☆90 アルル
強い風が頬にぶつかり、雨粒が小石のように顔面を襲う。
そして、フワフワと揺れる視界の中、ドッグを探す。
「ドッグ!! ドッグ!! 何処だ、ドッグ!!」
どうも、まだ術式を運用しながら飛ぶのは慣れてないからか、集中出来ない。
中々にドッグを見付けられない……
「ここだ、アルル!! 俺はここにいるぞ!!」
見ると、氷上にドッグが突き刺さっていた。
しかも、膝から……
何やってんだコイツは、と思ったが。今は一刻の猶予を争う。
直ぐにドッグを引き抜くと、一緒に近くの民家の屋根まで後退する。
「アルル、どうするつもりだ。民間人の避難にはもう少し時間が掛かりそうだぞ……」
街に目をやると、まだちらほら民間人が残っているのが見える。みんな、お年寄りやその家族と言った感じだ。
「ドッグ、雷の魔術、何章までいける?」
「うん? 雷の章ならば、五十四だが……」
保険を掛けるなら、六十番台は欲しいがこの際仕方がない。
やるしかない……
俺の様子を見て、ドックが口を開く。
「アルル、君、もしや……」
「俺は八十八章をやる。合わせてくれ。幸い、天気も味方してる。やれるぜ」
彼の知的な表情が打って変わり、目を丸くし驚愕の表情へと変化する。
そして、彼の表情と瞳に力強さが宿る。
「一体、何時、八十番台の魔術を習得したんだい? 兄弟子としては鼻が高いが、教えてくれても良かったんじゃないか?」
「いやな、俺は雷の章しか習得してねーからよ。あんまり自慢にはならねーと思ってさ。それに、自前の魔力で出来るのは俺も六十番台はまでだ……」
見ると、ドッグは嬉しそうに笑っている。
「そうか、自然界の魔力を使うのか。君はそれが出来るだったよな。そうか、確かにこの天気ならいける。だか、雷の魔術は当たっても威力が分散しやすい。仕留め切れるか?」
「それは大丈夫だ。ロックがやってくれる」
俺の言葉にドッグが頷く。
「よし、ならば事態は刻一刻を争う。さっさとはじめてしまおう!!」
ドッグは立ち上がると、魔力を練り上げ始める。
蒼白い魔力が彼の身体から溢れ出し、稲光を発する。
《灰よ、灰よ、灰よ。あまねく染める空の灰よ。光よ、光よ、光よ。あまねく照らす空の光よ。暗きを指し、目映きを指せ。この手に宿る、雷の剣を研ぎ澄ませ》
彼の周囲を六つの光が漂い、それぞれが稲光を纏い、互いが連なり、一つの巨大な光の塊へと変わっていく。
俺も彼の隣に立ち、魔力を練り上げる。
《暗きを指し、目映きを指せ。この手に宿る、雷の剣を研ぎ澄ませ》
蒼白く光が強く強くなっていき、稲光の弾ける音が次から次へと起こり、強さを増していく。
《六に見える黒い雲。八に見える白い雲。十二に聳える将の矛。四十七に参る虚の霜》
辺りの空気が急激に下がって行くのがわかる。曇天の空の向こうで稲光が光る。
《七におつる七瀬の雷鳴。八十八の夜を越え、黒白の雲が空を染めあげる》
次から次へと光る稲光が、曇天を異様な色の雲へと変質さ、魔力を帯びた蒼白い雲へと変質させる。
その時、氷の城壁に触手が掛けられ、城壁からぬるりと蛸の頭がコチラを覗く。
そして、その不気味な瞳がコチラを睨む。
さて、どうなる。こちらの魔力が溜まるのが先か、アチラが俺達を襲うのが先か……
蠢く触手が埠頭に止まる帆船を掴み、高く高く掲げる。
ロックはまだか……
その時、高く掲げられた帆船から人影が落ちる。
逃げ遅れた、民間人だろうか。
しかし、その正体を見て、俺は驚愕した。
あれは……
「ロック!!」
その手に大剣を握り、高く掲げられた帆船から一直線に蛸の眉間へと落下している。
その時、大剣が振り上げられ、落下の勢いのままにその大剣が蛸の眉間に突き立てられた。




