第83話:勝者
「はぁっ……はぁっ……!」
砂埃が舞う中、私は剣を振り下ろしたままの体勢で止まっていた。
全身の痛みを今は感じない。だが体力の限界はとっくに過ぎ去り、自然と肩で息をしてしまう。肺が空気を求め呼吸をするたびに、口の中に砂が入り込み不快感を感じる。
振り下ろした剣の先には、仰向けで倒れているマウロの姿があった。表情はこちらからだと窺えないが、動かないところを見ると気絶しているのだろう。
剣の柄から左手を離し見てみると、青い光は先ほどに比べて弱々しく光っている。
こちらもそろそろ時間切れだ。
「これで、終わった……!」
私は倒れているマウロを見て、そう確信した。
もう戦う力も、気力もほとんど残っていない。先ほどの一撃は、勝負を決するため、残った力を最後の一滴まで注いだものだった。
だが、勝敗を決する声が、一向に聞こえない。
アリスの決闘の際は、勝負がついた時にデカルトが判定していた。
周囲を見回し、デカルトの姿を見つける。彼はこちらを遠巻きに見ながら、未だ沈黙したままだった。
(ってことは、まさか……!?)
私は急いで、剣を振り下ろした先を見ながら、両手で剣を握り正面に構え直した。
彼は、立っていた。
「なんで――」
瞬間、ゴキリ、という嫌な音と共に、私の体は右へと飛んだ。
砂を巻き上げながら転がる体を、私は止めることができなかった。
時間にして三秒ほど転がった私は、剣の切っ先を地面に突き立て、それを支えにして立ち上がろうとする。しかし、それが上手くいかない。
足に力が入らず、視界がぼやける。
「あ……ぅ……」
一瞬、意識を刈り取られた。先ほど食らった顎先を掠めた攻撃と同じようで、それよりも遥かに強い力で頭を揺らされた。
本能か、もしくは直感だったのかはわからないが、剣を立てて防御したのがまずかった。
食らった技は、騎士団剣術の“剣砕き”。教会を出る前日にジアが見せた、防御した剣の上から致命傷を負わせる技だ。
考えたくも無いが、運動場の加護が無ければ、今の攻撃で私の頭は砕かれていただろう。
(ゆ、だん……した……)
最後まで警戒を怠らず、終わって欲しいと願った結果がこれだ。油断以外の何物でもない。
ゆっくり、だが着実に意識が遠のいていく。
「――立て、フィリア・アスファロス」
朦朧とする意識、かすむ視界の先、ゆっくり近づいてくる影を見た。
その影は私の名前を呼んでいる。
「立てよ」
うるさい、と心の中で叫ぶ。
私だってそうしたいが、足が言うことを聞いてくれない。
「勝負はまだ、決まってない」
私を照らす太陽の光が、何かによって遮られ、私に影を落とす。その何かは、名前を呼んでいた影の主だと気付く。
必死に立ち上がろうとするが、やはりうまく動かない。
もうこのまま倒れ込みたいと思った。これ以上、頑張る必要があるのだろうか。そんなことを考え始める始末だ。
でも、と思う。
こんなになるまで、なんで私はここにいるんだろう、と。
ーー影が言っている意味は、それへの答えだと感じた。
「立って見せろ、フィリア・アスファロスッ!!!」
「ーーッッあああああ!!!」
雄叫びとも言える声と共に、私は膝を殴りつけながら立ち上がった。
地面を踏んでいる感覚が無く、どこかふわふわとしている。だが、そんなことはどうでもいい。
「い、まは……けっ……ちゃく、を……」
呂律が回らない。視界もかすんだままだ。
それでも、頭は回っている。やらなければならないことはわかっている。
私は、震える手で剣を構えた。
切先を向ける相手は目の前の影、マウロだ。
「……決着を」
彼の声が聞こえたと思った瞬間、音が遠のいて、私は静かな世界に一人でいるような感覚に陥った。
目も耳も、腕や足だって限界だ。でも、剣はまだ折れていない。
剣はきっと、斬るべき相手をわかっている。目が見えづらくても、耳が聞こえなくても、剣に従おう。
いつのまにか、手の震えは止まっていた。
「ーーーー!」
体が自然と動く。いや、まるで剣が指し示すかのように動いた感覚があった。
剣は切先を左下へと落とし、右上への斬り上げとして空中をなぞる。
姿勢を落とし、踏み込み、振り上げる。
この十年間、ずっと練習し続けてきた体の動かし方と、剣の扱いは、朦朧とする意識の中でも問題なく機能してくれた。
剣は、弧を描きながらマウロの体を捉えた。
だがマウロの剣もまた、既に振り下ろされており、私はそれが自分の右肩に直撃し初めて気付いた。
激痛が走り、私は意識を手放した。




