第53話 6月23日 火曜日②
「言葉どおりの意味だよ」
「じゃあ、あのお金は?」
「私は知ってたよ。きみのこと、ずーと前から」
すこしはぐらかされた気がした。
「どうして?」
「きっと運命とかだよね? 残酷な」
さっきとはまた別のアニメキャラか。
また曖昧にされた。
「運命って、そんな……」
「運命って抽象的だと思わない? まあ、ようするに縁みたいなもののこと。だって縁っていってもさ良縁もあれば悪縁もあるのに。なんで人って縁に良い意味を込めるんだろう?」
たしかにそうだ。
人がよくいう「縁」とはだいたい「良縁」のこと。
ご縁がありますようにもそうだ。
プラスの意味に使われる言葉。
誰も悪い「ご縁」なんて望まない。
母さんと「03」の出会いだって結局は縁だ。
完全な悪縁だけど。
「ってあんな額じゃ慰謝料にもならないよね?」
やっぱり慰謝料? でも彼女の言う母さんへの慰謝料ってなんなんだ? この娘が母さんを騙していた張本人なんてことはないはずだし。
なら彼女の父親が詐欺の主犯? それもない。
だってあのグループの主犯はまだ捕まっていないし、それどころか誰かえわかっていない。
詐欺の拠点はほぼ都会で、S町から南にわずか三十キロのU町になんているわけがないんだ。
おそらく「03」も首都近郊にいると思う。
もちろん電話番号が「03」からはじまるからって必ずしも犯人が東京いるわけじゃないけど。
もしかしてお父さんがどこかのコンビニの店長や店員だったとか? だったとしても僕が慰謝料を求めるわけがないのに。
仮に彼女の父親がコンビニの店員だったとしてポイントカードや電子マネーを買ってる母さんが現在進行形で詐欺に遭っているなんて気づくのも難しい。
気づかなくてたってコンビニの店員になんの落ち度もない。
なぜだろう彼女の話はおかしいことだらけなのに不思議と怒りはなかった。
それは一昨日彼女が傷つけられている姿を目の当たりにしたからだろう。
しかも秋山さんによって彼女の境遇をすこし知っていたのも大きい。
なにより僕は最初、母さんが詐欺にあったときに思ってしまったんだ。
母さんのことを恥ずかしいって。
同族嫌悪だっけ? こんな時代なのにカタログショッピングなんて個人情報を売るようなことをして本当にリテラシーが低い。
それがデジタル時代に育った僕の率直な感想だった。
テレビであんなに騒がれているのにどこかで自業自得だと思った。
騙された人がよく言う――まさか自分が?って言葉は母さんにそのまま当てはまった。
そりゃ騙されるよとも思った。
僕自身もスマホを持っていたときは、自分もいつそういう被害に遭うかわからないって常に気を使っていたから。
自分だけは騙されないなんて過度な自信もなかった。
僕でさえこんなアンテナを張って生きていたのに母さんが詐欺に遭ったときは「だろうね」なんて思ってしまったんだ。
――バカにしてたんでしょ。母さんのその言葉が今も心に刺さっている。
日々アナログで生きていた母さんにだって僕に対して思うことがあったんだろう。
でも僕だってずっと心配していたのにそれを聞き入れてもらえなかったことへの苛立ちだと思う。
一方ではそう思いながらも僕のスマホの料金を払ってくれた母さんにものすごく感謝している……。
家に帰ったときは「ただいま」
食べ物を出されたときは「いただきます」
他にも挨拶はきちんとしなさいという躾。
スマホの支払いだけじゃなく育ててくれたすべてに感謝してる。
親子って難しい、な。
心配するがゆえのケンカなのかな? 母さんにも腹は立った、でも止めることができなかった自分にも腹が立った。
さらに騙していたほうにはもっと腹が立つ。
取り締まるほうには、もうなんの期待もしていない。
警察に行ったときの第一声を今もはっきりと覚えてる。
――お金は返ってこないと思ってね、だった。
あの梅木という人の言葉だ。
それで被害届を出すかどうかを訊かれた。
そのときに梅木という刑事から引き継いだ若手の警察官からいろいろな詐欺の手法や知識を学んだ。
対応した警察にとってはそんな詐欺事件なんて何気ない日常のひとコマだ。
僕が学校に行って授業を受けるくらいふつうのこと。
その日も詐欺に遭ったふつうの市民が訪ねてきただけ。
僕と母さんの非日常はあの担当刑事梅木の日常。
警察とはそういう仕事なんだ。
僕が注文された味噌バターチャーシュー麺を運ぶのと同じルーティーンでしかない。
大納言へのブロガーからの金銭要求だって現状はなにもできない。
そう警察は困っている人にはなにもしない。
人が死ぬよう事件じゃなきゃなにもしない。
お金を盗られないうちはなにもしない。
盗られてからは動くけどそのあとにお金が全額返ってくることはない。
騙されたほうが悪いんだから。
勉強させてくれる人は正しいんだ。
「さっき僕のことを前から知ってたって言ってたけどいつから知ってたの? 電話ボックスではじめて会ったときもすでに僕のこと知ってた?」
「諸事情」
「は?」
心で思っていたのと口から出た言葉の音量が違っていた。
諸事情は今ここで使うべき言葉じゃないよね? ここまできてまたなにかを隠すのか? 彼女は身をすくめていた。
驚かせてしまったかもしれない。
結局この娘はなにがしたいのかぜんぜんわからない。
僕に対しての安い同情? それはお互い様だろう。
ああ、僕はずいぶんと卑屈で嫌なやつになってるな。
「これ」
彼女はこの期に及んでまだ白い封筒を僕に差し出してきた。
「だからこれはなんのお金なの?」
僕は彼女の手を振り払った。
どことなくいつもより重い封筒が揺れた。
彼女は無言のまま白い封筒をスクールバッグに戻し顔をつうむけたまま最初に出会ったときのように道の駅のほうに歩いていった。
ケンカ別れのようになってしまった。
彼女がわざわざうしろの道から回ってまでこの電話ボックスにきたってことはなにか言いたいことがあったはずなのに……。
僕がコインランドリーで警察に電話したことも知っていた。
誰に訊いたんだろう? 見当もつかない。
でも彼女が僕にあの駐車場の状況を見せたかった理由って? ――お母さんをあんふうにしたのは私のお父さんだから。
それが答えなんだろうけど、さすがに情報がすくなすぎてなにひとつわからない。
僕はもう一回電話ボックスに戻って受話器を上げテレホンカード入れた。
もう暗記してしまった十一桁の番号を押す。
すこしだけ間があって菊池さんが電話に出た。
よかった。
まだ仕事ははじまっていなかった。
僕が明日、菊池さんに電話をかけられないかもしれないことを告げると菊池さんは快く了承してくれた。
彼女はまた、ここから居なくなった。
そしてもう、この電話ボックスにはこないだろう。





