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華炎戦譚 ー呪われた都で、退魔師達の業と恋が交錯するー  作者: 織河トオコ
第三章 「Dance Dawn Decadence of Gods

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第7話 「青鬼は誰か」



 御之(みゆき)は笑っていた。

 息が詰まる攻防の最中だというのに、目だけが異様に冴えている。


 こいつと()るのが好きだ。

 

 戦いたい本能も、ただ相手をねじ伏せたい衝動も、この男の前だけは隠さなくていい。

 

 理性も倫理も今は邪魔だ。

 獣みたいに牙を剥き、思うがままに魔力を解く。

 沸騰するような体の奥で、思考だけは冷やして詰みを読む。


 だが、そうやって追い込んだはずの間合いでこいつはいつも一歩先に立っている。

 その一歩が腹立たしくて、たまらなく愉しい。


 だから本気でいい。

 何もかも壊すつもりでいい。

 

 こんな狂った世界では、

 正気を守るほうがよほど息苦しいのだから。

 

 

 *

 


 大蛇(クロチ)の顎がばかりと開いた。裂けた喉奥から、紫炎が空へ向かって噴き上がる。

 

 並の堕神(だしん)なら瞬き一つで灰だ。

 それを、亜蓮(あれん)は宙空で一閃し吹き飛ばした。


 吹き散った炎が火の粉となって流れる。

 落下の最中、亜蓮の視線が一瞬だけ戦場の端へ逸れた。

 ――モモと花緒のいる方向。


 御之の喉の奥で低い舌打ちが転がる。


「よそ見かい」


 黒いワイヤーが空気を裂く。先端が槍のように硬化。

 地面から突き出た岩塊へ着地した亜蓮の脳天へ迫る。


「こっちはこんなに熱なってんのにな!!」


 御之が吠える。気を引くための声。

 眉間を穿つ軌道を、亜蓮は素早く刀で弾いた。

 

 爆ぜる金属音。

 靡く羽織りが、ほんの僅か視界を遮る。

 

 作り出した刹那の死角。

 御之がクロチの口先まで滑り降りる。

 巨体の勢いを乗せ、レイピアのように硬化させたワイヤーを叩きつけた。


 ――ガキィン!!


 火花が散った。亜蓮の足元が割れる。骨の髄まで痺れる衝撃。


 亜蓮は刀を斜めに構え――クロチの圧を完全に受け止めていた。

 期待していた反応に、御之の喉の奥から獰猛な笑みが溢れ出す。

 

 これだ。

 こいつは考えるより先に体が動く。

 まるで機械のような反応速度。

 なのに、こいつはちゃんと傷つく生身の生き物。

 

 燃えるような赤い瞳と視線が絡んだ。

 御之の心臓の奥でぞくりと熱が爆ぜる。


「本気であの子を匿う気か!? 姉ちゃん喰った鬼やぞ!」

 

「やりたくてやったようには見えない!」

 

「見えへんかったら無かったことになるんか!」


 押さえつけられる力で金属が軋み、亜蓮の足元で土が抉れる。


「責めたらモモちゃんが出ていく。目ェ逸らしたいだけやろ!」

 

「だからなんだ!!」

 

「お得意の綺麗事や言うてんねん!」


 御之が圧をかけ、鍔元がガチガチと軋む。亜蓮の歯が鳴り、首筋に汗が湧く。


「だからって……こんなやり方があるか……!」

 

「まあ確かに……()()()()()()は賭けやったわ……!」


 御之の口端が引き攣る。だが、目だけは笑えていない。

 押し合う力の中で、額が触れそうな距離まで近づく。


「でもな、仮に()()()知ったところでモモちゃんはどう思たやろなぁ……! もし裁かれたがったら? お前にあの子が斬れたんか!?」

 

「だからお前が代わりにやったとでも言うのか!?」

 

「そうや!!」


 御之の息が爆ぜる。

 互いの熱い息が混ざる距離で、金色の瞳孔が蛇のように収縮した。


「あの子には罰が必要やった……! ()()()()()()はな、罰無しで生き逃れたらあかんのや!!」


 見開いた亜蓮の目に動揺が走る。

 

 ()()()()()()の揺れ。

 

 だが、それさえ(あざけ)るように御之は口角を釣り上げた。

 額に冷たい汗が流れるのを感じながら、この男の逆鱗に触れる。

 

 わざと、大きな声で、

 

「ふっ、()()()の次は()()()()()()か。ヒーロー様の懐は深いなぁ……!」


 瞬間、亜蓮の表情が一変した。

 赤い瞳が理性を超えた怒りで燃え上がる。


 刀が振り上がった。

 乱暴な金属音。たまらず弾かれ、御之の体が後ろに崩れた。

 

 空気を薙ぐ音と共に銀色の逆刃が飛び込んでくる。


 ――ドッ!!

 両手で握り込まれた刀。怒りを込められたそれが、唸りを上げて御之の胸を強打した。


「――ぐ!」


 肋骨に響く嫌な感触。ほぼ同時に、足元が滑った。

 

 一拍遅れて、クロチの首が胴体を離れた。巨大な頭が崩れた皿のように滑り落ちる。


 クロチを横に一刀両断した構えのまま、静止する亜蓮がゆっくりと目に映った。


 いつ、やった。


 理解が追いつく前に、巨体が倒れ轟音が響く。衝撃で地面に投げ出され、外れたサングラスが地面を跳ねる。

 

「……っ」

 

 指がガラケーを探る。

 ボタンに触れる寸前、手首に鋭い蹴りが走った。

 端末が弾け飛び、地面を滑る。

 

 瞬間、黒く視界が覆われた。

 刀が顔の横に突き立つ。

 刃が耳元をかすめ、土を抉った。


 御之が見上げる。

 馬乗りになった亜蓮が、感情を押し殺すように刀を握りしめていた。

 

 表情を隠す、落ちた黒髪。

 奥から漏れる荒い息遣いが御之の頰に触れる。

 

「どうして、そんな言い方になるんだ……」

 

「……事実やろ」

 

 冷えた目で御之は低く呟いた。

 亜蓮の手が、関節が白くなる程に刀を握りしめる。


 戦場の余熱が、二人の間にじっとりと溜まる。

 

 亜蓮の目が細く歪んだ。

 怒りの奥から違う色が――悲しみが滲み出す。

 

「お前は……モモが羨ましいのか……?」

 

 その言葉に、御之の呼吸が僅かに止まった。

 

 ――羨ましい?


 焦点が合わない目に、封じていた記憶が呼び起こされる。

 

「……は、」


 無様なほど思考が止まる。

 合わない焦点のまま、痛ましい物を見る目の亜蓮を映す。

 そのくだらない表情を、笑おうとして、失敗する。

 

「羨ましい、て」


 無理やり引き上げた口角が、掠れた声で嘲笑(わら)った。

 

「残った側を羨ましい思たことなんか―― 一度もないわ」



 * * *



 轟音で意識が引き戻される。

 振り向いて、モモの表情が凍りついた。

 

 亜蓮が御之の顔の横に刀を突き立てている。怒りで震える亜蓮の横顔。御之は、無抵抗に笑ったまま。


 ――ダメ!!


「亜蓮さんっ!!」

「モモさ、待っ……!」


 モモが飛び出した後ろで、花緒(はなお)の膝が崩れた。

 

「――!? 花緒っ!」

「……っ……く」

 

 慌てて駆け戻ると、花緒は左肩をぎゅうと押さえて(うずくま)っていた。

 

 痛々しく青紫色に腫れ上がった腕。骨が砕けているのか、形を保てず歪に腕が垂れている。

 

「っ!」

 

 モモの顔から血の気が失せた。

 私のせいだ。さっき握りしめた時に折ってしまったのだ。


「花緒ごめんっ! 私……!」

「大丈夫……治せる怪我です……」

 

 花緒の震える指先から、淡い光が漏れようとする。治癒魔術の兆し。だが、光はすぐに途切れ痛みに顔が歪む。集中が続かない。


 ――どうしよう!

 モモは傷を癒す術は教わっていない。助けを求め、亜蓮と御之に視線を跳ね上げる。

 

 その時。

 

「お前ら――いい加減にしろよッッ!!」

 

 悲痛な声が場を切り裂いた。

 

 千助(せんすけ)だった。物陰から姿を現し、全身を怒りと無力感で震わせている。青ざめた顔が、涙で濡れぐしゃぐしゃに歪んでいた。


「もう気が済んだだろっ! もういいやめろ! 喧嘩なんかしてる場合じゃねえだろ! おいッ!!」


 聞こえていないのか二人は膠着(こうちゃく)していた。

 千助の頭にカッと血が上る。

 

「こんの……わからず屋どもがっ!!」


 地面を蹴る。気づいた時には、千助は二人の間に飛び込んでいた。

 引き剥がすように亜蓮を押す。

 

「やめろって言ってんだろ!!」


 亜蓮の体が拍子抜けするほど軽く離れた。

 手応えの無さに千助が驚く。

 

 亜蓮の表情は、強張ったまま御之を見下ろし固まっていた。

 戸惑い、かけるべき言葉を探して、何も見つからない。今は何を言っても、こいつを止められない。そう察してしまった顔。

 ――命を刈り取る寸前まで圧倒するしかないと。


 千助の声が震える。


「なんだよ……お前ら……。ほんとに……何やってんだよ……」

 

「……うっさいわ」


 低く呟いた、御之の眼光が赤く光った。

 御之の体内で魔力が渦を巻き始める。

 

「まだ――決着ついてへんぞ」


 ゆっくりと、息を吐く。

 ――直後、魔力が巨圧になって4人の体を貫いた。


 ドッ!!


「「「「――ッ!」」」」


 モモの背中を悪寒が駆け抜ける。

 花緒の呼吸が詰まり、千助は蒼白になって膝まで震え出す。


 今、()()()()()()()()()


 (な、に……この魔力……!?)


 式神契約した時、モモの中に流れ込んできた熱い魔力とは何か違う。

 熱い。なのに凍えそうなほど冷たい。

 ――まるで、人じゃないみたいに。


「お前がいらんこと言うからやなぁ……亜蓮」


 御之が乾いた唇で息をつく。

 

 亜蓮の喉が鳴る。

 覚悟を決め、再び刀を握り込む手に汗が滲む。汗だくの額に黒髪が張り付き、無力感に潰されそうな声を絞出す。


「……やる気なのか」

「やめ時がわからんなったなら、白黒着くまでやるだけや」

「もういい……やめろ」

「今更やめられるかいな」

 

 言葉の最後に僅かな震えを残し、御之の口角が、ゆっくり吊り上がる。


「さあ」


 見開いた瞳孔が蛇のように収束した。


「二回戦といこうか――!」


 魔力の渦が加速し、爆発しかけた。

 その瞬間だった。

 


 *

 

 

 天を裂く光が五人の真ん中に落ちた。

 昼間のように眩い光が視界を真っ白に塗り潰す。


「何っ!?」

 

 モモは思わず両腕で顔を覆い、腕の陰から無理やり瞼をこじ開けた。

 

 その光の中に、

 

「……全く」


 ――ストン。

 

 軽やかな着地音。

 涼風のような気配を纏い、場の中心に踊るような声が滑り込んだ。

 

千年京(せんねんきょう)最強勢力と聞いていたから、黙って様子を見ていれば……」


 五人の前で、嘆かわしそうに空を仰ぐ人の形。

 

 その後ろで揺れる薄水色のすべらかな尾。同じ色の三角の狐耳に、靡くストレートヘア。


 そいつが――くるりと大仰に振り返った。

 

 天女の如き美貌。夜空色の瞳がにんまりと細まり、両耳に結ばれた鈴がリン!と鳴る。


「これではまるで――可愛い幼子達の集まりじゃあないか!!」


 サァ……と乾いた風が地面を流れる。


 御之が唖然と目を丸くした。

 各々ボロボロまま言葉を失う五人の前で、そいつはさらに胸を張る。


「……ま、ボクほどではないけどね。無論、可愛さでは」


 全員の頭に同じ疑問がよぎる。

 誰だよこいつ。

 そんな気配も読まず狐耳は踊る。


「ああでもどうやら君達には――」


 熱く陶酔した顔で声を張り上げ、


「この神の力が必要らしい!」


 一拍もったいぶるように顎を上げる。


「そう――」


 誇らしげに己を示し、きらりと瞳が輝く。


「新世界の救世主であり、千年京のアイドルであり、可愛いを(つかさど)りし神たるこのボク――"天照宮(てんしょうぐう) リン"の力がね!!」


 パァン!!と、空中で光が弾けた。

 狐耳――"天照宮 リン"の頭上にキラキラと星が降り注ぐ。


 一人スポットライトを浴び続けるリン。

 しん、と静まり返る空気。

 

 痛みで声を出せない花緒の眉が険しくなる。

 そして、残る全員が揃ってぼそりと呟いた。


「…………誰???」

 

 


大変お待たせしました!

戦闘終了です、お疲れ様でした……!。゜(゜´ω`゜)゜。


作者の感想

もう二度と御之は敵に回したくありません。

執筆コストが高すぎます…笑

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