月夜は綺麗
月が輝いている。
だが自身にその次の光が差し込む事はない。
鎖に繋がれて死ぬだけの未来だ。
「……う……あ」
奴隷の少女は月を見上げて一筋の涙を流した。
「まぁ旦那様お上手でしたわ」
「ふふ。 お前こそ手慣れているな。 誰かから学んだのか?」
「偉大なる貴婦人から色んな手を教わりましたの」
「ふふ。 それは素晴らしい」
一人翠の髪をした女性が男性に腕を組ませて合わせて歩いていた。
少女の乗せた馬車はその横を通り過ぎたがふと翠髪の女性と目があった気がしたが気のせいだと奴隷は首を振った。
「……いつ売られるの?」
毎夜毎夜。 辛い日々が続いた空腹を訴えたら商人に殴られた。
風呂にも入れず不衛生で病気になった奴隷仲間もいた。
そんなある日の事だ。
「な、なんだお前!?」
「私は狐。 誰かを騙し奪い去る嘘の獣」
「ぎやぁぁぁぁ!?」
ある日の事だった。 狐の仮面被ったら人達が奴隷の護衛と商人を殺した。
奴隷は震えて動けなかった。
「うっ。 いや! 来ないで!!」
狐の面を被った人物と目が合い、体が震えた。
「大丈夫よ。 私はあなたの味方。 さぁ行きましょう?」
「えっ?」
狐のお面を取ると前に目線が合った娼婦がそこにいた。
「あなたは?」
「私はシノビコードレスのシノビの一人。 狐よ。 あら? 電話だわごめんね。 もしもし?」
そういうと女性は板のようなものを取り出して耳に当てた。誰かと話しているのだろうか。
「分かったわ。 萌え萌えキュンキュンね」
「……もえ?」
意味不明な言葉を唱えているが何かの暗号なんだろうか。
「あなた行く当てはある? ほとんどの子は既にある村や里から攫われた子だからすぐに返せるのよ」
「……私に居場所なんて」
「あら、私と同じだわ行きましょう。 お母さんがいるの。 私のことはキツネと呼んで」
キツネは優しく微笑み、奴隷の頭を撫でた。
「……キツネさん。 私、いいところに行ける?」
「行けるわよ? とてもいいところ。 あなたを傷つけないわ」
少し甘い花の匂いがした。
とてもクラクラするが、握られる手は温かった。
連れ去られる所が地獄だろうと奴隷には否定する権利はない。 そのまま奴隷はキツネに案内された。
「ここよ」
すると霧が深い鉱山のある国にきた。
「……怖い」
奴隷はキツネに抱きつくと目の前に鬼やキツネの面。 さらに猫の面を被った人達が現れた。
「母の朝は?」
「握り飯。 しゃけを連れてきたわ」
「御意」
仮面の問答に答えると、シノビ達はキツネを通し、武器を構えてキツネと奴隷の事を守るように警戒していた。
「……今のは?」
「ああ、あれは門番の挨拶よ。 シャケは孤児を連れてきたという意味なの。 シャケって美味しいわよね?」
「……シャケ?」
「おさかなよ。 とても美味しいの」
そのまま歩いていると、ドレス姿に傘を差した女性が現れた。
月夜の光がまるで夜が彼女を祝福しているようだった。
「帰ったのイーニ。 奴隷商人はシメタのかしら?」
「お母さん!」
キツネは、夫人の気配に気づくと笑みを浮かべた。
「この子は戦災孤児? 奴隷商人の子ね」
女性は奴隷の存在に気づくと柔らかい笑みを向けて屈み優しく頭を撫でてきた。
「そうですお母さん。 この子村も里もないらしいの」
「分かったわ。 まずはご飯にしましよう。 でもその前に風呂に入れてあげなさい」
「はい」
そういうとキツネは笑みを浮かべて、奴隷を風呂に案内した。
「ん?イーニ久しぶり! マジで久ね!」
「あら? シャケが来たの? いらっしゃい」
「あら未来は美人さんねぇ」
「えっ?」
そこは女風呂だったらしく、エルフに人間や獣人など様々な女性達がいた。
「ねぇイーナ。 最近タツヤ様がまた近場の魔獣を狩ってくれたそうよ。 マジでキュンキュンだわ」
「ジュンタ様も私のスマホ治してくれたのほんとにイケメン神だわ!!」
頬に手を当てて、女性達はニコニコと笑っている。
「……ここはどこ?」
「ここはナナシノ国よ。 秘密の里でこの人達は私の家族。 改めて私はイーニ。 人族のシノビよ。 キツネ班に所属して諜報と暗殺を担っているわ」
そう言ってイーニは笑い、奴隷の頭を撫でてくれた。
「あなた、名前は?」
「……名前はないの」
「そう……タマキはどうかしら可愛らしいわ」
「へータマキちゃんか! イーニいいねぇ!」
「写メしよ写メ!!」
「男ども喜ぶぞ!」
早口で何を喋っているかは分からなかったが、恐らく身内で盛り上がっているという事なのだろう。
「ほら入りましょう? タマキ」
「……はい」
タマキはイーニの色香に心が動きそうになりながらお風呂に入った。
「綺麗にしてあげるわ。 この石鹸は上質なものなのよ?」
「はい」
そう言ってイーニの細い指がタマキの頭を洗う。
その後優しく、体の洗浄タオルで体の垢をとった。
「ふふ。 綺麗になったわね」
その後、ドライヤーなる魔道具で髪を乾かしてタマキは食堂に連れて行かれた。
「風呂から上がったの。 イーニ」
すると、傘をさしていた貴婦人がほっかむりをしてご飯を作っていた。
「お母さん。 この子今日からタマキって呼ぶわ」
「そうか。 イーニ一お前は一応医者の元へ行きなさい」
「分かりました。 タマキをお願いします」
「ええ」
そう頷くと、イーニはそこから離れ食堂には貴婦人とタマキだけになった。
「あの……手伝いを」
「あなたは座っていなさい?」
「……はい」
タマキが、婦人に指示されて席に向かうと眼帯に赤いフードを被った少年がいた。
「……新入りか?」
「えっ?」
いきなり淡々とした口調で声を掛けられてタマキは戸惑った。
「……祝いだやるよ」
すると、グラスに茶色の液体を入れて手渡して来た。
「……えっとこれは?」
「……コーラだ飲め。 俺は今から仕事がある。 じゃあな」
そう言いながらイーニが持っていた板を操作して、少年はどこかへ行ってしまった。
「ふふ。 タツヤったら全くシャイなんだから」
「あっ、その」
「ごめんなさい自己紹介が遅れたわね。 我の名はバルメア。 このナナシノ国を治める夜の貴婦人。 さっき喋っていたのはオガワ・タツヤ。 この国を作った一人よ」
「へー」
タマキはタツヤが出てい行った方向を見ながらため息を吐いた。
「ようバルメア。 元気か?」
「ジュンタ!」
すると食堂に一人の男が現れた。 奇抜な服を着ているが誠実さを伝わってくる顔をしていた。
「シノビのみんなが写真をくれたからタマキって子に会いたくなってさ。 君がタマキちゃんかい?」
「えっ、えっとそのタマキです」
「よろしくね。 俺はササキ・ジュンタ。 この板スマホを作った張本人だ。 今日は顔を見せに来たのと、このスマホを君に渡し来たんだ。 じゃあこれで」
そう言うジュンタはポッケからスマホと言う魔道具を取り出してタマキの手のひらに置いた。 そして手を振って食堂から出ていってしまった。
「あのバルメア様。 これ、私の物にしていいのですか?」
タマキは困惑してバルメアを見た。
「ふふ。 いいのよタマキ。 これはジュンタの作った魔道具。 そしてあなたを守る道具なの。 さぁおにぎりと豚汁を食べて? おかわりもあるわ」
「……いただきます。 うまい……おい……しい!」
タマキは目の前にあるおにぎりを頬張り、涙を流した。 まともにご飯にありついたのはいつぶりだろうか。
「大丈夫。 ここにはお前を脅かすものは何もないわ」
「う、バルメア様! バルメア様あぁぁぁぁぁ!!」
タマキはおにぎりを食べ終えるとバルメアに抱きついて泣いた。
「よしよし。 いいのよタマキ。 この国はあなた達のようなはぐれ者を受け入れる里よ。 我はあなた達を愛しているわ」
「うわぁぁぁぁ!!」
そんなタマキをバルメアは優しく頭を撫で、抱擁した。
そしてこの日、タマキはようやく人として泣く事が出来たのだった。
「私、強くなり……ます。 この国の恩義に報いる為に!」
「あらあら頼もしいわね。 でもゆっくりでいいのよ? あなたが怪我したら我はとても悲しいわ」
「はい! バルメア様の為に立派なシノビになります!!」
「そうまずは食べて寝る事が大事よ? 今日は我と一緒に寝ましょう」
「はい!」
そして、タマキはご飯を食べ終えて歯を磨きそのままバルメアの部屋で腕に抱かれながら眠りについた。
「ん?」
目を覚ますとバルメアはおらず、タマキは部屋を出ると様々な種族の人達が歩いてる光景を目にした。
「いろんな人がいる」
「そうよ」
「うわ!?」
タマキは、急に声を掛けられて驚き背後を振り向くとイーニがいた。
「イーニ……様」
「様はいいわ。 私のはイーニと呼んで? 今日からあなたは私の子供として育てる事になったわ」
「……一緒に暮らせるのですか?」
タマキはイーニの言葉を噛み砕き、正解を導こうとした。
「ふふ。 意外と真面目ねタマキは。 大丈夫よお母さんから休暇は取ったからあなたが大人になるまで面倒を見るわ。 お腹の事もあるし」
「うん?」
そう言いながら、腹を撫でるイーニにタマキは首を傾げた。
「実は言うとね。 タマキに家族が出来るのよ? このお腹にタマキの弟か妹が宿っているわ」
「……お姉ちゃん。 私が? 本当に家族が生まれるの?」
「そうよ。 そして、あなたに質問をするわタマキ。 これから平民として過ごす? それとも、シノビとして生きる? どちらを選んで生きてもあなたが家族である事は変わらないし、あなたの意見を私は尊重するわ」
そう言いながら、イーニはタマキの両肩を抑え、目線を合わせた。
それだけ真剣にタマキの人生を案じている証拠だった。
「……イーニ。 私はシノビになりたい。 イーニみたいに強くなって。 イーニの右腕になりたい」
「そう……嬉しいわ。 じゃあお母さんには私から言っておくわ」
そう言ってイーニは立ち去ってしまった。
「……何をすればいいのかしら?」
「ん? 新入りか」
「ひっ!?」
するといきなり髑髏の仮面を被った集団が現れてタマキは固まった。
「狐の……確かイーニの子だったな?」
「……はい?」
言われている意味が分からなかったが、イーニの関係者ではある事には違いないので首を縦に振った。
「そっか。 まずはスマホの使い方だな。 スマホを出せ」
「はい」
タマキはスマホを取り出すと、髑髏の仮面を被った集団があれこれ説明を始めた。
「いいかタマキ。 これは情報を集め、共通する事が出来る魔道具だがお前の魔力だと十パーセントがスマホ充電が限界だろうからこれからはこのスマホに丁寧に魔力を込めろ。 話はそれからだ。 じゃあ」
「頑張れよ!」
「頑張ってチビちゃん!」
そう言って髑髏のお面を被った集団は去ってしまった。
「……今のは?」
「今のは髑髏の面を被るシノビ達よ」
「バルメア様!」
すると、昨日と同じくほっかむりをしたバルメアが現れた。
「彼らは新入りの髑髏。 鬼の面の戦闘。 狐の面の諜報。 猫の面の補助員どれにも所属していないシノビの卵なの」
「……新入り?」
バルメアの言葉にタマキは首を傾げた。
「そう。 あの子達はひたすら鍛錬と先輩のシノビから様々な事を学んでいるのよ。 まぁ一人一人得意な事は違うけれど自慢の子達よ」
そう言いながらバルメアが歩くシノビ達の背中を見て微笑んだ。
「あ、あの。 私もシノビになりたいです」
「……ダメよ」
「な、なんでもやります! こ、殺しでも盗みでも! 恩義を返す為に!!」
「……ダメよ」
「ひっ!?」
タマキがバルメアに強請ると、バルメアから殺気が溢れて体がすくんだ。
「……栄養失調に教養不足。 そんな子にシノビなんて務まらないの」
そう言いながら、バルメアは頭を撫でる。
「心意気は買うけれど、それではあなたがすぐに死んでしまうわ。 我は子供達を愛しているの。 だから今は自分の事を考えなさい教養と体が良くなったらイーニを先生としてつけるから」
「う、ぐず。 はい!」
バルメアの優しさに心打たれてながらタマキは、頷いた。
自分は本当に子供なのだと嫌でも悟った。 涙が溢れて悔しさが止まらなかった。
「お母さんどうしたの?」
「イーニ。 この子を教育しろ。 この子は自尊心がないすぐに死んでしまう」
「はい。 分かりました」
すると、イーニが歩いて来てバルメアと目線を合わせた。
「タマキ。 母さんの言う通りよ。 このシノビの業界と千國の他国はかなり厳しくてね」
「分かりました。 私はイーニの右腕になれるように頑張ります」
「ありがとう。 ごめんなさいタマキ少しだけ待っていて。 他のキツネのみんなとお話があるから」
そう言ってイーニは行ってしまった。
「タマキ。 食堂に来なさい? ご飯を作るから待ってて」
「はい」
タマキはバルメアに連れられて朝ごはんを食べた。
「今日は自由にしていいわ。 環境に慣れるのも修行だから」
「はい」
バルメアから言葉を聞いて、子供扱いに辛さを感じながらタマキは外を散歩をした。
色々な人が歩き、笑っている。
ピンクの花が空を舞い、青空が澄んでいる。
すると目の前に黒髪で綺麗な女性が現れた。
「あら子供? 迷子かしら?」
「あっ、こんにちは。 私タマキって言います」
「そう。 タマキって言うんだ。 私はコバヤシ・ハナ。 けれどスミレと呼んで」
「……スミレさん?」
「少し話す? お団子もあるわ」
「食べたいです」
側から見れば誘拐犯の会話だが、周りの人達はタマキとスミレを見ても殺気を飛んで来なかった。 どうやら目の前にいる人は相当信頼されている人物らしい。
「よいしょ。 おかみさん三色団子六つ。 六百ベルカ丁度で払うわ」
「あらスミレちゃんまた子供を拉致ったの?」
「変な事言わないでください。 私が子供を攫ったらバルメア様が驚くでしょ?」
スミレと一緒に団子屋に入ると、スミレがおかみさんに注文を入れた。
「そうピポ!」
「へっ!?」
タマキがスミレを見つめているといきなり白い物体が現れて喋り始めた。
「スミレは優しいピポ。 子供は宝で、未来の礎ピポ。 攫うなら洗脳して徹底的にスミレの良さを教育してやるピポ!」
「こら、ピポパ物騒な事を言わないの。 お団子買わないわよ?」
「ごめんピポ! でもスミレは悪人じゃないって知って欲しいんだピポ!」
「……この子はなに?」
タマキは恐る恐る、ピポピポ言う物体に手を伸ばして触ってみた。
「む? ピポパが珍しいんだピポ? 触っていいピポ! ピポパも子供は大好きピポ!」
すると、ピポピポ言う物体は嫌がらずにそのまま触られ続けた。
「この子はピポパ。 機械人族なの」
「機械人族?」
スミレの言葉にタマキは首を傾げた。
「まぁ、頭がいい一族と覚えておいて」
「へー」
スミレの話を聞きながら、タマキは目をキラキラしているとお団子がやって来た。
「あいよ。 三色団子六つね。 お茶はサービスだよ!」
そう言っておかみさんが三色団子とお茶を置いてくれた。
「ほら、食べて」
「いただきます!」
スミレに言われるがまま、タマキは団子にかぶりつき団子を噛み砕いた。
「おいしい!」
「ふふ。 ここは元シノビの一族の人が、運営するお団子屋でとても美味しいのよ」
そう言ってスミレもニコニコしながら団子を食べる。
「この国はほとんどがシノビに救われたり、協力しようと集まった国。 だからタマキちゃんを危険な目に遭わすことしないわ? 何か知りたい事ある?」
「立派なシノビになりたいです!!」
タマキは今、胸に秘める思いをスミレに伝えた。
「それはとても過酷な道よタマキちゃん。 確かにシノビは影の英雄よ。 実際に私も何度もシノビの人達に命を救われて来たから言える。 けれどそれ以上にシノビは心を殺し耐える時もあるの。 仲間を信じる心が何よりも大事」
そう言いながらスミレはタマキの頭を撫でてくれた。
「そうピポ。 シノビは過酷ピポ。 けれどその代わりたくさんの命が救われる事は変わらないピポ! もしもタマキちゃんがシノビになりたかったら、ピポパも修行に付き合うピポ!」
するとピポパも三色団子を食べながら、タマキの周りを浮遊した。
「なんなら今から鍛錬をする?」
「教えて下さい! スミレ先生!」
タマキはスミレに向かって頭を下げた。 イーニの気持ちに応える為にも出来る事をしたい。
「じゃあこのお団子を食べて行きましょうか?」
「はい!」
そう互いに笑みを向けて、タマキとスミレは仲良く団子を食べ終えた。
「まずは鬼ごっこよ」
「鬼ごっこ?」
広い草原に立ちながら、タマキとスミレは向き合っていた。
「そう。 何よりも逃げ足と体力がシノビは必要なのよ。 昼も夜も強敵を相手にしないといけない戦士の心構えが必要なの」
「はい! 分かりました! スミレ先生」
タマキは真面目にスミレの話を聞いて頷いた。
「じゃあまず私が鬼よ。 逃げてね?」
「はい!」
そして十秒後いきなりスミレが現れて、タマキの首筋に剣を当てていた。
「ひっ!?」
「これが絶対強者の足の速さよ? まずは強者に追いついかれても、冷静な態度を取れるように練習」
「はい!」
「一応木刀を渡すわね? それで反撃なさい」
「はい!」
こうしてスミレとタマキは何度も鬼ごっこをして撃ち合った。
「はぁはぁ」
一時間もする頃にはタマキの体力は限界だった。
「よく頑張ったわ。 休憩しましょう?」
「でもまだ!」
「ダメよ。 無理は禁物。 成長したいのは分かるわ。 私だってそうだったから」
「……スミレ先生もそうだったの?」
意外な発言にタマキは目を瞬きした。
「ええ、よく私の先生はゆっくり成長する事が近道とよく言っていたから。 だからタマキちゃん一日一日を考えて過ごしなさい? 無駄なんて事は何一つないんだから」
そう言ってまたスミレは、タマキの頭を撫でてくれた。
「そろそろイーニさんが来るらしいから。 じゃあね」
そう言ってスミレはタマキの手を握ってくれた。
「バイバイピポ!!」
そう言ってスミレとピポパは、去ってしまった。
「すごい人達だったなぁ」
タマキはその後ろ姿を見ながら感嘆の声を上げた。
「あらタマキどうしたの?」
「イーニ!」
タマキはイーニの存在に気づいてその体を抱きしめた。
「さぁ家に帰りましょう? 私達の家よ」
「はい!」
そして向かうとキラキラとした建物があった。
「……これ何?」
「ここは娼婦館デイズ。 今日はお休みだからここに泊まろうと思って」
「へー」
そうイーニと手を繋ぎながら、タマキは部屋に入った。
「ママ!」
「イーニママ! 元気だったの?」
「あらみんな元気?」
「はい!」
すると赤い髪に白い髪、そして綺麗なドレス姿の獣人やエルフ、龍人に小人さらに人魚族の女性達がイーニとタマキを囲んだ。
「その子ですよね。 新しく保護された子」
「ええ、よろしくね」
「おめでたおめでとうございます。 家族が増えますね」
「そうね」
ドレス姿の女性に話しかけられて、イーニが頬に手を当てて笑った。
「……イーニこの人達は?」
「この子達は私の部下よ。 あなたに色んな事を教えてあげるわ。 ちゃんと言う事聞きなさい。 私は資料整理をしてくるわ」
「はい!」
イーニの発言にタマキは頷いた。
「よし、まずは文字だね。 異界語に日本語と漢字とカタカナひらがな算数。 それら覚えて貰うから」
すると一人の女性がタマキの前に現れて、タマキの頭を撫でた。
「はい。 分かりました」
こうしてタマキは娼婦館デイズで文字の勉強を始めた。
「ふふ。 タマキもここに慣れてくれたらいいんだけど」
そう言いながら、歩くと執務室の前に狐班の部下が頭を下げていた。
「お帰りなさい。 イーニママ」
部下の女性は二四歳で自分よりも年上なのだが、この娼婦館では女主人である自分が立場が上なのでママと呼ばれている。
「いつもありがとう。 昨日、男を拘束したって聞いたわ」
そう言いながらイーニは目つきを鋭くして部下を睨んだ。
「はい。 こちらです」
そうしてイーニは執務室のタンスを動かし、地下へ入った。
「あぁ! これは素晴らしい!」
「ふふ。 お上手ですわ」
あちこちで部下が己の体を武器に相手から情報を奪っている。
恐らく貴族の雇った護衛だろうが、男の心を溶かす手練手管を学んだ娼婦館デイズからすれば可愛い子犬も同然だ。
そしてイーニはあちこちから聞こえる甘い声と音を聞きながら目的の牢屋へ向かう。
「そしてこれが例の男?」
「はい」
「ふふ。 極上の女が来たなぁ。 ふっ。 いくら痛め付けても私は話さんぞ」
そう言いながらイーニを見つめた。
「ねぇ彼の詳細は?」
「ブラック・キルキですね。 キルキ家の長男で密売の容疑があります」
「そう。 それでブラック話す気になったかしら? 帝国の秘密を。 うちの娘達の火遊びは過激よ?」
「……ふっ。 おかげさまでいい心地だ。 まさかこんな娼婦館が我ら貴族を拷問する施設だったとは」
「御託はいいわ。 私が気になるのはただ一つガルーシャ帝国についてよ。 ここ最近ガルーシャ帝国が強くなっているわ。 それはなんで?」
「ふ。 デギスガルーシャ様が他の国を吸収してるからさ。 もう俺は死ぬ。 どうでもいい」
そう言って頭から血を流して、ブラックは笑った。
「そう。 私もあなたに価値をもう感じてないわさよなら。 みんな、後はお願い」
「はい」
こうして一人の悪党は死んだ。
「うっ」
イーニが尋問室から出て階段を登り、執務室に戻ると吐き気がした。
どうやら妊娠の影響で匂いが敏感になっているらしい。
「ママ。 大丈夫? 後は私達に」
「そうです。 私達にお任せをサポートします」
するとエルフと猫の獣人のキツネ所属の女性達がやって来た彼女達はイーニより一個下の十九歳のシノビで自身の側近だ。
「ありがとうエールニ、シャヤ」
「はい」
「へへ」
エールニは金髪に緑の瞳で無表情をしたエルフだ。 あまり男へのスキルは無いが指揮能力が高い。
シャヤは灰色の髪をしており、人懐っこい笑顔しているがエールニと同じく普段は無表情だ。
だが、こうやってイーニを元気づけてくれる。
戦闘を担当し、主にイーニの警護を担ってくれている。
「懐妊おめでとうございます。 私はとても嬉しいです」
「へへ。 そうですよイーニの姉さん! タマキの奴も幸運ですね姉さんに拾われて」
そう言いって二人は笑う。
「ありがとう二人とも。 タマキを頼めるかしら?」
「もちろんです」
「御意」
すると二人は無表情になり、イーニの言葉に頷いてくれた。
「……タマキは私達と同じ匂いがします」
「うんする」
エールニが喋ると、シャヤがうって変わって無表情で肯定した。
どうやらテンションを偽るのに飽きたらしい。
「じゃあお願いね。 二人とも」
「「はい」」
エールニとシャヤはイーニの前で頭を垂れて、頷いた。
「えっと算数は一足す二……うん?」
タマキが算数のドリルを解いていると、金髪のエルフと灰色の髪の猫の獣人が現れた。
「こんにちはタマキちゃん。 私の名前はエールニ。 隣の獣人がシャヤよ」
「……よろしくタマキ」
そう言ってシャヤは、タマキの頭を撫でてくれた。
「え、えっと。 イーニさんの友達?」
「そうね。 イーニの友達よ。 私達はこれからあなたに色々と教える先生になることになったわ」
エールニは、そう言いながら屈みタマキと目線を合わせた。
「私立派なシノビになってみんなを助けれる人になりたいです」
「ふふ。 聞いたシャヤこの子素質があるわ」
「……うん。 タマキはいい子。 抱っこしていい?」
「うん!」
そう言ってタマキはシャヤの腕の中に収まった。
「……お耳可愛い。 シャヤ。 エールニ触っていい?」
「ふふ。 いいわよ」
「……うんいいよ」
「えへへ」
そう言ってタマキはエールニのエルフ耳と、シャヤの猫耳を堪能した。
タマキは知らないが、エルフと獣人の耳は信頼と親愛の証だ。 それをタマキが触っていると言う事はエールニとシャヤはタマキに対して親愛を抱き心を預けているに等しい。 そんな事も知らずにタマキはずっとその耳を堪能した。
「さぁご飯を食ベてましょう?」
「はい!」
こうしてタマキは、ご飯を食べて風呂に入り眠った。
「ふぅ」
エールニは、眠りについたタマキを見つめてため息を吐いた。
「あ、危なかったわ」
そう言って自身のエルフ耳を撫でる。
「……エールニ。 溶けそうだった」
「っシャヤだって気持ちよさそうに、してたじゃない!」
「……タマキは可愛い」
エールニはさっきのタマキの手触りを思い出して赤面し、シャヤは嬉しそうに尻尾を揺らしていた。
気高いエルフと獣人はあっという間に五歳の無垢な子供に陥落した。
ナナシノ国の住人は子供好きではあるものの、なかなか自分の心臓である耳を触らせる者は少ない。
「……だってイーニが拾って来た子よ? す、少しぐらい良い思いさせてあげたいじゃない」
「……そうだね。 私達もそう」
エールニは、少し涙を流してタマキを見る。 その言葉にシャヤも静かに頷いた。
「……私達が育てる時が、来るなんてね」
「……鎖に繋がれてた時からは考えられない」
そう言いがらエールニとシャヤは空を見上げる。
「……ファギール帝国。 オウルド錬金術国家。 ライトール騎士国家。 異界宗教国。 ガルーシャ帝国。 奴隷国商会連合、国王連合。 これらの情報を集めないとね」
「……ファギール帝国は調べなくてもいいんじゃない? 蒼炎の巫女が怖いもん」
「そうね」
シャヤの話にエールニは頷いた。
ファギール帝国に何度も潜入しようとしたが、竜の里にいるヴァデ・ブラスによって追い返されてしまいファギール帝国の情報は何一つ手に入れられていない。 いつかその内情を知れる日が来るかも定かではない。
「でも調べてたら、ファギール帝国は奴隷解放の為に戦う国らしいわ。 もしかしたら同盟も組めるかも」
「……でも慎重にね?」
「ええ、分かっているわ。 でも今はデイズと経済国のバリエンツにある姉妹館ジョルジュを使ってひたすら情報集めよ。 シャヤわかっているわね?」
「……うん分かってる。 イーニもタマキも守る」
目に闘志を宿して、シャヤは肯定した。
「さぁ。 夜の貴婦人の宴を始めましょう」
今、静かにシノビ達の宴が始まろうとしていた。 だが世界はまだそれに気づかない。
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