魔人7
隅田公園。
隅田川の東西両岸に整備された公園で、東岸側は墨田区立隅田公園で西岸側は台東区立隅田公園となっている。
墨田区側の公園は言問橋の南北のぞれぞれ200メートルほどで堤防の外側にあるが、台東区側の隅田公園は今戸から浅草まで南北に1,3キロほどもあり、こちらは堤防の内側となっているため川面を眺めることが出来る。
花藤は隅田川西岸の台東区立隅田公園でベンチに座り、コーラを片手に煙草を吹かしていた。
隅田川などデカいドブ川だと思っていたのだが悪臭は感じられなかった。
1960年代の隅田川の川面は油とゴミに覆われ、生活排水に工場排水までもが垂れ流しで余りにも酷い臭気で川沿いを歩くことすら苦痛で川沿いの住民は窓を開ける事すらできず、そのあまりに酷い悪臭は隅田川花火大会が1961年から中止になるほどだったという。
それ程の、今では想像もできないほどに酷かった悪臭も1970年代に入ると急速に下水道整備が進められ工場排水が厳格に規制され、花火大会が再会された17年後の1978年には水質もだいぶ改善しており、現在ではハゼ釣り大会なども催されているし、アユの遡上も確認されているらしい。
案内所で貰ったパンフレットに書いてあった。
まあハゼが釣れたところでこんな川で釣れた魚を食う気はしないけどな。
ベンチでタバコを吹かす花藤の前で水上バスがUターンしていた。
宇宙戦艦ヤマトに出てきそうな見た目で名前もエメラルダスというらしい。
もちろんパンフレットに書いてあった。
隅田川署の署長と会うにはまだ時間がある。
花藤はぼんやりと川面を見つめている。
幾度か視線を感じたがもちろん反応することは無い。
この様子なら待ち合わせまでにもう一人くらい殺せそうだ。
花藤の視線の端に二人の警察官が入ってきた。一人は40前後、もう一人は30手前といったところか。
周囲を見回すことも無く花藤から視線を外さずに近寄ってくる。
ただの警邏ではない、花藤が目当てなのは明らかだったが花藤は気にすることなく煙草を吹かしコーラを口にした。
二人の警察官が花藤の前で止まった。
「お兄さん、何してるの?」40前後が聞いてきた。
「ああ?」ようやく気が付いたとばかりに花藤が顔を上げた。
「見ての通りだ。何もしていない」
「煙草吸っているだろうが」30手前が口を挟んできたが年上に対しては些か横柄な言葉使いだ。
「あ?ああ、そうだな。コーラも飲んでいるけどな。欲しいか?」花藤が30手前に煙草を差し出しながら答える。
イラっとした表情を浮かべる30手前を40前後が抑えるようにして答える。
「いやあ、お兄さんここ禁煙なんだよね」
「禁煙?ここは公園だ」
「公園だからだろうが、いいからそれを早く消せよ」
咥えた煙草に対してなのか、花藤自身に対してなのかは分からないが、イラついた様子の30手前が指を差してきた。
「公園だから・・・?」
30手前を見上げ眉を顰める花藤に40前後が割って入る。
「イヤね、今はどこも禁煙でしょ?ここも禁煙なんですよ、そのパンフレットにも書いてありますよ。ほら子供もいるし・・・」
そう言われ花藤が周囲を見回すと確かに保母さんに連れられた幼稚園児たちが散歩していた。
花藤はコーラを飲み干し30手前に「おい!」と言われたところで空き缶に煙草を入れ、見せつけるように振った。
「申し訳ない」
花藤は素直に謝罪したが30手前の横柄さは変わらなかった。
「で、あんたここで何してるの?」
「煙草は吸ってないしコーラも飲んでないな」
40前後が落ち着けとばかりに30手前の肩に手を置いて、にこやかに花藤に聞く。
「お仕事は?」
花藤は思わず顔を伏せてニヤ付いた顔を上げて答えた。
「人殺しだ」
30手前は予想外の答えにまるで反応できなかったがさすがに40手前は違った、年の功とでも言うべきか。
「いやあ、身分証あるかな?免許証とかさ」
花藤は黙って財布を取り出しカードスリットに入っている自衛官の身分証を少しばかりずらしてやってから40前後に差し出した。
40前後は花藤の財布を受け取るが、これを見ろとばかりにずらしてあった陸上自衛官身分証明書を認めると、それ以上は何も確認せずに花藤へと返した。
「あの・・・申し訳ないです」40手前が花藤に謝り返す。
「レンタルビデオの会員証は作れないが」
自衛官の身分証には住所の記載がないのでレンタルビデオの会員証を作るのには使えないが、職務質問に対してならこれ以上にハッキリとした身元を示す証明書も無いだろう。
「いえ、その・・・」
40前後が踵を合わせてからまっすぐに伸ばした右手の指をこめかみに当て敬礼すると、花藤は指を伸ばした右手を額に当て答礼を返す。
「ご苦労様です」
40前後は応え、現状をまるで理解できていない30手前の肩を掴み去ろうとしたが花藤がそれを止めた。
「田中って知っているか?」
「はあ?田中ぁ?どの田中だよ」
状況をまるで理解できていない30手前がまたイキるように答えると40前後が抑えたが今度は突き飛ばすほどの勢いだった。
「隅田川署の田中部長ですか?」
「そうだ」
当たり前だ。見ず知らずの警邏警官にいきなりどこの誰かも分からない田中の事を聞くわけがない。30手前と違って40前後は多少は頭の回転が良いと見える。
「最近、失踪したと・・・」
「そうか、ありがとう」
花藤がそう答え頷くと二人の警察官は去って行った。




