第32話 王族失踪事件
先先代の王には側妃がいた。
先王は父の側妃と関係を持った。
許されない関係だった。
その間に、一人の子が生まれた。
先先代の王は激怒した。
しかし、子を殺すことはしなかった。
先王は跪いて許しを請い、子の存在を隠すことを誓った。
子は王宮から遠ざけられた。
先王の命を受けた養育係が、王族の末席の子として育てた。
王位継承権は第二十位——有名無実の順位だった。
その子の名はシオン。
この秘密を知る者は限られていた。
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養育係はシオンを一人にしなかった。
騎士は幼馴染だった。
養育係が引き取った騎士の家の子で、物心ついた頃からシオンと共に育った。
主従ではない。
兄弟のような関係だった。
斥候は養育係が手配した護衛だった。
シオンの素性を「王族の末席」とだけ聞かされ、護衛兼世話役として仕えた。
長い年月を経て、それは本物の信頼になった。
シオンが宮廷を離れて冒険者になると決めた時、騎士は迷わずついていった。
斥候もまた従った。
護衛の任務として——だけではなく。
冒険者ギルドに登録する際、ギルドは魔術師を護衛兼監視役として紹介した。
貴族出身の新人には、経験者をつけるのが慣例だった。
さらに王宮からの依頼で、薬師が一人加えられた。
こうして最初から五人のチームが組まれた。
しかしシオンは、薬師が王宮からの依頼であることを知らない。
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暗部は王家にとっての目と耳だった。
王位継承権を持つ者への監視は通常業務にすぎない。
王位継承権第二十位——有名無実の順位であっても、監視対象であることに変わりはなかった。
シオンが冒険者として登録する際、王宮からギルドに一つの依頼が届いていた。
指定された薬師を、シオンのチームに加えること。
暗部の一人が、薬師としてチームに送り込まれた。
本職は暗殺者。
毒も刃も扱える。
人体の急所を知り尽くしている。
しかし薬と毒の知識は本物で、傷を癒し、仲間を支え、素性を悟らせなかった。
ギルドもまた、魔術師を護衛兼監視として配置していた。
王宮の依頼と重なったことで、薬師だけが浮くことはなかった。
薬師はチームに溶け込んだ。
傷を癒し、命を繋いだ。
騎士も、斥候も、魔術師も、誰一人疑わなかった。
監視報告は定期的に上がっていた。
シオンに王位への野心なし。
ただの冒険者として活動中——報告を読む者がいたかどうかも分からない。
第二十位の動向など、気に留める者はいなかった。
シオンだけは、薄々気づいていた。
王位継承権を持つ身に監視がつくのは当然のこと。
薬師の視線が時折、治療以外の何かを追っていることに、シオンは気づいていた。
しかし、気にしなかった。
王座を求める気持ちはない。
やましいこともない。
見られていても、困ることはない。
だからシオンは、そのことをチームには打ち明けなかった。
薬師が王宮の目であることを。
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シオンは自分の出自を知っていた。
秘密はいくら守ろうとしても、すべての人の口を閉ざし続けることはできない。
しかしシオンはそのことを誰にも言わなかった。
王族の恥として生まれた自分に、王座を求める気持ちはなかった。
ただ、自分の力で生きていきたかった。
シオンは強かった。
あるダンジョンを拠点に、チームで探索を続けていた。
ある日、戦闘の衝撃でトラップの機構が狂い、床が抜けた。
シオンだけが落ちた。
落ちた先が——偶然にも、最深部に繋がっていた。
主が隠していた道とは別のルートで、ダンジョンそのものが道を生み出したのだ。
落とし穴はすぐに塞がり、シオン以外は落ちることができなかった。
最深部に人間が来たのは、初めてだった。
主は構えた。殺す気だった。
——だが、シオンは怯えなかった。
剣も抜かなかった。
「お前がこのダンジョンの主か。俺はシオン。冒険者だ」
主を恐れない人間は、初めてだった。
主は殺さなかった。
代わりに、提案した。
「このダンジョンを使ってほしい」
ダンジョンが成長しすぎれば、討伐対象になる。
殺されるくらいなら、利用されるほうがいい。
それはほとんど懇願だった。
シオンは笑った。
「俺もちょうど訓練場を探してたんだ。都合がいい」
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それから、シオンと主の奇妙な関係が始まった。
シオンはこのダンジョンを訓練場として使った。
定期的にモンスターを間引き、ダンジョンの成長を抑えた。
ダンジョンは討伐対象にならず、主は生き延びた。
シオンにとっても利があった。
誰にも邪魔されない訓練場。
自分だけのダンジョン。
主は最深部への道をシオンにだけ教えた。
しかし二人の関係は、利害だけではなくなっていった。
恐れられるでもなく、憎まれるでもなく、ただ対等に話してくれる人間がいる。
それは主にとって、初めての経験だった。
ある日、シオンは主に打ち明けた。
「俺は先王の子なんだ。不義の子の」
「笑えるだろう。王族の恥が、冒険者をやっている」
主には話せた。
人間の世界に属さない主になら、秘密は漏れない。
仲間にも——チームの誰にも言えないことが、主にだけは言えた。
主は黙って聞いていた。
ダンジョンの主に、人間の王位は関係ない。
ただ、シオンが初めて自分を頼ってくれた。
それが、嬉しかった。
ある日、シオンは付け加えた。
「チームに一人、たぶん王宮の人間がいる」
「でも構わない。見られて困ることはないから」
シオンは笑っていた。
王座に興味のない自分を、好きなだけ見ればいい。
そう思っていた。
だからシオンはチームではなく、主に秘密を打ち明けた。
仲間を信じていないわけではない。
ただ、チームの中に王宮の耳があるかもしれない以上、話せる相手は限られていた。
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養育係は長い間、秘密を守り続けた。
しかし、死の間際になって耐えられなくなった。
先王はすでにこの世にいない。
先先代の王も、側妃も。
秘密を知る者は、もうほとんどいない。
養育係は先王の命で動いた者だった。
報告すべき相手は王家しかない。
先王亡き今、それは現王——先王の弟だった。
養育係は現王に手紙を送った。
「申し上げなければならないことがあります」
「先王様には、子がおりました」
「先先代様の側妃との間に」
現王は凍りついた。
兄に子がいた。
不義の子。
王家の恥。
表に出れば、王家の——自分の権威が揺らぐ。
養育係は知らない。
自分の告白が、シオンの死を招いたことを。
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養育係の告白を受けた現王は、暗部の記録を確認した。
王位継承権を持つ者には暗部がつく。
第二十位のシオンの監視報告も、その中にあった。
これまで気に留めたことのなかった書類の山。
そこには「野心なし。ただの冒険者として活動中」とだけ記されていた。
しかし、事実そのものが脅威だった。
先王の不義の子——この事実が公になれば、王家の権威が揺らぐ。
現王が感じたのは恐怖だった。
現王は愚かな王ではなかった。
しかし、善良でもなかった。
シオンの顔すら知らないまま、現王は決断した。
「あの者が、次の探索で事故死するように」
暗殺命令が薬師に下った。
ダンジョンの中での事故死——誰も疑わない。
薬師は承知した。
共に戦ってきた仲間を、自分の手で殺す。
それが、暗部に属する者の定めだった。
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その日、シオンはいつものようにチームを連れてダンジョンに入った。
チームの中に王宮の人間がいることを、シオンは薄々知っていた。
しかし、暗殺の命令が下ったことは知らない。
薬師は機を待った。
ダンジョンの奥深く。
戦闘で疲弊したフロア。
回復を求めて薬師に近づく瞬間こそ、最大の隙だった。
戦闘が終わった。
シオンは振り返り、いつものように薬師に治療を依頼した。
「頼む」
何度も繰り返された光景だった。
薬師が傷を癒す。
シオンは安心して身体を預ける。
治療が終わり、薬師に背中を向けた。
その瞬間だった。
薬師の一撃は正確だった。
シオンの背中から、急所を貫いた。
苦しまないように——それが、薬師にできる最後の配慮だった。
シオンは声を上げる間もなく倒れた。
騎士が叫んだ。
斥候が駆け寄った。
魔術師が構えた。
薬師は躊躇しなかった。
目撃者を残すわけにはいかない。
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ダンジョンの主は、すべてを見ていた。
主はダンジョンのすべてを感じ取れる。
どのフロアで何が起きているか。
誰がどこにいるか。
シオンのチームが戦っているフロアも、見ていた。
信頼されていた仲間が——何度もシオンの傷を癒してきた仲間が——シオンの背中に刃を突き立てた。
たった一人の友が。
自分を恐れず、対等に話し、秘密を打ち明けてくれた人間が。
仲間に、殺された。
主の中で、何かが弾けた。
そのフロアのトラップが一斉に発動した。
主の暴走が、ダンジョンを暴走させた。
気がついた時には、すべてが終わっていた。
そのフロアにいた人間は、全員死んでいた。
薬師も。
騎士も。
斥候も。
魔術師も。
主は覚えていない。
何をしたのか。
どうやったのか。
それ以来、そのフロアだけがモンスターを生まなくなった。
音もない。
動くものもない。
まるでダンジョンが、あの人の眠りを守っているかのように。
そこだけが沈黙していた。
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シオンが望んだのは、王座ではなかった。
ただ、自分の足で立って生きること。
仲間と笑い、時々ダンジョンに来て、主と話すこと。
監視されていても構わなかった。
その静かな日常を壊したのは、王宮の恐怖と、信頼の中に潜んだ刃だった。
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調査チームは真実に辿り着いた。
シオンだけが知っていた道を辿り、最深部の主の元に辿り着いた。
主は調査チームに頼んだ。
「あいつを殺した連中の元に、戻すつもりはない」
「あいつは俺の——俺はあいつの唯一の友だ」
主は遺体に触れることができなかった。
調査チームはシオンの遺体を事件フロアから最深部へ運び、遺品だけを回収した。
そして調査チームは気づいていた。
この真実は——報告できない。
確定する証拠はない。
推察でしかない。
しかし、この推察を報告すれば——調査チーム自身がどうなるか、分からない。
報告書には嘘が書かれた。
事実は隠蔽され、シオンの死はただの事故として処理された。
真実を知っているのは、調査チームと——ダンジョンの主だけ。
これにて本作は本当に終了となります。
投稿2作目であり、まだまだ拙い物語、文章だったとは思いますが、ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
また、本作品は「冒険者はあきらめない」というシリーズの第2弾作品になっています。
第3弾作品として
「無自覚主人公がやらかしました ― ダンジョンで殺されるはずだったのに、なぜか攻略してしまう」
https://ncode.syosetu.com/n5303mb/
という作品の連載を開始しています。
もしも本作が面白かった、または少しでも気になった方は、ぜひ
「無自覚主人公がやらかしました ― ダンジョンで殺されるはずだったのに、なぜか攻略してしまう」
もチェックしていただければ、嬉しい限りです。
どうぞよろしくお願いします。




