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第1話 華炎の退魔師と贄の姫


ここからが本番です。よろしくお願いします。



2030年 春。

逢魔時から、一年後。



ーーこの日、私は二度、人を信じた。



私は白いワンピース一枚しか着てなくて、

いつものように、暗い部屋のベッドに寝転んでいた。


壁の正の字と、一つだけの時計が、私に“時間”を教えてくれる。


長く伸びた髪が、動くのを諦めたように枕に絡まっていて、

でもそれすらも、もう気にならなくなっていた。


――ギィ、と、扉の開く音。


「……出なさい」


叔母さんの声は、いつもと同じ冷たさだった。

でも、今日はなぜか、少し違って聞こえた。


言われるまま、ふらふらと外へ出る。


ひんやりとした風。

久しぶりに吸った外の冷たい空気と自然光にくらりとする。


そして――

見上げる向こうに、あった。


町々の彼方に、霧のように浮かびあがる、巨大なドーム。

灰色に濁った空に、ぼんやりと覆いかぶさるようなそれを、私は初めて見た。


「……あれ、なに?」


叔母さんは、振り向かずに言った。


「千年京。あなたの――嫁ぎ先よ」


その言葉に、胸がぞわりと冷えた。


ミニバンの横に立つ、無言の作業員たち。


「あなたを、ここから……解放してあげる」


叔母さんがちらりとこちらを振り返る。

その目がいつになく冷たくて、背筋が凍る。


私は胸の前で服をぎゅっと握りしめた。


嫌な予感がした。

それなのに、少しだけ信じてしまった自分がいた。


怖い。これでいいはずがない。


でも、それでも……


ーー行こうと思った。


行かないと、私が私でいられなくなる気がしたから。


なんでもよかったんだ。


この場所から出られるのなら、

私は、それだけで――




* * *




モモは白無垢姿で、がくがくと震えながら石畳に座り込んでいた。


「なんで……?どうしてこうなったの……?」


篝火がぽつぽつと置かれた薄暗い洞窟。

壁には苔が生え、不気味な湿った空気が漂う。


――ここはどこ? どうしてこんなことに?


隣には”それ”が座っていた。


土気色をした痩せ細った人型に、雅だが禍々しい袴。

不規則に折れ曲がった6本の歪な腕。

顔には”目”の模様が描かれた札が貼られている。

それが低い声で呟くたび、モモの耳をざわつかせる。


モモの目の前には、数人の見知らぬ人間が正座させられていた。

顔は蒼白で、謎の紫色の光が体を覆っており、誰もが小さな声で助けを求めている。


「頼む……家に帰してくれ……」

「お母さん……助けて……」


異常な状況に、モモはだらだらと冷たい汗を流しながら着物の裾を握りしめることしかできない。


(なんで……?嫁ぎ先って、人じゃなかったの?叔母さんは、このこと知ってたの?)


惨めさと後悔で視界がにじむ。


(全部、全部、あそこから出たいと思ったーー私のせい?)


その時、“それ”――「堕神」が動いた。


異様に大きな手が徳利を手に取り、盃に澱み光る液体が注がれる。


堕神はそれを札越しに飲もうとするが、液体は顎を通り過ぎ、地面に音を立てて滴り落ちる。


ゾッとした顔で見ていたモモに盃が差し出された。


ーー中には、黒い髪の毛がどっさり沈んでいる。


「ぎゃーーっ!!!???」


反射的に弾き飛ばすと、堕神が動きを止めた。


「やば……!」


札に書かれている目が自分を「見た」気がして、モモの背筋が凍った。


ゴクリ――。

モモの喉が鳴る。


堕神は無言で立ち上がると、異様に大きな手でモモの首を掴んで押し倒した。


「ーーうっ!」


動けない。

そして堕神はどこからともなく鋭い刃物を取り出す。


「ちょっと待って!? 何するの!?」


堕神は淡々と、刃物をモモの腕に向け――“切断しよう”とする。

刃先が近づくたびに、モモの頭の中が真っ白になる。


「ウソ、ウソウソウソ……!! 」


モモの目に涙が滲む。


お願い、誰か、助けて……


「誰かぁーーーーーっ!!!」




――その時。


地面に、鋭い鈴の音が響いた。


視界の端、目の前に“それ”が突き刺さる。

黄金色に光る――“錫杖”だ。


瞬間、眩い光が迸り、堕神を弾き飛ばす。


「――なに、これ?」


モモが目を凝らすと、淡い光がモモの周囲を囲んでいる。


堕神は怖気付いたように後ずさった。



ーーその時だった。


モモが呆然とへたり込む中、視線の先に降り立ったのは……一人の青年だった。


歩みに合わせて揺れる細い黒髪。

赤い炎のような瞳。

少し長い前髪の下に見える、どこか少年めいた表情。


小柄で細身の体躯に少しオーバーサイズな、黒と赤の着物袴の戦闘服。

両耳に銀のピアスをしており、足元は動きやすいブーツ。


まるで、別世界から来たかのような美しさと威圧感を纏って、

静止した時の中に、青年は立っていた。


「……お、お寺の人?」


逆光の中、青年がその鋭い瞳で悪神を見据え、静かに真っ赤な日本刀を構える。


「じゃなくて、侍……?」


ポツリと漏らすモモの声に答えるように、

青年ーー華上 亜蓮(かがみ あれん)が鋭く飛び出した。


堕神が大きく膨れ上がり蜘蛛のような姿勢をとる。


瞬間、6本の腕の触手が飛ぶ。


剣閃が赤い閃光となる。小柄な身体全身を使った回避と剣撃。


空間を縦横無尽に飛び回りながら、亜蓮は敵の腕を切り落とし、堕神を圧倒していく。


「おーおー、今日もうちのリーダーは張り切っとるなぁ!」


不意に頭上から響く軽い声。


振り返ると、ホスト風の佇まいをした金髪ポニーテールにスーツの男ーー紫月 御之(しづきみゆき)が瓦礫の山の上でポケットに手を突っ込んで立っていた。


「よし、生贄ちゃん確保。しっかし悪趣味な祝言やなぁ。暗いわ臭いわアクセス悪いわ、センスがないねん。センスが」


御之に向かってきた瓦礫の破片が小さな黒い影に弾かれ、跳ね返った破片が隠れていた男の方に飛んでいく。


「イヤアアアッッ!!?」


破片は、可憐な悲鳴を上げる気弱そうな茶髪の男ー羽峯休 千助(はねやすめ せんすけ)の横スレスレで跳ね返った。


「バカ!!なにすんだよ!」


「なんや、おったんかいな」


「しらばっくれてんじゃねーよ!絶対気づいてやっただろクソ野郎!!俺は善意の情報提供者なんだぞ!?民間人なんだぞっ!!?」


千助が口論しつつも、突如目を見開く。

琥珀色に輝くその瞳が未来視の力を宿していた。


「花緒さん危ない!下だ!」


その叫びに、細身の女が素早く跳び上がる。


「全く、便利な力ですね」


凛としたワイシャツ姿にショートハーフアップの女ーー鮎川花緒(あゆかわはなお)は淡々と呟きながら軽やかに着地した。


その間も、彼女の目は鮮やかな翠色に光っている。

この空間が破壊され、被害が拡大しないように結界を張り続けているのだ。


「戦えないなら民間人の避難誘導くらいしてください」


「わかってるよっ!!」


子犬のように叫びながらも、千助が捕まっていた人達に逃げ道を指示する。


千助に誘導され、怯える人達の姿が見えなくなった直後、空間中に無数の参列者を模したかのような手下が現れた。


「おーおー、賑やかしいことで」


御之が胸ポケットから黒いガラケーを取り出すと、黒トカゲのストラップが鈍い光を放った。


軽快な電子音と共に画面に紫色の式神文字が瞬くと、空気が揺らぎ始める。


視界を埋め尽くすように、黒い影が集まり渦を巻いて膨れ上がる。


黄色い点の目を持つ愛嬌ある顔、4本の太い足、そして三つ首をもつ大蛇――式神『クロチ』が姿を現した。


「けど悪いなぁ、そろそろお開きや!」


御之の声に応じ、クロチが咆哮を上げながら嵐のように暴れ回る。

手下の群れを薙ぎ払いながら巨大な爪が地面を抉るが、主人は飄々としたままだ。


「ーーッ御之!無駄に場を荒らさないでください!」


「ははーさすが花ちゃんの結界やなぁ〜!壊れん壊れん!」


クロチが手下の群れをまとめて吹き飛ばし、戦場は一瞬の静寂に包まれる。


「……っ、すごいーー!」


圧倒的な力を前に、モモが呟いた。


彼女の声は震えていたが、その瞳には驚きと共に、かすかな憧れが宿っていた。


風を切る音と共に、花緒がモモのそばに降り立つ。

靴音も静かに、彼女は冷静に防御結界を展開した。


花緒の右手の薬指、銀色の指輪が、モモの目に煌めいて映る。


柔らかい光がモモを包み込んだ。

不思議な安堵感が広がり、身体の強張りがほどける。


「動けますか?」


「は、はい……!」


花緒は短く頷くと、視線を戦場に戻した。


モモの胸が、静かに高鳴り始める。


ーーすごい。この人達……あんなの相手でも逃げないんだ。



後ろから静かに、亜蓮がモモへ近づく。


ーーモモと亜蓮の姿が交錯する。


亜蓮は歩みを止めないまま、突き刺さった錫杖を握り、堕神を見据えながら一気に引き抜いた。


気のせいか、通り過ぎた横顔はどこか幼く臆病な少年のような表情をしていた。


だが、次にモモが瞬きをした時には、亜蓮の両目は冷たく熱い光を宿していた。


金属が擦れるような高い音が響き、錫杖が眩い光を放つ。

その光は亜蓮の手の中で変化し、凛とした日本刀へと形を変えた。


「……あいつを、倒せるんですか……!?」


「……この千年京には国家退魔師隊を含め大小様々な堕神の対抗勢力がありますが、堕神を真に浄化できる力を持つのは、亜蓮様だけ。

そして、亜蓮様が率いる我々、暁月(あかつき)だけです」


花緒の言葉に、モモが再び亜蓮を見つめる。


その背中はどこか孤独で、それでも強烈な信念に満ちている。


亜蓮がゆっくりと刀を抜き放つ。

鏡のような刀身に亜蓮の横顔と、戦う決意に満ちた鋭い視線が映った。


強烈な、殺意ーー。

亜蓮の見開いた目が刹那、憎悪と復讐の火の色に染まり、修羅の如き気配を纏う。


その重圧に周囲の空間がわずかに震える。

堕神は一瞬たじろぐも、再び触手を飛ばして亜蓮を取り囲む。


ーー刹那、

亜蓮は迷いなく飛び出した。


剣閃が赤い閃光となる。

刃が赤い炎を纏い、炎は華のように舞い上がる。


目にも止まらぬ一閃が悪神の本体を真っ二つに断ち切った。

炎はそのまま悪神の本体を飲み込むように燃え広がり、消えていくかに思われた。


だがーー 。


「ーー?」


振り返る亜蓮の表情が険しくなる。

堕神は消えるどころか、周囲から禍々しい瘴気を吸収し巨大化し始めた。


「なんや、二次会か?」


「これまでの堕神と何か違う」


能天気に仰ぎ見ながら御之が軽口を叩く。

厳しい表情の亜蓮も、不気味な気配を感じ取っていた。


堕神の肉体は黒い瘴気に覆われながら膨張を続け、壁をも押し広げるほど巨大化していく。

その姿は既に、先ほどの蜘蛛のような形状を超え、禍々しく抗い難い神そのものを彷彿とさせる――。


亜蓮は堕神が再生する様子に目を光らせ、再び剣を構えた。


その時だった、モモが戦いを見つめながら小さく呟いた。


「ーー待って……待ってっ!!」


モモは叫ぶように声を張り上げた。


気づいた亜蓮が肩越しにモモを見る。


「私も戦う!私も、あなたたちみたいに戦わせて!!」


亜蓮は足を止め、半身だけ振り返った。

冷静な瞳が、モモの幼さと覚悟を見定めるかのように見つめた。


そしてしばしの沈黙の後、彼はゆっくりと剣を下ろす。


「だめだ」


短い否定の言葉が冷たく響く。


モモの胸がずきりと音を立てた。

奥歯を噛み、ぎゅっと胸を握りしめる。


「私は……!私、は……!」


モモは声を詰まらせる。


「もう、帰る場所なんて……」


荒い呼吸に、言葉が小さく掻き消えてく。


目の前の亜蓮の強大な存在感が、彼女の全身を圧倒していた。


彼の背中越しに見える荒れ果てた戦場と、堕神の禍々しい姿が胸を突き刺す。

震える手を握りしめ、激しく上下する胸を抑えながら必死に言葉を探す。


怖い。

帰る場所もない。


でもそれ以上に、

あの部屋にはもう、戻りたくない。


でも、戻りたくないだけじゃ、だめだ。


私も、自分の力で前に進めるようになりたい。


それに本当はーー

私も、誰かを助けられる人になりたい。

誰かを守れる人になりたい。


この人達みたいに……!



モモはキッーーと亜蓮を見上げた。


「私は、自分の未来は自分で選び取れる人間になりたい!強くなりたい!!誰かを助けられるくらい、強く!!」


その時、冷徹だった亜蓮の目が僅かに動揺した。

瞳の奥が一瞬、辛い痛みを伴う過去を映す。


モモはそれに気づかず、俯きながら震える。


「ーーもう、弱いままの自分は嫌なんです!!」


心からの悲鳴のような声で告白するモモに、亜蓮の冷徹な瞳の奥がわずかな迷いと痛みで揺らぐ。


ほんの一瞬、亜蓮は祈るようにぐっと目を閉じた。

再び瞳に冷静さを取り戻すと、静かにモモに向き直る。


「……僕達の目的は、逢魔を倒すことだ」


「逢、魔……?」


亜蓮は鋭い眼差しで頷いた。

その瞳は冷たくも熱い決意を宿し、迷いの一片もない。


「一年前、この土地に大厄災を引き起こし、殺戮と破壊の限りを尽くした存在。全ての堕神を生み出した、魔の根源。今も、この千年京の地下に眠っている」


「それが、また目を覚ますってこと?」


「そう。逢魔の復活を阻止し、今度こそ奴を祓う。それが僕達の目的」


そう語る間も、堕神は亜蓮の背後で膨張し続けている。

まるで、刻一刻と復活の時を刻む巨大な存在の暗示のように。


「今千年京は、結界の力で外界と隔絶されているけれど、次に逢魔が復活すれば……もう止められない。

世界中が、ここみたいな地獄になる。

それを止めるために、戦ってる」


亜蓮は一呼吸置き、モモをまっすぐに見つめる。


「ここまで話しても、僕達についてくる覚悟がある?……命を、賭ける覚悟がある?」


モモは目を伏せ、一瞬だけ沈黙した。


モモの表情が険しくなる。


「……ようするに、ここで戦わないともっと大勢の人が死ぬってことですよね」


今度はモモが亜蓮を見据える番だった。

その瞳には、純粋な怒りと願いが燃え始めてきた。


亜蓮は答えない。

ただモモを試すように頷く。


モモはきつく拳を握りしめ、空気を裂くように叫んだ。


「ーーやります!私にやらせてください!!」


モモの瞳は燃えるように輝き、純粋な正義が溢れ出している。


周囲の空気が変わる。


亜蓮が、目を見開いた。

彼女の存在が、暗い景色に一筋の光を差し込むように映る。


その時、亜蓮の中であり得ないことが起こった。


自分を見つめるモモの姿とーー

あの、"強気な少女"の面影が重なった。


「あなた達みたいな人がいるって知ったのに、助けられたまま、ただ黙って見てるだけなんて嫌だ!!私も戦いたい!!私を、仲間に入れてください!!」


亜蓮はモモをじっと見つめ、沈黙する。


その瞳には僅かな躊躇いと、どこか遠い過去の記憶が映り込んでいた。


しかし、何かを断ち切るように目を閉じる。


そしてーー


「…………わかった」


「亜蓮様!?」


花緒が驚きの声を上げる。


「亜蓮様、本気ですか!?彼女は一般人ーー」


「花緒」


穏やかに諌める声に、花緒は喉まで出かけた言葉を引っ込めた。


亜蓮が静かにモモに歩み寄る。


「君の名前は?」


「モモです。渡良瀬(わたらせ)モモ」


亜蓮は再び頷くと、両手をゆっくりと広げた。

その掌に、黄金色の華のような炎が静かに現れる。


「これが、戦いたいという君の願いを叶える力だ」


「この火が……?」


燃やす者の心を照らし、その奥底にある“魂”を暴き出す神火。


その眩い光に亜蓮は目を細め、わずかに息を整えると――深く、厳かに頷いた。


「この炎は、人を思い遣り人の為に使うことで初めて真価を発揮する。呪いと怨嗟の輪廻を断ち切る唯一の力」


炎が揺らぎながら膨らんでいく。

その美しさと温かさに、モモは自然と引き寄せられていく。


「ーー望むなら、受け取れ」


「……はい!!」


モモの目に強い意志の火が灯る。


自ら未来を掴み取るようにーー炎を掴んだ。



ーーゴオ!!!


桃色の炎が吹き荒れるように渦を巻いた。

炎がモモの姿を包み込む。

その華やかさの中に宿る猛々しさが、場の全てを圧倒した。


亜蓮は眩さに思わず目を細め、後ずさった。

だが、渦の向こうに見えたモモの姿に、驚きで目を丸くする。


「まさかーー」


再び姿を現したモモの額には、白銀の光の角が生えていた。

それは見間違うことなくーー鬼のものだった。


「マジか!!」


御之が思わず身を乗り出し、亜蓮と花緒も目を見張る。

白無垢が舞うように揺れ、モモの全身は桃色の浄化の炎に包まれている。


「……すごいーー!!」


モモはキッと、鋭い視線で巨大な堕神を見据えた。

心を鎮め、祈るように胸に手を当てる。


ーー不思議だ。

怖くない。

とてもしっくりくる体。


いける。

やれる。

怒りと共に湧き上がる力。

心の奥で灯る、小さな希望の光。


その時、亜蓮の声が聞こえた気がした。


ーー覚悟があるなら、力で示せ。

君が望んだ、願いを形にする力……”浄化滅却の炎”でーー!



「ーー行け!!」


亜蓮の鋭い声が届いた瞬間、モモは両目を見開き地を蹴った。


その動きはまるで一陣の春風のように軽やかで、モモは一瞬で上空へ跳躍し堕神の真上をとった。


ーーもう、何もできない私には、戻らない!!


そして次の瞬間、

炸裂した攻撃は雷鳴のように凄まじい威力を放っていた。


「ああああああああああッ!!!」


モモの蹴りが堕神に命中した瞬間、轟音とともに大地が震え、四方に亀裂が走る。

悪神は地面に叩きつけられ、もがく間もなく、ただ力に圧倒されていた。


「……うそ」


飛び上がる瓦礫。

想定外の破壊力に、思わず亜蓮は顔を引き攣らせて呆然と呟く。


すると御之の豪快な笑い声が頭上から降ってきた。


「はぁーやるなぁ!これがホントの鬼嫁やん!」


「ひぃぃぃ!なんなのあの子!?躊躇なさすぎ!!?」


いつの間にか戻ってきた千助はガチガチと歯を鳴らした。


「なるほどなぁ……。ほな、今回は姫ちゃんに花を持たせたるか」


クロチの全身に紫の式神文字が駆け巡った。


指示を受け取ったクロチが無数の小型式神に分散し、黒い鎖のような螺旋階段を組み上げて空間に道を作った。


「走れ!姫ちゃん!」


「はい!!」


モモが綿帽子を脱ぎ放つ。

瞬間、手の中に現れた鮮やかな桃色の鬼火が形を変え、巨大な「打出の小槌」へと姿を変えた。


眩い黄金色をした大槌を握りしめ、モモは階段を一気に駆け上がる。


迫り来る巨大な腕を目の前にしたモモは、思い切りその腕を大槌で打ち返した。


「ーーっ、だあああっ!!」


硬質な音を立ててぶつかると、腕は脆い土人形のように粉々に爆散する。


その間も亜蓮は空間を切り裂くように跳び回り、巨大化した堕神に次々と剣を振るっていた。


堕神が低く唸り、さらに無数の腕を振り上げて亜蓮を拘束しようと狙う。

一瞬、亜蓮の姿が巨大な手の中に飲み込まれた。


「亜蓮さんっ!!」


モモが叫んだその瞬間、 手の内部から赤い光が閃き、巨大な手は細かく刻まれて散った。

その剣撃はあまりに速く、モモには剣筋すら追えなかった。


「……っ! かっっっこいー!!」


キラキラと目を輝かせ、モモは大槌を構える。


「よーし、私も!!」


視界が開けたのを確認すると、モモは堕神めがけて跳躍する。


「おおおおおりゃあああああ!!!」


モモが大槌をぶん投げる。

大ぶりの大槌が出鱈目な怪力でブーメランのように激しく空を切る。

そして、大槌ごと堕神の巨大な身体を壁へ叩きつけた。


ボゴオオオオ!!!


大槌の下敷きになった堕神がゆらりと顔をあげ、ぼこぼこと肉体が波打つ。


「ダメだ!また再生する!」


千助の悲鳴に、花緒が鋭く紙札を放つ。


薄刃のペーパーナイフのような紙札は、堕神の腕と壁を縫い合わせ、再生を封じる結界を作り上げた。


「やった止まった!」


「ですがあまり持ちません!」


花緒の顔が歪む。

結界がビリビリと音を立て、亀裂が走り始める。


素早くクロチが鎖となって堕神を絡め上げた。


「急げ!」


御之が叫ぶと、亜蓮がモモに振り返った。


「モモ!!」


「はいっ!!」


モモが脚元の裾をズバッと引き破り、華やかな布地が舞う。


目が鮮やかな桃色に輝き始めると同時に、全身から桃色の炎の花が咲き乱れるように燃え上がり、彼女の髪も揺れる炎のようにゆらめいていく。


白銀から薄桃色へと染まった髪が光を受け、神々しいまでの美しさを放つ。


「ーーっ、ああああああああ!!!」


拳に炎の華を宿し、モモは飛び出した。

そのまま堕神の横顔に拳を叩き込む。


もう、戻らない!

自分の気持ちも、居場所も、進む道もーー全部、私が決める!!!


「お前なんか!お断りだあああああ!!!」


悪神の横面にめり込んだ拳は、その巨体を背後の多重結界に叩きつける。


バリバリバリッ!


結界が音を立てて振動する。


拳と結界の間で"硬質な何かが粉々に砕ける音”がした直後、堕神が爆散した。


桃色の光の花びらがひらひらと舞い落ちる中、モモが着地する。


荒い息を呼吸を肩で整えると、心の底から笑顔が溢れた。


「あーっし!すっっっきりしたぁーーーー!!!」


「……え、な、なに……?君まさか、自分が鬼な自覚があったから、こんなこと……?」


震えながら問う千助に、モモはきょとんと首を傾げた。

だが、すぐに歯を見せ無邪気に笑う。


「まさか、ぜんっぜん思いませんでした!」


モモは可笑しそうに、黄金色の大槌を軽々と肩に担いだ。


「もう普通の日常には戻れないのかなって思いますけど……今は体が軽くて……。すっっっっごく、清々しいです!!」


暁月のメンバーが見守る中、モモの手の中で大槌が光になって消える。


「みなさん、私、最後の最後までついていきますから。これからよろしくお願いしますね!」


モモが、明るい笑顔で元気に頭を下げた。



ーーこの日、私は二度人を信じた。


一度目は裏切られ、

二度目は……私の人生を変えた。



モモの無邪気な声が広がると、暁月の面々はそれぞれの思惑に満ちた表情を浮かべた。


亜蓮は静かにでモモを見据え、花緒は眉をひそめる。御之は面白そうにニヤリとし、千助はーー震える指でモモを指差した。


「いやいやいや、ナシでしょ!?だって鬼ですよ!?人外ですよ!!?亜蓮さん、人外はさすがにヤバいって――」


――ドンッ!!


突然、天井から大きな瓦礫が落下。モモが片手で軽々と受け止める。


瓦礫を支えたモモと、硬直する千助の視線が交錯した。


「ひぇぇぇ!すいません!なんでもないです!許してください!」


悲鳴とともに、鳥寄木は御之に飛びつく。


「はいはい、落ち着こ~な。こういうのも悪くないやろ?」


御之は千助を軽く押し返しつつ、笑顔で花緒に目を向ける。


「なー花ちゃん?」


「うるさいですね!私は貴方も認めた覚えもありませんから!」


「え〜そんなん初耳やわー!」


「やだぁー!みんなどっか行かないで!」


「ちょ、これ……!どうすればいいんですか!?」


御之が楽しげに花緒を躱す一方で、千助は「誰でもいいから助けて!」とメンバーを駆け回り、瓦礫を支えたモモが困惑した声をあげる。


「あの……みんな……」


そんな中、亜蓮が静かに声をかけようとするが、誰も気づかない。


「お、落ち着いて……」


騒ぎの中心に立ちながら、呆然とする亜蓮。


その頼りない声は、先ほど圧倒的強さを奮ったリーダーとは思えぬ弱々しさなのだった。




そして一方……暁月の動向を見張る目が、既にいくつも動き出していた――。


山奥の洞窟――。

水滴が天井からの滴り落ち、篝火の光が歪んだ影を揺らしている。


大内裏ノ命(おおだいりのみこと)がやられただと!?」


反響する声に、部下らしき人影達が慌てて頭を垂れる。


「残穢一つ残らず、あれでは復活は難しいかと……」

「ぬぅぅ……」


闇の中、男の肩が震えた。


「よもや禍玉(まがたま)も砕くとは……暁月、一体何者じゃ……?」





また、ある薄暗い部屋の中――。

唯一の光、スマホの画面が目元を照らす。


「暁月かぁ……少しは退屈しないかな?」


戦闘記録を写す画面を細い指先が滑り、不敵な笑みが薄桃色の唇に浮かぶ。


「ま、せいぜいボクの引き立て役として楽しく踊ってよね」


軽やかな甘い声が、部屋の薄闇に溶けた。




そしてまた、高くそびえる五重塔の上――。

風が唸り、月光が黒い外套を鋭利に縁取る。


「華上亜蓮……」


男の氷のように冷たい目が、獲物を狩る鷹のように鋭く光った。


「その力、どんな代償を支払ったーー?」


風に舞う黒い外套が、季節外れの冷気を纏う。



千年京の夜は、未だ、始まったばかりーー。






お読みいただきありがとうございます。

少しでも面白い、続きが気になる等思って頂けましたら、ブックマーク、評価等頂けると励みになります。


◆渡良瀬モモ

身長:150センチ

髪:桃色がかった銀色の長髪

種族:祝鬼

武器:百宝桃果槌(ひゃっぽうとうかづち)

属性:祝い 怒り 財宝



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