1話
カチリ、と脳内でピースが噛み合う音がした。
「……なるほど。これは力押し(パワーゲーム)じゃない。確率を支配するチェスだ」
薄暗く湿った洞窟の最奥。淡く、しかし禍々しい紫色の光を放つ『ダンジョンコア』の前で、俺――黒崎透は、自身の網膜に浮かび上がるシステム画面を見つめていた。
世界中で突如として人が消える神隠し事件から一年。突如として発生した大地震と共に、この日本には四十七の『ダンジョン』が出現した。俺はその中の一つ、各都道府県に一人だけ選ばれたという『ダンジョンマスター(DM)』になってしまったらしい。
目の前の青白いステータスプレートには、無情な現実が刻まれている。
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【ステータス】
名前:黒崎 透 Lv.1(固定)
性別:男性
職業:ダンジョンマスター
筋力:5 知力:18 魔力:12
精神力:15 器用:14 俊敏:7
【ユニークスキル】
【チェス・マスタリー】
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レベルは1固定。戦えば成人したばかりの一般人にすら撲殺される戦闘力。
だが、その下に書かれたユニークスキルの詳細を読み込んだ瞬間、俺の背筋に冷たい歓喜が走った。
【チェス・マスタリー(戦術盤の統治者)】
能力1:『ブレイン・リンク』
ダンジョン内全域の構造、および侵入者のステータス・心理状態を完全リアルタイム解析。
能力2:『タクティクス・予測』
解析データに基づき、侵入者の「3分後の行動」を確率(%)で完全予測。
能力3:『チェックメイト』
DMの構築した誘導手順が成立した際、対象への罠・魔物の攻撃命中率が100%(絶対クリティカル)となる。
※代償として、DPによる魔物の「指定召喚」は不可。すべてランダムガチャに制限される。
「指定召喚のロック、か。まあ、妥当な縛りだな。これだけの性能だ、贅沢は言えない」
むしろ、手駒がランダムだからこそ、脳の使い甲斐がある。
初期配布された5万DP。これを使って、まずは防衛の要となる魔物を召喚しなければならない。指定はできない。完全な運任せの「魔物ランダムガチャ(1回100DP)」のボタンを、俺は迷わずタップした。
システムが淡い光を放ち、目の前に平然と現れたのは――。
ひらひらと、頼りなく宙を舞う『一枚の紙切れ』だった。
【魔物情報】
名前:未設定
ランク:C
筋力:1 俊敏:5 魔力:5 耐久:1
スキル:【環境同化Lv.1】【文字擬態Lv.1】
「……」
踏めば破れる。戦闘力は事実上のゼロ。掲示板(DMチャンネル)を見れば、他のDMたちが「SSRのゴーレム引いた!」「自衛隊の突入に備えてSRのオーガを並べるわ!」と脳筋な自慢で盛り上がっている。彼らがこれを見たら、間違いなく「初手で終わったハズレ枠」と鼻で笑うだろう。
だが、俺は違った。その紙片をそっと指先に乗せ、口元を歪める。
「いや、最高だ。お前は最強の『歩兵』だよ。……よろしくな、ミミ」
パタパタと、紙片――ミミが嬉しそうに端を揺らした。
――数時間後。
一年の猶予期間が終わり、ついに『ダンジョンオープン』のシステムログが流れた。
と同時に、俺の脳内マップの入り口に、ピコンと赤い光が灯る。
『侵入者:3名』
【チェス・マスタリー】の『ブレイン・リンク』が瞬時に起動し、侵入者のステータスが脳内に透過表示された。
・リーダー格の戦士(Lv.5):筋力は高いが、知力と精神力が極端に低い。自信過剰。
・斥候(Lv.4):俊敏は高いが、ビビりで精神力が底辺。
・魔法使い(Lv.3):魔力はあるが、足元への注意力が散漫(器用が低い)。
成人してステータスが発現したばかりの、調子に乗った若者探索者パーティ。
「おい、ここまだ誰も入ってない新ダンジョンだぜ!」
「初クリア報酬、俺たちが総取りだな!」などと、気の抜けた会話が念話を通じて聞こえてくる。
「ようこそ、俺の盤面へ」
俺は初期DPを僅かに消費し、入り口から進んだ最初の『分かれ道』の構造を作り変えた。
右の通路は、なだらかで歩きやすそうな下り坂。
左の通路は、不気味な黒い茨の蔦が壁一面に生い茂る、いかにも「危険」そうな通路。
そして、歩きやすそうな右の通路の壁に、ミミを配置する。
ミミは【環境同化】で壁の岩肌に完全に溶け込み、その表面に【文字擬態】で文字を浮かび上がらせた。長年放置され、風化したかのような『先人の遺したメモ』の偽装。
そこへ書いた内容は、こうだ。
『この先、凶悪な毒蜘蛛の巣。左の通路が正規ルート。俺たちの屍を越えてゆけ』
数分後、分かれ道に到着した3人が、足を止める。
ビビりの斥候が、真っ先に壁の「偽メモ(ミミ)」を発見した。
「おい、待て! これを見ろ! 右はヤバいらしいぞ。先に入った奴らが残した警告メモだ!」
「マジかよ……。毒蜘蛛とか勘弁だぜ」
自信過剰なリーダーの戦士が、不気味な左の茨通路を見て顔を顰める。
「チッ、他人のアドバイスに従うのは癪だが、わざわざ蜘蛛の巣に突っ込む馬鹿はいねぇな。……左に行くぞ」
――かかった。
人間の「危険を避けたい」という心理と、都合の良い情報に縋りたくなる認知バイアス。
彼らは自ら、俺が用意した左の通路へと足を踏み入れた。
左の通路の奥。そこに設置してあるのは、たった100DPの、なんてことのない普通の『落とし穴』だ。底にはただの『尖った石』が敷き詰められているだけ。
本来なら、俊敏の高い斥候が前方を警戒していれば、簡単に見破って回避できるレベルの、初心者用の罠。
だが、彼らの精神状態はすでに『ブレイン・リンク』で完全に掌握している。
不気味な茨の通路(精神力低下の環境効果)を進むことで、彼らの警戒心は「前方」ではなく「周囲の茨」へと逸れていた。さらに、偽メモを回避したという安心感から、足元への注意力が著しく散漫になっている。
3人が落とし穴の手前3メートルに達した瞬間。
俺の脳内で、無数の計算式が一つに収束し、輝かしいシステムメッセージが弾けた。
『条件達成――【チェックメイト】が成立しました』
パーセンテージで表示されていた予測線が、一瞬で『100%』に固定される。
「終わりだ。落ちろ」
カツン、と注意力の散漫な魔法使いが、落とし穴の手前の僅かな段差に足を引っ掛けた。
「あ、っと――!?」
「うおっ、危ねぇ!」
バランスを崩した魔法使いが、前にいたリーダーの戦士の背中を突き飛ばす。さらに、それに巻き込まれた斥候がドミノ倒しになり、3人は叫び声を上げながら、一塊の肉団子となって落とし穴へ真っ逆さまに滑り落ちた。
――グシャ、という鈍い音が湿った洞窟に響く。
本来なら、レベル5の戦士の耐久力なら、ただの石に落ちた程度では即死などしない。
しかし、【チェックメイト】の効果は『絶対クリティカル(必中)』。
落とし穴の底に転がっていたCランクのただの石が、システムによる因果の捻じ曲げによって、滑り落ちた3人の『眼球』『延髄』『心臓』へと、針を通すような精度で100%の確率で突き刺さった。
一瞬の静寂。
直後、俺の視界の端で、DPのカウンターが爆発的な勢いで跳ね上がった。
『侵入者の完全死亡を確認』
『獲得DP:12,000 DP(レベル合計12×1,000)』
『ボーナス:探索者の遺品より【スキルオーブ:挑発】を回収しました』
「ふぅ……」
一つ、深い息を吐き出す。
初期投資、僅か数百DP。消費した魔物はゼロ。対して、得られたリターンは1万以上のDPと、貴重なスキルオーブ。他のDMたちが強力な魔物をすり潰されながら必死に戦っている中で、俺は指一本触れられることなく、完全なる勝利を収めた。
ひらひらと、落とし穴の奥から、役目を終えたミミが俺の手元へと戻ってくる。
俺はその紙片を優しく手のひらで受け止め、小さく微笑みかけた。
「お疲れ様、ミミ。最高の初陣だった。……さあ、次の『盤面』を築こうか」
DM専用掲示板からは、今も「人間が強すぎる」「もうDPが無い」と、無策なマスターたちの悲鳴が通知され続けている。
それを完全に無視し、知性派の管理者は、次なる完璧なデスゲームの設計を始めるのだった。




