表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
才能無き少女と天才少女が英雄と呼ばれるまで  作者: ふきのたわー
第二章 “英雄”の娘は学園で舞う
44/96

第42話:煙を燻らせ

 「はぁ……」


 目の前に座るデカルトが深い溜め息をついた。

 彼の手元には数枚の羊皮紙が並べられており、デカルトはそれらに目を通している。

 机を挟んで立っている私は、そのデカルトの姿を姿勢を正しながら見ていた。


 「昨日の今日で、どうしたらこんなことになるんだ」


 その言葉は誰に向けられたものでもない。呆れから出たものだろう。


 「必要なことだと思いました」

 「それはお前らの感情であって、俺には関係ない」


 私が言った言葉に対して、少し時の混じった声色でデカルトは返答した。


 朝の一件、つまりマウロとの対立から既に三時間ほど経った現在。

 私は昼の休憩時間にデカルトに呼び出され、彼の学園における自室へと招かれていた。


 マウロとの会話直後、デカルトは教室に現れた。おそらく、教室にいた誰かが私とマウロが言い合いをしているとデカルトに言ったのだろう。


 『授業に遅刻させるわけにもいかん。昼休憩に経緯を説明しろ。時間は取らん』


 そう語ったデカルトは、すぐに教室を出て行った。その時の彼は今と同じように、呆れと怒りを感じさせる雰囲気を纏っていた。

 そして今、こうして正面に見据えながら書類仕事をするデカルトに説明していた訳だ。


 ちなみに、算術と体術の授業は何も問題は無かった。マウロとは席も遠かったし、何よりお互いがお互いを避けていたからだ。

 内容として、算術の方は試験勉強で学んだ範囲のことであり、特にわからないものや初めて習うものは無かった。しばらくはあくまで復習の時間だと担当の教師は言っていた。

 体術は武器を使わない素手での護身術、加えて体力や筋力づくりの簡単なものだった。第三運動場で行われ、その時もまた別の教師が付いていた。


 アリスたちには先に食堂へ行くよう言ってある。ただその際に、アリスが一緒に付いて行くと言って聞かなかったのが苦労した。デカルトの言葉を信じれば、そこまで時間は掛からないだろうからと言って最終的には納得させた。


 「かと言って決闘は決まってしまった以上、当人たち以外が止めることはできない」


 彼は羊皮紙を一枚手に取り見ると、面倒臭そうに机へ捨てるように放った。

 そして机の引き出しを開けると、中から小さな木箱を取り出した。木箱には真鍮製の留め具が付いており、彼はそれを外すと木箱を開ける。彼が中から取り出したのは細長く、先端がほぼ直角に曲がった棒状の物だ。


 「……良いか?」


 デカルトはその棒を私に見せながら、そう尋ねた。

 私はそれをよく知らないのでとりあえず頷いて見せると、彼は棒を咥え木箱から、乾燥し細かく刻まれた葉のようなものを先端に乗せる。

 教会でそれを嗜む者はいない。少し値の張る嗜好品だからだ。

 私も実物は初めて見たが、煙草というのだそうだ。特定の植物の葉を乾燥、熟成させたものを刻んで燃やすことで出る煙を吸うのだという。

 王国内でその葉は栽培されておらず、流通しているものは全て外国からの輸入品であり、それが理由で中々手を出しづらい価格になっているらしい。商業区でも見かけた覚えはない。

 ちなみに棒状の物はパイプ、と呼ぶらしい。


 デカルトは右手で指を弾き、人差し指の先に火を灯す。その火をパイプの先端に詰められた煙草の葉に近付けると、たちまち煙が立ち上る。


 魔術の三工程の内、詠唱を省いた発動方法だ。俗に無詠唱、または詠唱破棄と言われる魔術における技術の一つであり、これも煙草と同じで初めて見た。

 かなり高位の技術であり、誰しもが習得できるものではない。理由としては魔術の明確なイメージを習得するのが単純に難しいらしい。

 心の内に確固とした魔術への像を持つことが、習得への道だと本で読んだが理解はできていない。

 魔術を使えない私にとって、遠い世界の話のように聞こえる。


 煙草の煙を深く吸った後、デカルトは自分の頭上に向かって吐き出す。

 少し感じる煙草の匂いは独特で、あまり得意ではなかった。


 「……経緯については承知した。決闘についても好きにしろ、と言いたいが」


 デカルトはもう一口煙草を吸い吐き出すと、私を見る。

 目つきが鋭い彼の視線は、睨みつけられているように感じ、私の体は強張った。


 「決闘は三日後だ。お前が退室した後、ロドリゴスを呼んでいるから俺から伝えておく」


 そう言ってデカルトはパイプを咥えながら立ち上がる。

 彼の席の真後ろには縦長の窓があり、デカルトはそこから外を見る。

 私は彼の言葉に何も言わず、ただ黙って次の言葉を待っていた。それを察したのかデカルトは言葉を続けた。


 「学園の都合だ。せめてそれぐらいは従ってくれ。詳細は追って伝える」


 また一口、煙を吸っては吐き出す。

 窓から差し込む日の光が煙を照らし、どこか綺麗なものに見えた。


 「わかりました」


 デカルトの言葉に頷きながら答えると、彼は振り向き私を見据える。

 咥えたパイプを右手で離し、逆光を浴びながら彼は左手で下がるように私に命じた。

 私は一礼すると、後ろの扉を使って廊下に出る。

 その一瞬、彼の深い溜め息がまた聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ