第二話 後任転移者は女騎士
「そうだ、思い出した。全てはあの糞女神のせいだ」
この世界に叩き込まれてすぐ十六は盗賊に捕まった、炭鉱夫として売られる予定だったがその日の夜に排便した際、尻から金貨が出たのでそのまま盗賊の所有物となったのである。
約ひと月の間、人間としての尊厳を地の底までへし折られ、十六本人ですら自信を金貨製造機と認識してしまっていた。ぎりぎりと拳を握りしめるとアクセルを踏み込んだように全身の毛細血管に血が巡るのがわかった。
「こっから出しやがれ!!酢ダコ野郎共!!」
近くに転がっていた木のバケツを檻に叩きつける、勢いよく投げつけられたバケツは文字通り木っ端微塵に砕け散った。
「ご丁寧に洞窟の中に檻までDIYしてんじゃねえぞ!!おらぁ!!てめぇ等のやってる事はなあ、おい!!犯罪だぞ!!」
檻をガンガンと叩きありったけの罵声を張り上げる、怒りの炎は精神のニトロに燃え移り、屈辱のガソリンを爆発させる。臨界点を超えた炎上機関車はもう止まらないのだ。
「毎日毎日糞にも劣る残飯食わせやがって!今度は俺ががてめぇ等に糞ディナーを用意してやる!!ありがたく思え!!聞いてんのか!こらぁ!!」
二つ目のバケツを叩きつけた所で一度息を整える。あまりに激しくしたせいか耳鳴りがする、ゼーハーと肩で息をしながら額の汗を拭い檻の外を見つめた。
「はぁ…はぁ…なんだよ、随分と遅いな…」
普通に考えてこれだけ叫び散らしたら一人くらい来てもいいだろう、しかし返ってくる言葉はなく通路の松明が静かに揺れていた。
「んぐあああ!ふ・ざ・け・んなぁああああ!!ふつうは来るんだよ!!こういう時はよおおお!!!俺が馬鹿みたいだろおおおおお!!!」
渾身の力で再度声を捻り出すも洞窟で作ったアジトに虚しく響くだけだった。頂点を超えた怒りを更に通り越え、怒りは徐々に涙に変わっていく。
ボタボタと大粒の雫が乾いた足元に落ちる、このまま死ぬまで尻から金貨を出し続けるのだろうか。いっそここで舌を噛み切って自ら命を断つのもどうだろうか。
嫌だ、あんな頭のイカれた本当に女神かどうかも怪しい犬畜生にも劣るド外道の手のひらで弄ばれ、挙句命を断つなんて死んでも嫌だ、十六は心の中で呟く。
あの舐め腐った顔に糞便を捧げ、そのまま全裸で土下座させてから頭を踏みつけても罰は当たらないだろう。そう考えているとまた、沸々と怒りが沸いてきた。
「やるぜ?俺は」
そう呟き顔を上げると檻の外に少女が立っていた。短髪の黒髪、黒いセーラー服に装甲を付けた様な服装で腰には刀を下げていた。
「大丈夫ですか!?今すぐ助けます!後ろに下がってください!」
少女の言われた通りに後ろに大きく下がる。その瞬間、くの字に一閃が走りバラバラと檻の鉄柱が落ちた。少女が手を伸ばし「さあ!一緒に!」と十六に呼びかける。
「助かった…?いや、その前にありがとう!本当にありがとう!一生このままかと…」
少女の手を握りしめ感謝を伝える、十六には彼女が本当の女神に思えた。いっそこの子が本当に女神だったらどんなに良かった事だろう。
彼女に連れられ洞窟の出口を目指す、不思議な事にあの忌々しい盗賊達は影も形もなかった。
「盗賊がいない、君が全部たおしたのかい?」
十六が質問すると少女も不思議そうにこたえる。
「私達が来た時にはもう誰もいなかったんです…盗賊を退治して欲しいって町の人達が、それでここに来たんですが誰もいなくて。それで中を調べていたら奥の方からあなたの声が聞こえてきたんです」
「マジか…あの時叫んでなかったら俺は本気で野垂れ死していたのか…」
まさしく偶然のたまものであろう、この日この時にあの行動を起こしていなければ人知れず洞窟で朽ちていたのだから。
「きっと私達が来るのを察したんでしょうね…金品の類以外はそのままでしたから…」
俺は金品の類じゃなかったのか…と思った十六であったが深く考えるのをやめた。盗賊に置いていかれたのが釈然としなかったが、それはそれで腹が立つからである。
「いや…でも本当に助かったよ…ありがとう、何度お礼しても足りないくらいだよ!」
「そんな!私はただ人として当然の事をしただけで…」
耳まで真っ赤にして照れる少女をみて確信する、彼女はまさしく人間の鑑だと。そんな事を思っていると遂に出口に辿り着く。
久しぶりに浴びる太陽の光と新鮮な空気を全身に感じ、十六は歓声をあげた。俺は助かったんだ!訳もわからず異世界に送られた挙句に家畜や奴隷のように扱われたがそれも今日で終わりだ!
「あ〜!すげ〜今生きてるって実感する!素晴らしくヒャッホーだぜ!」
思わず映画『大脱走』のテーマを口ずさむ、その時少女がハッと驚いた表情をしてこちらを振り向いた。
「それ…!音楽の授業で習いました!それって映画の音楽ですよね!?アメリカの!」
「え!?なんで知ってるの!?え、何どゆこと!?」
彼女の発言に頭が追いつかずまごついていると更に少女は口を開いた。「上下十六さん、ですよね?」その言葉をこの世界で聞くのは初めてだ、何故なら彼はこの世界で一度も名乗ってないのだから当然である。
「もしかして君は転移者…なのか?」
つい、そのままに聞いてしまう。もう少し考えれば色々な弊害も思い浮かんだのだろうが、そんな事に気を配る余裕も十六にはなかった。
「はい、私もタハルメブキノヒメ様に選ばれてこの世界に来たんです。十六さんの後任として」
タハルメブキノヒメ…あの日、十六をこの世界に送り込んだ全ての元凶であり憎むべき対象だ。その名前を聞くだけで反吐が出そうになる。
胃の中がムカムカしてくるがそれより気になるワードが飛び出した。後任?why?Just a moment, please.ちょっと待て。何がどうなってる。
「えっと…後任?後任ってどういう事かな?」
酸っぱい物が込み上げてくるのを耐えつつ十六は少女に質問する。
「その…女神様が言うには十六さんから何も連絡がなく、呼びかけても返事が返って来なかったので…もう亡くなられたのかと思われてたみたいで…」
「れ、連絡…!?連絡ってそんなのどうやって…!」
腰に巻いた小さなポーチから少女は手のひら大の青い石を取り出して見せた、彼女が言うにはこれで女神と通信ができるとの事だ。
「…この世界に来る際、女神様から頂いたんですけど…」
申し訳なさそうにする彼女を見て色々と察する。
まさか、いやそこまでとは。いくら何でもここまで来るともはや芸術の域になるのではなかろうか。
「…貰ってない」
「あっ…」
凄まじく気まずい空気が流れる。がその場をハンマーで叩き壊すように青い石が振動を始めた。
「…はい、女神様。七海です」
石を額に当てると少女が話し始める。なるほど、こうやって連絡を取り合っていたんだなー…とか。あっちの声は会話してる本人しか聞こえないんだなー…とか考えていると少女はこちらに石を差し出した。
「すみません…女神様が変わってほしいって…」
「あ、そう?じゃあちょっと借りるよ」
彼女から石を受け取り額に当てる、さすがに子供の前で叫び散らすのは気が引けたが相手はあの糞女神。十六は積年の恨みを激しく燃やし口を開けた。
「おい!てめ…」
『ちょっとあんた!!どーゆーつもり!?こっちから呼びかけても全然反応ないし、生きてるなら生きてるって連絡くらいするのが常識じゃない!?これだからゆとり?さとり?とかいう世代は駄目なのよねえ…』
「その連絡手段を貰ってねーんだよ!!」
『だからなに?無いなら無いで何とかするとか考えつかないわけ?もう少し脳を使う努力とかしたらどうなの?あれだけ偉そうに私に罵声を浴びせておいて、その様って何?恥ずかしいとか感じないの?』
「だから俺は…」
『取り敢えず、もうあんたには期待してないから。大体あんたがノロノロしてる内にややこしい事になって私も迷惑してるのよ。これからは後任の七海に任せるから、あんたは好きにしたら?』
「好きにって、だったら俺を元の世界に帰せ!!」
『馬鹿じゃない?脳に直接教えたでしょ、世界の不調が治ったら帰れるって。同じ事何度も言わせないでくれる?疲れるから。とにかくその子の邪魔しないように大人しくしてればいいのよ!!はい!終わり!!』
女神が言い切ると同時に石は光を失う、もとより謝罪の言葉は期待していなかった十六だが、想像を絶する仕打ちに目が点になり、その場に座り込む。
七海も七海で何か察する物があったらしく、終始気の毒そうな表情で十六を見つめている。「一緒に町まで行きませんか?」という彼女の提案に十六は力無く頷いた。