とある美形談義
大量に巻き上げられた砂埃のせいで傷んだ目は、元凶である「翼持つ者」のもう一人が直してくれた。らしい。
当事者であるブラウが断言できないのは、あまりにも回復が早すぎた事実が彼の知識経験と合致しなかったからだ。
「でもこいつも悪いんだぞ。いきなり斬りつけて来やがって」
「僕の前に現れるから悪いんです」
閖吼は相変わらず、楚々として美しい。しかし最前までと明らかに違うのは、手にした長い剣だった。メイズの世界――というか国で古くから伝わる「ニホントウ」という武器で、「カタナ」という分類がされるらしい。
いずれにせよ、閖吼が持つにはあまりにそぐわない物騒な装飾品だ。
さりげなく視線をずらした先に、ブラウは長身の男を見出す。あのとき一瞬だけ目の当たりにした翼は、どういうわけかどこにもない。幻の説明では、自在に出したりしまったりできるそうだ。いったいどんな生き物なのだろう。
だが、特筆すべきは他にもある。
一見無造作に、だが非常な優美さで以て流れる長い黒の髪。それに守られるように、細身の身体が堂々と佇んでいる。手足の長さも均整が取れていて、ぴったりと添う衣装が肢体の美しさを存分に主張していた。
そして、それにふさわしい美貌。削いだように鋭い知的な顎、鮮烈な光を放つ黄金の瞳、傲岸なまでの強い笑みを浮かべる唇。どれ一つをとっても今までブラウが見てきたどんな人間よりも完成されていた。
「別にお前から恨まれる覚えはねぇんだけど?」
「そうですね。単にあなたの顔が嫌いなだけです」
「お前のダンナと同じだろうが」
「とんでもない。彼はもっと繊細で優雅で洗練されています」
「どさくさでのろけんな」
が、そんな常識外れの美丈夫も、うんざりした様子を隠そうともせず閖吼と低次元の口げんかをしているのだからまったくありがたみがなかったりする。
おかげでブラウも、萎縮したりせずにすんだ。
「無視していいよ。いつもあんな感じだから」
傍らでニコニコと締まりのない笑みを浮かべている「魔王」とやらも、同様の理由で恐れたり身構えたりする理由をまったく見いだせなかった。彼もやはり相当の美貌だが、翼持つ異形達は、そろいも揃って気安かった。
「ええと……魔王領からいらしたんですよね」
ブラウはとりあえず、気になっていることを尋ねてみることにした。
「うん」
「あなたもやはり魔王の……」
何と続けようか、しかしブラウはそこで躊躇う。
そもそも、訊いてどうなることでもなかった。
この男が魔王の手先だろうが味方だろうが友達だろうが、自分達のやる事は一つしかないのだから。
愚かな質問をしたことを後悔したブラウが撤回するより先に、ルシファーと名乗った異形はくすりと笑った。
「何も心配しなくていいよ。本来、私達はみだりに世界に干渉することはないし、天使側は掟で禁じているくらいだ。世界そのものの存在が危うくならない限りは、こうして現地住民と交流することも本当は御法度なんだよ」
「……御法度ですか」
「うん。だからこうやって、私と君が仲良くしてるのは違法行為ってわけさ」
その割りには、ルシファーの口調も態度も至って軽い。
「罰則はないのですか?」
「あるよ」
「では……」
「いやほら、トップが悪いことしたって取り締まるのが同じ奴じゃ意味ないでしょ。そういうことだよ」
横合いからケインが口を出した。
一瞬意味がわからなかったが、ケインがにやにや笑いながら補足してくれた。
「このルーは、魔界ってところの一番偉い人。つまり、取り締まるのも罰するのもルーの胸算用ってことさ」
えー中間管理職の魔王だよーとかルシファーはのんびり喚いていたが、ブラウは反応に困ってとりあえず賢い沈黙を選択したのだった。
魔王ってこんなんばっかりか。
そんなことを思いながら。




