鉄壁メイドの正体は
ちょっと長めです
ゴタゴタ解決編
なんの反応もできず殴り飛ばされた男の体が、壁際に積まれた木箱に激突する。
(スッキリした)
そう思ったのはアルフレドだけではないようで、レティシアの顔も、なんなら飛んでいった男に駆け寄る騎士の顔までもがどことなく晴れ晴れしているような気がする。暗いからそう見えるだけかもしれないが。
「アルフレド様、お見事です」
「レティ、首の怪我はーー」
「おい、やめろ!!」
「うるさい!このまま終わらせてたまるか!!」
賞賛の言葉を受け、レティシアに駆け寄ろうとすると同時に、離れた場所が騒がしくなる。振り向くより早く、ひゅんと空を裂く音が聞こえて背筋がぞくりと冷えた。
「くらいやがれ、平民ども!!」
せせら笑う声は、もう一人の男のもの。
素早く振り返ったアルフレドの目に、まるでスローモーションのように、レティシアに向かって飛ぶ騎士の剣が見えた。
「レティ!!!」
考える間もなく、床を蹴ってレティシアに向かって跳ぶ。
ばくばくと弾む自分の心臓の音がやけに耳につく。
投げた男にそんな腕があるとも思えないのに、まるで奇跡のような軌跡でレティシアに向かう剣。だがそれを訝しむ暇もなく、ほとんど本能でレティシアを護るために体が動く。
目を瞠るレティシアも、迫り来る剣も、流れてゆく背景も、自身の体も。全てがもどかしいほどゆっくりに思えて。
研ぎ澄まされる感覚。視界の隅で、高笑いする男を拘束するベリアスが見えたがどうでもいい。
(もう、少しーー!!)
やっとのことで触れたその体を胸に抱きしめ、跳んだ勢いのままぐるりと体を反転させ、剣が飛んでくる方向に自分の背中を向ける。
しかし安堵する暇もなく、逆方向から迫っていた短剣と、それを投げた姿勢で愕然とする騎士の姿を、その視界に捉えた。
(ああ……また、油断した)
そんな後悔は一瞬。
(だからどうした)
レティシアを抱き込む力を強くし、咄嗟に盾にするため差し出した手のひらに、背中に、衝撃が来るのを覚悟して息を詰めた。
(レティシアを護るのに、問題はない)
がきん、と硬い物同士がぶつかる鈍い音。
身体に衝撃が伝わる。
「ーーーーっ………………ん?」
(痛く、ない……?まさか)
スローモーションのように感じていた世界が通常に戻り、そう気付いた瞬間に心臓が凍りついた。
「レティシア!?」
からからと床に転がる、長短二本の剣。
呆然として呟いた守りたい人の名。閉じ込めたまま強張った腕の力を緩められないアルフレドの背中を、硬質な感触がぽんぽんと優しく叩いた。
「大丈夫です」
胸の辺りから聞こえた落ち着いた声に、ようやく体の力が抜ける。
まるで自分のものではないように軋む腕を剥がし、急いでレティシアの全身を検分する。一見しただけでは、剣が刺さったような傷は見当たらないが、飛んできた剣も短剣も、
確実に当たる軌道だったはずなのだ。
「良かった、が……どうして当たってないんだ?」
「叩き落としましたから」
「叩き」
困惑して零した疑問に返ってきた、思いがけない言葉にフリーズする。
(叩き落とした?え、前後から二本飛んできてたのを、無傷で?待って、なんでベリアスあいつのこと拘束してんの)
「も、申し訳ありません!!剣を撃ち落とそうとして」
「アルフレド様の反応がなければ、短剣には気付かないところでした」
顔面蒼白になった騎士が、そう弁明しながら慌てた素振りで駆け寄ってくるが、レティシアはその弁明を切り捨てる。
(それは俺が抱き締めてレティの視界を塞いでいたから……あれ、じゃあ俺のしたことって邪魔?)
「そこで止まれ」
愕然とするものの、一旦落ち込むのは置いておいて、レティシアと騎士の間に立ち塞がった。
距離を空けて足を止め、丸腰であるのを示すために両手を上げて膝を床に突く騎士に、攻撃の意志はない。
(短剣は攻撃じゃなかったのか?ベリアスとかいうやつもだが、馬鹿共に剣を渡したし、そもそも俺は拘束されていたし……結局、敵なのか?馬鹿共を拘束もして、そもそもレティシアが警戒する様子はないのはなぜだ?)
次々に湧き上がる疑問にぐるぐるしながらレティシアを振り返ると、こちらを見上げていたレティシアがはっとしたように目を瞬き、アルフレドの傍から騎士の方に目を向けた。
「アルフレド様の反応速度が予想外だったのはわかりますが、その程度の対処方法しかなく攻撃させたのなら、考えが甘いと言わざるをえませんね」
「申し訳ありません!!」
(え、ほんとになにこれ)
なぜか作戦の講評をするレティシアと、なぜか上官を前にしたような態度で跪く騎士。
「なっ…………なんで、お前らが?」
「申し訳ありません!剣を奪われました!しかし、こいつの投擲の腕でああも見事に飛ばせるとは思いもせず!!」
背後から聞こえた声に反射的に振り返り、また困惑を深めることになった。
レティシアに従う騎士二人に、裏切られたと声を上げる男。それを捕縛しながら、必死な表情で弁解するベリアス。やはりあの見事な投擲はまぐれだったらしい。
「騎士の剣を私事に抜いたんだ。結果の問題じゃない」
まぐれだろうと結果叩き落とされてようと関係ない。人間としても騎士としても最低な行動には、きっちり処分を受けさせるとアルフレドは剣を回収しながら吐き捨てる。
「なっ、俺はそんなつもりじゃ……!」
「なにを甘いことを!メイドへの暴行どころじゃない、お前がしたことは殺人未遂だぞ!?」
愕然として抵抗もできない男が、蒼白のベリアスに怒鳴られ、初めて気付いたように目も口も見開く。
「ーーっ、だが、剣は当たってない!たかがメイドへのおふざけだ!」
「そんな言い分が通るなら、この国に騎士道はないな」
往生際の悪い言葉に、アルフレドは頭を左右に振って嘆息する。
(それに、『たかがメイド』が、飛んできた剣を平然と叩き落とせるわけない。そんなことにも気付かないのか)
凛として立つレティシアに目をやると、彼女は珍しく不満げな顔でアルフレドを見返してくる。
思わず首を傾げると、騎士によって捕縛されている二人の男にちらりと目をやり、次いでアルフレドの顔を見上げて瞳を和らげる。
「……たかがたかがと、あまりそう強調するものではありませんわ」
鉄壁メイドと揶揄されるトレードマークの無表情が嘘のように、レティシアの顔に明確な嘲りが浮かんだ。
「わかりやすいところだけを執拗に叩くのは、その他に敵うところがないことの証左でございましょうに」
「ぐっ……」
レティシアの皮肉に、男が唇を噛んで俯く。
無駄に高いプライドを叩き落として満足したレティシアは、レティシアのレア顔にぼーっと見とれていたアルフレドに向き直り、深々と頭を下げた。
「アルフレド様を巻き込んで申し訳ありません。この方達が『現行犯逮捕』のために『明確な加害行為の目撃』が必要だと仰るので」
「「ご協力ありがとうございますっ!!」」
「いや、え?なにそれお前ら」
レティシアに続いて、感謝の言葉と共に騎士の礼をとる二人。理解を越えて完全に呆けた顔をするアルフレドに、騎士の二人が拾った剣を鞘に納めながらため息をついた。
「だから、話聞けって言っただろ」
「この鞘の団章見せようとしただけなのに攻撃してくるし。鉄ぺ……レティシア様はすぐに気付いて対応して下さったのに」
そういえばそんなやり取りもしたか……と記憶をたどりながら、いやでも自分は悪くないと眉を顰め、文句を言いながら示された団章を見る。
「剣に手を掛けたら普通に攻撃するだろ。……蔓薔薇に鷲?これって、確かランベルド侯爵部隊の団章……え、なにお前ら殺気にも気付かないストーカーなのにエリートなの」
次期騎士団総長と評される、アスカローダ・ランベルド侯爵は叙爵間近のアルフレドにとっても雲の上の重鎮だ。そんな御大が指揮する部隊の隊員と言うなら、当然貴族でエリート中のエリートだ。
感心しただけだったのに気分を害したらしく、眦を鋭く上げて反論してきた。
「なんだよストーカーって!?名誉毀損で訴えるぞ!!」
「レティを攫ったし、こっそり新居も探ってたし」
「攫ったのはこのアホどもだ!俺らは潜入捜査でこいつらに追従するフリをしてただけ!今回レティシア様が標的になったのは偶然だったし、囮にしたのもっむぐっ!」
「わー!レティシア様!なんでもないですからね!?」
「誤魔化さなくてもいいです。兄様に私が捕まったのを報告したら、ちょうどいい、レティシアを囮にして現場がっつり押さえてこい。あいつなら丈夫だから……とでも言われたのでしょう。新居を探ろうとした理由も見当がつくわ」
「一言一句違わずバレた……隊長に、お嬢には内緒って言われてたのに」
がっくりと項垂れる二人。
しん、と静まり返った倉庫内。沈黙に耐えかね、更には直前の会話が示す事実に黙っていられなくなったアルフレドが、恐る恐る口を開いた。
「……あの、俺の勘違いだといいんだけど」
「なんでしょう?」
「レティのお兄さん……この人たちの隊長?」
「はい。城内警備を隠れ蓑に、特務を行う部隊の隊長職を賜っています。今回は現役騎士による婦女暴行の潜入捜査の指揮……特務の仕事ですね。……はぁ、捕まった時に言ってくれれば」
「「すみません」」
レティシアにじろりと睨まれ、二人は慌てて謝る。それから仕事に戻ると言い、捕縛した二人を担ぐように連行して倉庫を出て行った。
「アスカローダ・ランベルド侯爵がレティのお兄さん」
「はい。五人兄妹の一子と四子です」
質問と言うより、自分の頭を整理するために言葉を紡ぐアルフレドに、律儀に答えを返すレティシア。
「つまり、レティは貴族令嬢で……それも割と、高位の」
「ジャンクロード•マルテ•ヒースガルド侯爵が二女になります」
「辺境の傭兵王!?」
超大物の名に思わず目を剥いて叫ぶアルフレドに、レティシアは顔を曇らせた。
あとはくっつくだけ!(元も子もない言い方)
もう少しで終わります。前もそんなこと書いたような…




