表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
才能無き少女と天才少女が英雄と呼ばれるまで  作者: ふきのたわー
第二章 “英雄”の娘は学園で舞う
87/96

第84話:果物と涙、そして結末

 「……ぅ……」


 瞼の上から光を感じ、ゆっくりと目を開く。視界には白い天井が広がっており、嗅ぎ慣れない匂いがあまりに充満していた。


 上半身を起こすと、体の節々に痛みが走る。私は痛みに顔を歪ませながら、周りを見渡してみる。自室でないことはすぐにわかり、左右には全く同じ形のベッドが複数並んでいる。


 (ここ、どこだろう)


 周囲に人の気配は、感じられなかった。この空間には私一人だけなのかもしれない。

 掛け布団を手で浮かせ、自分の体を見てみる。改造修道服と、学園指定の上着を着ておらず、上下一体の真っ白な薄手の服を着ていた。


 「起きた」


 すると右奥の方から声が聞こえる。

 幼い女の子の声。それがアリスのものなのは、すぐにわかった。

 彼女は銀色の丸いトレーに何かを載せ、両手で支えながら私に近付いてくる。


 「食べる?」


 近付いたアリスは私が横になっているベッドの、すぐ脇に置かれた椅子へと座り、銀のトレーを私の足元に置く。そのトレーには真っ赤な丸い果物が載っており、彼女は一個手に取るとそれを私に見せながら尋ねた。

 状況が飲み込めていないが、とりあえず私はアリスの問いに頷いて肯定する。


 「わかった」


 一言だけ言うと彼女は、トレーから小さなナイフを取り出し、しゃりしゃりと果物の皮を剥き始めた。

 この部屋自体が広く、そして静かなことから皮を剥く音が響く。


 「ここは学園の医務室」


 アリスは果物に視線を落としながら、周囲を見回している私にそう告げた。

 医務室と言われ、この若干ツンとした刺激臭や、清潔感の強いベッドたちはそう言うことかと合点がいく。


 「……私がここにいるってことは、つまり……」


 目が覚める直前、何があったのかは鮮明に覚えている。

 私はマウロと決闘し、最後の一撃を放った。そこから先は、ここでの今につながる記憶だ。

 気を失って、医務室に運び込まれている状況。それはつまり、私はあの決闘に負けたのだろう。


 勝てなかった。

 そう思うと、目の奥が熱くなる。自然と視界が滲んでいき、私は下唇を噛むことで涙が溢れるのをなんとか止めた。


 悔しい。

 ただ、それだけが私の胸に広がっている。決闘の結果、この学園から去ることになろうが、貶されようが何かさされようが。


 「フィリア」

 「なに……?」

 「はい」


 アリスは、切り分けられた果物の一片を指先で持ちながら、私の目の前に持ってくる。

 食べろ、と言われているのはわかるので、私は気を紛らわせるためにも遠慮なくそれを口にする。

 口に入れた瞬間、甘酸っぱく良い香りが口一杯に広がる。噛めばしゃりしゃりとした心地よい食感と、甘さと酸味が果汁と共に口の中を満たす。


 「……ごめんね」


 果物を飲み込み、そんな言葉が自然と口をついた。

 アリスは何も言わず、もう一切れを口の前に運んで来る。だが私はそれに目もくれず、アリスを見ていた。


 「ごめん、折角色々してくれたのに」


 マウロ対策に、アリスはかなりの時間を割いてくれていた。それはひとえに、私が彼に勝つためだ。

 応援してくれていたレミィたちにも、不甲斐ない結果を見せることになってしまった。


 「ごめ、ん……な、さぃ……」


 唇が震え、俯きながら吐き出したものは、尻すぼみの言葉となってしまった。

 堪えていたものが、溢れ出す。

 気付けば大粒の涙が、止めどなく私の目から流れ落ち、白い布団を灰色に染める。


 負けた。

 決闘に私は、負けたのだ。


 「フィリア」


 アリスが、私を呼んでいる。

 心なしかいつもよりも、優しげな声で呼んでいるような気がして、余計に涙が溢れる。

 私は嗚咽によって、その呼び掛けに答えることができない。


 「フィリア、何か勘違いしてる」

 「……えっ……?」


 勘違い、という言葉に私は両手でで涙を拭いながら顔を上げると、アリスの方を見る。

 アリスはいつもの無表情で、私を見ながら首を傾げていた。


 「かんちがい……?」

 「そう」


 アリスは頷くと、私に差し出していた果物を口に放り込む。何度か咀嚼する音が聞こえ、彼女は飲み込むと私に告げた。


 「フィリアは負けてない。勝ってもいないけど」


 その言葉に思考が追いつかない。

 何を言っているんだろう、と思いながらアリスを見る。


 「つまり、引き分け。だから、負けてない」


 アリスが告げた結果を聞き、私は自分が早とちりしたことに気がつく。

 同時に、泣いている姿を見せたことによる恥ずかしさで、私は再び俯いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ