第310話 「は、始める、よ……?」
「にい、さん……? ねえ、さん……」
何て事だ。
猫になった早霧をベンチの上で膝枕をして撫でていたら、それを後からやってきた太一少年達に見られてしまった。
太一少年達も幸せ三角関係という独自の感性と言うか自分らしさを持っているが、それでも知識や純粋さではそれこそ普通の小学五年生のものである。
俺達と同じぐらい仲良しな厚樹少年とアイシャによって忘れかけていたが、普通の男女は公園でここまでスキンシップをしないのだろう。
それを真っ赤になった彼らの表情が、全て物語っていたんだ。
「こ、これは、だな――」
「あっ! マリナー! ミクー! タイチー!」
これをどう弁明しようかと悩んだ時である。
俺の横から、金色の風が起き上がり、通り過ぎた。
その風の正体は、厚樹少年の膝の上を堪能していたブロンドの髪を持つアイシャ。
彼女は三人に気づくと、一目散に駆け出したんだ。
「みんなも、ギューッ!!」
「おわぁっ!? な、何だぁ!?」
「き、急にどうしたのよアイシャ!?」
「く、苦しいよぉ……!?」
そしてその勢いのまま三人に飛びつき、まとめて抱きしめる。
突然のアイシャの抱擁と、全員が円陣のようにくっついた事により、年相応の感性を持つ太一真里菜美玖の三人は違う意味で顔を真っ赤にさせていた。
「エヘヘー! これで寂しくなーい!」
「おま、やめ、おまぁ……!?」
「おち、落ち着きなさいよアイシャ……ちょ、太一アンタどこ触ってるの!?」
「あ、暴れないでよぉ真里菜ちゃぁん……!?」
幸せの阿鼻叫喚だった。
年相応の恥ずかしさなんてものともしないアイシャの優しさが三人を包んでいく。
今日のアイシャはいつにも増して無敵モードだった。
「あ、アイシャ! 急に飛びついたらみんなもビックリしちゃうってば!」
「アツキ! アツキもみんなとギューしよ!」
「ぼ、僕もぉ!?」
遅れて飛び出した厚樹少年がそのまま巻き込まれてしまった。
四人の抱きつき円陣が途端に五人になり、何かもう凄い事になっている。
「あ、厚樹! お、お前どうにかしろよな!?」
「ご、ごめん太一……! 今だけ、今だけだから!」
「アツキもいるからみんな仲良しー!」
「わ、分かったわよアイシャ! だから、だから一回離れましょう、ね!?」
「で、でも真里菜ちゃん太一くんにくっつけて嬉しそうだよぉ……!?」
真夏のおしくらまんじゅう。
例えるならそれが適切だろうか。
純真無垢な小学生たちのてんやわんやは、暑そうだという感想よりも青すぎる青春のように思える。
「…………」
「……早霧? おーい」
俺達も数年前はあんな日があったんだなぁと思いながら顔を下ろすと、膝枕をされた猫のままの早霧が真っ赤な顔で固まっていた。
どうやら最初に見られた時から恥ずかしさがキャパオーバーをしたらしい。
だから俺はぺちぺちとその火照った頬を優しく叩く。
アイシャのおかげで恥ずかしさが薄れたと言うか、この状態を続ける方が恥ずかしいと思ったからだ。
「にゃにゃっ!?」
「落ち着け早霧。今は全員おしくらまんじゅうに必死だから」
「……にゃう」
「人間の言葉をまず取り戻そうか。ほら深呼吸ー」
「すー……はー……」
「よし」
ビクッと俺の膝から飛び跳ねた早霧を隣に座らせる。
甘えモードの猫が抜けきって無かったので、大きく深呼吸をさせてやった。
まだラジオ体操が始まってすらいないけれど、そのおかげで正気を取り戻したようだった。
「色々思うところはあると思うが今は落ち着いてラジオ体操に移ろう。それが多分、巻き込まれた太一少年達を助ける鍵になるしさっきまでのアレコレを有耶無耶に出来るチャンスだ」
「う、うん……か、カッコいいお姉さんになるんだもんね!」
「その意気だ」
顔は赤いままだが意を決した早霧が胸の前で小さくガッツポーズをする。
俺達は同時にベンチから立ち上がり、視線の先でまだおしくらまんじゅうを続けているアイシャ達に声をかけた。
「み、みんなー!」
「あ、オネエチャン!」
「さ、早霧おねえさん……!」
「た、助かった……のか……?」
「ア、アンタ後で覚えてなさいよ……?」
「か、顔とセリフがあってないよぉ……?」
いの一番に、早霧が手を高らかに挙げて全員を呼ぶ。
その透き通るような大声は少し詰まったが元気いっぱいで、てんやわんや状態の小学生達の耳にすぐに届いた。
うんうん。
正気に戻ってすぐだったので少し心配だったが、これなら大丈夫そうだ。
「ら、ラジオ体操……」
全員の視線を浴びた早霧の声がどんどん小さくなる。
高く挙げた手が下がっていき、視線も下に落ちて行った。
多分、きっと、確実に、早霧はさっきまでの事を思い出していて。
「は、始める、よ……?」
俺は心の中で訂正する。
やっぱり、駄目そうだった。




