第72話:敗北は認められない
両腕に剣を伝って衝撃が走る。
私は振り下ろした剣をそのまま防御に用いたことで、マウロとの間に起きた爆発を防ぐことができていた。
ただ刀身の細さによって完全には防げず、爆風は私の四肢を殴り付け軋ませる。
体が浮く。
そしてまた後方へと飛ばされ、マウロとの距離が開いた。
(なんで……どういうこと……?)
状況を整理しなければならない。
梳り足は完璧だった。これまでの稽古の中で繰り出したものよりも、圧倒的な速度を持っていたはずだ。
(不可避の一撃のはずだった……!)
圧倒的速度から出される最速の剣。あの距離感とタイミング、そうそう破られることは無いと確信していた。
そもそも私を弾き飛ばしたのは、一体なんだったんだ。マウロの剣技ではなく、何もない空間が爆発したように感じた。
(わからない)
何かしら魔術が関わっているように思う。体に感じた爆発の衝撃は、一撃目のあの風属性魔術に似ていた。
(似てるだけで、同じかどうかはわからない)
確信には至らない。なぜなら魔術であれば詠唱が必要だろうし、魔術を使う際の魔力光が無かった。
詠唱に関しては無詠唱という技術があるが、その習得難易度は以前述べた通りだ。
そして魔力光。
普段目に見えない魔力が魔術によって形を得て、発光する現象。それが見受けられなかった。
(それに、彼……笑った?)
梳り足によって距離を詰め、私が一撃を叩き込もうとした時、彼は笑っていた。
視界に捉え続けていたと言えど、あの速度による飛び込みは奇襲に近い。驚くことはあれど、笑っているなんて考えられない。
私は巡る思考を一度落ち着けるため深呼吸し、再びマウロを中心としながら走り出す。
混乱するな、考えろと、自分の心に訴える。
(情報が足りない)
絶対的な情報不足。
それは今の私にとって、致命的と言える。
再び飛び込んだところで、あの謎の爆発が避けられないのであれば意味の無い行為だ。加えて完全に爆発を防げない以上、いたずらにダメージを負ってしまう。
それも含め、持久戦には持ち込めない。制限時間を待ったところで、判定による勝利ももちろん望めない。
「〈ブリーズ〉!」
マウロによる魔術の攻撃を、私は走り抜けることで回避する。
避けることはできている。だが攻められない。
(魔術による攻撃なら……)
私は左手に着けられたブレスレットを見る。
ジアから贈られた魔道具。彼は自分の魔力を込めれば、魔術を祓うことができると言っていた。
試してみる価値はあるのかもしれない。
だがこれは、
(最後の手段。できれば使いたくない)
使いたくないと思うのには、いくつか理由がある。
まず確実性がないこと。
程度が低いものならとジアは言っていたが、実際に使ったことがないのでどの程度の魔術防げるのかわからない。初等魔術まで、という意味ならマウロの撃ち込んでくる〈ブリーズ〉には対抗できるだろう。
しかし、距離を詰めた時の、あの爆発に対してはどうだろうか。あれは魔術がどうかもそもそもわからないし、防げないのであればやはり意味が無い。
そして、最も大きな理由は“魔力を使いたくない”という私の問題だ。
(魔力の消費はできるだけ避けたい。じゃないと、本当に対抗策が無くなる……!)
苦しい、と感じる。
私も魔術が使えれば、こんなに悩まされることは無いだろうに。
自分の才能を恨めしいと、今ほど感じた時は無い。
「――はは」
笑い声が聞こえる。
自分のものではない。男の声だ。
「ははははは!」
その声の出所を、私はずっと視界に捉え続けている。
彼は私に右手をかざしながら、私を見て笑い続けている。
「無様だなァ、アスファロス! このままだと嬲り殺されるだけだぞ!」
彼、マウロの言葉に私は睨みつけるしかできない。
圧倒的優位の状態にある彼から、絶対的不利の私に対する言葉は的確に今の状況を示している。
(うるさい)
それを理解することはしても、納得なんてしない。認めるなんて絶対にしない。
だって、そんなことしたら、
(負けを認めたのと一緒……!)
嫌だ。
何もできず、負けるなんてことは私は嫌だ。
あの夜と同じ、力も知識も無いまま地に伏せるだけの結末なんて、誰よりも私が認めてはいけない。
(勝つ。それだけあれば良い!)
魔術による一撃を避け、私は再びマウロへと飛び込んだ。




