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隻眼公爵と魔眼泥棒の花嫁  作者: 千山芽佳


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1/10

魔眼泥棒

 

 その日、ウィザー王国に衝撃が走った。


『大変だ! 公爵閣下の魔眼が盗まれている!』


 世界最強の魔法術師と謳われるライリー=ウィストン=バークレー公爵。

 その公爵が何者かの手によって、右目を抉り取られてしまったのだ。


 公爵から魔眼が奪われたことはすなわち、国防の要が失われたも同然である。


「なんとしてでも探し出すのだ!」


 国王はこれを重大事案と位置付け、国をあげての大捜索が始まった。




          ***




 ウィザー王国の空は金のヴェールに包まれていた。


 候爵家の広大な庭にある四阿で、ぼんやりと椅子に座りながら空を見上げる。


 子爵家の令嬢で、闇の魔術師であるリュシカ=スペンシア。

 魔術学校を卒業したばかりの彼女は、侯爵家の侍女として雇われていた。


「先程からリュシカは何を見上げてますの?」


 テーブルを挟んで首を傾げているのは、雇い主である侯爵令嬢コーデリア=バルモントだ。


「私の話はつまらなかったかしら?」

「ええまぁ、相変わらずコーデリア様の婚約者はヘタレだなーと思いました」


 リュシカの失礼な物言いにも、コーデリアは肩を震わせて咎めることはない。


 リュシカの1つ年上のコーデリアとは、友人関係の方が長いせいか、つい侍女らしからぬ言動を取ってしまう。


 対して後ろに控えるメイド達は、頭を寄せてひそひそとリュシカの陰口を叩いていた。


「あなた達、下がりなさい」


 『黒魔術師』という差別用語がコーデリアの耳にも届いたのか、リュシカからメイド達を遠ざけてくれた。


「気にしてませんよ。闇の魔術師は嫌われ者ですから」


 コーデリアは表情を曇らせ、差別を容認してはいけないと諭した。

 そして話を元に戻す。


「それで、何を見ていたの?」

「天気が良いので守護壁を見てました」


 リュシカは空を指差した。  


「守護壁には花の紋様があると聞くわ。さぞや壮観で美しいのでしょうね。私にも見えたならあなたのように空ばかり眺めていたわ」


 魔法で作られた守護壁は、魔術師であるリュシカには光の層となって見えるが、魔力を持たないコーデリアにはただの青空でしかなかった。


「たしかにリュシカの魔眼もいつもより美しく見える気がするわね。特に右目は黒いヴェールが光に反射し、まるで黒曜石のよう……」


 リュシカの瞳をうっとりと見つめるコーデリア。


 闇の魔術師であるリュシカがコーデリアと友人になれたのは、一重に彼女が美しいもの好きで、リュシカの魔眼を気に入ったからであった。


 羨望と恍惚の表情でうっとりと見つめられる。


 彼女は純粋に魔眼を褒めたのだろう。

 しかし魔法師や魔術師にとって、魔眼への羨望は小さな警戒を抱くものであった。


「魔眼と言えば、公爵閣下の魔眼はまだ見つからないそうですよ」

「ええ。一体どこへいったのかしら……」


 一月前、世界最強の魔法術師であるウィストン公爵の魔眼が盗まれたという衝撃の一報が王都を駆け巡った。


 魔眼とは、魔法師や魔術師が持つ魔力の源である。


 魔眼を失えば魔力が枯渇して、最悪死に至る場合もあった。


 しかし国の全域に保護魔法をかけるほど、規格外の魔力を持つ公爵には当てはまらなかった。


 空を見上げれば、見慣れた守護壁はいつも通り、金色に輝いて人々の暮らしを守っている。


 幸い公爵の魔力が膨大だったので、片目でも保護魔法は維持され、国防に影響はなかった。


「公爵閣下は諦めてバークレー領に引き払ったそうよ。陛下は未だ血眼になって探しているようだけど」

「それは犯人の存在そのものが脅威だからじゃないですか? 世界最強の魔法術師から魔眼を抜き取れる者がいたんですから」

「なるほどね」


 ほとんどの魔法魔術師は、公爵が魔眼を失ったと聞いても、それが現実に起きたことだと思えなかった。


 それだけ彼の魔力は他を寄せつけず群を抜いていたのだ。


「それなら魔術師のリュシカは犯人がどうやって魔眼を盗んだのか分かって?」

「どうでしょう……。閣下の魔力量から考えて、魔眼に触れただけで燃えカスになりそうなので容易ではないはず……」


 リュシカは敢えて返答を濁した。


 世界最強の公爵を負かして魔眼を盗むのは不可能である。

 しかしその不可能が起こってしまった。


 複数の術師による犯行や、国家規模の攻撃も視野に入れて捜査をしていると聞く。


 ちなみに、公爵は魔眼が盗まれる前に突如気を失い、『気づいたら盗まれていた』と証言しているそうだ。


 一体、どこの誰が、どうやって公爵を気絶せて魔眼を盗み得たのか?


(そんな方法があるのは闇の魔術師が使う呪いだけ)


 リュシカは心の中でそう断言した。


「リュシカ、どうかして?」 

「ええと、今月は生活がカツカツなので帰りにお菓子を持ち帰りたいな~と」

「もちろん。包ませるわ」


「ありがとうございます」と礼をして気を引き締める。


 ただでさえ闇の魔術師は世間から爪弾きにされているというのに、公爵に害をなしたとなれば、今以上の風評被害で肩身の狭い思いをするはず。


(仕事に支障を来すのは勘弁して欲しいわ)


 だからコーデリアには話さなかった。

 彼女まで闇の魔術師を忌避し出すのは避けたい。


 なぜならリュシカの生家であるスペンシア子爵家には、膨大な借金があった。


 リュシカは優秀な魔術師であったが、借金によりキャリアを積むことを断念し、衣食住が確保されて給金の高い侍女という職を選んだ経緯があった。


「リュシカは公爵閣下にお会いしたことはある?」


 コーデリアの唐突な質問に、「魔術学校で遠くから見たことがあるくらいです」と首を傾げながら答えた。


 貧乏子爵家のリュシカより、侯爵家のコーデリアの方が会う機会なら断然ありそうだと思ったからだ。


「私と同じね」

「そうなのですか?」

「公爵閣下が人前に姿を見せないのは有名な話よ。私も公式行事で遠くから眺めるだけ。それでもあの瞳は、一度見たなら忘れることができない芸術だわ」


 コーデリアは扇子を力強く握り、わなわなと体を震わせた。


「ああ……! 遠くからでもわかる唯一無二の七色の輝き! この世のものとは思えない存在感にどんな宝石よりも美しく人の心を奪っていく。ずっと眺めていたいほどに……!」


 コーデリアの豹変に若干引きながら、「たしか閣下は人付き合いを好まないとか」と、話を続けた。


「ええ。容姿も整っていらっしゃるのに婚約者も恋人も作らないなんて勿体ないわ」

「たしかにあの魔力量は後世に伝えるべき遺産なので勿体ないですね」


 リュシカはコーデリアとは違う魔術師視点から、公爵の結婚問題を憂慮した。


 コーデリアは扇子を広げ、前のめりになって声を潜めた。


「ここだけの話、令嬢の中には閣下の魔眼が盗まれて喜んだ者もいたとか」

「ええ!? どうしてですか?」

「隻眼となった公爵閣下の身の回りのお世話が出来る絶好の機会ですもの。それだけ公爵閣下には近寄る隙がないのよ」

「な、なるほど……」


 婚活事情に疎いリュシカは、そんな令嬢達の事情に驚いた。


「陛下も公爵閣下の結婚を望まれているでしょう? この機会にお妃選びも進めているそうよ」


 コーデリアの話では、すでに名家の令嬢が何名か公領へ向けて発ったらしい。


 片目を失った公爵の【代読係】としてーー。


「片目を失ったのに婚約者も選ばないとなんて、閣下も大変ですね~」

「……あなたって異性に全然興味がないわよね。年頃の令嬢なのに浮いた話もないし」

「婚約者ならいましたよ。前に話したじゃないですか」

「【消えた花婿】のこと? それはあなたの夢で現実ではないでしょう?」


 その夢とは、借金返済に追われたリュシカが、極限の精神状態の中で作った、大金持ちの花婿に救ってもらうという都合のいい妄想(シンデレラストーリー)である。


 コーデリアはリュシカの話を思い出したのか、扇子に隠れて肩を震わせていた。


 笑い続けるコーデリアに口を尖らせて、プイッと顔を背けた。


 再び空を見上げる。


 空には金のヴェールに花模様の魔方陣が連なり、太陽の光で反射して実に美しかった。


(人嫌いでもこうして人々の暮らしを守ることに力を使うんだから、尊敬する)


 公爵の膨大な魔力と知識は、決して誰かを苦しめて侵すためではない。

 いつだって迫り来る理不尽や脅威から、人々を守るために振るわれてきた。


 奪う力ではなく、護る力。


 それは闇の魔術師であるリュシカにはない力だった。 


「あら、なんの音かしら?」


 屋敷の方からガチャガチャと甲冑の音がして、リュシカも振り返った。


 コーデリアの父親であるバルモント侯爵を先頭に、長いローブを被った宮廷魔術師と騎士団が列になって物々しく現れた。


 珍客の訪問に二人は驚きながら椅子から立ち上がった。


「お父様、どうかなさったのですか?」

「コーデリアはこちらへ。そこの黒魔術師から離れなさい」


 コーデリアの父は、闇の魔術師が侍女であることを快く思っていなかった。

 結婚前の娘に、よくないイメージがついては困るのだろう。


「コーデリア」

「……」


 互いに顔を合わせ、リュシカが頷いた。

 そして呼ばれたコーデリアだけが戸惑いながら父親の元へと戻った。


 それを待っていたかのように、騎士たちは甲冑を鳴らしながらリュシカを包囲した。


 咄嗟に両手を構えるが、魔方陣を発動する前に地面から蔦が伸びて両手を封じられる。


「ーーなっ!」


 蔦を出した魔術師の胸には、見覚えのあるブローチが付けられていた。


 魔法師及び魔術師管理捜査機関、通称【魔捜】である。


「フハハハ! ようやくお前の悪事を暴く時が来た!」

「あ、あんたはーー」 

「覚悟しろ! 花婿殺しのリュシカ=スペンシア!」


 目の前で大仰にフードを外して顔を露にしたのは、リュシカが魔術学校で嫌がらせを受けた粘着質な同窓生、スナーフだった。


 リュシカは腕を拘束されながら、先程スナーフが言った花婿殺しという物騒な言葉に反応した。


 (まさか例の呪術がバレた!?)


 コーデリアをチラリと見ると、彼女も顔面蒼白で表情からは焦りが窺える。


 リュシカは過去にお金のために依頼を受け、呪詛で花婿を再起不能にしたことがあった。


 その手伝いをしてくれたのがコーデリアである。


 不安そうな彼女に、僅かに首を横に振って何もするなと伝える。


 (コーデリア様だけは守らなきゃ……!)


「焦っているなー。図星か?」


 コーデリアに対する想いが顔に出てしまったからか、スナーフは勝ち誇ったように片方の口角を上げた。


「こいつを連行しろ!」


 そうして高らかに叫んだのである。


「【ウィストン公爵閣下の魔眼を盗んだ疑い】でな!」


「…………なんて?」


 意気揚々と人殺し扱いしておいて、花婿の話はどこへいったのか?


 世界最強の魔法術師であり王家の血を継ぐライリー=ウィストン=バークレー公爵。


 そんな偉大な人物から魔眼を盗んだ疑いで、なぜか一介の魔術師であるリュシカが連行されたのであった。



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