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はぐれ竜と捨て子の家  作者: Atelier Lotus文庫
本編

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8/8

第7話 また明日

 住処へ戻ってからも、しばらく二人とも何も話さなかった。


 いつもなら、ユノの方が先に何か言う。


 腹が減ったとか。


 疲れたとか。


 今日見つけたものの話とか。


 ガルドがどうでもいいと思っていることを、どうでもよくなさそうに話す。


 けれど今日は静かだった。


 ガルドも話す気になれなかった。


 身体を伏せる。


 セドリックの剣がかすめた場所が、少し気になった。


 大したものではない。


 それよりも、ユノを見る。


 ユノは少し離れたところに座っていた。


 怪我はしていない。


 それは分かっている。


 さっきも確認した。


 それでも、もう一度見た。


「ガルド」


「なんだ」


「さっきからこっち見てる」


「見てない」


「見てるよ」


「怪我がないか確認しているだけだ」


「それを見てるって言うんじゃないの?」


 ガルドは黙った。


 ユノが少し笑った。


 いつもの笑い方だった。


 それを見て、ようやく胸の奥の固さが少しだけ抜けた。


「腹は」


「減った」


「そうか」


「ガルドは?」


「俺もだ」


「じゃあ食べよう」


 当たり前のように言われる。


 ガルドは身体を起こした。


 いつものことをする。


 食べるものを用意する。


 ユノの分を見る。


 自分の分を見る。


 昔なら、自分の腹だけ考えていればよかった。


 その方が簡単だった。


 今は二人分を見る。


 面倒が増えた。


 ずっと前から、そうだった。


「今日は簡単なのでいいよ」


「いつも簡単だ」


「そういう意味じゃない」


「なら分からん」


「疲れてるんでしょ」


「疲れていない」


「絶対疲れてる」


「お前もだろう」


「私は戦ってないもん」


「怖かったと言っていただろう」


 ユノが少し黙った。


「……うん」


 ガルドはそれ以上言わなかった。


 自分も怖かった。


 剣を向けられたことではない。


 ユノを失うことが。


 けれど、その恐怖についてはもう十分考えた。


 そして、ユノは自分でここに残ると言った。


 ガルドを家族だと言った。


 その言葉は、まだ胸の中に残っている。


 嬉しかった。


 それを認めることは、もう難しくなかった。


 だが。


 だからこそ、考えなければならないことがあった。


 二人で食べ始める。


 いつもより会話は少なかった。


 ユノも何か考えているらしい。


 ガルドは何度か口を開きかけて、やめた。


「何?」


 気づかれた。


「何でもない」


「絶対何かある」


「食べろ」


「食べてる」


「なら食べろ」


「話そらした」


 ガルドは低く唸った。


 ユノは待っている。


 昔から、こういうところは妙にしつこい。


「……ユノ」


「うん」


「さっき、お前はここに残ると言った」


「言ったよ」


「俺と暮らすとも言った」


「言った」


「家族だとも」


「言ったね」


 そこまで並べると、急に言いにくくなった。


「何?」


「少し黙れ」


「私、返事してただけなんだけど」


「分かっている」


 ガルドは息を吐いた。


 違う。


 また、自分で勝手に決めてはいけない。


 それを、さっきユノに教えられたばかりだ。


「お前がそう言ってくれたことは、嬉しい」


 ユノが瞬きをした。


「ガルドが普通に嬉しいって言った」


「そこはどうでもいい」


「どうでもよくない」


「話が進まん」


「はい」


 妙に素直な返事だった。


 ガルドは続けた。


「俺も、お前と暮らしたい」


「うん」


「これからもだ」


「うん」


「だが、それと、お前がここから出てはいけないというのは別だ」


 ユノの表情が少し変わった。


 ガルドは言葉を選ぶ。


「今日のことがあったから言うわけじゃない」


 いや。


 今日のことがなければ、考えなかったかもしれない。


 だが、セドリックに言われたから手放そうとしているのではない。


「お前の人生は、お前のものだ」


 ユノは黙って聞いている。


「俺と暮らすと決めたからといって、ずっとここにいなければならないわけじゃない」


「……出ていってほしいの?」


「違う」


 すぐに答えた。


 そこだけは迷わなかった。


「俺はお前にいてほしい」


 言ってから、少し落ち着かなくなった。


 ユノは何も言わない。


「ただ」


 ガルドは続ける。


「お前がいつか、人のいる場所で暮らしてみたいと思うなら、それを俺が止めるのは違う」


「……」


「知らないものを知りたいと思うなら、知ればいい」


「ガルド」


「俺が決めることではない」


 以前なら。


 ここまで言えば、自分の中でもっと痛んだはずだった。


 ユノがいなくなる未来ばかり想像したはずだった。


 今も、想像すれば嫌だった。


 できれば、ずっと一緒にいたい。


 だが、その気持ちと、ユノの道を塞がないことは両立する。


 ようやく、それが分かった。


「だから」


 ガルドはユノを見る。


「お前がどこで生きるかは、お前が決めろ」


 しばらく返事がなかった。


 ユノは食べるのをやめて、じっとガルドを見ている。


「……何だ」


「ガルドって、面倒くさいね」


「なぜそうなる」


「だって、さっき私がここにいるって言ったばっかりなのに」


「だからこそだ」


「普通は喜んで終わりじゃない?」


「知らん」


「またそれ」


 ユノは小さく笑った。


 それから少し考えるように視線を落とした。


「人のいるところは、ちょっと見てみたい」


 ガルドの胸がわずかに動いた。


 けれど、何も言わない。


「町とかも」


「ああ」


「いろんなものがあるんでしょ」


「たぶんな」


「ガルド、知らないの?」


「俺に聞くな」


「頼りないなあ」


「うるさい」


 ユノは笑った。


「でも」


 その声が少しだけ静かになる。


「見に行くことと、ここを出ていくことは別でしょ?」


 ガルドはユノを見る。


「私は、帰ってきたい」


「……ここへか」


「うん」


 当たり前の返事だった。


「外を見に行ったって、帰ってくるところはここがいい」


 ガルドは何も言えなかった。


 ユノは続ける。


「ガルドがいるし」


「俺がいなかったらどうする」


「どこ行くの?」


「例えばだ」


「勝手にどっか行かないでよ」


「だから例えばだと言っている」


「じゃあ変な例えばやめて」


「……分かった」


 結局、怒られた。


 ユノはまた食べ始める。


「それに」


「まだあるのか」


「ある」


 ユノは顔を上げた。


「私、さっきセドリックに言ったでしょ」


「何をだ」


「ここが家って」


「ああ」


「あれ、戦ってたから言ったんじゃないよ」


 ガルドは黙った。


「連れていかれそうだったから、急にそう思ったんでもない」


「……ああ」


「前からそうだっただけ」


 それだけ言うと、ユノはまた食べる方へ戻った。


 ガルドはしばらく動けなかった。


 大げさな言葉ではなかった。


 ユノにとっては、本当にそれだけなのだろう。


 ここが家だった。


 ずっと前から。


 そして今も。


「だから明日もここにいるよ」


 ユノが言う。


「明日だけか」


「明後日もいる」


「その次は」


「いる」


「その次」


「ガルド、面倒くさい」


「お前が先に面倒くさいと言ったんだろう」


「そうだけど」


 ユノが笑った。


 ガルドも、少しだけ息を吐いた。


 食事を終える。


 戦いのあとだからといって、暮らしが勝手に元へ戻るわけではなかった。


 乱れたものを戻す。


 使ったものを片づける。


 ユノが動けば、ガルドも動く。


「それ、そっちじゃない」


「どっちでも同じだろう」


「違うよ」


「何が違う」


「私が使いにくい」


「なら最初からそう言え」


「言わなくても分かってよ」


「無理を言うな」


 いつもの会話だった。


 少し前まで剣が向けられていたことが、嘘のようには消えない。


 ユノはときどき外を見る。


 ガルドも、物音がすればそちらへ意識を向ける。


 けれど、もうセドリックは戻ってこなかった。


 やがて夜になった。


 ユノが眠る支度をする。


「今日は早く寝ろ」


「ガルドもね」


「俺はまだ眠くない」


「昨日もそんなこと言ってた」


「昨日とは違う」


「どう違うの?」


「……違う」


「説明できないんだ」


「寝ろ」


「はいはい」


 ユノは横になる。


 ガルドもいつもの場所へ身体を伏せた。


 静かになった。


 昔、この静けさは普通だった。


 自分以外の音などなくても気にならなかった。


 腹が減れば食べる。


 眠ければ眠る。


 出かけたければ出かける。


 帰りを待つ者はいなかった。


 待つ必要もなかった。


 それで困らなかった。


 今は違う。


「ガルド」


「まだ寝ていなかったのか」


「明日、ちょっと外行こう」


「どこへだ」


「近く」


「それでは分からん」


「明日決める」


「なら明日言え」


「忘れるかもしれないから」


「忘れる程度なら行かなくていいだろう」


「そういうこと言わないでよ」


 ガルドはため息をつく。


「分かった」


「行く?」


「ああ」


「約束ね」


「分かったから寝ろ」


「おやすみ」


「ああ」


 少し間があった。


「ガルド」


「今度はなんだ」


「明日もいるからね」


 ガルドは目を閉じた。


「ああ」


 もう、それを確かめる必要はなかった。


「俺もいる」


「うん」


 今度こそ、ユノは静かになった。


 しばらくすると、寝息が聞こえる。


 ガルドはそれを聞きながら目を閉じる。


 人型にはなれない。


 明日になっても、その次の日になっても、たぶん自分はこの姿のままだ。


 それでいい。


 ユノの家族でいるために必要だったのは、別の姿になることではなかった。


 明日、ユノが起きる。


 何かを食べる。


 くだらない話をする。


 どこかへ行くと言い出す。


 そして、きっとまた帰ってくる。


 ガルドもそこにいる。


 それでいい。


 明日も、二人で暮らす。

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