第二十五話
僕たちは、次の方向性を見いだせないままでいた。
ネットニュースの政治欄を見ては、かつての仲間(いや敵と言った方が正しい)の言動にいら立つこともあった。
なのに、僕はまだ動き出せずにいた。
――何が足りない?
情熱か、勇気か、それとも必然性か。
僕は、背中を押してくれる、最悪の事態を待っているのかもしれない。
「シンジュ!」
彼女は、いつもになく興奮してソファーで寝そべっている僕の所へやってきた。
後ろ手に持っていた物を、僕の目の前に出した。
僕は、慌てて座りなおして、それを受け取ってみたものの見方がわからなかった。
「陽性よ」
「陽性ということは?」
「妊娠したの。シンジュの赤ちゃん」
僕は、無理だと思っていたので、彼女にかける言葉がすぐには見つからなかった。
ただ僕は彼女の体を引き寄せて優しく抱きしめた。
「私、もう無理だと思っていたの。日本に戻っても全く生理もないし、妊娠できないと思っていたら、妊娠七カ月だと言われたの」
「七カ月だと言われた!?」
「あの時にもうできていたみたい…… 昨日産婦人科に行ってきたの」
彼女はうっすら頬を染めた。
「どうして一人で行ったんだよ。僕も一緒に行けたのに」
「だって妊娠じゃなくて、太っただけだったら、シンジュもがっかりするでしょう」
僕は、彼女のすこしふっくらしたお腹を撫でた。
「不食だからお腹もそこまで大きくならなくて、胎動もお腹の調子が悪いだけだと思っていたの」
――赤ちゃんか……僕の
「それで、順調だって?」
「うん。でも高齢出産だから気をつけないといけないって言われたの」
その時、呼び鈴が鳴った。
「僕が出るよ」
インターフォンに映った顔は、なんとシュリだった。
「シュリが来た」
僕は、まなにそう告げると、一階に駆け下りて玄関を開けた。
僕たちは、思いっきり抱き合った。お互いの体を揺さぶるくらいの強さで抱き合った。
――無事で良かった。本当に無事で良かった。
「元気だったか?」
二人が同時に同じことを言ったので、二人とも笑ってしまった。
「シンジュ、紹介するよ、僕の妻の……」
「あっ、とりあえず上がって。紹介は家の中でしょう」
僕は、シュリたちを家の中に案内した。
「まなさん、久しぶり」
「清田さん、ご無事でなによりです。いろいろとお世話になって、こんな立派な家まで準備して下さって、本当にありがとうございます」
「いえ、私の方こそ、まなさんやシンジュの力で、無事に釈放してもらえて、本当に助かりました。えっと、紹介しますね。妻の涼香、長男の時生、長女の愛歌」
シュリの奥さんが頭を下げた。
僕は思わず声をあげた。
「奥さん、もしかして、水生生物研究所の白石さん?」
「その節はお世話になりました」
「あー、やっぱりそうだ。二人はやっぱりそういう仲だったんじゃないか」
「えっと、あの頃は、まだそんな仲だったわけではないんですよ」
「えっ? だったらいつそうなったんだよ」
僕は、シュリを問い詰めてやった。
「そうなったと言われると、あれなんですけど……」
「だから、いつなんだよ」
「私が出版社に勤務してすぐに、彼女の本を出版することになって、そこで再会したんですよ」
僕は、顔をシュリに近づけて、もう少し踏み込んだ。
「それで結婚して、子どもができたということなんだ?」
「まあ、そういうことで」
「ふーん、全然話してくれなかったよな」
「シンジュは、眠っていたじゃないか」
「意識はあったんだ、全部話は聞いていたよ」
「えっ、そうなのか? もしかして、あの話も」
「あの話もこの話も全部聞いていたさ」
「そうか…… シンジュ、あの時は、本当に申し訳なかった」
「まあ、いいけどさ。もう済んだ話だし、こうやってまなとも一緒になれたことだし。ところで、結局裁判結果はどうだったんだ?」
「シンジュのデモのお陰で、無罪になれたんだ。本当にありがとう」
「それにしては、お礼に来るのが遅かったな」
「釈放はされたんだけど……」
「ん?」
「半年間の外星禁止と駅のトイレ掃除」
「は? シュリがトイレ掃除!」
僕は笑いをこらえることができなかった。
「なんだよ」
「いやいや、でもよかったよ。半年も連絡がないから、有罪になったのかと心配していたんだ」
「すまない。早く会ってお礼を言いたかったんだけどな。それより、まなさんのことが、大変なことになっているんです」
「えっ、追手が地球まで来るの?」
まなは、びっくりして僕の方へ体を寄せた。
「いえ、そういうのではありません。メディアがまなさんの歌を放送したものだから、コノハナのファンたちが『コノハナ』をもう一回見たいと、連日テレビ局が人であふれているんですよ」
「私が地球人だということは、バレていないの?」
「コノハナは、シークレットシンガーだったから、そもそもどこの誰かも知らないんですよ。ところで……」
シュリは、リビングの様子を見回してから言った。
「シンジュは、政治の道に戻らないのか?」
「シュリ、意味深な書類を残しただろう。戻れってことなのか?」
「気付いたか?」
「気付くだろう。金庫の中に大事にしまってあるんだから」
「まなさんのジャーナリズムか、シンジュの魂か。あの資料を見たら、うずうずし始めるかなと思って置いておいたよ。まだ、動き出していないようだな」
「どこから攻めていこうかと思っていたんだが……」
「思っていたんだが?」
シュリは、僕の目を真剣に見つめている。僕は、隣にいたまなを抱き寄せた。
「実は、子どもができたんだ! 今妊娠七カ月」
「それは、めでたい! 良かったじゃないか、シンジュ」
「でも、まだ心配もあって」
「心配? お金は十分あるだろう?」
「いや、お金の心配じゃなくて、まなの……」
「私が高齢出産だから……」
「まなさん、それだったら大丈夫よ。私も二人目は49歳で出産しているから。一人目は、日本で出産したけど大丈夫。不食の体は、回復も早いわ」
「そうなのね。安心したわ」
まなとシュリの奥さんは、二人で細かなことを話し始めた。僕は、シュリと男同士の積もる話を始めた。
「しばらくは、二人とも子育てに専念というところだな」
「……」
「シンジュ、どうした? 違うのか?」
「いや、ちょっと別のことを思っていたよ」
「別のことを始めるのか?」
「オリジン装置を起動したときにみた映像のことが気になっているんだ。その時に言った言葉が、『私一人が犠牲になれば済む話だ。彼らを解放しろ』『そういう運命なんだ……』そう言ったんだ」
「……シンジュ、本当に運命なのか? 運命だと思い込んでいるだけだ。シンジュは犠牲の魂なんかじゃない」
「犠牲の魂? なんだよそれ」
「眠っている時に、私とアディルとの話を聞いていなかったのか?」
「何の話だ?」
「その話は、聞いていなかったのか? 聞いていないなら、無かったことにしてくれ」
「は? 無かったことにできるわけがないだろ? いいから話してくれ」
シュリは、話すのを渋っていたが、話し始めた。
「確かなことではないんだ。アディルも人から聞いた話だと言っていたから、あまり気にするなよ。主導者の魂は、別名『犠牲の魂』とも呼ばれている。自分を犠牲にしてでも守るという魂だと言うんだ。でも私は、運命なんかは信じない。思い込みが現実を引き寄せているだけだ。だから、シンジュ、引き寄せるな!」
「そういうことなら、僕は大丈夫だ、心配いらないよ」
僕は、シュリを安心させるためにそう言った。
シュリには話さなかったが、もう一つ、実は気になっていることがあった。
それは、まながコノハナのあの歌を歌った日に見た僕の過去の映像のことだ。
その映像は、あまりにも鮮明で、現在の東京よりも新しい街並みのように思えた。歩道を行き交う人々の服装は色とりどりで皆楽しそうに歩いていた。彼らの話す言葉は、日本語だったので、そこは間違いなく日本だろう。過去の映像をみる装置であれば、いつの時代だと言うのだろうか? いや、もしかすると未来を映し出していたのだろうか? 僕はその映像を思い出すたびに、不思議な感覚に陥っていた。
シュリが帰った直後だった。
「シンジュ、大変よ。浅間さくらさんが逮捕されたんですって」
ネットニュースを見ていたまなが、大きな声で言った。
「ほらっ、ミステリー作家で、美しき星の魂の人よ。情報安全法に触れ逮捕ですって」
「情報安全法? そんな法律があったのか?」
「新しくできたみたい」
「僕のいない間に……」
「どうしよう。彼女を助けないと」
「あいつら余計な法律を作りやがって、許さん!」
僕は、ソファーから立ち上がろうとして、急に目の前が真っ白になった。
あっ、これは、あの時の映像の続きだ。
街ゆく人々が、指をさしている方向を見た。僕とまなは、そこにいるはずなのに、宇宙船から降りてきたのは、僕とまなだった。
景色が揺らいだ。
コンクリートの街並みが、いつの間にか消えていた。
土の匂いと、風に揺れる草の音。
二人の後ろには、雲の隙間から光が差し込み、まるで日本の神話の世界に入ったかのようだった。
「皆々よ。この歌を授ける。私たちが歌うこの歌を、後々の世まで響かせ、大地を守り、食べ物を守り、人々を守り、そして地球を大宇宙の一員とするために続けるのです。
私たちを崇めてはなりません。
あなた方一人一人の魂に、この歌を刻むのです。
光は、与えられるものではない。
あなた方の中から、生まれるものです。
主導者を求めてはなりません。
――責任を、取り戻しなさい」
僕と、まなは、その歌を歌い始めた。
その響きは、荘厳の中、光が差し込むような和音、笙の音色がどこからか聞こえてきた。
歌い終わった二人は、色とりどりの美しい光の中へ消えていった。
その姿を見て、まなが言った。
「まるで、真珠みたいな光ね。シンジュって、不思議な名前」
まなはそう言って、ふっと笑った。
「真珠、か……」
僕は、その言葉をゆっくりと転がした。
なぜか、懐かしい気がした。
外から与えられる光じゃない。
内側で、時間をかけて生まれる光。
――その歌は、今もこの星で歌い継がれている。
それはまるで、静かに光を育てるように。
おわり
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