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【FRE×雷鳴】業火ノ誓イ  作者: 九条智樹
サンダー・アストレイ
2/19

第1章 世界の交差 -2-


「うーん、こんなものかにゃあ」


 軽く汗を流しながら、それでも軽やかに鹿島(かしま)メイは言った。

 ツーサイドアップに結われて動物のしっぽのように揺れる、艶やかで美しい銀髪が特徴的な少女だ。足に纏った鎧の脚部にも似た金属製のブーツもまた、彼女を象徴するものである。


 ホワイトとブルーをメインカラーにしたブレザーを羽織り、腰にはきわど過ぎるくらいミニに改造されたスカートを穿いて、大きくはだけさせた胸元には水色のリボンが垂れている。――すなわち、天佑高校の制服である。


 場所は、天佑(てんゆう)高校の鍛錬場だ。


 ソレスタルメイデン――天装(てんそう)を用いて市民を護る者――を育成する為の学校に設けられた施設。主にプロの資格を持った者とその見習いと認められた者が使用する為、本格的な戦闘にも耐え得る特殊な建屋である。

 朝の一時間目の授業が始まる前の日課として、彼女はこうして自分の受け持った見習い(、、、)に特訓をつけていた。


 そして。



 汗にまみれて息を切らした高倉柊哉(たかくらしゅうや)は、冷たい床の上で大の字に寝転がっていた。



 どこか柔らかな印象を持った、中性的な少年である。こうして汗だくになっていなければ、それなりに爽やかに見えたかもしれない。


 メイとほぼ同じデザインのブレザーの上着を投げ出し、長袖のシャツを粗雑にまくりネクタイも取っ払っている。しかしそれでも汗は止まらず、下に着ているシャツは汗を吸って色が濃くなっていた。


「お疲れさま、でした……」


 柊哉にはそれ以上、言葉を続ける余裕はなかった。乾いた喉はくっついて、息をするだけでも痛い。どうにか息を吸っても、肺が膨らんでいる気が全くしなかった。


「しっかし鈍り過ぎだよ、ミー君」


 メイは呆れたようにため息をつく。同時に、足に纏った闇色の鎧にも似たブーツを打ち鳴らして、柊哉を責める言葉に変えた。

 漆黒の宵闇に浮かぶ星のように、流線形のフォルムのブーツに金の細工が輝く。

 そのブーツこそ、彼女の武器である王族神器が一つ――雷帝・建御雷タケミカヅチである。


「中学時代の方が強かったんじゃない?」


「それは、お前が、強くなっただけだ……っ」


 どうにか返しながら、柊哉は手に握った刀を杖代わりにして立ち上がる。

 漆黒に塗られた、白木造りの直刀だった。その拵えの下で、雷の刃とでも呼ぶべき刀身が煌めいている。

 国宝級の名刀と並んでいてもおかしくないような、洗練された美しい輝きを放つこの刀もまた王族神器の一つ、建御雷と対を成す雷帝・布都御魂フツノミタマだ。


「ようやっとミー君が過去のトラウマから立ち直ったというのに、その実力がこれくらいじゃあねぇ……」


「うるさいよ……。これでも、肉体的な動きだけなら前より上がってるんだよ……」


「まぁそれは認めるけれどね。――は!」


 そこまで言って、メイは何か妙案――経験上、柊哉にとっては九分九厘どうでもいいこと――を閃いた様子だった。


「ミー君は頑張ってるし、ここでメイちゃんからご褒美のチューを――」


「あ、認めてくれなくていいです」


「その即答は傷つくよ!?」


 さらりとメイのラブコールをスルーして、柊哉はようやく自分の足で立つことに成功する。涙目でメイがこっちを見ているが、そんなものは気にしない。


「……ミー君のししょーとして、キスを強要するのはアリだろうか」


「ナシに決まってるだろ、セクハラパワハラ銀髪野郎」


 酷いあだ名だ!? とメイがショックを受けているようだが、セクハラ自体は事実なので柊哉に訂正する気はなかった。


「しかし、実際にここまで衰えてるか……」


 柊哉は布都御魂を握り締めた瞬間に走った痛みに、嫌でもそれを実感させられた。

 手にはいくつもの肉刺(マメ)が出来で、しかも潰れて皮も剥けている。これは努力の証では決してない。


 三年前の柊哉であれば、もうそんな肉刺(マメ)が出来ないほど手の皮は固くなっていた。それだけ幼い頃からずっと刀を握り続けていたのだ。

 だが三年前のある事件がきっかけで、彼はソレスタルメイデンを目指す道を諦めかけていた。刀剣の王族神器に対して、途方もない恐怖心を抱くようになっていたからだ。

 おかげでただの刀の天装すら握ることに怯え、いつしか掌の皮は少年らしい柔らかいものになってしまったのだ。

 この手の肉刺は、その恐怖と怠慢の証だ。


「痛そうだね」


「まぁ、それなりにな」


「……痛いの痛いの飛んでけって、効くのかな」


「この歳で俺にそれをやったら、飛んでった痛みはお前の脳天にぶち当たるからな」


 脳天チョップの予告に、メイはさっと頭を押さえていた。まだ自分で何も言っていないのだから、流石に柊哉でも叩きはしないが。


「……ミー君、冷たくなったね」


「元からだろ」


「倦怠期というヤツ?」


「寝言は墓場で言え」


「どうやって!?」


 柊哉は適当に言いながら、布都御魂を鞘に納めた。


 ――その瞬間だった。


 太いワイヤーを引き千切ったみたいな、酷く耳障りな破裂音がした。

 同時、真っ白い光が柊哉の視界を奪う。眼底を突くような閃光は、実際の光というよりも人に認識できない別の何かを脳が『光』と誤認したような、慣れず不思議で不快な感覚だ。


「何だ……ッ!?」


 そう言いながら反射的に閉じていた瞼を柊哉はそっと開ける。



 そして、十メートルほど先に、少年と少女は降ってきた。



 どさっ、と腰をしたたか打ちつけた様子で二人は落ちてきたのだ。「いたた……」と言いながら、二人は腰やら背中をさすりながら立ち上がっているのだから、それはきっと見間違いではないのだろう。

 そのあまりに非現実的な様子を、柊哉もメイもただぽかんと眺めるしかなかった。


 少年の方は、凛々しさと無気力さが混じったような不思議な印象だった。しかし、歴戦の手練れのような恐ろしいほどの重圧(プレッシャー)を、柊哉の肌は痛いほどに感じ取っていた。


 一方、少女の方は圧倒的なまでの美貌を誇っていた。その美しい金糸のような髪は、それだけで十分に芸術的だ。だがその美しさの裏に、やはり少年と同様の力も感じる。こちらから感じる強さは少年よりもやや小さいものの、鋭さは数段上だ。


 そしてその二人はパチパチと何が起きたのか理解できていない様子で、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 しかし、何が起きたか理解できていないのはこちらも同じだ。


「……これはアレだね。『親方! 空から女の子が!』ってヤツだね!」


「馬鹿なこと言ってる場合じゃないだろ」


 そんなやり取りをしていると、その二人はこちらの様子に気が付いた様子だった。

 そして、同時に身構えていた。

 柊哉やメイを警戒している――どころではない。

 この二人の構えは、完全なる臨戦態勢だ。


「ちょ、何で身構え……」


 言いかけて、柊哉は気付いた。

 今の柊哉は、布都御魂を鞘に納めている。その動作のままで固まっているのだ。

 これをたったいま現れた彼らは、どう捉えるだろうか。


 ――問うまでもなく、『突然現れた不審者を排除すべく、鯉口を切ろうとしている』に決まっているだろう。


「あちゃー、この一触即発の空気はもうダメだね」


 メイは呆れたように言いながら、カッとブーツを打ち鳴らす。


「たぶんわたしたちが『戦う気はない』って言いながら手を振るだけでも、向こうは戦闘開始の合図だと誤認するだろうね」


「マジか……」


「だからここは、ソレスタルメイデンとして二人を制圧するしかないね。大方、移動系の天装の暴走に巻き込まれたのかな。まぁ天佑高生に見えないし、事情聴取は必須だろうね」


 メイの提案は一見物騒ではあるが、それを柊哉は止める気になれなかった。それだけ、二人から感じる威圧感は常軌を逸しているのだ。


「ふっふふーん。ミー君との甘い二人っきりの時間を壊した罪は、その身で償ってもらおうかにゃあ!」


「……何が何だか知らないけれど、とりあえず私は弁当がぐちゃぐちゃになって機嫌が悪いの。そのアホみたいなツインテール引き千切るわよ!」


「「戦う理由はそこじゃないだろ!?」」


 金髪と銀髪の少女が殺気立っているのを見て、二人の少年はツッコむ。

 とは言えメイはボケで言っているのではなく、半分以上は本気のようだ。このまま下手に手を抜けばメイに殴られるのは目に見えているので、柊哉は手を抜けない状況になったわけだ。

 しかし元々手を抜けやしなかったことを、柊哉は遅れて気付かされた。


(構えはデタラメだけど、隙がほとんどない……っ)


 柊哉は額から冷たい汗が滴るのを感じた。

 まだ見習いの天佑高生とは言え、柊哉も戦闘経験がないわけではない。鍛錬にかけた時間だけなら同級生はおろか上級生にも負けないと自負しているし、実戦も三度ある。しかも、そのどれもが自分よりも強い者が相手だった。


 だが、突如現れた二人はそんなレベルを超えている。

 訓練をしたようには一切見えないが、代わりに自分を遥かに凌ぐ『実戦の経験』があるのだろう。


「アンタたちを倒して、私は大輝の口に弁当をねじ込むわ」


「俺には味方がいねぇのか!?」


 敵(仮)の二人はそんな調子で言い合いながらも、その身体から真っ赤な炎と、青白い閃光を迸らせていた。

 これはおそらく、どこかに隠し持っている天装の力だろう。


 天装というのは、シミュレーテッドリアリティと呼ばれるこの世界を構築する演算の世界にハッキングし、その情報を改竄して現実すら書き換えると言う、超常現象を再現した武装だ。

 炎や電流を操るなんてあり得ない現象を起こしているなら、それはこの時代においてほぼ間違いなく天装の仕業である。


「――ビビってる場合じゃないでしょ、ミー君」


 相手が只者ではないと分かった瞬間からわずかに臆していた柊哉を叱責するように、メイは前に踏み出した。


「わたしたちソレスタルメイデンは、どんな状況であっても負けちゃいけないのだよ。――そして、何よりも負けられない理由がここにはある」


 ぐっ、と拳を握り締めてメイは吠える。



「金髪とか、わたしの銀髪とキャラ被ってんじゃん!」



 ……凄くどうでもいい理由だった。


 だがメイは本気らしく、足に纏った建御雷から紫電を迸らせている。天装の中でも最上位の価値と性能を誇る王族神器の力となれば、漏れ出たその紫電だけでも相当な威力である。

 しかし、それを前にしても二人が怯んだ様子はなかった。


「行くわよ」


 金髪の少女が、前に飛び出す。

 常人ならざる加速。それは、建御雷によってリニアの加速を得るメイと同等さえ言っていいだろう。

 とっさに防御に出たメイの建御雷と、彼女の繰り出した蹴りが激突する。


「――ッ!」


「金属を纏った脚に蹴りを打ち込むなんて、もしかしてお馬鹿さんなの?」


「うっさい! 馬鹿みたいな喋り方してるアンタに言われる筋合いはないわ!」


 そのまま二人は襲撃の応酬を始める。しかしメイは鎧を纏っているが、金髪の少女はただのローファーとニーソックスである。金髪の少女が勝てるわけがない。


「あぁもう! 痛いわよ、チクショウ!」


 何度か弁慶の泣き所を打って涙目になりながら、彼女は左手を振るう。

 同時、槍のように電撃がメイの身体を射貫いた。


「――ツぅ……ッ! さすがのメイちゃんも、今のは堪えたにゃ……」


 しかし、それを受けても彼女に感電した様子はなく金髪の少女へと追撃を仕掛けていた。

 通常、ソレスタルメイデン達は主力天装と補助天装と呼ばれるものを併用して戦う。

 主力天装とは、柊哉の握る布都御魂やメイの纏う建御雷のような、文字通り主力で使う天装である。


 一方補助天装は、使用者の身体能力を上げる為の天装だ。柊哉の耳のイヤリングでもあるV型の補助天装では、動体視力の向上をメインに、筋力や肉体の防御力もある程度底上げされている。これがなければ、天装という危険な武装を持った相手と戦うことは出来ない。


 メイの使用する補助天装はリボンの形をしたA型――万能に筋力、防御力、感覚器官の性能を向上させるものだ。たとえ落雷をその身に受けても、大きな怪我を負うことはない。とは言え痛覚が遮断されるわけではないので、激痛であることには変わりないのだが。


「ちょーっと、メイちゃんも本気を出すよ」


 こめかみ辺りに青筋を浮かべたメイが、ふわり、と宙を舞う。

 美しく脚で半円を描きながら、彼女はバチバチと紫電を撒き散らす。――あれは、落雷級の一撃を起こす気だ。


「おいバカ! そんなもん喰らわせたら死んじまうぞ!?」


「あー、大丈夫だよ」


 容赦ない一撃を繰り出そうとするメイを叱責する柊哉に対し、金髪の少女の味方である少年は随分と余裕だった。


「俺たちに、自分の掌握する力は効かねぇから」


「な、何を言ってるんだ!?」


 このままじゃ彼女は死ぬぞ、と柊哉が食ってかかろうとしている間に、既にメイの建御雷は臨界点に達していた。


「行くよ、建御雷!!」


 メイが脚を上げ、一瞬で振り下ろす。

 真っ白い閃光があった。

 補助天装で動体視力を上げている柊哉でも、その動きを捉えることは出来ない。雷速など、いくら補助したって人の身で認識できる速度を逸脱している。


 その閃光に視界を奪われ、遅れて爆風が吹き荒れる。鼓膜を叩きつけるような衝撃に、酷い耳鳴りがして聴覚も阻害される。

 これだけの衝撃だ。後には塵一つ残さずに――


「――正直、驚いたわ。これ、レベルSクラスの電撃じゃない」


 だと、言うのに。

 その爆心地から、声はした。

 宙に浮かんだままのメイも驚愕の色を隠せずにいる。当たり前だ。今の一撃は、本物の落雷を遥かに凌ぐ電圧を持った、破壊の槍だ。それを受けて、無事で済むはずがない。


 ――しかし。

 煙が晴れたとき、そこに立っていた金髪の少女は、傷一つ付いてはいなかった。ただたださっきまでと変わらず、うっすらと余裕にも似た笑みさえ浮かべていた。


「もうここらでいいだろ、柊」


 そこまでずっと傍観していた少年の方は、ようやく呆れたように彼女を制止した。


「これ以上本気でやりあったら、この建物が保たない。ストレス発散なら済んだろ? お互い、そろそろ穏便に済ませようぜ」


「……分かったわよ」


 さらに追撃を仕掛けようとしていた金髪の少女だったが、少年の言葉で闘志を収めた。多少なりとも、彼の判断を正しいと思ったのだろう。


「その言葉で、わたしが見逃すと思っちゃう?」


 しかし、一方的にダメージを喰らったままのメイは青筋を立てたまま引き下がる気配はない。完全に、頭に血が昇っている様子だ。


「……じゃあ、俺とやるか?」


 その言葉と同時、彼と相対していたはずの柊哉は吹き飛ばされた。柊哉は一瞬、分厚い板か何かを叩きつけられたのかと思った。――だが、違う。

 少年はただ、全身から紅蓮の業火を滾らせているだけ。ただそれだけだというのに、炎で熱せられた空気が弾け、分厚い壁となって周囲を圧迫したのだ。


 眼底を突くような紅の火炎だ。溢れ出る熱は近づくもの全てを拒絶する、絶対の障壁と化している。

 自分と彼との間に、絶望的なほどのスケールの差があることを思い知らされる。柊哉程度じゃ、到底太刀打ちできないことは明白だ。


 だが、それでも。


「――ッ」


 柊哉は布都御魂を握り締めて、切先を炎の少年に向けていた。

 足は竦んでいるし、彼のあまりの力に怯えているのか、額から出る冷たい汗は止まらない。布都御魂の切先が揺れるくらいに、彼の手先は小刻みに震えている。

 それでも、戦意を失うわけにはいかなかった。

 もしも、彼がメイを傷つけようとするのなら、自分が盾になってでも彼女を護らなければいけない。彼女を護ると、柊哉は誓いを立てたのだから。


「……悪かった」


 しかし、その柊哉の姿を一瞥した炎の少年は、猛る紅蓮の業火をふっと消し去ってしまった。


「あまり喧嘩腰になるものじゃねぇよな。お前とやりあったら、流石に俺もタダじゃ済まねぇだろうし」


 そう言いながら、そのまま素直に彼はホールドアップした。


「悪いけど、こっちは今の状況がさっぱり呑み込めてねぇんだ。そのお前らのおかしな武器? もよく分かってねぇ。つーわけで、説明を頼めるか?」


「……まぁ、こっちも君たちには訊かないといけないことが山ほどあるしねぇ。しょうがない、ここは休戦と行きますか」


 そう言って、メイも建御雷に纏っていた紫電を消し去り、地面へと降り立つ



 こうして、二つの世界は交わった。



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