第73話:魔道具
レミオレッタ視点です。
フィリアがマウロへ二度目の接近を仕掛け、再び吹き飛ばされる姿を私とオルは見ていた。
「これは、まずいな」
隣に座るオルがフィリアのその姿を見ながら、苦しげにそう呟いた。
その言葉の意味を私は理解している。
フィリアは今、窮地に立たされていると言っても過言ではない。その体が傷付いていなくとも、この状況は非常に良くない。
「フィリアは魔術が使えない。故に、得物の間合いに入らなければそもそも戦いにならない」
彼女が魔術を使えないのは知っている。彼女から直接聞いていた。
遠距離に対応するには、マウロと同じように魔術を使うべきだと魔術師として思う。だがそれができない以上、遠距離においてフィリアは防戦一方にならざるを得ない。
もしもこの状況に活路を見出すとすれば、それはお互いが消費する力の違いにあると考える。
「魔力切れ。それを狙った方が私は良いと思う」
視線は中央部の戦いに向けたまま、私はオルにそう話し掛ける。
魔力切れ。それは文字通り、自分の中に貯めている魔力が空になることを指す。
魔術を使用するために不可欠な、魔力という不可視の力。これは無限に溢れてくるものではない。
人それぞれで違うが体内で一日に生成できる量、貯蓄できる量が決まっている。具体的な話は私もわからないし、研究も進んでいないらしいのであくまで一般的に知れられている話だが、魔力とはそういうものだ。
貯蓄された体内の魔力が空になれば、当然魔術は使えなくなる。そうすればこの遠距離で一方的に攻撃され続ける状況は崩せるだろう。
「良い案だ。普通なら僕もそれが一番だと思う」
私の考えに対し、オルはそう答えた。
言葉に引っ掛かりがある。何か違う、もしくは解決策にならないのだろうか。
「……普通じゃないってこと?」
「ああ、その通りさ。彼の右手、見えるか?」
オルはそう言ってマウロを指差す。少し遠いがよく注視してみれば、彼の右手の中指に光るものが見えた。
あれは指輪だ。少し緑がかった金属の指輪が嵌められているのに気が付いた。
「指輪?」
「この数日で王国内に入って来た、外国製の魔道具だ。あれ一つで人間一人分の魔力を貯め込める」
私はその言葉に驚き、オルの方を見る。
彼は苦々しい表情を浮かべながら、中央で繰り広げられている戦いを見ていた。
「絶対数が少ないようで、僕の家でも三個ほどしか入手できていない品だ」
「なんで、そんなものが……!」
「わからない。だが手に入れたのだろう」
今日のこの決闘のために、とオルは語った。
道具の使用制限は無い。つまり、魔道具さえも使用は認められている。だからマウロがそれを使ったとしても、規則違反には問われない。
それはフィリアも同じだ。フィリアの左手のに着けられたブレスレットも、“剣帝”より贈られた魔道具だと出会った日に聞いている。
効果は魔術の打ち消し。それを使えば現状を打破する一手にもなるはずだが、使っている様子が無いことからフィリアが使うことに対して迷っている、もしくは使う気が無いのだろうと察することができる。
「接近できたとしても、あれをどうするべきか……」
その言葉に私は中央部へ視線を移す。
それはタイミングよく、魔術を避けたフィリアがマウロに対し接近戦を仕掛けた時だった。
「また……!」
フィリアの体は再び後方へと弾き飛ばされ、無理矢理マウロの魔術の射程へと動かされる。
何度見ても不自然な光景だ。現象自体は風属性の魔術のように見えるが、魔力光が見られない。加えてマウロが魔術の詠唱をしている素振りが無いし、そもそも距離を取った後は〈ブリーズ〉を行使している。接近に備えて、別の魔術を用意する暇はない筈だ。
そうなると、考えられるものとしては――
「――魔道具じゃな。二つも使うとは、用意周到じゃのう」
「ひあ!?」
私は突然後ろから聞こえた男の声に驚き、飛び上がるように席から立つと振り返る。
そこには髭を蓄えた老人が立っており、彼はその白い髭を撫でながら中央の戦いを眺めていた。
その人物を見たのは初めてだ。だが容姿をフィリアから聞いていたのもあり、この老人が誰なのかをすぐに理解した。
「“剣帝”様!?」
「学園では教師じゃ。ジア先生と呼びなさい」
そう言ってフィリアの剣の師にして、王国最強の剣士と名高い“剣帝”は私の隣に座った。
「ジア殿、ご無沙汰しております」
「ラパンの次男坊か。騎士団に向けた武具の用意、世話になったの。父は息災か?」
「はい。機会があれば、西の国から仕入れた剣を見て頂きたいと言っておりました」
「あいわかった。時間を作ろうとも」
驚きと戸惑いによって固まる私に見向きもせず、オルとジアは歓談を始めていた。どうやら元々知り合いだったようで、関係も良好そうに見える。私はそんな二人の姿を見下ろし、どういう感情でいれば良いかわからない私は、ただ固まったままだった。
「ほれどうした、金獅子の娘っ子。座って爺と観ようじゃないか」
そんな私を知ってか知らずか、ジアは私が座っていた席を手で叩き、座るように促してくる。
フィリアから剣術の担当として学園に来ていると聞いてはいた。だがまさか、私のすぐ近くに、しかも私に話し掛けているなんて思ってもみなかったことが起きている。
隣に“剣帝”がいるという状況に緊張しながら、私は席へと座り直しフィリアの決闘を見守る。
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