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才能無き少女と天才少女が英雄と呼ばれるまで  作者: ふきのたわー
第二章 “英雄”の娘は学園で舞う
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第56話:師匠の言葉

 「――これなら、どうだぁ!」

 「良い攻め手」


 木剣と短剣がぶつかり合う、金属音とも取れない独特な音が響き続けている。

 真っ直ぐ突き出された左の短剣によるピネットの刺突は、アリスの最小限の体の動きによって回避される。同時にカウンターとして、アリスの木剣は伸び切ったピネットの左腕目掛けて振り下ろされる。


 「まだまだ!」


 ピネットは右腕を引きながら右の短剣を振り上げ、木剣を弾き返すと左へとステップを踏み、アリスの右半身へとその体を捻じ込んだ。


 私とピネットの打ち込みが終わり、今はアリスとピネットがその剣を合わせている。

 攻め立てるピネットに対し、カウンターを狙うアリス。真逆に位置するお互いの戦い方は、一進一退となっている。

 二人の戦いは、かなりハイレベルなものであり私には追い付けそうにないと感じてしまうほどだった。傍から見れば攻め続けているピネットが主導権を握り、その対処に回るアリスが後手に回っているように見える。

 しかし実際は、的確なカウンターによって追い詰められたピネットが、無理矢理攻めているという図だ。アリスとマウロの決闘、その時と同じ状況とも言えるだろう。


 「隙が多い」


 そう言いながら木剣を振るい続けるアリスの姿を、私はジッと見詰める。

 私の妄想かもしれないが、アリスは今、その行動によって私に伝えようとしているのだ。万が一、マウロに近距離において主導権を取られた際、私がどうするべきなのかを。

 相手を観察し、その行動を自身が危険に陥るギリギリまで見極め、その時最も適切なカウンターを繰り出す。それが必要なのだと、彼女が言っている気がした。


 「攻守共に見事じゃのう」


 アリスを見続けていた私に、後ろから声が掛かる。

 しわがれたその声の主がジアであること、それは振り向かずともわかった。

 砂を踏む軽い音が近付いてくると、彼は私に右隣に立ち、私と共にアリスとピネットの打ち込みを見始めた。


 「“英雄”の娘に、“剣の森”の獣人。なんとも数奇な組み合わせじゃ」


 私はジアの言葉に何か返そうとするが、言葉がうまく出なかった。というのも、先ほどは驚きから師匠と呼んでしまったが、今の私にとって彼は教師、つまり先生でもある。どちらで呼ぶべきかを直前で迷ってしまい、口ごもってしまったのだ。


 「師匠で構わんよ。教師と生徒だろうが、呼び方を変える程度、儂に文句を言う者はおらんじゃろ」


 私の心を見透かしたように、ジアは私にそう言った。

 “剣帝”に意見できる生徒なんてこの場にいるわけないでしょ、と心の中で吐き出しながら、私はジアへと視線を向けた。


 「お師匠様。なぜ学園に?」


 私がジアに対して聞きたいことは、なぜここにという疑問だ。

 一昨日、ジアとの最後の稽古が終わった時は何も言っていなかった。エドガーやミリ姉も、ジアが学園で教鞭を執るだなんて一言も言っていない。おそらく彼らも知らないだろう。


 「我が弟子の、驚く姿が見たくてな」

 「……絶対嘘だ」


 髭を撫でながら答えたジアに、私は吐き捨てるように聞こえない声量でそう零した。こういう時、大抵彼は冗談を言うことを知っているし、そもそも弟子として認められたのは一昨日の話だ。昨日今日で学園に教師として招聘されたなんて、到底思えない。

 するとジアは私の言葉が聞こえたのか、からからと笑いながら私を見た。


 「冗談じゃよ。数年前から学園長(アカデミーマスター)に声を掛けられててな。お前の稽古が落ち着いたら、元々応じるつもりじゃったのよ」

 「一言あっても良かったのでは、と貴方の弟子は思っております」

 「忘れてたんじゃ。年寄りだからのう」


 なんだか煙に巻いたような言い方で、その真意はわからないままだった。何か言い辛い、もしくは言いたくないことがあるのだろうか。

 おそらくこれ以上聞いても何も答えてくれないだろう。私は彼から聞き出すのを諦め、アリスとピネットの打ち込みへと視線を移す。

 彼女たちはその剣撃を激しくしつつあり、他の生徒たちもその手を止めて遠巻きながらその打ち込みを見ていた。


 「して、フィリアよ。何やら決闘をすると耳に挟んだが?」


 今しがた自分は老人だと言っていた割に、耳が良いようだと私は皮肉を心の中で呟いた。ジアが私の決闘のことを知れば、何か言われそうな気がしていたので知らないでいてくれ、と願っていたもののその願いは残念ながら叶わなかったようだ。

 私は心の中でため息をつきながら頷いて見せると、ジアは小さく唸りながら自分の髭を撫でていた。


 「色々と言いたいことはあるが……決まってしまった以上、文句は言うまいて」

 「必要なことだと私は思っています」

 「当たり前じゃ。そうでなければ決闘なぞ仕掛けることも、受けることも許されぬ」


 取り敢えず文句は言われないとわかっただけ、私はほっと胸を撫で下ろすことができた。決闘が終わった後に何か言われるかもしれない、ということだけ気掛かりだが。


 「相手はロドリゴス男爵家の公子と聞いておる」

 「はい、その通りです」

 「少し前じゃが、彼の剣を見たことがある」

 「はい」

 「強いぞ」

 「……それでも、譲れないものがあります」


 マウロが私より強いなんてことは知っている。敵わないかもしれないことも百も承知だ。

 それでも、なのだ。そうだとしても挑まなければいけないし、挑みたいと思った。誰でもない、私自身の確固たる意志で、私は手袋を投げた。


 「……そうか」


 ジアは目を伏せながら一言頷く。

 四限目が始まる直前に見せた彼の姿は、もしかしたら私に対して何か怒りを抱いているものかもしれないと思っていた。理由について思い当たりは無いものの、そう思っていたのだ。

 今の一言、その声色はどこか優しいものだった。


 「入学早々、貴族の子供といざこざを起こすなんて、エド坊になんと伝えれば良いか悩んでいたんじゃがな」


 ……いや、ちゃんと怒ってたみたいだ。一瞬怒っていないと思ったが、私の勘違いだったようだ。

 たしかに客観的にそう言われてしまえば、ジアの心境も推して知るべしだ。


 「二つ、言葉を贈ろう」


 ジアはそう言って私に体を向ける。私はそれを見て、ジアへと向き直ると正面から見据えた。

 彼の表情は何時になく真剣なものであり、私は自然と姿勢を正した。


 「意志を剣に乗せるが良い。試練は推し通るためにある」


 それはジアなりの鼓舞と、背中を押すための言葉だったのだろう。

 教師として、学園内で起きる決闘、その片方に肩入れすることはできない。

 だから肩入れしない程度の、言葉だけを私に贈ってくれたのだ。


 私は胸に手を当て、軽く頭を下げた。

 マウロとの決闘。“剣帝”の弟子として、彼の名に泥を塗らないためにも、勝利を手にしなければならない。

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