第13話 ダンスしてみた
次の余興の準備をしていた集団から離れてやって来たのは、無知な俺でも知っているほど有名な貴公子だった。
俺たちの一学年上の先輩。
大公爵家の嫡男、クロード・オクスレイだ。
現生徒会副会長で、次期生徒会長の座が確定しているらしい。
文武両道、眉目秀麗と圧倒的なカリスマ性を持つ学園の王子様だ。
「ただ談笑しているだけですわ。生徒会副会長様が出る幕ではありませんことよ」
すっと口元を洋扇子で隠して無表情に戻ったカーミヤ嬢に、やれやれとクロード先輩は首を振った。
「きみは私の婚約者なのだから、品格を下げるような真似はしないで欲しいものだ」
ははん。この二人婚約者同士なのか。
それにしては冷え切っているというか、扱いが雑だな。
「楽しむな、とは言わないが節度をわきまえろ」
「くっ……はい」
「あー、すみません。俺が先輩の婚約者さんを笑わせてしまったみたいで」
「きみは……。あぁ、噂は聞いているぞ、ウィルフリッド・ブルブラック。婚約者とは仲睦まじいそうだな」
「初めまして、生徒会副会長殿。仲睦まじいかどうかは自分達では分かりませんが」
「分からない?」
「それが俺達にとっての普通なので。婚約者ってそういうものですよね?」
ただでさえ、静かだったホールの温度がより下がったような気がした。
ディードは知らね、といった風に食事を続けているし、マーシャルは半歩ずつ横にずれている。
俺、まずいこと言っちゃった?
「ぷっ」
ふいに静寂を打ち破ったのは、無表情を貫いていたカーミヤ公爵令嬢だった。
「それはわたくし達にとっての普通ではありませんわ。あなたの尺度で他者を測らないことですわね」
「そうか。ミスクリムゾンの言う通りだ。すまない。副会長も申し訳ありませんでした」
「おかしな男だな。貴族の男ならそんなに簡単に頭を下げるものではない」
「んー、でも俺が悪いですからね。それにギスギスしたくないじゃないですか」
「……なるほど。薬術クラスを専攻する変わった新入生と聞いていたが、想像していたよりも面白い」
パンっと目の前で手を叩かれ、俺は飛び上がりそうになった。
「今日はせっかくの夜会だ。辛気臭いのはここまでにして存分に楽しんでくれ」
クロード先輩の発言に張り詰めていたホール内の空気がほぐれ、各テーブルから談笑する声が聞こえ始める。
ドレスを翻し、一番豪華な飾り付けのテーブルへ向かって歩き始めたカーミヤ嬢の後を追う取り巻き女子たち。
クロード先輩はそんな彼女の背中に声をかけた。
「カーミヤ。さっきはすまなかった。あれは私の失言だ」
「……お気になさらずとも。わたくしもはしたなかったですわ」
クロード先輩のことを振り向かずに、そう呟いたカーミヤ嬢は行ってしまった。
「変なところを見せてしまったな」
「些細な衝突じゃないですか。全く喧嘩しないのもどうかと思いますよ」
「きみもリューテシア嬢と喧嘩を?」
「俺達はしたことないですね」
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その時のクロード先輩の不思議そうな顔はしばらく忘れられそうになかった。
◇◆◇◆◇◆
これ以上、目立つようなことはしたくない。
心からモブキャラでいたいと願っているのに、入学直後から選択必修科目の選択をミスしたおかげで俺の名前は独り歩きしている。
俺は知らなくても、向こうは知ってるのだ。
「あぁ! あんたが!」という反応はもう見飽きてしまった。
さて、周囲を見渡せば、綺麗に着飾ったお嬢様たちがお上品に過ごしている。
俺たちのように既に婚約者がいるクラスメイトもいるが、半数くらいがフリーだ。聞くところによると、この夜会で将来のパートナーを見つけることもあるのだとか。
最後にはダンスをするらしく、そこで成立したカップルは一生離れないとか。そんなジンクスもあるようだ。
俺には関係のない話だ。
だって、俺には婚約者殿がいるからな!
離れろと言われても、俺から離れるつもりはない。
でも、リューテシアの方から離れたいと言われたら……。
あ、ダメだ。胸が苦しくなってきた。
フォークを皿の上に置き、ぼーっとしていると、ダンスの準備が整ったとアナウンスされた。
ふいに手を引かれ、皿の上のフォークが落ちた。
「おっと」
中腰の姿勢で落ちたフォークを皿ですくい上げながら振り向く。
「あっ。ごめんなさい」
「ううん。どうした、リュシー?」
謝るようなことではない。
ウィルフリッド君の反射神経は異常だ。それについていける身体能力の高さも年齢を重ねるごとに磨きがかかっている気がして自分でも怖い。
「ダンスを、と思いまして」
「あぁ! ごめんね!」
ぼけっとしていた俺のミスだ。本来なら俺から誘わなくてはいけなかったのに女の子に気を遣わせてしまった。
「これでずっと一緒ですね」
いかん、鼻の下が伸びてしまってどうしようもない。
意気揚々とダンスホールへ移動しようとしていたのに、ずいっと現れた貴公子様に出鼻をくじかれてしまった。
「失礼。リューテシア嬢、少しばかりウィルフリッド君を借りることはできるだろうか」
「え、あ……はぃ」
上級生に頼まれれば強く断ることはできない。
優しいリューテシアなら尚更だ。
「いやです。俺は婚約者殿と踊るので」
「独り占めするつもりはない。一曲だけだ」
「げ!? 大公爵家の息子さんにそっちの趣味が!?」
「勘違いしないで欲しい。少し確かめたいことがあるだけだ」
それなら後日でいいだろうが。
俺達の素敵なひとときを邪魔するんじゃねー!
誰が男同士のダンスを見たいってんだよ!!
と、数分前までは思っていたのだが、いざ曲が始まれば同級生も先輩も足を止めて、ダンスホールの中心を占拠する俺とクロード先輩に釘付けになっていた。
「完璧なステップだ。きみこそ、そっちの趣味があるのでは?」
「冗談を。弟の練習に付き合っていたから女性側のステップができるだけですよ。で、確かめたいこととはなんです?」
「華奢なのに無駄のない筋肉。手袋越しでも分かる手のひらの豆は何千、何万と剣を振ってきた証拠だ。それに、魔力の香りもする」
近い! 近い! 近い!
いきなり手のひらを指先でなぞるなんて何を考えているんだ。
背中がぞわぞわする。
それに首筋に鼻先を近づけて匂いを嗅がれれば、誰だって顔を背けたくなる。
「それなのに剣術も魔術も専攻しなかった。それが不思議でならないのだ」
「ハラスメントで訴えますよ」
「来年からは私が規律になる。無問題だ」
「うへぇ。一番、権力を持っちゃいけないタイプの人じゃないですか。あと、不器用すぎません?」
「なんのことかな?」
「ミスクリムゾンですよ。あの人のテーブルを装飾させたのは先輩ですよね。あんな豪華な飾り、他のテーブルとは大違いだ」
「一応は公爵家の娘だからな」
「もっと違ったやり方の方が喜ぶと思いますけどね」
「きみには経験がないかもしれないが、年齢を重ねるごとに婚約者との距離の取り方が分からなくなる」
あー、思春期特有のやつですね。分かります。
俺はもう乗り越えたけど、気持ちは痛いほど分かりますよ。
「だからって、男とダンスするのはちょっと」
「人の婚約者をたぶらかしておいてよく言う」
「そんなつもりはないっすよ! 俺にはリューテシアがいますから!」
俺に嫉妬ですか、先輩!
俺の婚約者殿がこのゲームのヒロインのはずなんですけど!?
どんな嫉妬の仕方をしているんだ、この人。
自分が思っているよりも大きな声を出してしまい、とっさにリューテシアに視線を送ると頬を赤らめながら仏頂面をしていた。
嬉しいけど素直には喜びたくない、といった複雑な心境が読み取れる。
やっとのことで一曲を踊り終えた俺の前には口元は笑っているのに、目元は少しも笑っていないリューテシアが上目遣いで立っていた。
「ダンス」
膨れっ面も可愛いなんて反則だ。
俺は婚約者殿のためなら、二曲だろうが三曲だろうが休みなしで踊ってやるぜ。




