うちの母さん――チートな両親を持つ少年の独白。
うちの母さんは、少し変わっている。村を出て商人をやっているカカズク兄ちゃんいわく、色々と規格外なのだそうだ。
うちの母さんの見た目は、黒目黒髪で村には同じ色を持つ人はいないし、背は村の女の人達と比べて低めだと思う。顔は幼い顔立ちで、本当の年齢よりもずいぶん若く見える。
そんな母さんだが、魔力は信じられないほどたくさん持っており、そんな量の魔力を持つ者は母さんの種族では世界に数えるほどしかいないらしい。魔力がもともと多い父さんの種族や、森の民であるカッツェさんと比べても申し分ないのだそうだ。けど、それだけ魔力を持っているにもかかわらず、母さんは魔法を使えない。小さな火や水の一滴も魔法で出すことが出来ないらしい。その代り、母さんはその魔力を使って、色んなものを作り出すことが出来る。鍜治や装飾、薬事や錬金まで何でもこなすし、その出来も超一流なんだって。僕は生まれてこの方村から出たことはないから、母さんが作るものがどんなにすごいのかよく分からない。ただ、たった一人村と外界を行き来している商人のカカズク兄ちゃんがそんなことを言っていた。
僕の村でみんなが来ている服も、今ではすべて母さんが作っている。前は、服は羊毛や革、麻などで作っていて、男の人は麻のゆったりとしたチュニックにズボン、革のブーツで、女の人はシンプルなワンピースに革のブーツという格好だったらしい。けど、今は村の中では、男の人は畑仕事をする際には“ツナギ”とかいう頑丈な布で作られた上下の繋がった服を着ているし、そうでない日は“ティーシャツ”に紺色に染められた“ジーンズ”を穿いていたり、“ワイシャツ”や“ジャケット”を羽織っていたり、靴も動き易く柔らかい“スニーカー”を履いている。女の人も家事をするときは昔ながらの頑丈でシンプルなワンピース姿だけど、お出かけの時なんかはふんわりとした柔らかい素材の可愛い柄のスカートを穿いていたり、フリルのいっぱいついたワンピースを着ていたり、靴も“ミュール”や普段のとは違うブーツを穿いたりしている。
服のデザインは主に母さんが考えて作り、みんなに感想を求めたりしているけど、自分の考えた服を母さんに頼んで作ってもらうこともできる。時々母さんが面白がって作る、“ゴスロリ”や“パンク系”というやつは、村の一部の人に人気だ。森の民のカッツェさんは、“パンク系”を気に入っているらしく、わざと破ったり擦り切れた服を着て、自分の水色の髪を逆立てたりしている。もともと輝くような美人さんなのに、何か残念に感じる。
そういえば、村から出て遠くの地方の領主様のお嫁さんになった女の人に、母さんがお祝いとして真っ白でつやつやした生地に細かく華やかなフリルをふんだんに使った花嫁衣装を贈ったところ、出席者からたくさん褒められ、最終的にはどうしてもと頼み込まれて上級貴族の人に贈ることになってしまったらしい。製作者については何とか誤魔化したらしいけど、「せっかくもらったのにごめんなさい!」と後日その人から母さんに手紙が来ていた。当の母さんは気にした様子もなく、「あなたの娘が結婚するときにはもっといいドレスを作ったげるわ」と返事を返していた。
ちなみに、製作者を秘密にしたのは、村の外の人にこの村のことを知られないために、村では村のことを外部の人に話してはいけないという決まりがあるからだ。僕の住むこの村は、大きな結界に守られ、村人に認められた人しか立ち入ることの出来ない隠れ里だ。そして、ここに住む人達も、村の外から逃げて来たり大きな秘密を持っている人達ばかりなんだって。でも、みんな良い人達で、色んな種族や性格の人達が集まっている割には、大きな争いごともなく毎日平和に過ごしている。
それで、そんな村と外の世界を行き来しているのが、村の村長さんの息子で、村に必要な物を運ぶために商人になった、カカズク兄ちゃんだ。兄ちゃんは村から出て商人として色々な街を回っているうちに、実はうちの母さんの作るものが飛び抜けてすごいということを知ったらしい。なので、出来れば母さんの作る服や日用品などを外で売りたいと母さんに頼み込んでいるのだけど、母さんはあまり乗り気ではないみたい。村にいる間は、物々交換で必要なものを手に入れるので、お金はあまり必要ではないし、何より面倒臭いんだって。
あと、うちの母さんは料理も得意だ。母さんの国のものらしい料理を作っては、村の人にふるまったり、頼まれればレシピを渡したりもしている。うちの村は主に小麦をたくさん作っているので、それをもとに母さんが作った、“ピザ”や“パスタ”や“ふわふわパン”なんかはもはや村の名物になっている。外から食べに来る人はほとんどいないけどね。そしてこの料理の店を村の外で出したいと、カカズク兄ちゃんは頑張っているらしい。
そんな母さんと父さん、そして八歳で長男の僕を始めに、六歳になる妹、三歳の弟、そして今一歳の弟、が僕の家族だ。うちの母さんと父さんはとても仲が良い。というより、父さんが母さんにいつもべったりくっ付いている。
母さんと父さんの出会いは、母さんが自分の国から無理矢理連れてこられたある国で、母さんの国から一緒に来た男の人に母さんが惚れられ、その男の人の取り巻きの人達に焼き餅を焼かれたのが嫌になり国を出ようとしたところ、母さんの力を欲しがった王様に指名手配をされたらしい。そしてその王様の命令を受けた兵士の人達に囲まれ絶体絶命のピンチ、というところでたまたま通りかかった父さんが母さんに一目惚れして、その場で連れ去ってきたんだって。最初は母さんは父さんのことは好きではなかったけど、最終的には絆されたって言ってた。
ある日、僕はカカズク兄ちゃんにあるチラシをもらい、それを家で弟達の世話をしていた母さんに報せに行った。ちなみに父さんは、弟達に絵本を読んでいる母さんを横からじっと眺めていた。いつもの光景とはいえ、我が父ながらちょっと怖い。母さんはよく平気だと思う。
「母さん、今度隣の国で鍜治の大会があるんだって! 自作の武器を提出すればいいらしいよ!」
「え~?」
そんな僕の言葉に、母さんは絵本を持ったまま明らかにやる気がない顔で振り返った。まあ、母さんはあまり村から出るのも好きではないし、名誉とかお金とかには全然興味がないからね。
「一等になれば王室御用達の鍛冶師になれて国宝の首飾りがもらえるんだって! 二等は国立工房への立ち入りが許されるのと、賞金が金貨二百枚!」
そう話しつつチラシを見せる僕に、母さんはうんうんと頷いてはいるものの参加しようという気にはならないみたいだ。しかし僕は負けない。
「それでね、三等には賞品しか出ないんだけど、それが何と、隣の国特産のお米一年分!!」
「ちょっと隣国行ってくるわ」
僕の言葉が終わった途端、母さんは膝に乗っけていた一番下の弟を胸に抱いてすっくと立ち上がった。そして、母さんの隣に腰かけてべったりとくっ付いていた父さんに弟を渡す。そんな母さんに父さんも弟を抱っこしたまま慌てて腰をあげて。
「待て待て俺も行く。そもそも隣国までどうやって行く気だ」
「えっと……徒歩と乗合馬車?」
「魔物や人攫いに襲われたらどうする気だ! 絶対に俺も行く!」
父さんは弟を片腕で抱っこして、もう片方の手でふんわりと、けれど決して離れないというように母さんを抱き締める。母さんは商品のお米のことでも考えているのか、すでにすっかり上の空だ。
こうして、我が家の隣の国への家族旅行が決定した。村の外も珍しいものがたくさんあって面白いから、すっごく楽しみだ。
「……三等? 三等のものってどのくらい? オリハルコン性の剣とか?」
「精霊石を埋め込んだ槍のやつなんかどうだ?」
「千年竜のおじいちゃんからもらった鱗を溶かし込んだ斧とか……」
母さんと父さんがそんな話し合いをしてる間に、僕はうきうきと、話がよく分かってなくてきょとんとした顔をしている弟と妹に、旅行の説明をするのだった。
勢いで書いてしまいました。自分の中では、いつか続きを書いてみたいお話。
オリハルコン → 幻と言われている、なんかすごい力を秘めた鉱石。
精霊石 → 精霊の力の篭った石。精霊のテリトリー内でしか採れず、テリトリーに入れる人間はめったにいない。
千年竜 → 秘境に住む人間嫌いの竜。その鱗には様々な効能がある。