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くらえ、猫パンチ(※鉄壁メイド会心のアテレコ)

誤字報告ありがとうございます!


「レティシア!」


 アルフレドの伸ばした手が虚しく空を切る。


「油断したなぁ、鉄壁ぃ!!」


 強引に引き寄せられて体勢を崩したレティシアの背後に現れた影は、にやにやと下卑た笑いを浮かべた、床穴の中で震えていたはずの男。


「レティシア!」

「おっと。危ねぇな」

「っ!!」


 今にも飛びかからんという勢いのアルフレドだが、レティシアの喉元に長剣が突き付けられるのを見て息を呑む。騎士の装備品であるそれに、どちらかが持ち主だろう騎士姿の二人を睨むと、鞘だけを腰に下げた一人が申し訳なさそうに眉を下げて「悪いな」と囁きつつ、背後からアルフレドの両腕を拘束してくる。

 その手際の良さと、先程ベリアスと呼ばれた騎士が穴に落ちたもう一人を助けるのを横目に見ながら、胸の奥から血が噴き出しそうな程の自分への怒りが込み上げた。


(確かに油断した……!敵意がないから敵じゃないとは限らないだろう!)


「クハッ!いい表情かおだな?さて、こっちは……」


 ぎりっと歯噛みするアルフレドに笑みを深め、男はレティシアの様子を窺う。


「……チッ、この状況でも『鉄壁』かよ」


 そして全く動じた様子のないレティシアにみるみる機嫌を悪くして舌を鳴らした。剣を持つのとは逆の手でレティシアの顎を掴み、憎々しげに視線を合わせる。


「お前には心底ガッカリだ。誰の誘いにも乗らない鉄壁メイドが、叙爵に釣られて平民に靡くなんて愚かなことを」

「愚かなのはどっち……っ」

「おっと。動くと切れるぞ」


 咄嗟に言い返そうとしたレティシアの首に強く刃を押し付けて、容赦なく言葉を封じる男の目は、暗闇でも異質なのがわかるほどに血走っていて。


「こんな平民のために感情を乱すのか?わかってない……本当にわかってないな」


 顎を掴んだ手に、ぐっと骨が軋む程に力がこもり、レティシアの瞳がほんの僅かに眇められる。その瞳に浮かぶ怒りに煽られて、男は次第に声を大きくして顔を近付けた。


「成り上がりの爵位になんの価値がある?大切なのは血統だ。脈々と受け継がれてきた尊い血なんだよ!」

「っ、」

「レティシア!!」


 男の持つ剣の刃が揺れ、首の皮を浅く切る。レティシアが僅かに眉を顰めた。血の匂いに気付いたアルフレドがかっとして叫ぶ。


「お前が悪いんだ、アルフレド!!」


 暗闇の中でぎらぎらと光る目と、剣先がアルフレドに向いた。


「たかが平民が調子に乗りやがって!!」


 怒りと共にぶつけられた言葉は心底どうでもいい。貴族である誇りにしがみついて、己の矜持を失いかけている男の言葉など、ようやくレティシアから剣先が離れたことの一分ほども価値などない。


(俺の叙爵はこれまで働いてきた結果に付いてきた名誉。それで一族や仲間を護れるならと喜んで受けたが)


 目の前の男やヘンレイから向けられた妬みを思い出し、今のこの状況に歯噛みする。


(…………色々考えるのは、後だ)


 もやもやする気分を振り払い、呼吸を整え、神経を研ぎ澄ませる。優先すべきは、未だ男に腕を掴まれたままのレティシアの安全の確保。

 穴から助け出された男は足を怪我して蹲っていて、それでもこちらに興味を向けている。レティシアを嬲ることは諦めていない様子に怒りで総毛立ちそうになるが、なんとか抑える。こちらに手を出す気配のないベリアスも油断はできないが、対応できるだけの距離がある。


 辺りに満遍なく気を配りながらも、視線はひたりと剣を持つ男に向け、注意を引く。自分を拘束する騎士は丸腰。

 さりげない動きでレティシアに退避のハンドサイン。傭兵のものであるそれにレティシアが気付くかどうか。


(いや、レティなら気付く。彼女が令嬢たちに教授したのは傭兵の兵法だ。間に合わせで作った罠のこともある。彼女の実家は魔物が出る、傭兵部隊が身近にいる辺境なんだろう)


 例え気付かなくても、レティなら隙を見て逃げるくらいはしてくれるーーそう確信し、アルフレドは矛先をこちらに向けるため、男に向かって口を開いた。


「……調子に乗った覚えはない」

「ふざけるな!俺たちを訓練だとボコボコにしておいて!!」


 反論してきたのは足を挫いた男の方。

 そんなのはお前らが弱いせいだろうと言いかけて、思い出した。

 この男、どこかで見覚えがあると思ったら。

 ついこの間更衣室でレティシアが男に泣き縋っていたという噂で下品な軽口を叩いていた軽薄な評判の悪い二人組だ。

 確かに訓練に託けてボコボコにした。私的な制裁行為だと、三日間の謹慎の原因になるほどには。


「…………ああ、あれはお前らだったか」

「はぁあ!?てめぇ、ふざけんな!!」


 本気で忘れていたのだが、それには目の前の男が激昂した。己が軽んじられるのが相当気に食わないらしい。

 ならば。


「治療費を出してもらえないと聞いて、治癒魔法代を俺が出してやったんだから、感謝して欲しいぐらいだが」


 つい先日ボコボコにした二人に傷ひとつないのは、アルフレドが騎士団の治療士に治癒魔法を依頼したからだ。

 正確に言えば、騎士団の管理下での業務や訓練での怪我なら治癒魔法代は騎士団持ちだが、私的制裁だったために認められず、ペナルティとしてアルフレドがそこそこ高額な治療費を全額負担した。


 きょとりと首を傾げてそう嘯くと、ぶちりと切れそうなほどに男のこめかみの血管が盛り上がる。


「てめぇ……っ」

「うわっ!」

「レティ……!?」

 

 男はレティシアを突き飛ばすようにして手を離し、勢いよく剣をこちらに向けて切り込んでくる。自分に向けられたそれを首を捻るだけで避けると、後ろからの慌てた声と共に拘束が外れた。

 それよりレティシアだと慌てて駆け寄ろうとしたアルフレドの目に、しかし華麗に体勢を立て直すレティシアの姿。その様子に思わず目を瞬くと、口端を少しだけ上げて得意げに笑う。


(なにそれ可愛い)


 思わず噴き出しそうになり、二撃目をしゃがんで躱した。


「出してもらえなかったんじゃねぇッ!!父様はいつも俺を守ってくれるんだ!!」


 喚きながら襲いかかってくる拙い剣戟を避け、様子のおかしい男に首を傾げる。そんな余裕があるほど、二人の実力差は明らかで。

 しかもレティシアのレアなドヤ顔を見たことでテンションも上がり、アルフレドの体も頭もいつもよりよく動いた。


(……なるほど。()()()()()出してもらえなかったと言ったつもりだったが、本当のところはそれだけではなさそうだ)


 思うに、普段から()()()()()()()()()出してもらえない立場だと指摘されたのだと勘違いしたのだろう。

 逆鱗に触れたかのような反応は、つまりそれが、図星だったからで。


「お前の父親が守ってるのは、お前じゃない」

「ッッ!!」


 だからこそ、自身の価値を叫ぶのか。

 他人を下げることで、自分が高みにでもいると思いたいのか。


()を守ってるだけだろう。……犯罪者おまえから」

「ーーっ、だまれ」


 子を思う親なら治癒魔法代ぐらいは出すだろうし、もっと言えばきちんと諫めたり注意したりするはずだ。それをせずただ揉み消すだけなのは、息子そのものには興味がないか、見放しているということ。

 弄ばれた被害者はどうなるのかと遺憾に思うが、それだけ平民メイドの立場は低い。平民を見下す考えが親ゆずりなのは間違いないだろうし。


「ああ、だから俺の叙爵が気に入らなくて、それに靡いたレティに暴行を」

「黙れぇぇぇぇぇえええぇ!!」


 思考を整理し、語りながら、アルフレドはまったく危なげのない最小限の動きで、男の攻撃を躱す。

 安全な間合いにいるレティシアと、なす術もなく見守っている残りの三人の気配にも油断なく気を配りーー


(ん?)


 ふと目に入ったレティシアからのハンドサインに、思わずニヤリとした。


(『やっちまえ』……か。本当に、このひとは)


「たかが平民が、たかが平民のくせに、てかあがっ!!?」


(ああ、もう。ほんとうに可愛い)


 顎に強烈な一撃を喰らい、男の体が吹っ飛んだ。




わかりにくいなと思ったら、悪役の名前が出てきてないからでした。他人に興味がない主役たち。


サブタイトルは最後の部分w

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