第41話:存在を賭けた戦い
私は席を引き、立ち上がろうとする。
「フィリア、冷静に――」
途中でオルが止めようと声を掛けた。
私は彼に視線を配り、意志を伝える。止まるつもりはないのだと。
オルはそれ以上何も言わず、諦めたようにため息をついた。そして私は席を立つ。
マウロを真正面から見据える。身長は彼の方が少し高いが、ほぼ同じ目線だろう。
「昨日お前に言った言葉を詫びよう、アスファロス」
彼はそう言った。
姿勢を一切崩すことなく、私を睨みつけたまま。
「そんな態度で許されるとでも――!」
廊下側に座ったレミィが声を荒げながら立ち上がろうとするのを、私は視界の端で捉え、右手で制止する。
これは私と彼の問題だ。
オルにもレミィにも、他人に任せるつもりも口を挟ませるわけにもいかない。
レミィは私の意志を理解したのか、少し不満げな表情を浮かべながら席に再び座った。
私は彼を見据え続ける。
「謝る態度には見えないけれど?」
「要求には態度まで指定されていなかった。何も問題は無い」
私の問い掛けに対し、そう答えた。
屁理屈だ、と思う。
だがそんなことはどうでも良い。
「具体的に謝ることも、貴族はできないってこと?」
「必要無いと判断している」
彼は鼻を鳴らしながら笑い、そう言った。胸の奥が熱くなる感覚があった。
馬鹿にしている。そう思わずにはいられない。
私は胸に手を当て、ゆっくりと深呼吸する。
ここで頭に血を登らせても何もならない。冷静でいなければならない。
「……謝罪は受け取った。決闘の要求は果たされた」
だけど、と私は付け加える。
そう。それだけでは終わりにならない。
「私は、あなたを許せないし、赦していけないと思う」
「勝手にすれば良い。所詮平民のお前には何もできない」
身分とはそんなに大事なものなのか。
教会で暮らし続けた私には、俗世のことは知識でしか知らない。貴族と会ったのだってレミィが初めてだ。
そのレミィは私に対して敬意を持ってくれた。道端で困っていたところを助けただけなのに。
彼女は本当に短い中で、私を友達だと言ってくれた。
「許せない、というのなら俺もそうだ」
彼は舌打ちをしながら語る。
「お前のせいで決闘する羽目になった。そして負けて家名に泥を塗ってしまった」
屁理屈の次は言い掛かりか。責任転嫁とも言える。
普通ならそんな考えには及ばないだろうが、今の彼の様子を見る限り、心の底からそう思っていそうだ。歪んでいると言っても過言ではない。
「マウロ・ロドリゴス。あなたは歪んでる」
私の言葉にマウロは眉をピクリと動かし、震える唇で私に言った。
「……存在自体が世界の異物のお前に、そんなことを言われる筋合いはない……!」
明らかな怒り、そして殺意。この殺意に私は見覚えがある。
教室に入ろうとした時に感じた視線、それに混じった明確な殺意。それと似たものを感じる。
「死人ごときが目の前でウロウロと、目障りにもほどがある……!」
ああ、なるほど。
視線の正体はマウロだ。彼は私を生きている人間と、そもそも認識していない。
私はあの死んだのだと、そう信じ切っている。
そしてそう信じているのなら、私たちは理解し合うことはできない。
私はここに立ち、夢を叶えようと一日一日を大切に過ごしてきた。
その日々を、彼は否定した。
これ以上、彼と話していても売り言葉に買い言葉で何も進展しない。
「……相容れない。私たちは、何もかも」
「当然だ。生者と死者が分かり合った話など、三流作家でも書かない」
変な話だ。
お互いが認められない、許せないという点で私たちは一致している。
平行線に続くお互いの意志、それが重なり合った場所が完全な決別だなんて。
笑い話にすらならない。
彼は私を見下したまま、自分の両手にしていた真っ白の手袋を外した。
私は彼の行動を黙って見ている。
何が起こるか、わかり切っている。
「死ね、とは言わない。俺の視界から消えてくれればそれで良い」
そう言ってマウロは私を見ながら、手袋を私の胸に投げつけた。
その行動は、昨日アリスが彼にしたのと同じ意味を持つ。
どちらかの意志が正しいか、それを明確にする儀式。
「アスファロス。死人であるお前に、“決闘”を申し込む」
昨日の今日で、と周りは思うかもしれない。
だがそうまでしても彼は曲げたくないのだろう。自分のプライド、そして意志を。
そうしなければ生き辛いのだとしたら、少しだけかわいそうだと思う。
でもここまで来てしまったのなら、私は立ち向かうべきだ。
自分のためにも、彼のためにも。
「要求は?」
「お前が学園から去ること。寛大だろう」
私が彼に負ければ、私はこの学園に居られなくなるということだ。
単純明快。確かに自死を迫られるよりは軽い。
でもそれは、学園から去るということは、私が追い続ける夢から遠退いてしまうことになる。
「万が一、お前が勝った時の要求を聞いておこう」
彼は自分の勝利を信じている。
私はどうだろう。挑みたいのは思っていたことだが、勝てるとは思っていない。
だが、私は夢のために負けることは許されない。勝てないことと、負けることは必ずしもイコールで繋がらないのだから。
「私が勝ったら、私を認めること。存在も、学園にいることも何もかも」
要求が釣り合っているかは私にはわからない。
それを判断するのはマウロだ。彼が頷けば、それで成立する。
彼は目を閉じると少し考え、また私を見る。
「良いだろう。あくまでお前が勝った時の話だがな」
その言葉で決闘は成立した。
私を死人と見下すマウロ、そして生者として夢を追い続けるために認めさせたい私。
この決闘を、一言で表すのならば。
私、フィリア・アスファロスの存在を賭けた戦いだ。
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