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鉄壁の家族はゴリゴリしています。

レティシア視点、一人称です。



「辺境の傭兵王!?」


 あ、引いた。

 ぱっちりした目をくわっと剥いて叫ぶアルフレド様に、ずんっと胸の奥が重くなる。

 父様のその厳つい二つ名を知っているということは、そのゴリラっぷりも知られていることだろう。


 ジャンクロード・マルテ・ヒースガルド侯爵ーーマルテ辺境伯領と、その隣地のヒースガルド侯爵領の領主であり、辺境の傭兵軍団を束ねる王国最強の男。国中にその勇猛さを轟かせるゴリラが我が父だ。


 国境を接する二つの隣国との外交と国防を担い、王国騎士が師と仰ぐほどの強力な傭兵集団を率いて魔物を討伐し、飛ぶ鳥を落とす眼光と片手で丸太を握り潰す強靭な肉体を持つゴリラが我が父だ。


 子供の頃に我が家に遊びに来た友達はもれなく、空気を読まず顔を出す父の眼光に、恐怖で泣きすぎて呼吸困難に陥ってしまう。そして泡を吹いてパタパタと倒れる幼な子と、泣いて謝る私を前に、『鍛え方がたりん。レティシアたんのお友達失格だな』とのたまったゴリラが我が父だ。

(そのトラウマが人見知りの原因である)


 ここまで冷静沈着な淑女を装って来たのに、父ゴリラの事を知られていては控えめに言って台無しです。ゴリラ付きの無表情鉄壁女など、いくらまっすぐに好意を向けてくれていたアルフレド様でも冷めるに違いない。


「なるほど……」

「ひぃっ」


 心底納得したような呟きに、思わず喉が引き攣れたような悲鳴を上げると、アルフレド様が両腕を組んでうんうんと頷きながら、さっきクズ男を殴り飛ばした時以上にスッキリした顔になった。


「だからレティは傭兵の兵法を学んでいるんだな?だから令嬢たちに指導したり、飛んできた剣を最小限の動きで叩き落とせたりできたのか!傭兵の技は極限まで無駄を省いてるって本当だったんだな!」


 裏のない褒め言葉が向けられて、だけど、その屈託のなさに逆に思わず猜疑心を抱く。それは私の罪悪側のなせる業。

 お腹の前で組んだ拳にひときわ力を込め、覚悟を決めて口を開いた。

 

「……怒らないんですか?」

「怒る?なんで」

「だって私、アルフレド様にも平民メイドのフリをしていました。アルフレド様も私が平民だって思ったから、仲良くしてくださっていたのでしょう?」


 自ら平民だとは名乗ったことはない。仕事場や名乗りから誤解を受けるだろうことを理解した上で、訂正しなかったというだけだが、それを確信犯と言うのだろうから。


「なのに実はアルフレド様を狙っていたご令嬢より高位の貴族で、そのくせ暗い場所に閉じ込められても怖がりもしない夜目の効きと可愛げのなさで、人見知りで無表情で鉄壁で、父親はゴリラだし、兄もゴリラだし」


 ゴリラ?と首を傾げながらも、アルフレド様は不安げに瞳を曇らせる私と視線をまっすぐに合わせてくる。すっかり目の慣れた薄暗さの中、僅かに拒絶をまとってみじろぎする私に少し悲しげに首を振り、慎重に言葉を選ぶようにゆっくり話し出した。


「確かに平民だと思ってたけど、俺も確認したわけじゃなかったから、レティのせいじゃない。俺が聞いていたら、レティはちゃんと答えてくれたと思うんだが」

「それは、はい。アルフレド様に隠す必要はありませんので」


 戸惑いながらも少し考え、出た答えに頷く。いつの間にか冷えてしまった指先に触れたアルフレド様の手が温かく、ほっとした私を見てアルフレド様が柔く笑んで、なんだか泣いてしまいそうだ。私はこんな、感情に振り回される性質ではないはずなのに。


「貴族でも平民でも関係ないと思っていたから、レティの身分は確認しなかった。逆に高位貴族であることを想定しなかった俺の未熟だ。レティシアの名は貴族令嬢らしいものだし、レティの立ち振る舞いは確かに高位貴族でもおかしくなかったのに」


 王城メイドには、低位貴族顔負けの礼儀作法が厳しく叩きこまれる。それこそ平民であっても遜色ないくらいに。

 アルフレドさまが、悲しげに灰銀色の眉を下げる。

 えっ、やだ。へにょって可愛い……と、空気も読めずにうっかり胸をときめかせてしまっていたのがよくなかった。


「結婚は個人だけの問題じゃないんだから、口説く前にちゃんと確認すべきだったなって反省してる」


 油断したところに突然の爆撃発言ーーええこの攻撃力は爆弾どころではありませんーーに、頭の中はどかんどかんと吹き飛ばされたように真っ白になる。


「結婚」

「え、なんで驚くの。結構わかりやすく口説いてたでしょ」

「けっこん……?」

「え、なに。レティも満更じゃなさそうだったのに、俺弄ばれてた!?」

「まんざら」

「え、俺の痛い勘違い?レートの姿になってもダメ?」

「レート…………はっ、そうだレート、ってきゃああああ!?」


 脳裏に天使が降臨したことで、真っ白な思考回路がようやく動き出す。そして、涙目で私の手を握っているアルフレド様とのゼロ距離に気付いて悲鳴を上げた。

 近い近い近い!なに!?なんでこんな体勢に?

 薄闇で濡れて光るアクアブルーの瞳が綺麗。ってそうじゃなくて!!


「レティ、お願い。俺と……」

「レティシアを離せ!」

「フゲェッ!!?」


 混乱の極みに陥る私の前から、内臓を吐き出さんばかりの風圧こえを残してアルフレド様の姿が消える。代わりに現れたのは太く低い声と暑苦しいまでの分厚い体躯を黒衣に包んだ男。


「無事か、レティシア?」

「無事か、じゃないわよこのゴリラが!!」

「ああ、元気だな」

「状況を確認せずにとりあえず殴るのは止めろって言ってるでしょう!!」


 現れたのはゴリラーーもとい、兄だった。

 いきなりアルフレド様を殴り飛ばしたことも許せないけど、ゴリラが!の罵声と共に一番柔いはずの頰を叩いたのにびくともしない、飄々とした無表情を見ると反射的に怒りが込み上げてきて、ついつい思い切り怒鳴りつけてしまう。


「アルフレド様は私を助けにきてくれたのよ!肝心な時に来なかったくせに、ゴリラ面しないで!!」

「そうか、すまない。ゴリラ面は生まれつきだが」

「大丈夫ですか!?アルフレド様っ!」

「うん、なんとか……」


 数メートル吹っ飛んだアルフレド様に駆け寄ると、体を曲げて横腹を押さえ、ぜぇぜぇと呼吸を整えながらの声でそんな返事が返ってきた。


「ほう……その細身で俺の一撃を喰らって無事とは」

「さすがに無事ではありませんが……」

「脳筋兄が申し訳ありません、あれで妹思いのつもりなんです」


 上体を起こすアルフレド様を支え、骨に異常がないかを確かめる。

 兄が感心したのも道理で、この程度のダメージで済むのは確かにすごい。腫れてはいるけど骨に異常はなく打撲だけだ。しなやかな体でうまくダメージを受け流したのだろうか。


「レティシア」

「なによ、言い訳でもするの?」


 名を呼んできた兄をじっとりとした目で睨みあげると、真面目な顔で諭される。


「レティシアはゴリラに対して当たりが強いが、彼らは森の賢者と呼ばれるほど知的で穏やかで尊敬すべき」

「兄が脳筋ゴリラで本当に申し訳ありません」

「だから俺はゴリラではないぞ。脳筋なのは確かだが」

「ええと、うん……俺も無遠慮に詰め寄ってごめん」

「いえ。私の方こそ」


 なぜかゴリラのフォローを始める兄を放って、アルフレド様に謝罪する。あっさりと許してくれるとは、なんてできた人なのだろうか。きっとそれも、私の兄が私を心配してとった行動だからなのだろうけど。

 トゥクンとときめく胸の熱と共に怒りが冷めてしまえば、それ以上大人げない真似はできないというもの。それにこれは外堀を埋めるチャンスでもある。


「……アルフレド様、兄を紹介させていただけますか」

「あ、うん!もちろん!」


 あら?気のせいか、ぴこんっとわんこ耳と尻尾が見えたわ。いや、アルフレド様は可愛い猫ちゃんなのだけど。





あと二話くらいでしょうか…

相変わらずの不定期ですが、七月中に完結したいと思います。

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