17話
空間結合と同時に、日本全土の四十七のダンジョンへと一斉に雪崩れ込んできたアメリカのUR級鋼鉄軍団【アイアン・レギオン】。
それは、本来であれば一国を数日で地図から消し去るほどの、核爆発すら耐えうる最強の自律兵器群だった。
だが、彼らが一歩目を踏み下ろした場所は、戦場ではなかった。
シュウウウウウ……ッ。
心地よい波の音。そして、肌を優しく撫でる、極上のアロマを含んだ温かな「湯気」。
突入した瞬間、彼らのセンサーが捉えたのは、敵の魔術の波動ではなく、おいでやす(京都DM)から直結された『神界の湯』が湛える、圧倒的な癒やしの魔力だった。
「――作戦開始だ、ミミ。彼らの『セオリー』を内側から溶かせ」
「はい、マスター! 世界最強の軍隊を、骨の髄まで『整えて』差し上げます!」
透の静かな命に応じ、ミミ(聖典アルマデル)の指先が輝く。
大阪のコンサルDMから奪い、聖典の力で最適化したスキル【アナリティクス(効率厨)】が、突入した兵器や随行するエリートサイボーグ兵たちの脳波・機体データをコンマ数秒で完全解析した。
次の瞬間、大浴場の環境が『自動パーソナライズ(最適化)』を開始する。
アメリカ兵たちの網膜に映る最先端ディスプレイに、なぜか彼らが最も故郷で愛していた「ミディアムレアの極上ステーキの香り」と、脳の疲労を極限までリセットする「1/fゆらぎの重低音BGM」が強制同期された。
さらに、空間に充満する【猜疑の霧】が、微量ながらも鋼鉄の装甲の隙間を縫って、サイボーグ兵たちの精神へダイレクトに滑り込んでいく。
「な、なんだこれは……!? 敵の攻撃がない……!? いや、この湯の成分、機体のナノマシン修復効率が1200%に跳ね上がっているぞ……!?」
「警告! 精神の緊張度が著しく低下! 故郷の母親の顔が思い出され、戦闘継続が著しく困難に――」
無敵を誇ったはずの兵士たちが、湯船に足を踏み入れた瞬間から、次々と武器を落とし、ドボン、ドボンと、吸い込まれるように温泉へ浸かっていく。
『神界の湯』がもたらす「疲労完全全回復」と、引き換えに襲いかかる「抗えない強烈な睡魔」。
極限の戦闘ストレスに晒されていたエリート兵ほど、この究極のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)の不意打ちに耐えられるはずがなかった。
「もう……戦う理由が、どこにも見当たらねぇ……」
「この湯加減……神だ……。アメリカの軍事予算、全部ここに注ぎ込むべきだろ……」
最強の鉄の軍隊は、突入からわずか3分で、ヨダレを垂らして「極楽だぁ……」と呟くだけの、ただの湯治客へと完全無力化(ハメ殺し)された。
『チャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリン――ッ!!!!』
透の視界の端で、DPのカウンターが完全にバグを起こしたような速度でカンストし、表示が『測定不能(MAX)』へと弾けた。
世界1位の軍隊が、140人以上の規模で、世界最高峰の歓喜補正(通常の3倍)のDPを永続的に吐き出し始めたのだ。
◇
地上。自衛隊作戦本部テント。
「あ、あああ……人類の歴史が、たったの3分で、ひとつの『温泉』に敗北した……」
ダンジョン対策庁の志摩一課長は、モニターに映る「突入したはずのアメリカ全軍が、全員一歩も動かずに脳波が超リラックス状態(熟睡)に固定された」という壊滅的なデータを見つめ、ついに精神の防壁が完全に消滅していた。
「志摩くん! アメリカのワシントン総督から緊急通信だ! 『我が軍は、静岡のマスターが創造した【楽園の概念】によって完全制圧された。本日を以て、アメリカ合衆国は彼のカルテルの終身名誉顧客(奴隷)となる契約にサインした』と……! 一ったい何が起きているんだ!?」
連隊長が叫ぶが、志摩はただ虚空を見つめ、狂ったように笑うだけだった。
「連隊長……彼は、ただのS級マスターじゃない。力でも、暴力でもなく、【極上の幸福】によって人類を支配する、新世界の神になったんだ……。もう、世界中の誰も、彼の盤面から逃れることはできない……!」
◇
迷宮の最深部。
裏同盟チャット【47】では、1太夫や大阪のコンサルDMたちが『静岡の旦那が世界を征服したぞォォォ!!!』『今日からここが世界の中心だ!!!』と、お祭り騒ぎの大爆発を起こしていた。
「これで、誰も俺たちに干渉してくるロジックは消えたな」
透は、湯上がりの冷たい牛乳(高級回復飲料)を飲み干し、静かに微笑んだ。
その隣で、黒髪を揺らす美少女姿のミミ(アルマデル)が、嬉しそうに透の腕に抱きつき、ページをパタパタと鳴らす。
「はい、マスター! 世界最強の軍隊を permanent に囲い込み、他国のDPすら我が口座へと自動還流させる永久機関が完成しました。これぞ、完璧なチェックメイトです!」
世界から最も恐れられ、そして世界中の限界人間たちが命がけで目指す、人類最後の『絶対不可侵の極楽迷宮』。
知性派の引きこもりマスターと、因果を統べる聖典の少女は、地上すべてを極上のハメ技で手玉に取ったまま、今日も優雅に、誰よりも不条理なデスゲームを運営し続けるのだった。




