第327話 「長谷川くんと、ちゅーしない……?」
うにゅうにゅ言って引っ付いてくる早霧の両脇を抱えて、俺は一階のリビングにやって来た。
階段を降りる時はどうしようかと思ったけど、流石に危ないと思う理性は残ってるみたいで階段だけはくっつきながらも自分で歩いていた早霧である。
「早霧も麦茶で良いよな?」
「うにゅうにゅ……」
まだ、うにゅうにゅ言っていた。
トレイに並べたコップに氷を入れて、後は飲み物を入れるだけなのに早霧はずっとうにゅうにゅ言っている。
もしかしたら、言葉を忘れてしまったのかもしれない。
「……早霧だけ、母さんが飲んでる青汁にするか」
「麦茶ー!!」
良かった、言葉を忘れてないようである。
だけど青汁を入れようとする俺の腰にまた早霧が抱きついてくるので、距離感は何にも変わっていなかった。
「蓮司がいじわるする……」
「……早霧がくっついてくるからだろ」
恨めしそうに、だけど寂しそうに俺を見上げる。
その顔に俺の中で何かが揺れ動くけれど、早霧の為を想って我慢する。
今はともかく、長谷川がゆずるの前でもずっとこれだときっと後で後悔すると思うからだ。
恥ずかしさで悶える早霧の姿しか、想像できないのである。
「だって、長谷川くんが……親友……だって……」
「早霧……」
訂正。
それはそれ、これはこれだった。
親友についてを気にしているのなら、完全に話は別である。
「俺の親友は、早霧だけだよ」
「でも、長谷川くんが親友って……」
俺にとっても、早霧にとっても。
親友は特別な言葉で、特別な関係だった。
ただ難しいのは一般的に使われる言葉だから混乱してしまうという事。
当然長谷川も悪気があって言った訳じゃないし、それは俺だって分かっている。
だけど早霧にとっては、俺以上に特別な言葉だったんだ。
「長谷川の親友は、一般的な親友だからさ。俺と早霧の親友は、本当の親友だよ」
「……ほんと?」
「ああ、もちろんだ」
本当の親友って何だろうか。
自分で言ってもよく分かってないけれど、それでも俺と早霧の親友が本当の親友だと言える、言わなくちゃいけない。
それだけ早霧は寂しがり屋で、甘えん坊で――。
「……じゃあ。長谷川くんと、ちゅーしない……?」
「する訳ないだろ!?」
――とんでもなく、面倒くさかった。
寂しそうに、俺にすがりつく早霧が泣きそうな顔で俺を見つめる。そんな口から飛び出したのはとんでもなさすぎる質問だった。
本人は本気で、至って真面目だけど内容が内容である。
少しでも長谷川のキス顔を想像してしまった俺は、激しく首を横に振った。
「でも、長谷川くん……蓮司の服脱がそうとしてたし……」
「止まれ、早霧止まってくれ! お前聞いてたから分かるだろ! 分かって言ってるだろ? どんどん面倒くさい方向に舵切ってるだろ!?」
「蓮司が、ちゅーしてくれたら、考える……」
コイツは、本当に、コイツは……!
俺に抱きつきながらそっぽを向く早霧は、キスを期待しているのか少しだけ唇をはみはみしている。
完全に見誤っていた。
俺が早霧を部屋から連れ出した時点で、完全に早霧は甘えん坊モードに入っていたのである。
「だってさっきから、ちゅー、できてないもん……」
「ぐっ……!?」
それはそれとして本気で寂しがっているのもなおさら質が悪かった。
思い返してみれば公園から帰ってきて、父さんと母さんが病院に行ってから、ゆずると長谷川がやってきてと、ずっとキスがお預け状態なのである。
一般的なキスの回数とかそういうのはやっぱり分からないが、それでも俺と早霧にとってはお預けを食らいまくっているのだ。
「…………わかった」
「っ! ほんと!?」
なので、折れた。
だって俺だってキスをしたい。
早霧を抱きしめて、俺もキスをしたいんだ……!
「……だけど、条件がある」
「なになにっ! 何でも言って!」
だけど、長谷川とゆずるを待たせているのも事実。
そして、一度早霧の甘えん坊スイッチが入ると中々抜けないのも事実なので。
「普通に満足するだけじゃ、止めないからな?」
「…………へ?」
一気に、解消する事にしたんだ。




