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性別転館の殺人  作者: 天草一樹
事件パート:トランスフォビック機構の恐怖と狂気

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一時間の捜査タイム

 梓さんと一柳が性転換室を使用しているのは当然のこととして、彼らが使用してから新たに追加された五つの予約。

 部屋番号は全て一号室と、殺された毒田さんの部屋番号が用いられている。

 一体全体、誰がこんなことをしたのか。

 眩暈を覚え、私はふらりと倒れかかる。幸いにも床に激突する前に一柳が肩を支えてくれたため、無駄な傷を負うことは避けられた。


「あ、有難うございます」

「気にするな」


 そう言って私がしっかり立てるまで支え続けてくれた一柳は、一瞬不審げな表情を浮かべたものの、何も言わずに予約表へと視線を戻した。


「TP機構が殺人に関わっていることは間違いない。だが、奴らが性転換装置を気軽に何度も使うとも思えない……」


 しばしの黙考に入る一柳。

 私はこれ幸いにと、壁に背中を預け、昂った神経を鎮めようとそっと目を閉じた。

 それから数分後。梓さんにヒエン、そして宗助までもが三階へと集まった。


「ようやく来たか。まさか引きこもり女まで一緒とは意外だな」

「……またそこの人に騒がれるのも面倒だったから」


 寝起きなのか、ダウナーな雰囲気は以前のまま、時折目をこすったり欠伸をしている宗助。

 目の前に首なし死体があるというのに緊張感が感じられない。私のことを図太いと言っていたが、彼女の方がはるかに神経が太そうだ。


「それで、これってどういう状況なの!」


 神経が太いとかでなく普通に頭が狂っているヒエンが、相も変わらず目を輝かせて死体を凝視している。

 推理ゲームがしたいだけの彼女からしたら、首なしの連続殺人なんてワクワクを増幅させる舞台装置でしかないようだ。

 一柳が不愉快そうに舌打ちをしつつ、彼女のもとに寄っていき、予約表含め観察から得た情報を伝える。すると、そうした情報に興味がないのか、宗助が私の方にふらふらと寄ってきた。


「朝からみんな元気……」

「元気って言うのとは違うと思うんだけど。ヒエンはともかく」


 眠気がやばいのか、彼女はこつんと私の方に頭を預け、すやすや寝息を立て始める。

 いくら何でも距離感バグってないかと思いつつ、私は呆れた目で彼女のつむじを見つめた。


「ていうか、結局ヒエンたちと話したんだ」

「……うん、まあ。ちょっと顔見せて挨拶しただけですぐ部屋に引きこもったけど。大体、話すような情報なんてなかったし」

「まあそれはそうなんだよね」


 毒田さん殺害事件に関して、時間が時間なだけありこれと言った目撃情報も不審な物音に関する証言も誰からも得られなかった。

 殺された場所が訓練室であることから、三日目の朝に男性棟にいた人間が怪しいのではないかという声もあったが、アンが男性棟と女性棟を行き来していた人を覚えていない(興味がない)などとほざいたため、結局何の絞り込みも行えなかった。

 そしておそらく、今回の殺人でも大した証言など出てこないだろう。

 ヒエンはまた張り切っているようだが、一体全体どうやって事件を解決するというのか。


「……それにしても、みんな随分余裕だね」

「余裕?」


 ぽつりと、宗助が呟く。

 私は死体を囲んで話している三人と、そこから少し離れたところでじっと死体を凝視している小田巻さんを見つめ、頷いた。


「確かに余裕って言うか、パニックになってる人は全然いないね。まあ皆ちょっと変わってるところあるから」


 小田巻さんは死に対して憧れのようなものを抱いているため、最悪自分が殺されても構わないと考え、冷静さを保っているように見える。

 ヒエンは純粋にこの状況下での殺人事件を楽しめる狂人。

 梓さんはこれまでの人生でかなりの修羅場を潜り抜けてきたようだから、その経験値分落ち着いている様子。

 一柳は昨日TP機構がいると聞いた時に比べると、今は明らかに落ち着きを取り戻している。男に戻ったことで余裕を取り戻したのか、ないとは思うが昨日から今日にかけて犯人の目星でもついたのか。

 いずれにしろ、これがミステリ小説であれば、皆冷静過ぎてつまらないとツッコミが入りそうなメンバーだ。巻き込まれている側からしたら、有難いことこの上ないけれど。

 今回の性別転館への来訪者が彼らでよかったと、心の中で手を合わせる。

 すると宗助は私の肩から頭を離し、死んだような目でこちらを見つめてきた。


「……皆変なのは事実だろうけど、一番おかしいのはあなた」

「一番って、流石にそれは言い過ぎじゃない?」

「言い過ぎじゃない。この状況で、こんな風に普通に話してられるのは、明らかに異常」

「えと、落ち着いてるように見えるかもしれないけど、内心はかなり――」

「おい、そこの二人もこっちに来てくれ」


 ある程度情報共有ができたのか、一柳から声がかかる。

 宗助からの誤解を何とか解きたかったけれど、ひとまず諦める。

 三人のもとに行くと、梓さんは思案気に顔を伏せ、ヒエンは興味津々で血文字で描かれたTP機構のマークを眺め、一柳は死体が目の前にあるとは思えないほど落ち着いた表情で私たちを出迎えた。


「念のために二人にも聞いておくが、どうしてここに馬酔がいたのかや、何か不審なものを見たり聞いたりはしていないか」

「うーん、私は特にないかな」

「私もない……」

「まあだろうな。ということは今回も犯人に繋がる手掛かりはゼロってことか」


 特に残念そうな様子もなく、一柳は淡々とそう呟く。

 TP機構による連続殺人。今後私たちにもその魔の手が迫るかもしれないというのに、この余裕は実際かなり不思議だ。さっきちらりと考えたように、まさか犯人の目星がついているのだろうか?


「ちょっとちょっと! 手掛かりゼロなんてとんでもないっしょ! 予約表に記された毒田ッち名義の五つの予約! 三階に馬酔っちの死体がある以上、この五つの予約が事件に関与してないなんてありえない!」

「うるさ」


 大声で語りだしたヒエンに対し、宗助が眉間にしわを寄せ小声で文句を言う。

 私も同意を示すべく何度も首を縦に振る。ただその一方で、この場にいる全員から嫌われかねない行為を続けられる異常な精神性、少しばかり羨望すら感じ始めていた。まあそれはそうと、ウザいので黙っていてほしいけど。

 全方位から冷めた視線がヒエンに飛ぶ。

 それでもお構いなしに彼女が今の状況の素晴らしさを語りだしたところで、一柳から驚くべき提案が差し込まれた。


「ヒエン。せっかくだから勝負をしないか」

「勝負?」

「ああ。今から一時間、お互い独自に捜査を進める。そして一時間後に、全員の前でこれら一連の事件の犯人を指摘し、正解したほうが勝ちって言うシンプルな勝負だ」

「え、え、え!? 何それめっちゃ面白そう! 勿論受けて立つっしょ!」


 これまでにない程目を輝かせ、ヒエンが一柳の提案にもろ手を挙げて賛成する。

 しかしいくら何でも不謹慎だと感じたのか、梓さんが苦言を呈した。


「お二人とも、遊び半分で犯人探しをするのはどうかと思いますよ。それに今は犯人探しをしている場合ではないと思います。こうして第二の殺人が行われた以上、第三、第四の犯行が起きる可能性も高いです。今は犯人探しよりも明日、この館から出るまで無事でいる方法を――」

「そうだ。二人だけだと面白みに欠けるし、鬼灯も参加してくれ」

「いや、私の話を聞いて――」

「聞いているさ。ここから無事に出る方法だろう。だからこの提案をしてるんだ」

「……もう少し、分かりやすく説明してくれませんか?」


 まるでヒエンが乗り移ったかのような一柳の提案に懐疑的な視線が集まるも、本人は至極淡々と話し出した。


「知っての通りTP機構のメンバーは性転換装置の使用者を許さない。当然このまま放置しておけば、さらなる殺人が起きるのは必定。だったら一刻も早く犯人を特定し縛り上げるのが最良の策だろう」

「それは可能であればの話でしょう。目撃証言も手掛かりもろくにないこの状況で、どうやって犯人を見つけると? それに犯人探しをして余計な刺激を与えるのは、より危険だと思いますが」


 一柳は指を一本立てると、「だから一時間と制限を付けたんだ」と言った。


「これなら犯人もお前が今言ったみたいに、まさか事件を解決できるとは思わないだろうし、まして新たに殺人をする準備も整わないだろうからな。自分たちの身を守る防衛策は、この一時間で決着がつかなかった時、改めて考えればいい」

「それならば、最初から無謀な捜査をせず、助かる手を考える方が得策だと思いますが」

「ならこうしよう。捜査をする俺たち三人以外は食堂でアンと一緒に待機してもらう。アンがいれば犯人も手出しはできないだろうからな」

「それは……」

「他により良い案があるなら言ってくれ。ないならここからの一時間、俺の提案に従ってもらうが」

「……」


 一柳の提案を断れるだけの考えが思い浮かばなかったのか、梓さんは数秒天を見上げた後、小さく息を吐いた。


「かなりか細い可能性ですが、成功した際のメリットを考えれば否定できませんね。それに一時間という時間制限が絶妙すぎます」

「納得してもらえたのなら何よりだ。さて、そういうことだから残りの三人は食堂にこもっててもらえるか」

「それは別に構わないけど……」


 私は小田巻さんと目を合わせる。私同様、彼も展開の速さに追いつけていないようで、このまま素直に従っていいのか悩んだ表情を浮かべている。

 そんな私たちの背を押すように、ヒエンがけらけらと笑いながら断言した。


「そんなに心配する必要なんてないっしょ! 一時間もあればこのヒエンちゃんがまるっとすっきり犯人当てて大団円迎えさせてあげるんだから!」


 頼もしいような、その張り切り具合が逆に怖いような気がして、やはり素直に頷けない。

 まだ決め切れない私たちを見て、ため息交じりに一柳が言葉を添えた。


「ヒエンの根拠のない自信はともかく、別段この提案はお前らに不利益はないはずだ。アンの護衛兼監視の中、食堂で一時間談笑するだけ。もしその間に何か思いつくことがあった場合は、別段無理にとどまっている必要もない。これでも何か問題があるか?」

「まあ、問題って言われても思い浮かばないけど……」


 素直に頷けないのは、単に自分の意思と関係ないところで物事が勝手に進んでいる印象があるからというだけ。はっきり言っていちゃもんに近い。

 とはいえ、ここでの選択は自分の今後に大きく関わってくる可能性が高いのも事実。どうしても悩んでしまう部分ではあるけれど――


「一時間限定なら、別にいいのかなあ」


 梓さんが言っていたが、一時間という時間制限は絶妙な気がする。誰かが何かを起こそうとするには、あまりにも短い時間。短すぎて意味があるのか疑問になるレベル。

 だからこそ、それぐらいなら好きにやらせても構わないかと錯覚させられる。

 私は数秒黙考した後、結局、一柳の提案を受け入れた。


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