2:俺の持ち主は十歳児
家族会議
とりあえず目の前にいる、俺を作ってくれた女性に今までの経緯を話した。
俺は二十三歳の会社員だったこと、屋上から飛び降りようとしていた女性を助けたはいいが、俺が疲労で足を滑らせて屋上から落ちたこと。
そして、俺が異世界転生したこと。
普通に聞いていれば何をバカなと思うかも知れないが、目の前で人形が動き出して話をしている時点で色々と吹っ切れているのかそういう性格なのか、はたまたこの世界の常識なのかは知らないが、女性はとても真面目に俺の話を聞いてくれた。
「つまり、アナタは元々は別の誰かで、その魂が私の作ったお人形に憑依したということね」
「多分そうかと。この魔石には、命を与えるじゃなくて、命を憑依させる効果があるんじゃないですか?」
「うーん、どうやらそうみたいね。
でもアナタ、話を聞く限りだともう死んでしまったみたいだし、この世界の人じゃないから知り合いもいないのよね?」
「えぇ、そうですね」
そう答えると、女性は目を輝かせて嬉しそうに笑った。
「じゃあ、この家に住まない?」
「はい?」
「元々私が作ったお人形だし、命があるってことは、もう息子みたいなものよね?
それに頼みたかったこともあるし!うん!そうしましょう!」
「息子…」
この家に住まないかという提案にももちろん驚いたが、息子という単語に、俺はつい反応してしまった。
俺のことを、そうやって呼んでくれる人、今までいなかったから…。
「ね!いいわよね、ニール!」
「そ、それはもちろんありがたいんですけど、その、ニールっていうのは?」
「あら、アナタの名前よ、ニール。
イツキっていう名前ももちろん素敵だけど、私はニールもいいと思うの。ダメかしら…?」
心なしか少ししょんぼりしてしまった女性に慌てて弁解する。
「ち、違うんです!ニールも…とてもいいです…」
齋という名前も、施設が付けた名前だった。
両親が事故に合った時、俺はまだ病院のベビールームにいて、名前すら付けてもらえていなかったから。
初めて、『母親』から名前がもらえたようで、それがなんだかとてもむず痒かった。
「じゃあニール、今日からアナタは私の息子よ。
改めまして、私は『アドリーヌ・ユーン・フィルコニック』。
このフィルコニック領の領主の妻をしています」
女性、アドリーヌはそう自己紹介をすると、俺の手をそっと握った。
握手のつもりなのだろうか?
俺はその手を握り返しながら、アドリーヌの顔をまじまじと見つめた。
日焼けを一切していない、真っ白な肌に、細い金色の髪。
瞳の色はエメラルドのような緑色。
一般的に見ても、とても美しい女性だった。
「じゃあニール。さっそくだけど、アナタに頼みたいことがあるのよ」
「それさっきも言ってましたね、なんなんですか?」
聞き返したことを了承と捉えたのか、アドリーヌはサイドテーブルに置いてあった小ぶりの鈴を手にとって、二回チリンチリンと鳴らした。
しばらくすると、これまたゲームやテレビでしか見たことのないようなメイド服の女性がひとり、控えめにノックして入ってきた。
「お呼びでしょうか、奥様」
「『レナータ』を読んできて頂戴。後『アルトニーヴァ』と『エラルド』も」
「かしこまりました」
深く追求する気はないのか、それともメイドとはそういうものなのか、メイド服の女性は要件だけ聞くと、そそくさと部屋を出て行ったしまった。
「あの、今呼んだのは…?」
聞いても、アドリーヌはニコニコするだけで答えてはくれなかった。
一体誰を呼んだのだろう?
エラルドという名前だけは、先ほどアドリーヌが言っていたような気がするが。
少しして、また控えめなノックの音が響き、先ほどのメイドの女性と、三人の人物が部屋に入ってきた。
男性に青年に、少女。
(まさか…)
「キミは下がっていいよ」
「はい、旦那様」
男性に短く命令され、女性は先ほどと同じようにそそくさと出て行ってしまった。
なんとなく嫌な雰囲気のメイドだな…。
「お母様、なにかごようですかー?」
間延びした声でそう言い、アドリーヌのベッドサイドまで来たのは、アドリーヌによく似た少女だった。
歳はまだ小学生くらいだろうか。
綺麗な金髪は肩上で切りそろえられており、緑の瞳は大きくて丸い。
まるでフランス人形のようだと、それが第一印象だった。
白くマシュマロのような頬に、なにやら黒い泥が付いているのが少し残念だったが。
「あらあらレナータ、アナタまたお外で遊んでいたの?」
仕方ない子とでもいうように、アドリーヌはその小さな頬についた泥をハンカチで落としてやる。
「こらレナータ、大人しくしていろと何度も言っているだろう」
男性の隣に立っていた青年が、少女をたしなめる。
こちらは少女とは打って変わってアドリーヌに全く似ていない。
歳は高校生くらいか?
赤毛に黒い瞳が印象的な好青年だった。
「いいのよアルト、このくらいの歳の子は元気が一番だわ。
エラルドもごめんなさいね、お仕事中だったのに」
「いや、それはまったく構わないんだが…。
こんな時間に珍しいな、家族を呼び出すなんて。
何か緊急の用事かい?ハッ…!!それともどこか具合が悪くなったのかい!?」
みるみる顔色が悪くなっていくこの若干ネガティブ思考なおっさんが、どうやら領主でアドリーヌの旦那らしい。
メガネを掛けた、黒髪に青目の四十代前後といったところか。
少し気が弱そうではあるが、こんなんで本当に領主が務まっているのか…。
「体は平気よ、とっても元気なの。
それよりもアナタ、そして子どもたちにも、とっても素敵なお知らせがあるのよ!」
素敵なお知らせとい言葉に、ついビクッと震えてしまった。
おいやめろそんな紹介のされ方してどんな顔すればいいんだ。
「転校生を紹介」しまーすって言われて教室入った途端「なんだあいつ…」っていう空気になるのは俺は嫌だからな!?
「すてきなお知らせ?」
ほら見ろ娘さん超キラキラした目で見てんじゃん!?
「そうよレナータ。アナタの新しお友達よ」
そう言って、アドリーヌは俺を少女…レナータに手渡した。
「かわいい!!お母様がつくったの!?」
「そうよ、さぁニール、みんなにご挨拶しなさい」
う、うわああああああ!!
やっぱりそうだよ!こいつら領主一家じゃん!
初めから自己紹介させる気満々だったな。
しかも少し笑ってる所を見ると少し楽しんでるなこの女…。
とりあえずごちゃごちゃ考えてても仕方ないか。
旦那と息子は訝しげな顔してるし、レナータはキラキラした目で見てるし…。
「は、初めまして、ニールといいます(震え声)」
俺がそう形式張った自己紹介をすると、3人はそれぞれ違った、しかし同じように驚いていた。
領主であるエラルドは、古典的に目を見開き、ほんの少し悲鳴を上げて。
息子であるアル…トニー…ヴァ?えーと、アルトは口をあんぐりと開け、しかし関心したように。
そして、娘であるレナータは、さらに目を輝かせてさらに俺を握りしめた。
「すごい!!お母様!この子しゃべったよ!?動いたよ!?」
「グエッ!!ちょっ、苦しいんだけど…!!」
「は、母上…彼は…?」
動揺しつつも妹の手の中の俺をつつきながら、アルトが震えた声でアドリーヌに問う。
アドリーヌはイタズラが成功した子どものように笑うと、これまでの経緯を家族に話しだした。
魔石の力で俺が人形に憑依したこと、俺を家族の一員として招き入れることなど…。
最初は信じられないとった様子だった三人も、魔石やまじないの話が出てくると、納得といった感じに話を聞いていた。
それだけ、魔石をつかった魔法はこの世界では一般的で、深く浸透しているものなのだと理解できた。
「ニールのことは理解できました。
で、彼を一体何の目的で作ったんですか?母上」
「そうそう、ニールには頼みたいことがあったのよ」
「頼みたいこと、ですか?」
「ええ、レナータの遊び相手になってあげて欲しかったの」
それを聞いて、俺を抱きしめていたレナータの表情がパッと明るくなった。
「ニール、レナと遊んでくれるの!?」
「元々、そのために作ったんだもの。いいわよね、ニール」
「え、えぇ、俺は構いませんよ」
施設では良く年下の相手もしていたので、子どもの扱いには慣れている…はずだ。
自信はないけど。
俺の言葉を聞くと、レナータは更に嬉しそうにニコニコと笑った。
「これからよろしくね!ニール!レナは、レナータっていうの!十歳だよ!
レナってよんでね」
「よろしく、レナ。俺はニールだ」
俺は今日から彼女の人形らしい。
俺の持ち主は十歳児か…。
人形に転生というあり得ない状況に直面してるにも関わらず、俺はどこか、この状況に適応しつつあった。
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ニールを抱いたレナータが部屋から出て行くのを確認して、アルトは少し険しい顔でアドリーヌへと視線を向けた。
「なぜ魔石を埋め込んだ人形なんて作ったんですか。
しかも、死んだ人間の魂が憑依したような…」
「彼がニールに憑依したのは、本当にたまたまなのよ?アルト。
けど、自己意識があったほうが、何かと都合がいいじゃない」
ベッドから出られない母は、そう言って小さく微笑んだ。
「あの人形に…レナータを守らせるおつもりですか?」
「えぇ、そうよ。
アナタや衛兵を信用していないわけではないのだけど、やっぱり、常にあの子のそばに居てくれる存在がいたほうがいいかと思って」
忙しい領主である父に、病弱な母。そして、時期領主である兄。
遊んで欲しい盛りの妹が、寂しい思いをいていたのは、薄々気がついてはいたが…。
「…失礼します、母上」
軽く一礼だけして、アルトは部屋を出ていてしまった。
その表情には、ほんの少し、苛立ちが現れていた。
「やれやれ、アルトにも困ったものだね。
妹を彼に取られてしまった気分にでもなったのかな?」
「ふふ、どうでしょうか」
「…彼を作ったのは、レナータのためだけではなんだろ?」
ベッドサイドに椅子を引いて座りながら、エラルドは優しい眼差しでアドリーヌを見つめた。
それは、領主の目ではなく、父であり、夫であり、一つの小さな家族の主の目。
アドリーヌはフッと笑って、窓の外に視線を移した。
「私のニールが、少しでも、この世界を変えてくれればいいなと、思って」
「まじないを掛けたと言っていたね。
一体、どんなまじないをかけたのかな?」
アドリーヌは、レナータとよく似た笑顔で答えた。
「愛情を知らない人たちに、愛情を与えてあげる存在になるように」