第12話 入学してみた
両親の母校である王立学園に入学して早くも一ヶ月が経ち、学園生活にも寮生活にも慣れて友人もできた。
俺は何でも一人でできるタイプだから専属の従者は連れてこなかったが、他のクラスメイトは従者と一緒に登校したり、寮内に待機させていたりと、割と何でもありな校風の学園だ。
そろそろゲームの本編が始まるのかと思って身構えていたのだが、今のところ問題はなし。
多少のトラブルとしては、婚約者殿が黒バラ姫と呼ばれていることが発覚したことと、クリムゾンレッドの異名を持つ公爵令嬢が何かと彼女を目の敵にしているという噂があるということくらいだ。
別に危害を加えられているわけではないから、ひとまずは様子見としている。
それよりも二人の新入生の関係を面白がった先輩方が派閥を作ってしまったことの方が問題かもしれない。
一方はリューテシア・ファンドミーユ子爵令嬢派。
貴族たちが通うこの学園において、リューテシアの階級は低い。しかし、頭脳明晰で才色兼備、誰にでも分け隔てなく接する性格が受け入れられた。
こちらには同じく下級貴族の坊ちゃん、お嬢ちゃんが属し、お友達感覚で群をなしている。
もう一方はカーミヤ・クリムゾン公爵令嬢派。
四大公爵家の一つクリムゾン家の長女かつ大公の婚約者を支持するグループだ。
多くは彼女と接点を持ちたい人の集まりと聞いたが、遠巻きに見るとカーストトップ層のグループといった具合である。
俺はもちろんリューテシア派。
こういう派閥とか苦手なんだけど、本人たちの意思を無視して勝手に学園全体が盛り上がってしまって、どうにもできない状況だ。
婚約者殿が可愛すぎて目立つから、俺もおまけで有名人扱いだ。
それが功を奏して、友達作りに苦労しなかったから悪いことばかりではない。自分から話しかけるのって勇気がいるから、向こうから声かけてくれるのは素直に嬉しい。
やはり年頃の男共と言ったところで「婚約者がいるってことは!」みたいな話題は尽きない。
その度にチョップするのは日常茶飯だ。
たった今も「今夜はお楽しみですか? グヘヘヘ」と笑うお馬鹿な友人の頭をチョップしたばかりだ。
今日は新入生と在校生が親睦を深めるためのパーティーが開かれるから、俺はリューテシアを迎えに女子寮の前で待機している。
そこで絡まれた。
「ウィル様!」
限りなく黒に近いディープブルーのドレス姿のリューテシアが慌てた様子で階段を降りてきた。
転ばないように手を差し出せば、周囲から「はわぁぁ」というぽわぽわした声が聞こえた。
「どうでしょうか?」
「とても似合っている。綺麗だよ。ただ、無理して黒を着る必要はないと思うんだ。リュシーの好きな色のドレスを着て欲しいな、とも思ったり」
「無理なんてしていません。黒、好きですよ。あ、でも変に囃し立てられるものですから、うちの侍女も意固地になってしまって」
あー、あの人ならやりかねない。
幼少期からよく知る人物を思い出して笑えば、リューテシアも「困ったものです」と言いながら一緒になって小さく微笑んだ。
その光景を見られて、更に周囲が騒ぎ出す。
教室でも廊下でも食堂でもこんな調子だ。俺たちは普通にしているだけなのに。
「では、行こうか。手を預けていただけますか?」
「はい。お願いいたします」
エスコートも板についたものだ。
こっぱずかしいことは堂々とすれば問題ないと気づいたのは学園に入学してからだ。
俺もちゃんと成長できている。
というか、あの観劇以来、なんとなく心の距離が近くなったような気がする。
まぁ、物理的な距離も近くなったわけだが。
いかん!
思い出すとニヤけてしまう。別のことを考えよう。
「今日はご機嫌ですね。なにか良いことでも?」
「素敵なドレス姿の婚約者殿と夜会に参加すること以上に良いことなんてあるのかな」
「まぁ。お上手ですわね」
うおっ! どっかの令嬢が一人倒れたぞ。
と、思ったら迅速に医務室へ運ばれていくなんて、生徒会の管理は行き届いているなぁ。
学園の大ホールに集められた生徒たちは煌びやかな服装で立食を楽しんでいる。
俺とリューテシアも途中で分かれて、それぞれのグループの中に入っていった。
「よぉ、色男。お姫様はいいのか?」
「やぁ、ディード。婚約者殿だって、俺と離れたい時だってある」
「んなことねぇって。ほら、チラチラお前を見てるぞ」
「人の婚約者をチラチラ見ているクラスメイトを俺は放っておけばいいのか? それとも鉄拳制裁か?」
ディードは冗談で振り上げた俺の拳を片手で掴んで白い歯を見せた。
「また今度やろうな! 剣術クラスを専攻しなかったのがどうしても納得できねぇんだ。お前、絶対に強いだろ」
強くはないと思う。
実際に弟と二人がかりでも剣術の先生に敵わないのだからな。
このディードという男は騎士の息子で父親は現役の王族専属騎士だとか。
彼の身体能力はずば抜けている。体力測定ではぶっちぎりだった。
いつも爽やかに汗を流しているから、貴族令嬢からの人気も高い。
「かと言って、魔術クラスを専攻するわけでもない。人の上に立つべき男とは認められませんね」
俺とディードの間に割り込んできた片眼鏡の男。
自称魔術師見習いのマーシャルは新入生の中で一番魔術の成績が良い。
プライドの高さが滲み出ているのが玉に瑕だが、クール系のイケメンだ。
こっちも女子人気は高い。
二人とは入学早々に知り合い、友人と呼べる関係になった。
「こら、男子! カーミヤ様の進む道を開けなさい!」
そんな声が俺たちの会話を途切れさせた。
「公爵令嬢様のお出ましだぞ。挨拶してこいよ、フリッド」
「なんで俺が。一番行っちゃダメだろ」
「では、私はこれで失礼します」
「待て、マーシャル。逃がさないぞ」
じゃれ合う俺たちの前を颯爽と歩くのは、燃えるような紅色の髪と、それに負けないくらい派手なドレスを揺らすカーミヤ・クリムゾン公爵令嬢だった。
「あら? 黒バラの騎士がこんな所で何をしているのかしら」
「ご飯、食べてるんだよ」
俺は皿を少し持ち上げて、ローストビーフを見せた。
「貴様! 伯爵家の息子風情がカーミヤ様になんて口の利き方を!」
騒ぐのは彼女の取り巻きだけで、カーミヤ嬢本人はじっとお皿を見下ろしていた。
「あなたのことだから彼女に付きっきりかと思っていたわ。だってそうでしょ? 男子生徒で唯一、薬術クラスを専攻するほど婚約者にご執心なのだから」
さっきからディード、マーシャル、カーミヤ嬢が言っているのは選択必修科目の話だ。
剣術、魔術、薬術の中から一つを選択して履修するという決まりになっている。
俺は迷いなく薬術を選んだのだが……。
この学園創立以来、薬術クラスを専攻した男子生徒は俺だけだったらしい。
だって、剣術なんて家に帰れば鬼のように強い先生がいるから、今更学園で教えてもらう必要がないし。
魔術はお母様との約束があるから、もっての外だし。
そんなわけで消去法で薬術クラスになった。それに薬学と何が違うのか知りたかったし。
「それは単に興味があったからだ。婚約者殿との時間を増やすためじゃない。わざわざそんなことをする必要もないしな」
「どうかしら。案外、飼い主のそばから離れることを怖がる子犬だったりして」
「俺は犬よりも猫派だ」
「貴様! カーミヤ様の揚げ足を取るような真似をするな!」
憤慨する取り巻きをよそにカーミヤ嬢の高笑いがホールに響いた。
周囲は静まり、視線が俺たちへと向けられる。
あの冷徹なカーミヤ嬢がこんなにも愉快に笑う姿を初めて見た。
「はしたないぞ、カーミヤ。これは何の騒ぎだ」
そんな彼女を黙らせた一言がどこかから発せられた。
あーあ。次から次へと忙しい連中だな。




