☆42 絆【挿し絵あり】
自室の窓から外を覗く。
照り返すような朝日がホワイト・ロックと、彼方まで続く三角屋根の街並みを明るく照す。
前回の戦いと打って変わって、街の様子は今まで通りの賑わいと、穏やかさを取り戻している。
「さて、隊長としては始めての任務に行きますか……」
ベットから降りるとパジャマを脱ぎ捨て、新たな装いへと着替える。
今回の服装は前回とは大きく違う。
前回の戦闘を踏まえて服装を一新して貰ったのだ。
素晴らしき隊長権限である。
剣を振り回して戦う俺にローブの裾は長過ぎる。文字通り邪魔で仕方がねー。
て言うか、邪魔以外の何者でもない、いらない。
そんな事を思いながら、新衣装に袖を通した自分の姿を見る。
白く丈の短い軍用 コートに同じく白い皮のハイブーツ。服の下には肘までを守るガントレット。
そして、腰からは幅広の騎士剣がぶら下がっている。
魔術師と言うよりかは剣士と言った方がいい格好だろう。
そんな姿をした少女が姿鏡に写っている。
まあ、仕方がない。術式に格好を合わせると剣士の様な格好になるのは必然だ。
だけど、結構様になっているんじゃねーか。
剣を抜いてポーズを決めてみる。
「しゅぴーん!」
うん、個性的で隊長っぽい!
まあ、魅力的な女性かと言われるとやっぱり子供っぽい。
て言うか、子供だな。
まあ、そっち方面でのアプローチは追い追い大人の女性になってからだな……
「さて、行くか……」
驚く事に、俺に部下は居ないらしい。
清々しい程の窓際部署だ。
しかも、会議室の席順とかの書類が渡されたので見てみたらビックリ。
ド真ん中、一番目立つ所でしたよ。
これが、マンキンの大人のイジメと言う奴だ。
まあ、会議なんて出ないんで、どうでもいいですけどね。
そんなことを思いながら自室を後にしようとした。
すると……
「やあ、アルル。遅かったじゃないか。また寝坊か?」
扉を開けた瞬間、ドッグがそう言った。
驚いた事に、何食わぬ顔で俺の目の前に立っている。
思わず、その姿を見て唖然とした。
まさに、開いた口が塞がらないとはこの事だろう。
昨日、俺にマンキンのビンタを喰らわした男が、得意気にこちらを見下ろしていた。
い、いや……
よく見ると苦笑いの表情を浮かべている。
あちらも気不味い、と思ってるのだろう。
正直、昨日は俺も悪い所があったとは思っている。ろくに事情も説明せずにヒステリックを起こしてしまったんだから落ち度はある……
ただ、あのビンタは到底許せない。
それに関しては、謝るまで絶対に許すつもりはない。
俺の考えを理解して貰えないのはよくわかった。
悪いが、そんな様じゃ、俺とはやって行けねー。
「ふん、おめーの事なんて、知らねぇよ……」
まあ、元々巡り会う星の元に居なかったんだろうな。
所詮はスラム生まれ孤児院育ちの小娘と家名待ちの御貴族様だ。馬が合う訳なかったんだ……
今までが異常気象だったんだ……
「どっか行っちまえよ……」
その時、鈍い音が床から響いた……
見ると、ドッグが両の手を床につけ。おでこを勢いよく床ぶつけながら頭を下げたのだ……
そして……
「この前は本当にすまなかった!!」
その様はまるでジャパニーズ土下座である。
と言うより、土下座以外の何者でもなかった。
土下座の文化があるんですか、この世界には?
色々の意味で驚愕している俺を他所に、ドッグは叫び声にも似た声を挙げだした。
フツーに近所迷惑だ。
見ると、両隣の部屋から候補生が顔を覗かせて、コチラの様子を見ている。
「君の事情も考えずに好き勝手に自分の考えを押し付けてしまって本当に申し訳ない!! 挙げ句の果てには暴力を振るうなんて、男としてあるまじき行為、本当にすまなかった!!」
清々しいまでの土下座に口上である。
「許してくれとは言わない。だが、君の任務に同行する事だけはどうか許して欲しい!!」
たったの一日でどんな心境の変化があったんだよ。
もはや、別人じゃねーか。
ま、まあ、前回の事は俺もろくに説明しなかったのも悪いが、ドッグからしたら、ああ言った行動をするのもわからないでもない。
でもビンタは少しやり過ぎじゃねーか……
痛かったし、普通にトラウマを呼び起こされたしな……
だが、まあ、実際の所。ドッグの行動は俺を思っての事であることは、冷静になればわかる。
俺の事を本心から心配してるからこその行動で、あの時はコチラもヘラっちまったけど、今にして思うとドッグの行動は間違ってない。
だって、俺がお金一杯貰って。土地を貰って家も貰って。そこでゆっくり暮らせば良いじゃん、て進めてくれてるんだ。悪意がある訳がない。
むしろ、俺が意地になって命すら掛けて“術式”にこだわってる方が異常なんだ。
それを「異常だぞ」って言って諭してるだけなんだから、別に間違っちゃいない。やっぱり正しい。
それに、今のドッグの姿には誠意を感じる。
一体、昨日何があったんだろう……
まあ、そこを聞くのは野暮ってもんだからしねーが。
実際、中々出来る事じゃねーよな。謝るって……
本当にすげー事だよ……
思わず先日ビンタを喰らった頬に手を当てる。
実はもう、怒ってはねーだんよな……
むしろ、冷静になって考えてみたら。俺のワガママにドッグを巻き込まずに済んだから、ホッとしてた位だ……
それなのにコイツはおめおめと戻って来やがった。
俺と一緒に来るって事は、“白の師団”からは爪弾きにされ、“黒の師団”からは命を狙われる羽目になるってことだ。
無論、ドッグはそんなこと百も承知だろう。
へへへ、少し見直しちまったよ……
俺とは違って、何処までも冷静な奴だと思ってたけど。中々、熱い所もあるじゃねーか。
その時、ドッグが恐る恐ると言った様子で顔をあげた。
俺が頬に手を当てているのを見ると、急いでもう一度頭を下げた。
その様子を見て少し笑ってしまった。
なんだろう、コイツはやっぱり誠実な男なんだろうな……
まったく、世界中がドッグみたいな人達ならいいのにな……
黙って、ドッグが顔をあげるの待つ。
恐る恐る顔を上げる彼の表情を見て、微笑んでみせた。
多分、これで十分だろう。
彼ならきっと、俺の答えを理解してくれるだろう。
前までと同じ関係に戻れるか、それはわからないけど、今はこれで良いような気がする。
俺が無言のまま歩き出すと、その後から着いてくる、彼の足音が聞こえた。
その足音に、ほんの少しだけ救われた気がした。




