第82話:ピネット・ピルギノット〈後編〉
ピネット視点です。
「――フィリア・アスファロス?」
「ああ」
入学して二日目の昼。
アタシは学園の食堂でパンを食べながら、ある人物と話をしていた。
その人物はマウロの取り巻きの一人で、アタシは彼を通してマウロの指示を受けていた。
内容は、フィリア・アスファロスという女生徒の内偵。
「マウロ様が決闘に勝てるよう、情報を探って欲しいとのことだ」
「それはマウロの指示ってこと?」
「様をつけろ。獣人」
主従関係でもないのに、とアタシは心の中で呟く。
アスファロスは今朝、マウロとの決闘が決まった相手だ。加えて、個人的にも名前は聞いたことがある。
“陽炎の少女”と言えば、アタシの故郷でドラゴンの滅びから生き残った少女として名高い。まあ正直、アタシは興味無い。
しかし、面倒臭い話になった。
マウロはかなりの問題児だ。初日から揉め事を起こして、決闘をした上で負けて、次の日にはまた新たな火種を起こしている。
「はぁ……」
思わず深いため息がつく。
マウロと直接話をしたのは昨日が初めてだったが、まあ軋轢を生みそうな人物だとは思っていた。全てが上から目線。学園内においては身分は関係無いというのに、それに真っ向から否定するような立ち振る舞いも見せている。
その身分に、あぐらをかいているようにしか見えない。
「やれるな?」
「やるしかないでしょ。モラン男爵との約束があるし」
アタシは残っていたパンを口に放り込むと、席を立つ。
面倒だが依頼、つまり仕事だ。
それに、マウロに思い入れは無いが、モラン男爵には恩もあるし、学園に入るまで色々と面倒を見てくれた。学園内部の制度や、序列戦についてなど様々だ。
「精々頑張りますよ」
そう言って取り巻きの男子を置いて、アタシは食堂を出た。
三限目の冒険者学で、もしもアスファロスと接触できたら適当に話してみようか、と考える。
……そういえば、あの取り巻きの子。名前知らないや。
―――☆☆☆―――
授業が全て終わり、夕食を食べ終えた後のこと。
レミオレッタからお風呂を誘われたが断り、アタシは女子寮の中庭に出ていた。
今頃、レミオレッタたちはお風呂に入って、ゆっくりしているんだろうなぁ、と思いながら月を見上げていた時だった。
「遅くなった」
「女の子を待たせるなんて、失礼じゃない?」
既に月が昇った夜。中庭は暗闇に支配されており、闇の中から一人の男子生徒が現れた。例の取り巻きの子だ。
予定していた時刻よりも遅く来たことに対し文句を言うが、彼は気にせず話を始めた。
「報告しろ」
「ごめんの一言ぐらい、あっても良いと思うんだけどなぁ~?」
「時間が無い。見られると厄介だ。早くしろ」
その男子の態度に苛立ちを覚えながらも、アタシもさっさとお風呂に入りたいので報告を始める。
フィリア・アスファロスの人物像、得物、魔術の腕前。加えて対マウロ戦用に準備を進めていること。アタシがその準備に関わったことは伏せた。言っても、面倒になるだけだと思ったからだ。
「――了解した。内容はマウロ様に伝えておく。決闘前日まで報告するように」
アタシが話し終わると、彼はそう告げた。こんな面倒があと二日も続くのか、と思うと憂鬱になる。
アタシからすれば、マウロよりもフィリアたちの方が信頼に足る。というか良い子たちだった。こんな裏でこそこそ回りくどいやり方をせず、正面からぶつかりに行っているのは、なんだかとても良いと感じた。
モラン男爵から言われた一週間。面倒を見るのはあと五日。それで辛抱だ。
「じゃあ、アタシはお風呂入るから。お疲れさま」
話も終わったのでさっさと帰ろうと思い、アタシは彼に背を向けた時だった。
「追加の依頼だ。決闘の前日、その夜に、フィリア・アスファロスを殺せ」
「……はぁ?」
言っている意味が理解できない。
「万が一、決闘に再び負けるようなことがあれば、ロドリゴス家の名が汚れる」
「……ちょっと」
「殺した後のことは、こちらでなんとかする。悪いようにはしない」
「ねぇ、待って」
「成功すれば、追加で報酬を出そう」
「待ってってば!」
喋り続ける彼を止めるように、アタシは声を張り上げる。
何を言っているんだ、この人族は。
フィリアを殺せ?
意味がわからない。
「そんなこと、できるはずないでしょ……!」
「できるできないは関係無い」
そもそもそんな指示を、あのマウロが本当に出したのか?
何もわからない。
「……マウロの意思なの?」
「その通りだ。あと様をつけろ」
「モラン男爵は? 貴族が平民を殺そうとするなんて、考えづらいんだけど」
「容認している」
嘘だ。嘘に決まっている。
そんなこと、マウロは言ったとしても、モラン男爵が許すわけがない。
……でも。たとえこれが嘘だとしても、それを確かめる術をアタシは持っていない。
基本的に休日でなければ、寮生は学園の外には出られない。手紙を送ることはできるが、月の終わりに纏めて全生徒分を送るらしいので、月初である今だとかなり遠い話だ。
「では話は以上だ。また明日、報告を待つ」
そう言って彼は闇の中へとその姿を消し、アタシは呆然と立ち尽くすだけだった。
―――☆☆☆―――
「まあそんな感じの話があって、アタシは昨日の夜、わざと失敗したってわけ」
隣に立つアリスに、アタシは昨日までのことを話す。
彼女は興味無さげに見えるが、時々相槌を打ってくれているので聞いてはくれているようだ。
「そもそも人殺しなんて、できるわけないでしょ。そんなことしても後悔が残るだけ」
目の前で繰り広げられている戦いを見る。
フィリアの姿に、アタシは目を細めた。
「そんな依頼をしてくるんなら、恩なんて感じなくて良いやー、ってね。だったらあの子の味方をした方が、すっきりするなぁと思ったわけよ」
「見るからに怪しい行動をしていたのは、私たちに気付かせるため」
「せいかーい」
そこまで知られていたのなら、フィリアたちにさっさと正直に相談するべきだったのかもしれない。
だけど、アタシはもやもやとした気持ちになって、彼女が決闘に臨むなんてことはして欲しくなかった。
「どうせなら真正面からさ、そんなくだらない企みごと潰しちゃえって思ってたんだ」
真偽がどうあれ、あんな依頼をしてくるのを許せなかったアタシは、フィリアを使って意趣返しをしているのかもしれない。
そうだとしても、彼女に勝って欲しいと、心から願っている。
それが紛れもないアタシの、ピネット・ピルギノットの今の願いだ。
「――全部叩き潰しちゃえ、フィリア!」
その言葉を吐き出した瞬間、フィリアの一撃がマウロへと振り下ろされた。
直撃だ。
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