第67話 6月28日 日曜日④
ドラッグストアの前にある「ドラッグストア前電話ボックス」に入っていてもただ見慣れた緑の公衆電話があるだけで、なにもすることがない。
僕はいったん電話ボックスから出てドラッグストアの風除室に留まった。
風除室にはトイレや、お客さんの意見や感想が貼らた掲示板があったり、ショッピングカートが置かれていたりする。
ここからなら外の電話ボックスも見えるし彼女が戻ってきたタイミングで迎えに行くこともできる。
まだ商品売り場には入っていないのに化粧品か香水の良い匂いがしていた。
僕はときどき店内にも目をやる。
店の中では何かのイベントをやっているようだった。
◇
ここで何分待っただろう? いっこうに彼女が戻ってくる気配がない。
僕もさすがに焦ってドラッグストアから出た。
焦ってるとはいえちゃんと機械の鳥の啼き声を聞いてから信号を渡り、U町にきてから辿った道を同じように進み彼女の家まで行ってみた。
すでに彼女の姿はなかった。
僕はまた間違えたみたいだ……。
僕にはこれ以上U町の地理の知識はない。
ここは彼女がもともと住んでいた町で彼女がどこに行ってしまったのかなんてぜんぜん見当もつかない。
僕のさっきの言葉で彼女は計り知れないほどのダメージを受けたのは間違いない。
もしかすると彼女の傷つく余白のない心に、僕がまた空き容量を増設やしてそこにまた傷つけてしまったのかもしれない。
きみを斬る刃になんてならないなんて偉そうなこと思っていながら、僕は真逆のことをしてしまった。
父親の罪をずっと肩代わりしてた状況なら、ひとりでどこかに消えてしまっても不思議じゃない。
彼女のお父さんはうちの母さんにはがきなんて送ってなかったんだから、彼女が働いたアルバイト代を僕に渡す必要なんてなかったんだ。
彼女の父親の逮捕後の詳細はわからないけど、彼女のお父さんの逮捕理由はいまのところ受け子の現行犯逮捕だけだ。
少なくとも僕の家にはがきを郵送した罪でなんて逮捕されていない。
それもそうだ最初から僕の家にはがきなんて送ってないんだから。
彼女は最初からあるはずのない罪を自分で生み出してしまっていたんだ。
僕はバス停まで引き返しバス停でS町に戻る時間を確認した。
けれどいま何時なのかがわからない。
ドラッグストアに行けばわかるかもしれないと思って、またドラッグスストアに戻り今度は店内の商品売り場まで進んだ。
やっぱり良い匂いがしている。
買い物客がたくさんいて、この人の賑わいにすこしだけ心が落ち着いた。
店内の一画に何種類かの厚紙を組んで作ったパネルがあった。
そこにはS町では絶対に見かけないような男の人が印刷されている。
S町にはこんなオシャレな服を着ている人もいないし、こういう髪型の人もいない。
S町で男が行く理髪店は四店舗だけだし。
でもこういう人が髪を切るなら美容室だろう。
僕は運がいいのか悪いのかわからないけれどLudeの漣という人がプロデュースしている美容グッズ販売の特設コーナーに出くわした。
さっきのイベントはこれだったのか? 今もここに若い女子が多く集まってきている。
Ludeというロゴの入ったジャンパーを着ていて竹で編んだカゴを持った女の人がなにかを配っていた。
「あの、もし、よかったら。試供品ですので、どうぞ」
「え、あ、はい」
その人がカゴに手を入れたとき、その人がしているスマートウォッチの時間が見えた。
お、ちょうどよかった。
あと十分くらいでS町行きのバスに乗れる。
僕はLudeのロゴ入りジャンパーを着ていて竹で編んだカゴを持った女の人から、黒を基調とした小さなボトルのシャンプーとリンスのセットをもらった。
一般的なスマートフォンの三分の一くらいの大きさのシャンプーとリンス二本がビニールに入れらていて、袋の口が十字架マークの入った黒いリボンで閉じられている。
ビニールの中にはLudeのロゴの入った小さな説明書も一緒に入っていた。
Ludeはこのドラッグストアとタイアップしているから、漣のドラマ決定記念で専用コーナーを設ったと教えられた。
漣のパネルの真横にある販売台には十字架マークの入った真っ黒なテーブルクロスがかけられていて、台の上に正規サイズ、五百ミリのシャンプーとリンスが並んでいる。
整然とした大量のシャンプーとリンスは圧巻だ。
「すみません。そのシャンプーとリンスの試供品ってもうひとつもらえたりしますか?」
「あ、はい、どうぞ。漣さんも男性ファンにも使ってほしくてプロデュースしたみたいですし」
「ありがとうございます」
やっぱり僕は運がいい。
僕はもうワンセットシャンプーとリンスの試供品をもらった。
「もしよかったら明日もきてくださいね?」
え、明日?
僕は目の前にある漣が大きく印刷されたパネルを見返した。
『Lude -漣- プロデュース 3日 連続キャンペーン』
このキャンペーンは三日間もあるのか。
初日の今日はシャンプーとリンスで、明日は化粧水、三日目は香水か。
「はい、時間が合えば」
僕は礼を返し、ドラッグストアを出て独りバス停に向かう。
バス停の時刻表を目の前にして思う。
彼女のお父さんが急に写真を撮ってほしいと頼んだ理由。
わずかに迫ってきている家族の終わり。
今撮っておかなければ、つぎにいつ彼女とふたりで写真が撮れるかわからないから。
警察の内偵にうすうす勘づき、もうすぐ自分が逮捕されるであろうことを悟ったからじゃないか?
ふたりで過ごせる時間の終焉に気づいていた。





