼門を開く」ことになるかもしれない。それに、知ったところで事実が変わるわけでもない。それでもやるかだ』
慈雨月の声は緊張で張り詰めていた。他の人間がそうでない中、モモが鬼化した違和感に慈雨月も気づいているのだ。
花緒はすぐに答えられない。ただ、今ならこの話を知っているのを、この場にいる自分達だけに留められる。そして、隠し通すことも……。
「モモさんは、亜蓮様を慕っています。それに、亜蓮様も……。そのお二人が知れば、きっと……。それなら、知らないままいさせてあげることも……」
「いや。ここまできたんや、暴露するで」
「なっ、何故?」
耳を疑って花緒が顔を上げる。御之は肩をすくめ、不敵に笑ったまま答えた。
「花ちゃん、俺らみたいなチームが仲間割れする原因て大体なんやと思う?」
花緒は少し考えるが、わからずに顔を険しくする。
「……方向性の違いとか?」
「ちゃうちゃう」
御之の笑みが深くなった。
「隠し事や」
* * *
全てが語り終えられた後の、長い沈黙。
ぬるい夜風だけが5人の間を通り抜けていく。
「……わかった」
手の中でモモが呟き、千助がビクリと意識を取り戻した。全身が嫌な汗でびしょびしょだった。
「二人の言うこと……なんでかわかんないけど、しっくりくるんだよね。私がなんで鬼だったのかも……なんでこんなに戦えるのかも。あんなに優しかったおばさんが……なんで、急に冷たくなったかも……」
モモはゆっくりと目を開けた。金色の瞳が、静かに揺れる。
「私が……雪乃さんを、亜蓮さんのお姉さんを喰った。その力で今、戦ってる。それも……多分、合ってるんだと思う」
モモは、長い息を吐いた。首のない体が千助に向かって手を差し出す。
「千助さん。頭ちょうだい」
「は、はひ!!」
千助が差し出した生首をモモは無言で受け取る。ぐりっ、ぐりぐり、と、まるでヘルメットでも被るみたいに、自分の頭を胴体にねじ込んだ。じわじわと切断面が生き物のように蠢き、首が繋がる。
「……御之さん。念のために聞くけど、私が他の屍鬼に噛まれたから屍鬼になったとか、そういうんじゃないんだよね?」
「それはない」
御之は冷静に即答した。
「もしそうなら俺が確認できる。それに、他者の能力を取り込める屍鬼は親玉種や。噛まれて成った雑魚にできる芸当やない。……慰めついでに、飢えた屍鬼が人間を喰らうのは本能や。モモちゃんの意思とは関係無くな。でも……実際のところはわからん」
「そっか……。わかった……」
その言葉を淡々と噛み締める。聞いてはみたが、本当はそんなことはどうでも良かった。ただ何か言葉を挟みたかった。
「……ごめん。ちょっと、なんて言っていいかわかんない」
ショックは、確かにあった。でも、モモの頭の中は真っ白に冷えていた。そしてそれ以上に、熱いものがぐらぐらと心の奥底から湧き上がってくる。
モモが、振り返った。金色の瞳が爛々と燃えていた。
「――でもさあ……!!」
――鬼の形相。牙が覗き、額から銀色の角がビキビキと生える。怒りで瞳孔がギュッと収束した。
「だったら、他に言い方あったんじゃないの……!?」
花緒の背筋が凍りついた。御之は――にやりと笑う。モモが一歩踏み出した。その気迫に、花緒は思わず後ずさりそうになる。
「屍鬼なら死なないって思ったのかもしれないけどさあ! だからって、いきなり頭跳ね飛ばすことなくない……!? いやもう、生きてるからいいんだけどさ! もっと優しい言い方あったよねぇ!? これでも私っ、一応傷ついてんだけど……!?」
「……同感だ」
低く、怒気を抑える声が割り込んだ。ずっと黙っていた亜蓮が陽炎のように歩み出る。その顔は、燃えたぎるような怒りを堪えていた。
「こういう手段を選ぶのは……お前だな、御之」
「なんや、バレたか」
御之は肩をすくめて飄々と笑った。
「せやで。知るなら早い方がええやん? お前に任せたらいつまで経ってもうじうじ伝えるか悩むやろ? だから俺がスパッと公開したってんねん」
「他に、穏便なやり方があっただろ」
「ショックなことは一気に片付けた方が優しいねんて。首もげても死なんこともわかって一石二鳥やん。つーか……」
御之の目がスッと氷点下に冷え、見下ろす。
「この程度の隠し事で壊れるチームなら……今終わらした方がええわ」
「……お前はっ――!!」
亜蓮の気配が明確に燃えた。全身の毛が逆立つような怒気を激らせ、亜蓮が歯を噛み締める。
モモは深く息を吐いて花緒を見た。
「……花緒、どうなるかわかってるよね?」
「もちろんです」
既に覚悟を決めていた花緒は冷静に頷いた。魔力を纏わせたペーパーナイフを顔前に構える。
「もはや事実を確認する術はありません。でも、あなたの中に雪乃様があるなら、私自身の目で見極めたい。それを知るには、本気で手合わせするしかありません。だから、御之の誘いに乗りました。そして貴女の本気を引き出すために、貴女を怒らせました」
「へえ……! いい度胸してんじゃん……!!」
モモの目がぎらぎらと燃え笑った。
モモの手が額の角をがしりと掴む。そのままずるずると引き摺り出し、振り払う。銀色に輝く一振りの日本刀のように、長く伸びた角を構える。
「御之……。謝る気があるなら、今なら聞いてやる」
業火のような気配を抑え込む亜蓮に、御之は冷笑した。
「お前の作ろうとしとるチームがどの程度のもんか、試したるわ」
瞬間、空気が二つに引き裂かれた。
亜蓮とモモが並び立つ。
向かい側に、御之と花緒。
その間で真っ青になる千助。
「えっ、何……? 何この空気……? なんで? なんでバトルしようぜみたいな流れになってんの……? えっ……?」
千助が青ざめて呟く。これが一応止めたつもりなのだが、火のついた4人の耳には届かない。亜蓮ですら手に日本刀を呼び出している。嘘だろ?ガチかよ。
「……」
花緒の目に亜蓮とモモが並び立つ姿が映った。その姿に在りし日の姉弟の姿が重なり、鮮やかな幻を見つめるように目を細める。
――そう。これで良い。
火花がちりつくような、爆発寸前の空気。そこに、火を投げ入れたのは御之だった。
「先手は譲ったるわ。クソガキ」
亜蓮が歯を剥いて叫んだ。
「……どっちが!!」
怒りが炎になって爆ぜた。亜蓮が御之へ、モモが花緒へ一気に距離を詰める。
――ドンッ!!
亜蓮の日本刀が、御之の召喚した式神を真正面から叩き潰す。御之は歯を見せて笑いながら、黒いガラケーを閃かせて次の式神を呼んだ。
モモの「角刃」が、花緒のナイフを弾き飛ばす勢いで突き出される。素早く後退した花緒が結晶の光を鋭く放った。
周囲が爆音と衝撃で震えた。炎が爆ぜ、大蛇になった式神が咆哮する。地面が深く抉れ、プリズムが乱反射し、木々が根こそぎ揺れる。誰もが本気な中で、御之だけが挑発的に口角を上げて笑っている。
「てめえらーーッ!!? この戦闘狂共がーー!! ふざんけんなーーー!!?」
叫んだのは遠く離れた岩陰に隠れた千助だ。真っ青な顔で、4人が巻き起こす嵐から逃れている。
「どいつもこいつも脳筋かっ、バカーーッ!! 普通もっとこうしんみりするところだろ! でも信じてるよ♡とか、一緒に乗り越えよう⭐︎とか言う流れだろ! 何拳で語り合おうとしてんだ! 『仲間割れ?解散の危機!?』じゃねーんだよそういうの要らねえんだよボケェェェッ!!」
バカだ!やっぱりこいつらバカなんだ!!千助の叫びも虚しく荒ぶる現場。それどころか、亜蓮と御之の攻撃はさらに相手の致命傷ギリギリを攻めるまでに加熱していく。
……だめだ。こんな馬鹿どもとつるむなんて、命がいくつあっても足りない!
「クソったれ!! こんな危険なところにいられるか! 俺は帰らせてもらうからなぶべら!!」
だが、振り返って逃げ出した千助が見えない壁にはじかれて尻餅をつく。ぶつけた鼻を押さえて瞬きした。
「け、結界……!?」
(そ、そうか……! 最初に花緒さんが結界を張って逃げられなくしていた……つまりこれは……!)
「いやーーッ!?? 密室ッッ!! 誰か助けてーーー!!!」
モモが角刀を握り直し、花緒へ向かって駆け出した。一足一足が獣のように素早く大地を削る。
「私に力勝負で勝てるわけないよね!? 花緒!!」
「その通りです。ですが――」
花緒は一瞬で、振りかぶってきたモモの懐へ。流れるようにモモの動きを捌く。何が起こっているかわからないままモモの天地が逆転する。突進してきた勢いそのままに背中を打ち、がはっと胸の奥から胃液を吐いた。
「――相手が雪乃様だと思えば、対処は容易いです」
上空。赤い軌跡を引いて御之を狙う亜蓮を、大蛇の頭に乗った御之が迎え打つ。御之が操る硬質化した無数の黒いワイヤーの攻撃を掻い潜り、亜蓮が御之へ迫る。
「理由つけたように見せて花緒を焚き付けて、どうせまた暴れたくなっただけなんだろ! お前は!!」
「正解や!! けどそれのどこが悪いねん! 俺の目的は最初から変わってないんやからな!!」
ガキィン!!と、御之の目の前で火花が散った。御之が手に巻いた黒のワイヤーと、亜蓮の刀が噛み合いギリギリと音を立てる。首筋に汗が流れるのを感じながら、御之は獰猛に笑った。
「ヒーローごっこには付き合うたる言うたけど、それで手懐けたって勘違いさせてしもたみたいやなぁ……? 毎日毎日雑魚の相手でこっちは退屈してんねん……! たまには遊んでもらおうか……!」
御之の瞳孔が蛇のように収束する。純粋な闘争本能と破壊衝動で燃えた眼光が、亜蓮を捉えた。
明けましておめでとうございます。
更新が遅くなり申し訳ありません!泣
新年一発目は感情ジェットコースターとカオスで参ります!でも、何やら誰かが不穏…?
そして更新が無い間も、お読みいただき、評価やブクマや感想もいただき、ありがとうございます!。゜(゜´ω`゜)゜。
年明けには、カクヨムさんの方にFAをいただいたりと素晴らしく光栄なこともありました。とっても素敵なので是非見に来てくださいね、とっても素敵なので。ちなみに亜蓮です。しかも素敵作品とのコラボです。
今年は第3章完結目標に頑張りたいです(血反吐
いよいよ御之章、荒ぶってまいります。
フレンドリーな性格の陰に隠された、嵐のような男の本性に振り落とされませぬよう、ご注意くださいませ。




