13.
あーだこーだと言葉を練りながら、宿屋へと向かう道はどうにもいつもと違って見えて、奥で鬼が手をこまねいているような、そんな雰囲気で、メラちゃんに縋るような視線を向けても、彼女は不思議そうな顔して、私を見つめるだけ。私は何をしているのだ。
金を受け取ってくる、と宿屋を出て、女を連れて帰る。言葉にすると、あまりに屑の所業で、私を眼を覆いたくなる。
一つ大きく呼吸して、メラちゃんと共に部屋に帰ると、レヘルちゃんが先ず私を見つけて微笑んで、隣のメラちゃんを見ると真顔になった。
「……幻覚?」
そんなことを言って、まじまじとメラちゃんを見ると、眼を擦る。擦っても擦っても消えないメラちゃんに、レヘルちゃんは右手を向ける。
部屋のカーテンが不自然に揺れた。
「だめだめ!」
私は慌てて、止めに入る。
「やめてよ、ブネちゃん。幻覚を殺さないと。」
それは平坦な声。愛憎。醜悪。感情の全てから離れている。
「あれは現実。ほら、私たちが撃ち落としたドラゴンさんだよ。」
私がそう言えば、レヘルちゃんはメラちゃんをまじまじと見つめて、頬を紅潮させると、右手でパタパタと扇いた。
「ちょっと、ブネちゃん。そういうことは早めに言ってよ。恥かいたじゃん。」
「あー、うん。」
何も言えずに、眼を逸らす。
「……ど、どうも、この度、ブネリョトル様と婚約したへメラーです。」
メラちゃんが、早速いらないことを言って、私の肝を冷やすだけ冷やす。レヘルちゃんを見れない。どんな顔をしているのか、分かりたくもない。
「……どうして、両手があるか知ってるかな?ブネちゃん。」
やはり、声に色がない。
「それは勿論、食事とか、狩りとか色んな要因があると思うけども。」
「そうだよね、うん。決して、二人の恋人を一遍に抱く為なんて理由じゃないよね?そこは分かるのに、どうしてこんなことをするのかな?可笑しいよね?自分でもそう思うんだよね?」
立板に水。早口で捲し立て、私の心をごりごりと削ると、私はもう顔を上げられない。
「黙りだ。黙るんだ。あー、いつだってブネちゃんは都合が悪いと言葉を濁す。ずるい。狡い女。」
そう言って、レヘルちゃんは私に一歩近づく。視界の端に足が入る。
「……仕方ないんだ。これには訳があって。」
私はギルドでの一幕を語ると、レヘルちゃんは更に一歩。
「そうかも知れないね、仕方ないかもしれない。へメラーさんは背が高いし、かわいいね。好きだと言われたら、ブネちゃんは簡単に頷いちゃうもんね、私も好きですって、その心中はさておいて、さも事実のように語る。それが性だから。」
「それは違うよ。好きだとは言われていない。」
「なら、結婚しないでしょう。色々と無理があるって分かってるんでしょう?自分で。」
いよいよ、彼女は目の前に来て、私の胸部を服の上から撫でる。冷たい白い指で、微かに爪を立てながら。
「……わ、妾を見かねて助けてくれたんです。だいぶ断ろうとしていたのは事実で、妾が押し通したんです。」
虫の羽音にも及ばぬ、弱々しい声。
「肥えた牝豚は、黙ってくれるかな。色気を纏って、いらないことをする畜生。お前はお前で後で話を聞きますから、その時に口に開いて。」
言葉のナイフ。その切れ味は、人の心を深く刺す。
「……ひ、酷い。……でも、それがいけないんじゃないですか?」
「はい?」
「モ、モラハラ気質に、結婚してる訳でもないのにもう配偶者面して、更にはブネちゃんを自分のものかのように語る。き、嫌われて当然なんじゃないですか?」
レヘルちゃんが黙り込む。私はチラッと彼女の顔を見ると、口を僅かに、目を限界まで開けると、黒目だけが小刻みに揺れた。
「……そんなことないよね?」
瞬きなく、黒目がぎょろりと私を捉えた。
喉に唾が落ちる。
「どうして即座に頷かないの?ブネちゃん。」
乾いた喉。
「ごめん。」
私は無理やり、たった一言を捻り出す。
「ごめんってことは、少しはそう思ってるんだ。」
糸が切れた操り人形のよいに、だらんと脱力。大丈夫?と声を掛けようとすれば、ずいっと私を見上げるように動いて、私をベッドへ押し倒す。
「舐めてるよね、私を、普通に。ヘメラーさんだっけ?私が結婚するから、ブネちゃん殺していい?私のことを愛してるなら、先に相談したり、色々とあると思うんだ。別にね、私も殺したくはないけどさ、そんなことされたら殺すしかないじゃん。綺麗な思い出のままに、綺麗な身体にわたを詰めて、一生可愛いがってあげる。」
鼻と鼻が触れそうな至近距離。レヘルちゃんの目は澄んでいて、一片の汚れなく、あぁ、私は本気で殺されるんだな、とそう思えるものだった。
「……そ、そこまでしなくとも。」
私が痛いのは嫌だな、とのんびりと考えていると、メラちゃんの優しい言葉が降ってくる。
「あー、別にいいよ、メラちゃん。私が悪いんだし、とばっちりを受けてしまうよ、変に庇うと。私の愛する彼女が、代わって結婚してくれるらしい。」
「い、いや、妾から言っといてなんですけど、あの、流石に他人を見殺しにしてまで結婚しようとは思いませんよ。」
レヘルちゃんが、じろっとメラちゃんを見る。
「ほんとに?」
「あ、はい。」
破顔一笑。
「はい、言質とったぁーー!!ブネちゃんは私のものなんだよ、ばぁか!!」
ぐわんぐわんと、私の視界が揺れる。胴に手を回して、寄せたり離したり。
「あー、あー、やめてよぉー。」
首ももげてしまいそう。
「はい、これで結婚は白紙。」
「すると、私は?」
「殺さない。けど、次はない。」
私の首に手が添えられ、爪が立てられる。
「殺す。浮気したら殺す。私のものにならないなら殺す。その腕で私以外を抱いたら殺す。分かったかな?」
「……分かりはした。」
そう言って、目を合わせる。すると、私の首を絞める力が強まった。
「本当だからね。」
喉が閉まって、呼吸がまるでおぼつかず、肺が痛む。
「ぁわってる。」
何とか頷いた。
「はい、満足。」
彼女はそう言って、私を一度ビンタした。ばちん、と乾いた音。頬が痛い。
「で、あとはヘメラーさんの問題だね。結婚相手が見つからないなら、私たちと一緒に学校いかない?あそこさ、調べてみると今年、あの人もどきのニルバルも入学するらしいよ。ニルバルに勝てば、そんな馬鹿にされることもないんじゃない?」
「え、あっ、え。」
急な話の転換に追いついていない様子で、メラちゃんが私とレヘルちゃんを見る。
「というわけで、入学試験受けに行こっか、三人で。」
そう言って、何ごともなかったように、彼女は笑った。
一章はこれで終わりです。




