ヒロ九クエスト 第92話 ファイト九州! 熊本駅、涙の交代劇――さよなら栞奈、ようこそ宇佐の才女! ――さくら号に託した再会の約束! 星空の宿で交わした誓いと、宇佐の才女が運んできた新しい風
南阿蘇の森に、爽やかな朝が訪れた。
昨夜、あれほど美しく輝いていた星々は青空の向こうへ姿を隠し、東の山並みから昇った朝日が、木々の間に柔らかな光を投げかけていた。
窓を開ければ、澄み切った高原の空気が部屋いっぱいに流れ込んでくる。
小鳥のさえずり。
風に揺れる木の葉。
そして、遠くに望む雄大な阿蘇の山々。
まるで絵本の世界から抜け出してきたような洋館には、穏やかな朝の時間が流れていた。
「んんーっ!」
高城彩芽が庭先へ出て、大きく背伸びをした。
「いやぁ、なまら気持ちいい朝だねぇ!」
札幌出身の18歳。
昨夜は本格的な天体望遠鏡で木星を観察し、そのあまりの美しさに感激したばかりだった。
「お星さまもすごかったけど、朝の景色も最高っしょ!」
隣にいた伊吹真白も、ゆっくりと深呼吸した。
「ほんとやねぇ。高原の空気は気持ちがええやお。昨日の疲れも取れるようやね」
「ねえ、真白さん! またここ来たいっしょ!」
「うん。ぜひまた泊まりたいね」
そこへ、迫田澄香と澪香がやって来た。
「おはようございまーす!」
「わあ! 朝のお庭も綺麗!」
二人は、さっそく洋館を背景に記念写真を撮り始めた。
「澪香、もうちょっと右!」
「澄香こそ、顔が隠れてるよ!」
「じゃあ、もう一枚!」
「せーの!」
二人の息は相変わらずぴったりだった。
「……あんたたち、朝から元気たいねぇ」
呆れながら現れたのは、古賀菜々子支配人である。
昨夜までの慌ただしい復興応援の旅に加え、副支配人の有村ひなたが焼酎で泥酔するという余計な事件まで発生した。
その後始末に追われていた菜々子にとって、ようやく訪れた穏やかな朝だった。
「支配人、おはようございます!」
「おはようたい! 今日も一日、よろしく頼むばい!」
そこへ山田真央が顔を出した。
「いやぁ、ここは何回来てもええ宿だがね! また泊まれて、でらうれしかったわ!」
愛知県春日井市出身の真央は、以前のヒロ九クエストでもこの宿を訪れている。
昨夜は天文台の巨大な望遠鏡に夢中になり、観測装置の仕組みまで熱心に質問していた。
「うち、あの望遠鏡だけでも、また見に来たいんだわ!」
川原つばさも微笑んだ。
「私もです。以前こちらに伺った時の星空が忘れられなくて。また同じ場所で、あの美しい夜空を見られたことが嬉しかったですね」
そして、二人の横から小さな男の子が飛び出してきた。
「ママ! お星さまのお城、朝になっても可愛いね!」
黒崎茉莉花の息子、大翔だった。
茉莉花は、息子の頭を撫でながら笑った。
「そうっちゃ。大翔、ほんにここが好きなんやねぇ」
「うん! また絶対来る!」
「ふふっ。今度もみんなと来られたらよかねぇ」
その声に、清楚な黒髪のツインテールを揺らしながら、片淵栞奈が振り向いた。
「大翔くん、また一緒にお星さまを見に来ましょうね」
大翔は目を輝かせた。
「栞奈お姉ちゃんも一緒?」
「はい。ぜひ」
「やったー!」
その無邪気な笑顔を見て、栞奈もにっこり微笑んだ。
しかし、ふと胸の奥に小さな寂しさがよぎった。
今日で、ヒロ九の一行とはお別れなのだ。
大学受験を控えた高校生である栞奈は、これ以上学校を休むわけにはいかない。
皆と一緒に、まだまだ熊本の復興応援を続けたい。
だが、自分には自分の果たすべき務めがある。
……今日で、いったんお別れなんですね。
栞奈は、その思いを胸にしまい、いつもの上品な笑顔を浮かべた。
やがて、朝食の時間になった。
木の温もりに包まれたレストランには、大きな窓から柔らかな朝日が差し込んでいた。
白いテーブルクロス。
落ち着いた調度品。
窓の向こうに広がる南阿蘇の緑。
そして食卓には、前夜の創作フレンチに負けないほど美しい朝食が用意されていた。
焼きたてのパン。
ふんわりと仕上げられた卵料理。
地元産の野菜を使った彩り豊かなサラダ。
阿蘇の牛乳を生かしたヨーグルト。
季節の果物に、香り高いコーヒー。
一つひとつは朝食らしい素朴な料理でありながら、盛り付けは洗練され、まるで小さな洋食のコースを楽しんでいるようだった。
「……まあ!」
土屋凜花が感嘆の声を漏らした。
「朝食まで素敵ね。器の選び方も、とても上品だわ」
浜崎莉央も嬉しそうにうなずいた。
「ほんにおしゃれたい! 朝からこぎゃん素敵なお料理ば食べられるなんて、幸せやねぇ!」
実家が長崎市の洋食店「カレー洋食 みなと日和」である栞奈は、さっそく料理を熱心に眺めていた。
「お野菜の色を生かした盛り付けですね。卵料理も、とても丁寧に仕上げられています」
一口食べると、その表情が柔らかくなった。
「……おいしいです。お野菜の甘みがよく分かりますし、パンとの組み合わせも素敵ですね」
菜々子が感心した。
「栞奈ちゃん、朝から見事な食レポたい!」
すると、彩芽が元気よく手を挙げた。
「栞奈ちゃん! 私も感想言うよ!」
「はい、彩芽先輩!」
彩芽は焼きたてのパンを一口。
もぐもぐ。
そして、満面の笑み。
「なまらおいしいっしょ!」
以上。
菜々子が吹き出した。
「また一言たい!」
「ええっ!? だって、ほんっとにおいしいんだもん!」
栞奈は口元に手を添えて微笑んだ。
「彩芽先輩の感想は、いつも素直で素敵だと思います」
「……栞奈ちゃぁぁん!」
彩芽は早くも感激してしまった。
「ほんっと、めんこい後輩だわ!」
その様子を眺めながら、真央がぽつりと言った。
「……ばってん、栞奈ちゃんのほうが、よっぽどしっかりしとるがね」
「真央さん! 聞こえてるっしょ!」
朝のレストランは大爆笑に包まれた。
そんな賑やかな席の一角で、ひなたはというと。
「……うまかぁぁぁ!」
朝から絶好調だった。
昨日の泥酔ぶりが嘘のように、すっかり元気を取り戻している。
パンも卵料理もサラダも、実に幸せそうに平らげていた。
菜々子は呆れた。
「ひなたちゃん! あんた、今日はほんに元気たいねぇ!」
「そりゃそうじゃっど! よか朝ご飯ば食べれば、元気百倍じゃっど!」
「昨日はあぎゃん酔うとったくせに!」
「そいは昨日の話じゃっど!」
「昨日の話ばしよっとたい!!」
再び大爆笑。
その横で、金城伊織は相変わらず凛としていた。
姿勢を正し、丁寧な所作で朝食を楽しんでいる。
「本当に気持ちのよい朝ですね。阿蘇のお料理も空気も、素晴らしいです」
菜々子は思わず感心した。
「……伊織ちゃん。あんたは昨日も今日も、ほんに変わらんねぇ」
伊織は上品に微笑んだ。
「ふふっ。ありがとうございます」
「……ひなたちゃんも少しは見習わんね!」
ひなたが胸を張った。
「おいはおいじゃっど!」
「そこば胸張って言わんでよか!」
レストランに、明るい笑い声が響き渡った。
朝食を終え、一行はチェックアウトの準備を始めた。
荷物をまとめ、部屋を確認し、忘れ物がないか点検する。
昨夜まで賑やかだった廊下も、次第に静かになっていった。
やがて玄関へ集まると、宿のオーナーとスタッフが見送りに出ていた。
「皆さま、このたびもご宿泊いただき、ありがとうございました」
オーナーは、穏やかな笑顔で深々と頭を下げた。
菜々子も丁寧に一礼した。
「こちらこそ、本当にお世話になりました。お料理も天体ショーも、みんな大喜びでした!」
香澄も微笑んだ。
「素晴らしいおもてなしを、ありがとうございました。熊本の魅力を、また一つ皆さんに知っていただけたと思います」
オーナーは嬉しそうにうなずいた。
しかし、そこで少しだけ表情を変えた。
「……実は、皆さんに一つ、お話ししておきたいことがありましてね」
菜々子が顔を上げる。
「……何でしょうか?」
オーナーは、ゆっくりと洋館を振り返った。
朝日を受けた建物は、まるで何事もなかったかのように、美しく佇んでいる。
しかし、その美しい姿を守るまでには、多くの苦労があった。
「今回の地震では、私たちの宿も被害を受けました」
一同は静かになった。
「設備の一部が傷み、お客様をお迎えできない日もありました。修繕の手配をして、安全を確認して、ようやく営業を続けられる状態に戻したんです」
香澄は、静かに聞いていた。
オーナーは小さく息を吐いた。
「2016年の地震のことを思い出しましたよ。あの時も、本当に大変でしたから」
そして、少しだけ苦笑した。
「正直に申し上げれば、またか、と思いました。どうしてこんなことが何度も起こるんだろう、と」
誰も口を挟まなかった。
「建物が壊れれば、直すことはできます。お金も時間もかかりますが、職人さんたちの力を借りれば、少しずつ元の姿に近づけることはできる」
オーナーは、そこで言葉を切った。
「でも、本当に怖いのは、建物が壊れることだけではないんです」
香澄が顔を上げた。
「……と、おっしゃいますと?」
「お客様が戻ってこなくなることです」
その言葉には、重みがあった。
「ここへ来るのは危ないんじゃないか。まだ大変なんじゃないか。そう思われて、皆さんが阿蘇から足を遠ざけてしまう」
オーナーは、天文台のドームを見つめた。
「星空は、変わらず美しいんです。阿蘇の野菜も、牛乳も、お肉も、変わらずおいしい。ここで働くスタッフも、また皆さんに喜んでいただきたいと願っている」
少しだけ声が震えた。
「それなのに、お客様をお迎えできない。あの静けさは、つらかったですね」
菜々子は黙って聞いていた。
オーナーは、ゆっくりと続けた。
「宿というのは、建物だけでは成り立たないんですよ」
そして、ヒロ九の面々を見渡した。
「ここへ来てくださる方がいて、初めて宿になるんです。レストランで食事を楽しむ声が聞こえ、天文台で星を見て驚く声が聞こえ、翌朝には『また来ます』と笑って帰っていただく」
その表情が、柔らかくなった。
「昨夜、皆さんが星を見て、あんなに喜んでくださったでしょう?」
彩芽が大きくうなずいた。
「はい! なまら感動したっしょ!」
栞奈も微笑んだ。
「私も、一生忘れられない思い出になりました」
大翔が元気よく言った。
「ぼく、お星さまのお城、大好き!」
オーナーは、嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
そして、少しだけ背筋を伸ばした。
「私たちは、何度傷ついても、この場所でお客様を迎え続けたいと思っています」
静かな、しかし力強い声だった。
「地震で建物や設備が壊れることはあるでしょう。でも、ここを訪れた方の思い出まで、地震に奪わせるわけにはいきません」
香澄の胸に、熱いものが込み上げた。
前日、阿蘇神社で出会った井手トシエの言葉がよみがえる。
――もう一度壊れたとしても、私らはまた立ち上がるとよ。
そして、今、目の前のオーナーも同じ思いを語っている。
オーナーは最後に、静かに微笑んだ。
「だから、これからも頑張ります。遠くから来てくださる方に、阿蘇の料理を味わっていただきたい。星空を見て、喜んでいただきたい」
そして、はっきりと言った。
「皆さんが『また来たい』と思ってくださる限り、私たちには、この宿を守り続ける理由があるんです」
香澄の目から、小さな涙がこぼれた。
「……ありがとうございます」
深々と頭を下げた。
「私も熊本の人間として、こぎゃん素晴らしか場所があることを、もっと全国の皆さんにお伝えしていきたかです」
オーナーは微笑んだ。
「こちらこそ、ありがとうございます」
その時、大翔がオーナーへ駆け寄った。
「おじちゃん!」
「はい?」
「ぼくね、また絶対来るから!」
オーナーはしゃがみ込み、大翔と目線を合わせた。
「……そうかい。ありがとう」
「今度も木星見たい! それから、もっといっぱいお星さま見たい!」
オーナーは、嬉しそうに笑った。
「うん。次に来た時は、また違う星にも出会えるかもしれないね」
「ほんと!?」
「本当だよ。星空は、季節ごとに少しずつ表情が変わるからね」
大翔は目を輝かせた。
「じゃあ、約束!」
小さな手を差し出す。
オーナーは、その手を優しく握った。
「約束だね」
それを見ていた茉莉花は、そっと目を細めた。
昨日は動物園の透花と。
今日は星空の宿のオーナーと。
大翔は、また一つ再会の約束を交わした。
どちらも、困難を乗り越えてお客様を迎えようとしている人たちだ。
そして、子供の何気ない「また来る」という一言が、彼らの明日を支える力になっている。
菜々子は、その光景を見つめながら微笑んだ。
「……また来るばい!」
真央も元気よく手を振る。
「今度も絶対泊まりに来るでね! ほんとにええ宿だがね!」
つばさも丁寧に一礼した。
「また、あの素晴らしい星空を見に伺いたいと思います」
彩芽は満面の笑み。
「なまら素敵なお宿でした! また来るっしょ!」
栞奈も深々と頭を下げた。
「お料理も星空も、本当に素晴らしかったです。忘れられない思い出になりました」
オーナーは、少しだけ目を潤ませていた。
「……皆さん、ありがとうございます。どうぞお気をつけて」
こうして、ヒロ九一行は星空の宿に別れを告げた。
ラッピングバスがゆっくりと走り出す。
車体には、今日も大きく「ファイト九州!」の文字。
朝日に照らされた洋館と天文台のドームが、木々の向こうへ少しずつ遠ざかっていった。
香澄はマイクを握った。
「皆さま、これより熊本駅へ向かってまいります」
少しだけ声を柔らかくする。
「本日は、片淵栞奈さんが長崎へお帰りになる日でございます」
車内が静かになった。
「一方で、新しい仲間もお迎えいたします。別れと出会いが重なる一日になりますが、皆さま、どうぞ最後までよろしくお願いいたします」
栞奈は、窓の外を見つめた。
遠ざかっていく南阿蘇の山々。
澄み切った青空。
そして、あの美しい星空を見せてくれた宿。
……また、いつか。
栞奈は、心の中で小さくつぶやいた。
また必ず、ここへ来たいです。
その思いを胸に、ラッピングバスは熊本市内へ向かって走っていった。
熊本市内へ向かう車内では、普段より少し静かな時間が流れていた。
いつもなら彩芽の明るい声が響き、大翔が窓の外の景色について次々と質問する。
ひなたが食べ物の話を始めれば、菜々子が怒鳴る。
そんな賑やかな車内なのに、今日はどこか様子が違った。
栞奈が帰る。
その事実が、仲間たちの胸に小さな寂しさを残していたのである。
特に彩芽は、落ち着かない様子だった。
「……栞奈ちゃん」
隣に座る栞奈へ、小さく声をかける。
「はい、彩芽先輩?」
「本当に、今日で帰っちゃうんだね」
栞奈は静かにうなずいた。
「はい。学校もございますし、これから大学受験の準備も本格的になりますので……」
「……そっかぁ」
彩芽は、窓の外へ目を向けた。
「もっと一緒にいたかったなぁ。なまら寂しいっしょ」
栞奈も少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「私もです。彩芽先輩と、もっといろいろなところへ行ってみたかったです」
「……栞奈ちゃん」
彩芽は、いつになく真面目な顔をした。
栞奈が合流した時、彩芽は大喜びだった。
自分より年下の後輩ができた。
これで自分も、立派な先輩としていろいろ教えてあげられる。
そう張り切っていたのだ。
ところが、実際にはどうだったか。
写真を撮ろうとしてカメラの向きを間違えれば、栞奈が優しく教えてくれる。
大翔と一緒になってソフトクリームに夢中になれば、栞奈が穏やかにたしなめる。
行程の説明を聞き逃せば、栞奈が丁寧に教えてくれる。
どう考えても、彩芽のほうが世話を焼かれていたのである。
しかし、栞奈は一度たりとも、彩芽を馬鹿にしたことがなかった。
いつも「彩芽先輩」と呼び、明るくて優しい先輩として慕ってくれた。
それが、彩芽には嬉しかった。
「……栞奈ちゃん」
「はい?」
「私ね、先輩らしいこと、あんまりできなかったかもしれない」
栞奈は驚いて顔を上げた。
「そんなことありませんよ」
「ううん。ほんとだもん。栞奈ちゃんのほうが、ずっとしっかりしてるっしょ」
彩芽は少し笑った。
「でもね、来年は違うから!」
「……えっ?」
「もっと勉強して、もっといろいろ経験して、栞奈ちゃんが困った時には、ちゃんと助けてあげられる先輩になるからね!」
その言葉を聞いた栞奈は、しばらく彩芽を見つめていた。
そして、優しく微笑んだ。
「……彩芽先輩」
「うん?」
「私は、彩芽先輩に何度も助けていただきましたよ」
彩芽が目を丸くした。
「……えっ?」
「初めて皆さんとご一緒する時、とても緊張していたんです」
栞奈は、少しだけ照れくさそうに笑った。
「でも、彩芽先輩がすぐに声をかけてくださって、何度も笑わせてくださったので、あまり緊張せずに過ごすことができました」
彩芽は黙って聞いていた。
「私には、まだ彩芽先輩のように、周りの人を明るくする力がありません」
栞奈は、まっすぐに彩芽を見つめた。
「ですから、これからもたくさん学ばせていただきたいと思っています」
「……栞奈ちゃん」
彩芽の目が、じわりと潤んだ。
栞奈は、にっこり笑った。
「来年、また一緒に活動できるのを楽しみにしています」
彩芽は、もう我慢できなかった。
「栞奈ちゃぁぁん!」
思わず抱きついてしまった。
「私も! 私もなまら楽しみにしてるっしょ!」
栞奈も、そっと彩芽を抱きしめ返した。
「……はい」
その光景を、少し離れた座席から菜々子が眺めていた。
「……よかねぇ」
隣にいたひなたがうなずいた。
「そうじゃっど。よか先輩と後輩じゃっど」
ところが、前方から真央が振り向いて、余計なことを言った。
「彩芽ちゃん! 栞奈ちゃんがおらんようになったら、今度は誰に教えてもらうんだがね?」
「……えっ?」
菜々子も吹き出した。
「ほんにそうたい! 栞奈ちゃんがおらんようになったら、彩芽ちゃん、また一人で頑張らんといかんばい!」
「えええっ!?」
彩芽は真っ赤になった。
「ちょっとぉ! 私だって一人でできるっしょ!」
すると栞奈が、いつもの丁寧な口調で答えた。
「はい。彩芽先輩なら大丈夫だと思います」
あまりにも真面目な返答だった。
菜々子は腹を抱えた。
「……栞奈ちゃん、最後まで大人の対応たい!」
車内に笑い声が広がった。
彩芽は頬を膨らませた。
「もう! みんなしてひどいっしょ!」
しかし、その顔にも笑みが浮かんでいた。
やがて、菜々子が栞奈に尋ねた。
「ところで、栞奈ちゃん。大学の進路は決まったとね?」
栞奈は、少しだけ考えた。
「……実は、まだ迷っているんです」
地元の国立大学。
それとも、東京にある「都の西北」の名門私立大学。
どちらにも魅力があり、簡単には決められなかった。
「長崎に残って、家族の近くで勉強したいという気持ちもあります」
栞奈は、ゆっくりと言葉を選んだ。
「でも、一度は東京に出て、もっと広い世界を見てみたいという気持ちもあるんです」
凜花が優しくうなずいた。
「どちらも素敵な選択肢ね。焦らずに考えたらいいと思うわ」
莉央も微笑んだ。
「そうたい。大学はこれからの人生に関わる大切な選択やけんね」
「ありがとうございます」
栞奈は、少しだけ表情を引き締めた。
「でも、一つだけ決めていることがございます」
菜々子が尋ねた。
「何ね?」
栞奈は、まっすぐに答えた。
「どちらの大学へ進学しても、戦隊ヒロインの活動は続けたいと思っています」
車内が静かになった。
「今回の熊本の旅で、私は本当にたくさんのことを学びました」
栞奈は、ゆっくりと言葉を続けた。
「熊本城で、復興を応援することの難しさを知りました。益城町では、お店を守ろうとする方の思いに触れました」
少しだけ微笑む。
「そして阿蘇神社では、私の描いた小さな看板を、商店街の皆さまがとても喜んでくださいました」
栞奈の脳裏に、井手トシエの笑顔が浮かんだ。
可愛らしく描いた阿蘇神社の楼門。
大翔が添えた「おかえり」の文字。
それを見て、地元の人々が足を止め、思い出を語り合ってくれた。
「私には、まだ特別な力はありません。でも、自分にできることを一つずつ探していきたいんです」
そして、少しだけ照れくさそうに笑った。
「いつか、誰かの心を少しでも明るくできるような人になれたらと思っています」
菜々子は、しばらく黙っていた。
そして、優しく微笑んだ。
「……栞奈ちゃん」
「はい?」
「そぎゃん言うてもらえるだけで、うちは嬉しかばい」
少しだけ声が柔らかくなった。
「ばってん、無理だけはせんでよかとよ。大学受験も、これからの人生も、栞奈ちゃん自身の大切なもんやけんね」
「……はい」
「来年また、元気に一緒に活動しようね」
栞奈の顔が明るくなった。
「はい! ぜひよろしくお願いいたします!」
その横で、彩芽が拳を握った。
「私も! 来年はもっと頼れる先輩になってるっしょ!」
菜々子が笑った。
「……そりゃ楽しみたいねぇ」
真央がすかさず言った。
「まずはスマホのカメラば正しい向きにする練習からだがね!」
「真央さぁぁん!」
再び車内は笑いに包まれた。
そんな賑やかなやり取りを聞きながら、香澄は窓の外へ目を向けた。
熊本の街並みが、少しずつ近づいている。
もうすぐ、別れの時がやってくる。
そして、今日から新しい仲間も加わる。
香澄は、静かに微笑んだ。
……旅というのは、出会いと別れの繰り返しなんですねぇ。
やがて、ラッピングバスは熊本駅へ到着した。
熊本の陸の玄関口。
新幹線と在来線が発着し、県内外から多くの人々が行き交う駅である。
一行はバスから降り、栞奈の荷物を確認した。
「栞奈ちゃん、忘れ物はなかね?」
菜々子が尋ねる。
「はい。大丈夫です」
「切符も持っとるね?」
「はい」
「新鳥栖での乗り換えも確認したとね?」
「はい。長崎までの乗り継ぎも確認しております」
菜々子は、思わず笑った。
「……やっぱり、しっかりしとるねぇ」
彩芽が胸を張った。
「そりゃ私の可愛い後輩だもん!」
真央が即座に突っ込む。
「彩芽ちゃんが自慢することじゃないがね!」
「ええっ!?」
またしても笑い声が広がった。
しかし、改札へ向かう頃になると、さすがの彩芽も口数が少なくなった。
もうすぐ、本当にお別れなのだ。
栞奈は、新幹線の改札前で仲間たちに向き直った。
そして、深々と頭を下げた。
「皆さん。短い間でしたが、本当にありがとうございました」
顔を上げる。
「今回の熊本の旅で、私は一生忘れられない経験をさせていただきました」
少しだけ声が震えた。
「学校へ戻っても、皆さんとご一緒した日々のことを忘れず、大学受験に向けて精いっぱい頑張りたいと思います」
菜々子が優しく微笑んだ。
「栞奈ちゃん。何も心配せんでよかたい。勉強ば頑張って、また元気な顔ば見せてね!」
ひなたも大きくうなずいた。
「栞奈ちゃん! 長崎でも元気にしちょってね! 受験もファイトじゃっど!」
香澄は、少し目を潤ませながら声をかけた。
「栞奈ちゃん、熊本に来てくれて、ほんにありがとう。また一緒に熊本のよかところば巡ろうね」
「はい。ありがとうございます、西里さん」
つばさは、いつもの上品な声で語りかけた。
「栞奈さん。素敵な思い出をありがとうございました。どうぞお身体を大切になさって、悔いのない高校生活を送ってくださいね」
「はい。ありがとうございます」
真央は、にっこり笑った。
「栞奈ちゃん! 受験、でら頑張ってちょうよ! また一緒に何か作ろうな!」
「ありがとうございます、真央さん!」
真白も、優しく微笑んだ。
「栞奈ちゃん、無理せんと、体も大事にしてね。来年また会えるの、楽しみにしとるでね」
「はい。真白さんもお元気で!」
凪は、きちんと姿勢を正して一礼した。
「栞奈さん。今回の活動、本当にお疲れさまでした。学業も大切ですが、健康管理も忘れずに。充実した高校生活を送ってください」
「ありがとうございます、凪さん」
莉央は、栞奈の両手を取った。
「栞奈ちゃん! 長崎に帰っても元気でね! また博多にも遊びに来てほしかぁ!」
「はい。ぜひ伺いたいです!」
凜花は、美しい笑顔を浮かべた。
「栞奈ちゃん。昨夜の『RINKA MODE』、本当に素敵だったわ」
「ありがとうございます、凜花さん」
「りんか民の皆さんも、あなたのことをとても気に入ってくださったみたい。また一緒に配信しましょうね」
「はい! ぜひお願いいたします!」
凜花は、優しく微笑んだ。
「受験、応援しているわ」
その横から、迫田澄香と澪香が近づいてきた。
「栞奈ちゃん、またね!」
澄香が明るく声をかける。
「大学受験、頑張ってね!」
澪香も続けようとした。
しかし。
「……栞奈ちゃん」
急に声が小さくなった。
「……まこち、寂しかぁ……」
普段は標準語で話す澪香だったが、感情が高ぶると、故郷・都城の諸県弁が自然と出てしまう。
澄香が振り向いた。
「澪香?」
「だって……ほんとに寂しいんだもん!」
澪香は、とうとう目を潤ませた。
「また会えるって分かってるけど……やっぱり寂しいよ!」
その言葉を聞いた栞奈も、目を赤くした。
「……澪香さん」
澄香も、少しだけ声を震わせた。
「もう、澪香まで泣くから……!」
二人は、揃って栞奈の手を握った。
「栞奈ちゃん、またね!」
「まこち、また会おうね!」
栞奈は、何度もうなずいた。
「……はい。必ずまたお会いしましょう」
続いて、金城伊織が静かに近づいた。
沖縄県那覇市出身の琉球空手の達人。
いつもどおり背筋を伸ばし、凛とした姿勢で一礼する。
「栞奈さん。短い間でしたが、ご一緒できて嬉しかったです」
「ありがとうございます、伊織さん」
伊織は優しく微笑んだ。
「学業を大切にして、ご自身の道をしっかり歩んでくださいね」
そして、少しだけ沖縄の言葉を添えた。
「ちばりよー、栞奈ちゃん。応援していますよ」
栞奈は嬉しそうに微笑んだ。
「はい! ありがとうございます!」
茉莉花も、栞奈の手を握った。
「栞奈ちゃん。うちの大翔が、ほんにお世話になったっちゃ」
「いえ。私も、大翔くんと一緒に過ごせて、とても楽しかったです」
「また九州のどこかで会おうね」
「はい。ぜひ!」
そして、大翔が駆け寄った。
「栞奈お姉ちゃん!」
「はい、大翔くん」
栞奈は、しゃがみ込んで目線を合わせた。
大翔は、少しだけ胸を張った。
「お姉ちゃん、お勉強頑張ってね!」
「……ありがとう」
「また一緒に遊ぼうね!」
栞奈は、小さな手を握った。
「はい。次に会った時も、一緒に遊びましょうね」
「約束!」
「約束です」
大翔は満面の笑みだった。
「じゃあ、またね!」
その無邪気な笑顔を見た瞬間、栞奈の目から小さな涙がこぼれた。
「……ありがとう、大翔くん」
大翔は不思議そうに尋ねた。
「栞奈お姉ちゃん、どうして泣いてるの?」
栞奈は、慌てて涙を拭った。
「……嬉しいからですよ」
そして、にっこり笑った。
「皆さんに出会えて、本当に嬉しかったんです」
茉莉花は、その様子を見つめながら目を細めた。
……大翔、よか見送りができたねぇ。
一行は、見送り用の入場券を手配して新幹線ホームへ向かった。
栞奈が乗るのは、鹿児島中央からやって来る九州新幹線「さくら号」。
熊本から新鳥栖へ向かい、そこで長崎方面への列車に乗り換え、さらに武雄温泉から西九州新幹線に乗り継ぐ予定だった。
ホームには、列車の接近を告げる案内放送が流れていた。
栞奈は、彩芽の隣に立っていた。
「……栞奈ちゃん」
「はい、彩芽先輩?」
彩芽は、少しだけうつむいていた。
「……私ね」
「はい」
「栞奈ちゃんが来てくれて、なまら嬉しかったんだ」
栞奈は、静かに聞いていた。
「妹みたいな後輩ができたって、すっごく嬉しくてさ」
彩芽は、少しだけ笑った。
「でも、実際には私のほうが、栞奈ちゃんにいろいろ教えてもらっちゃったね」
栞奈も笑った。
「そんなことありませんよ」
「ううん。本当だもん」
彩芽は、まっすぐに栞奈を見つめた。
「だから、来年はもっと頼れる先輩になってるからね!」
栞奈は、少し驚いた。
そして、にっこり微笑んだ。
「……ありがとうございます」
一度、ゆっくりとうなずく。
「私も、もっと成長して戻ってきたいと思います」
彩芽の目が、また潤んだ。
「……栞奈ちゃん」
「はい?」
「来年、また一緒に頑張ろうね!」
栞奈も目を潤ませながら笑った。
「はい。彩芽先輩、またお会いしましょう!」
二人は、ぎゅっと手を握った。
その時、ホームの向こうから、白い新幹線がゆっくりと姿を現した。
鹿児島中央発の「さくら号」である。
その列車は、栞奈を長崎への帰路へ送り出すと同時に、新たな仲間を熊本へ運んでくることになっていた。
列車が静かに停車した。
扉が開く。
乗客たちが降りてくる。
その中に、ひときわ姿勢のよい若い女性がいた。
清潔感のある服装。
落ち着いた身なり。
きちんとまとめられた荷物。
そして、優しさと知性を感じさせる端正な顔立ち。
女性はホームを見渡し、菜々子の姿を見つけると、ぱっと笑顔になった。
「古賀支配人!」
菜々子が振り向いた。
「……あっ!」
そして、大きな声を上げた。
「千鶴ちゃーん!」
大分県宇佐市出身、宇佐美千鶴。
22歳。
鹿児島市内の国立大学で看護学を学ぶ、大学4年生である。
以前のヒロ九沖縄遠征では、臨時ヒロインとして十分すぎるほどの活躍を見せ、菜々子たちから高く評価された女性だった。
「古賀支配人! お久しぶりです!」
千鶴は、背筋を伸ばして丁寧に頭を下げた。
「今回もお声をかけていただきまして、本当にありがとうございます!」
菜々子は嬉しそうに笑った。
「千鶴ちゃん! よう来てくれたねぇ!」
ひなたも、満面の笑みで手を振った。
「千鶴ちゃぁん! 久しぶりじゃっど!」
「有村副支配人! お久しぶりです!」
感動の再会だった。
しかし、新幹線の停車時間は長くない。
千鶴も、そのことをよく理解していた。
「古賀支配人。詳しいご挨拶は、あとほど改めてさせていただきますね」
「そうたいね!」
その横で、栞奈が千鶴へ丁寧に一礼した。
「宇佐美さん、初めまして。片淵栞奈と申します」
千鶴は、優しく微笑んだ。
「初めまして。宇佐美千鶴です」
「短い間でしたが、今回の復興応援企画に参加させていただきました。これからの活動、どうぞよろしくお願いいたします」
千鶴は、しっかりとうなずいた。
「はい。私も精いっぱい頑張ります」
そして、栞奈に微笑みかけた。
「片淵さんも、学業を頑張ってくださいね。私も学生ですから、勉強と活動を両立する大変さはよく分かります」
「……ありがとうございます」
二人は、短く握手を交わした。
栞奈から、千鶴へ。
まるで新しい仲間へ旅の思いを託すような、温かな光景だった。
しかし、別れの時刻は待ってくれない。
「栞奈ちゃん、そろそろたいね」
菜々子が優しく声をかけた。
「……はい」
栞奈は、仲間たちの顔を見渡した。
菜々子。
ひなた。
香澄。
つばさ。
真央。
真白。
凪。
莉央。
凜花。
伊織。
迫田ツインズ。
茉莉花と大翔。
そして、彩芽。
誰もが、温かな表情で栞奈を見つめていた。
「……皆さん」
栞奈は、もう一度深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございました。来年、必ずまたご一緒させてください!」
菜々子は、少し目を潤ませながら笑った。
「もちろんたい!」
彩芽が、大きく手を振った。
「栞奈ちゃーん! したっけ、またねー!」
栞奈は、にっこり笑った。
「はい! またお会いしましょう!」
そして、新幹線へ乗り込んだ。
扉が閉まる。
窓の向こうには、栞奈の姿。
彼女は、何度も頭を下げていた。
彩芽は、両手を大きく振った。
「栞奈ちゃーん! 受験、なまら頑張るんだよー!」
大翔も、元気いっぱいに叫んだ。
「栞奈お姉ちゃーん! またねー!」
凜花も微笑んだ。
「また一緒に配信しましょうね!」
莉央が手を振る。
「元気でねー!」
澪香は、少し涙声だった。
「栞奈ちゃーん! まこち、また会おうねー!」
伊織も静かに手を振った。
「またやーさい、栞奈さん」
そして、菜々子。
「栞奈ちゃーん! 待っとるばい!」
やがて、白い車体が静かに動き始めた。
窓の向こうで、栞奈が何度も手を振っている。
その目には涙が浮かんでいた。
しかし、口元には明るい笑みがあった。
寂しい。
でも、悲しいだけの別れではない。
自分の夢へ向かって歩き出すための、大切な旅立ちなのだ。
新幹線は少しずつ速度を上げ、ホームの向こうへと消えていった。
彩芽は、しばらくその方向を見つめていた。
「……行っちゃったね」
菜々子が隣に立った。
「……そうたいね」
彩芽は、そっと目元を拭った。
そして、次の瞬間には笑顔を見せた。
「でも、来年また会えるもんね!」
菜々子も微笑んだ。
「そうたい! 来年は、もっといろんなことば一緒にしようね!」
「うん!」
彩芽は、大きくうなずいた。
その表情には、ほんの少しだけ大人びた強さが浮かんでいた。
少し離れた場所で、千鶴はその光景を静かに見守っていた。
初めて会ったばかりの栞奈。
しかし、その短い時間の中でも、彼女がどれほど仲間たちに愛されていたかは、十分に伝わってきた。
……素敵な方だったんですね。
千鶴は、静かに思った。
私も、精いっぱい頑張らなければ。
そして、一行はホームをあとにした。
熊本駅の改札を出たところで、菜々子は改めて千鶴を迎えることにした。
「……さて!」
明るい声が響く。
「みんな、新しい仲間ば紹介するばい!」
千鶴は、一歩前に出た。
そして、きちんと姿勢を正した。
「皆さま、お久しぶりです。そして、初めてお会いする方もいらっしゃると思います」
丁寧に一礼する。
「大分県宇佐市出身の宇佐美千鶴と申します。鹿児島市内の国立大学で看護学を学んでおります。現在、大学4年生です」
その落ち着いた話しぶりに、若手のヒロインたちは思わず背筋を伸ばした。
特に彩芽。
「……は、はいっ!」
なぜか、すでに緊張していた。
「以前、ヒロ九の沖縄遠征に臨時ヒロインとして参加させていただきました。その節は、皆さまに大変お世話になりました」
菜々子が嬉しそうにうなずいた。
「そうたいねぇ。千鶴ちゃん、沖縄ではほんによく頑張ってくれたとよ」
ひなたも胸を張った。
「千鶴ちゃんは、頭もよかし、よう働くし、頼もしか女じゃっど!」
千鶴は、少し照れくさそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
そして、菜々子が改めて説明した。
「実は千鶴ちゃん、大学卒業後は地元の宇佐市へ戻って、看護師さんとして働くことが決まっとるとよ」
「へぇ!」
彩芽が目を丸くした。
「すごいっしょ!」
千鶴は少し照れた。
「ありがとうございます。まだ勉強しなければならないことも多いですけれど、卒業後は地元で頑張りたいと思っています」
凪が感心したようにうなずいた。
「素晴らしいですね。専門職として地元へ戻られるんですね」
「はい。宇佐には家族もおりますし、育てていただいた地域の方々のお役に立ちたいと思っています」
その言葉に、菜々子は優しく微笑んだ。
千鶴は以前から、戦隊ヒロインの活動に強い関心を持っていた。
しかし、彼女にはすでに進むべき道があった。
大学卒業後は、故郷・宇佐市で看護師として働く。
そのため、戦隊ヒロインとして正式加入し、全国を飛び回ることは現実的には難しかった。
だからこそ菜々子は、彼女に特別な機会を用意したのである。
もっとも、千鶴とヒロ九との最初の出会いは、実に意外な場所だった。
鹿児島市内の黒豚料理店。
しかも、最初から戦隊ヒロイン候補を探していたわけではない。
まったくの偶然だったのである。
あれは、以前の沖縄遠征へ出発する前日のことだった。
ヒロ九の一行は鹿児島市内に滞在し、翌日、鴨池港からフェリーで沖縄へ向かう予定だった。
その夜、菜々子とひなたが楽しみにしていたのが、鹿児島名物の黒豚料理である。
「ひなたちゃん! 今日は黒豚しゃぶしゃぶたい!」
「よっしゃぁぁぁ! 鹿児島の黒豚は最高じゃっど!」
そんな二人が訪れたのは、落ち着いた雰囲気の黒豚料理店だった。
個室の座敷。
丁寧に整えられた食卓。
そして、香り豊かな黒豚料理。
そこへ料理を運んできたのが、仲居のアルバイトをしていた千鶴だった。
「いらっしゃいませ。本日はご来店いただき、ありがとうございます」
きちんとした挨拶。
落ち着いた物腰。
そして、実に丁寧な接客。
菜々子は、最初から感心していた。
「……ひなたちゃん」
「何じゃっど?」
「あの子、ほんにしっかりしとるねぇ」
ひなたもうなずいた。
「そいはそうじゃっど! 料理の説明も上手かし、気配りもよか!」
千鶴は、客の様子をよく見ていた。
お茶が少なくなれば、さりげなく補充する。
料理の提供が遅れそうになれば、丁寧に状況を説明する。
客が料理について尋ねれば、食材や調理法を分かりやすく案内する。
しかも、少しでも困った様子の客がいれば、すぐに声をかける。
菜々子は、その働きぶりにすっかり感心してしまった。
そして、食事を終えたあと。
「……ちょっと、お嬢さん」
千鶴に声をかけた。
「はい。何でしょうか?」
「お名前ば聞いてもよかね?」
「宇佐美千鶴と申します」
「千鶴ちゃんね。あんた、学生さん?」
「はい。大学で看護学を学んでおります」
「看護学生さんね!」
菜々子は、思わず目を輝かせた。
「ひなたちゃん!」
「何じゃっど?」
「この子、よかと思わんね?」
ひなたも、大きくうなずいた。
「よかと思うじゃっど!」
千鶴は、きょとんとしていた。
「……あの、何のお話でしょうか?」
菜々子は、にっこり笑った。
「千鶴ちゃん。あんた、戦隊ヒロインに興味はなかね?」
「…………」
千鶴は、しばらく固まった。
「……えっ?」
まさかアルバイト先で、突然戦隊ヒロインへの参加を誘われるとは思ってもいなかったのである。
しかし、菜々子たちの話を聞くうちに、千鶴の表情が変わり始めた。
地域の人々の役に立つ活動。
全国各地を訪れ、その土地の魅力を紹介する仕事。
困っている人々を支援し、地域社会との交流を深める取り組み。
それは、千鶴が以前から興味を持っていた活動そのものだった。
「……実は、私も戦隊ヒロインの皆さんの活動には関心がありました」
千鶴は、少し照れくさそうに答えた。
「でも、大学卒業後は地元へ戻って看護師になる予定ですので、正式に活動することは難しいと思っておりまして……」
菜々子は、少し考えた。
そして、ぱっと笑顔になった。
「なら、大学卒業までの短い間だけでも、うちらと一緒に活動してみらんね?」
千鶴は、目を丸くした。
「……よろしいんですか?」
「もちろんたい!」
菜々子は、笑顔で続けた。
「学生生活も残り少なかろう? せっかくやけん、最後に忘れられん思い出ば作ろうや!」
ひなたも大きくうなずいた。
「千鶴ちゃん! 明日からうちらは沖縄へ行くじゃっど! 一緒に来んね!」
「……明日からですか!?」
千鶴は、さらに驚いた。
あまりにも急な話だった。
大学の予定。
アルバイトのシフト。
そして、沖縄への旅。
普通なら、即答などできない。
しかし、菜々子とひなたは本気だった。
そこで千鶴は、店長に相談した。
事情を聞いた店長は、最初こそ驚いていたが、やがて笑顔になった。
「……戦隊ヒロインの沖縄遠征か。そりゃ面白そうだねぇ」
そして、他のスタッフとも相談し、シフトの調整に協力してくれた。
大学の予定にも支障がないことを確認し、千鶴は急きょヒロ九の沖縄遠征へ臨時参加することになったのである。
その沖縄遠征で、千鶴は期待を大きく上回る活躍を見せた。
看護学生としての知識を生かした健康管理。
行程の確認。
参加者への気配り。
そして、何事にも真面目に取り組む責任感。
時には少々融通が利かず、周囲を困らせることもあった。
しかし、その誠実さと仕事ぶりは、菜々子やひなたを大いに感心させた。
「……千鶴ちゃん、ほんに頼もしかねぇ!」
遠征の終盤、菜々子は何度もそう口にした。
そして、今回の熊本復興応援企画。
菜々子が千鶴に声をかけたのは、ごく自然なことだった。
「千鶴ちゃん。沖縄ではほんに助かったばい。もし時間があるなら、今回も熊本へ来てみらんね?」
千鶴は嬉しかった。
しかし、今度もアルバイト先の黒豚料理店でのシフトが入っていた。
大学生活を支えるため、千鶴は今もその店で真面目に働いている。
急な変更を申し出るのは、気が引けた。
ところが、事情を聞いた店長は、今回も快く応じてくれた。
「熊本の復興応援か。それなら、行っておいで」
「……でも、急にシフトを変更していただくのは……」
「大丈夫。店のみんなで何とかするから」
そして、笑顔で続けた。
「千鶴ちゃん、大学生活も残り少ないんだろう? せっかくの機会だから、いろんな経験をしてきなさい」
他のスタッフたちも、気持ちよく協力してくれた。
「千鶴ちゃん、こっちのことは任せて!」
「熊本で頑張ってきてね!」
千鶴は、深々と頭を下げた。
「……ありがとうございます!」
そして、今回の旅への参加が実現したのである。
千鶴は、熊本駅でその経緯を語り終えると、少しだけ目を潤ませた。
「皆さんには、本当に感謝しております」
菜々子が微笑んだ。
「よか店長さんたいねぇ」
「はい」
千鶴は、ゆっくりとうなずいた。
「私にとって、宇佐は生まれ育った大切な故郷です。そして鹿児島も、学生生活を送ってきた、もう一つの大切な場所なんです」
少しだけ声を柔らかくする。
「鹿児島では、大学の先生方や友人、アルバイト先の皆さんに、本当にお世話になりました」
ひなたが嬉しそうにうなずいた。
「鹿児島も、よかところじゃっど!」
「はい。本当にそう思います」
そして、千鶴は少しだけ真剣な表情になった。
「ですから、私は九州という場所に、とても強い思い入れがあります」
熊本の地震のニュースを知った時、千鶴も大きなショックを受けた。
被災した人々の暮らし。
家屋や施設の被害。
そして、復興へ向けて懸命に努力する人々。
同じ九州で暮らす者として、決して他人事ではなかった。
「私も、九州の女ですから」
千鶴は、はっきりと言った。
「熊本で大変な思いをされている方々がいらっしゃるのに、何もしないままでいるのは、やはり心苦しかったんです」
菜々子は静かに聞いていた。
「看護学生として学んできたことが、少しでもお役に立てるなら……」
そして、優しく微笑んだ。
「残り少ない学生生活の中で、そういう経験をさせていただけることは、本当にありがたいと思っています」
その言葉には、千鶴らしい誠実さが込められていた。
菜々子は、しばらく黙っていた。
そして、にっこり笑った。
「……千鶴ちゃん」
「はい?」
「そぎゃん気持ちで来てくれたなら、うちは何も言うことなかばい!」
ひなたも大きくうなずいた。
「千鶴ちゃん! 一緒に熊本ば応援するじゃっど!」
「はい!」
千鶴は、背筋を伸ばした。
「精いっぱい務めさせていただきます!」
その頼もしい返事に、一同から拍手が起こった。
しかし、ここで少々厄介な問題が発生する。
千鶴は、とにかく真面目なのだ。
しかも、看護学生としての知識が豊富で、年下の相手にはつい世話を焼いてしまうところがある。
そして今回、その標的となったのは――。
「……高城彩芽さんですね?」
「は、はいっ!」
彩芽だった。
つい先ほどまで栞奈に先輩風を吹かせていた18歳。
しかし、22歳の大学4年生を前にすると、なぜか急におとなしくなってしまった。
「宇佐美千鶴です。よろしくお願いいたします」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
千鶴は、優しく微笑んだ。
「今回も一緒に頑張りましょうね」
「……はい!」
彩芽は、思わず背筋を伸ばした。
その様子を見ていた真央が、笑いをこらえながら菜々子に囁いた。
「……支配人」
「何ね?」
「彩芽ちゃん、栞奈ちゃんには先輩風ば吹かせとったのに、千鶴ちゃんにはえらいおとなしいがね」
菜々子は、とうとう吹き出した。
「ほんにそうたい! 栞奈ちゃんがおらんようになった途端、今度は彩芽ちゃんが後輩になったばい!」
「えええっ!?」
彩芽は目を丸くした。
「そんなことないっしょ! 私だって、もう立派な戦隊ヒロインだもん!」
すると千鶴が、真顔で尋ねた。
「彩芽さん。今日の朝食は、きちんと召し上がりましたか?」
「……えっ?」
「昨日は活動量も多かったと伺っておりますので、食事と水分補給は大切です」
「……はい!」
「睡眠は十分に取れましたか?」
「はいっ!」
「疲れた時には、無理せず休んでくださいね」
「はいっ!」
千鶴は、満足そうに微笑んだ。
「よかったです」
彩芽は、思わず小さくつぶやいた。
「……栞奈ちゃんとは違う意味で、なまらしっかりしてるっしょ」
菜々子は腹を抱えて笑った。
「彩芽ちゃん! 今度は千鶴ちゃんに教育されよっとね!」
しかし、千鶴には彩芽を叱るつもりなどなかった。
ただ、年下の仲間が元気に活動できるよう、少しでも力になりたかっただけなのである。
優しい。
真面目。
そして、ちょっとお節介。
そんな宇佐の才女が加わったことで、ヒロ九の雰囲気は、また少し変わりそうだった。
その時、ひなたが嬉しそうに千鶴へ声をかけた。
「千鶴ちゃん! 今回もバリバリ働くじゃっど!」
ところが。
千鶴は、ひなたの顔をじっと見つめた。
「……有村副支配人」
「何じゃっど?」
「ところで、昨日お酒を飲みすぎたというお話を伺ったのですが……」
「…………」
ひなたの顔が固まった。
菜々子が吹き出した。
「ひなたちゃん! 千鶴ちゃん、もう知っとるばい!」
千鶴は大真面目だった。
「副支配人。健康管理も大切な仕事です。特に復興応援の現場では、参加者自身が体調を整えておく必要があります!」
「……千鶴ちゃん、相変わらず厳しかねぇ!」
「当然です!」
「……はぁい」
普段なら勢いよく反論するひなたが、妙に素直だった。
菜々子は笑いをこらえられない。
「千鶴ちゃん! うちの副支配人の健康管理も頼むばい!」
「承知いたしました!」
「承知せんでよかぁぁぁ!!」
ひなたの絶叫に、一同は大爆笑。
真央まで腹を抱えて笑った。
「ひなたちゃん、千鶴ちゃんにはかなわんがね!」
伊織も上品に微笑んだ。
「ふふっ。心強い方が来てくださいましたね」
菜々子は、大きくうなずいた。
「ほんにそうたい!」
その横で、大翔が千鶴へ駆け寄った。
「千鶴お姉ちゃん!」
「大翔くん!」
千鶴はしゃがみ込み、優しく微笑んだ。
「お久しぶりですね。元気にしていましたか?」
「うん!」
「それはよかったです」
大翔は、千鶴の顔をじっと見つめた。
「千鶴お姉ちゃん、お医者さんになるの?」
千鶴は微笑んだ。
「お医者さんではなくて、看護師さんになる予定なんですよ」
「看護師さん?」
「はい。病気やけがをした人が、安心して過ごせるようにお手伝いするお仕事です」
大翔は、目を輝かせた。
「じゃあ、ぼくが転んだら助けてくれる?」
「もちろんです。でも、まずは転ばないように気をつけましょうね」
「はーい!」
茉莉花は、嬉しそうに微笑んだ。
「千鶴ちゃん、ほんにしっかりしとるねぇ」
千鶴は、少し照れくさそうに頭を下げた。
「ありがとうございます」
そして、菜々子はそんな千鶴を見つめていた。
大学卒業後は、宇佐市で看護師として働く。
それは、千鶴自身が選んだ大切な道である。
だからこそ、正式加入を無理に勧めるつもりはなかった。
ただ、残り少ない学生生活の中で、一つでも多くの経験を積んでほしい。
いろいろな人と出会い、笑い、時には悩み、学んでほしい。
そして、その経験がいつか看護師として働く時に、何かの役に立ってくれたら。
菜々子は、そう願っていたのである。
「……千鶴ちゃん」
「はい?」
「今回も、よろしく頼むばい!」
千鶴は、背筋を伸ばした。
「はい! 精いっぱい務めさせていただきます!」
その返事は、実に頼もしかった。
そして、一行は熊本駅をあとにした。
再びラッピングバスに乗り込む。
千鶴は新たに割り当てられた座席へ座ると、さっそく行程表を取り出した。
そして、真剣な表情になる。
「古賀支配人。今後の訪問先と活動内容について、確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
菜々子が微笑んだ。
「もちろんたい!」
「ありがとうございます。参加者の体調管理や、現地での活動についても、できる限りお手伝いしたいと思っています」
「頼もしかねぇ!」
ひなたも、嬉しそうに言った。
「千鶴ちゃん! 今回もバリバリ働くど!」
すると、千鶴がすかさず答えた。
「はい。ただし、有村副支配人」
「何じゃっど?」
「昨日の飲酒の件について、あとで少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「…………」
ひなたの顔が引きつった。
菜々子が吹き出した。
「……千鶴ちゃん、ほんに頼もしかばい!」
真央も腹を抱えて笑った。
「ひなたちゃん、また千鶴ちゃんに怒られるがね!」
彩芽は、その様子を見ながら小さくつぶやいた。
「……私も、気をつけなきゃ」
すると、千鶴が振り向いた。
「彩芽さん?」
「は、はいっ!」
「何か困ったことがありましたら、遠慮なくおっしゃってくださいね」
「……はい!」
千鶴は、にっこり微笑んだ。
彩芽も、少し緊張しながら笑った。
「……千鶴さん、よろしくお願いします!」
それを見ていた菜々子は、思わず感心した。
……栞奈ちゃんは、可愛らしくてしっかりした後輩。
……千鶴ちゃんは、優しくてちょっと厳しかお姉さん。
どちらも、彩芽にとって大切な出会いになるだろう。
そして、菜々子はふと思った。
……彩芽ちゃんも、こうして少しずつ大人になっていくとやねぇ。
その頃、長崎へ向かう新幹線の車内では。
片淵栞奈が、窓の外を眺めていた。
熊本の街並みが、少しずつ遠ざかっていく。
膝の上には、仲間たちと撮った記念写真。
阿蘇神社の楼門。
南阿蘇の星空の宿。
そして、彩芽と一緒に撮った一枚。
栞奈は、それを見つめながら微笑んだ。
……彩芽先輩。
来年、また一緒に活動しましょうね。
スマートフォンを取り出すと、昨夜の「RINKA MODE」の配信を見た人々から届いた、温かな応援の言葉が残っていた。
栞奈は、少しだけ目を潤ませた。
大学受験。
進路の選択。
そして、戦隊ヒロインとしての未来。
まだ決めなければならないことは、たくさんある。
地元の国立大学へ進むのか。
それとも、「都の西北」の名門私立大学へ挑戦するのか。
答えは、まだ出ていない。
しかし、一つだけ確かなことがあった。
どちらの道へ進んでも、誰かの心を少しでも明るくできる人になりたい。
その思いは、今回の熊本の旅で、以前よりずっと強くなっていた。
栞奈は、小さく微笑んだ。
「……頑張らなきゃ」
その言葉は、誰に聞かせるためでもなかった。
自分自身への、小さな約束だった。
一方、熊本駅を出発した「ファイト九州!」のラッピングバスでは、香澄が再びマイクを握っていた。
「皆さま、本日から新たに宇佐美千鶴さんをお迎えいたしまして、熊本の復興応援の旅を続けてまいります」
そして、少しだけ声を明るくした。
「次に向かいますのは、阿蘇外輪山の西側に位置する西原村でございます」
車内が静かになる。
「こちらも、2016年の熊本地震で大きな被害を受けた地域でございます。地域の皆さまが力を合わせ、復興へ向けて歩んでこられた場所でもあります」
千鶴は、真剣な表情で話を聞いていた。
……私に、どんなことができるでしょうか。
まだ、答えは分からない。
しかし、精いっぱい取り組もうという気持ちは十分だった。
菜々子は、そんな千鶴を見つめながら、静かに微笑んだ。
「……よし!」
そして、明るく声を上げた。
「みんな! 新しい仲間も加わったことやし、今日も頑張るばい!」
ひなたが拳を上げる。
「ファイト九州じゃっどぉぉぉ!!」
彩芽も元気よく続いた。
「なまら頑張るっしょ!」
大翔も負けていない。
「ぼくも頑張るー!」
千鶴は、少し驚きながらも笑った。
そして、背筋を伸ばした。
「私も、精いっぱい頑張ります!」
車内に、再び明るい笑い声が広がった。
昨日まで、そこには栞奈の可愛らしい笑顔があった。
今日は、新たに千鶴の落ち着いた声が加わっている。
少し寂しい。
でも、どこか新鮮でもある。
別れがあるから、再会が待ち遠しい。
新しい出会いがあるから、旅はいつまでも色あせない。
そして、同じ志を持つ仲間たちは、たとえ離れていても、心のどこかでつながっている。
菜々子は、窓の外を見つめた。
遠くには、雄大な阿蘇の山々が広がっていた。
その麓には、今日も復興へ向けて懸命に暮らしを続ける人々がいる。
あの人々のために、今の自分たちに何ができるだろう。
菜々子は、静かに微笑んだ。
……ファイト九州、たいね。
そして、ラッピングバスは西原村へ向かって走り出した。
車体には、今日も大きく「ファイト九州!」の文字が輝いていた。
一つの別れが、新しい出会いを連れてくる。
一つの夢が、次の夢へとつながっていく。
熊本の青空の下、ヒロ九の旅は、また新しい一歩を踏み出した。




