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才能無き少女と天才少女が英雄と呼ばれるまで  作者: ふきのたわー
第二章 “英雄”の娘は学園で舞う
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第57話:授業の終わりと、ピネットの提案

 「そこまで」


 その言葉に生徒全員の動きが止まった。ジアの声は張ってはいないものの、運動場によく通る。

 私を含めた生徒たちはそれぞれの得物を収めると、ジアに視線を向ける。


 「今日の授業はこれで終わりじゃ」


 その一声で息を吐く音が各所から聞こえる。周りを見れば疲労に満ちた表情を浮かべる者がほとんどであり、今にも崩れ落ちそうな者もいた。

 私も例に漏れず、かなりの疲労感に支配されており、全身に掻いた汗が服に張り付いて気持ちが悪い。ジアと話をした後、もう一度ずつアリスとピネットに打ち込みをしてもらったのが効いた。

 アリスの様子は一切変わらず、汗ひとつ掻いていない。ピネットは流石に疲れたのか、雫となった汗を額に浮かべながら肩で息をしていた。


 「各自の得物、剣術。そして経験具合も確認が取れた。明日からは個人に合わせた稽古に切り替えるぞ」


 つまり明日から本番、ということだ。

 どんなことをするかわからないが、今日よりも厳しい内容になるのは想像に難くない。それがわかったのか周囲の生徒たちも息を呑んでいた。


 「鐘が鳴るより前だが、解散して良い。各自、しっかり休むように」


 そう言ってジアは、木剣を杖にしながら運動場を出て行った。

 彼の姿が見えなくなった途端、大半の生徒がその場に座り込む。ピネットを見るとしゃがみこんで一息ついていた。


 「結構疲れたぁ」

 「付き合ってくれてありがとね、ピネット」


 私がそう言うとピネットは歯を見せながら笑い、良いんだよと答えた。


 「アタシも良い勉強になったからさ。アリスは疲れてない感じ?」

 「まだまだ余裕」

 「どこにそんな体力があるのやら……」


 アリスの言葉を聞いて、ピネットは呆れたように手をひらひらとさせながらそう言った。

 何度も思うが、アリスに関しては規格外なことが多過ぎる。

 打ち込みの間、彼女は基本的に自分から仕掛けることは無かったと言え、ゆっくり休むような時間はほぼ無かった。体力もさることながら、私たち二人の剣を一切寄せ付けていなかったのも流石“英雄”の娘、というべきだろうか。


 「お腹空いた!」


 ピネットは突然大声でそう言うと、急に立ち上がり私とアリスの手を取った。


 「二人は寮生?」

 「そ、そうだけど」


 突然のことで私は驚きながらピネットの問いにそう答えると、彼女は目を輝かせながら握った手を上下に振った。

 疲れたと言っていた割には、今感じる彼女の腕力は相当なもので、このまま振り続けられたら肩が抜けてしまうんじゃないかと思う。その細腕のどこにそんな力が秘められているのだろうか。彼女もまた私からすれば規格外だ。


 「アタシも寮なんだよね。良かったら一緒にご飯食べない?」


 ピネットからの提案に、私は頷こうとして一瞬止まった。

 夕食はレミィと約束している。どうしようか。


 「夕食、先に約束してる子がいるんだよね……」

 「ならその子も一緒でどう?」

 「うーん」


 ここで良いよ、と承諾はできない。レミィに直接聞いてみないといけないと思う。

 レミィなら二つ返事で承諾しそうな気がするが、実際のところはわからない。


 「取り敢えず本人に聞いてみるよ」

 「ありがと! ちなみに金髪のあの子?」


 私と話す機会を窺っていたことや、今朝のマウロとの衝突も見ていたようだし、おそらくレミィが私のそばにいたのも知っているのだろう。

 ピネットの言葉に頷くと、彼女はやっぱりね、と言って握っていた私たちの手を離す。


 「貴族のご令嬢なんだっけ?」

 「そうだよ。レオンゴルド家の子」

 「おー、金獅子(きんじし)だ。アタシの故郷でも有名だよ」


 レミィの家は、獣人の間でもその名を馳せているようだ。

 ピネットとの今の会話で、彼女はレミィに対して特に悪い感情は抱いていないように感じる。

 であれば後はレミィが承諾するかだけだ。


 「そしたら寮に戻って待ってよっか。木剣とかも置いて行きたいし」

 「さんせー!」


 私はアリスの手を取り、ピネットを連れて寮へと戻ることにした。

 先にお風呂で砂埃や汗を落としたかったが、この感じだと食事が先になりそうだ。洗面所で軽く体を拭くことにしよう。



―――☆☆☆―――



 ピネットの部屋は、私とレミィの部屋から遠いところに位置しており、寮の階段を上がり切ったところで一旦分かれた。部屋の位置は教えて貰ったので、レミィに話を通してから迎えに行くことにする。もしレミィが駄目だと言った時も、結果を伝えに行かなければならない。


 部屋に入ると、窓から夕陽の光が差し込んでおり、辺り一面が赤みがかったオレンジ色に染まっていた。時刻は十八時を少し過ぎたところで、階段を上がってきている最中に鐘が鳴っていた。


 レミィが五限目になんの授業を取っているか、どこでやっているかは知らないが、おそらく部屋に戻ってくるまでもう少し時間が掛かるだろう。


 「アリス、こっちおいで。体拭いてあげるから」

 「わかった」


 私は木剣を壁に掛けると、一息つく前に洗面所へと移動する。アリスはベッドの前で何やら固まっていた。

 蛇口を捻りタオルを濡らしながらアリスに声を掛け、洗面所に招き入れる。


 「何してたの?」

 「……ベッドに入るか、悩んでた」


 アリスの服を脱がせながらなぜ固まっていたのか聞いてみると、彼女はそう答えた。

 脱がせた後の彼女の体を見てみれば、汗は掻いていないものの砂で汚れている。服は寮に入る前、玄関で軽くはたいて来たのでそこまで汚れていないが、流石にその状態でベッドに入るのは嫌だと思ったのだろう。


 「拭き終わったら私の寝巻き着てて。ご飯食べに行く時、また着替えようか」

 「わかった」


 ついでにベッドが汚れないよう、大きめのタオルでも敷いてあげようと思いながら、アリスの白い素肌に水を吸わせたタオルを付ける。冷たかったのか、アリスはピクリと震えながら私に作業を委ねた。

 胸や腹部、背中といった服で隠れた部分はそこまで汚れていないが、腕や足は砂埃によってタオルが茶色に染まった。

 打ち合い、結構激しかったからねぇと思いながら丁寧に優しく拭く。


 「フィリア」

 「なに?」

 「くすぐったい」

 「我慢して」

 「……フィリア」

 「我慢しなさい」

 「……わかった」


 そんな会話をしながら、アリスの体を拭いて行く。


 小さなアリスの体を拭き終わるのに、そこまで時間は掛からなかった。

 私が汚れたタオルを水で洗い流していると、まるで逃げるようにアリスは部屋へと戻っていった。


 「ベッド汚れちゃうから、タオル敷くまで横にならないでね」

 「……うん」


 洗面所から声を掛けると、何やらくぐもった声色で間を置いてからアリスが返事をする。

 ……ちょっと遅かったかもしれない。

 明日からは部屋を出る前か、部屋に戻ってきたらすぐにタオルを敷いてあげよう。


 私はそんなことを思いながら洗面所から出ると、アリスはベッドの方に背を向けて立っていた。

 まるで悪戯した物がバレないように隠そうとする子供のような姿に、私は少し笑ってしまう。


 「飛び込んだ?」

 「……かもしれない」


 かもしれないかぁ、と思いながら引き出しから大きめのタオルを取り出す。

 タオルの端を持ちながら空中に放り投げるようにすると、折り畳まれたタオルは一気に開き、そのままベッドへと覆い被さるようにして敷かれる。


 「これでよし。ご飯までに起きれるなら寝てて良いからね」

 「ありがとう」


 取り敢えず私も体を拭こうと思い、その場を後に洗面所へと向かう。

 すると背後から、ぼすっと何かがベッドに勢いよく乗っかった音が聞こえた。


 体を拭き終わってからしばらくゆっくりしていると、部屋の扉がノックされた。

 扉を開けてみるとそこには疲れた顔のレミィが立っており、今戻って来たのだと言う。

 私はピネットのことを伝え、一緒に食事はどうだろうかと提案してみると、彼女は疲れた表情を明るくし、二つ返事で承諾した。

 そして私はアリスに声を掛け、レミィと共にピネットの部屋へと向かうことにする。

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