第八十二話 魔都
平山三尉以下、五名が乗る民間徴用のフェリーは北海道は苫小牧港を出港し本州の東沿岸を南下し続け千葉県の房総半島を撫でるように進み外房から内房へと進み、東京湾へと入り東京湾岸の15号地、若洲へと着岸した。
若洲埠頭。
ここは沖縄や九州へと向かう民間フェリー船やロシアや北米からの木材、精製された化石燃料やセメント類などの輸送船が着岸する埠頭で、1キロ以上あるそこには自衛隊の実質的な小型空母である護衛艦いづもが接岸したこともある。
花藤達が乗る輸送船は若洲埠頭の最北にある民間フェリー会社に着岸した。
五人は16式機動戦闘車と軽装甲機動車に乗り込み東京湾岸地帯から朝霞駐屯地へと向かう。
川本の操縦する軽装甲機動車は花藤が思っていた方向とは逆に向かい花藤が訝しんでいるとその理由はすぐに分かった。
フロントガラスを二つに分ける装甲のある視界の悪い軽装甲機動車からでもトラス構造の巨大な建造物が見て取れたからだ。
川本二曹が運転する軽装甲機動車を先にして16式機動装甲車が続く。
どちらも時速100キロは出すことは出来るし、東名道や常磐道などの主要高速道路を走ることはあるが首都高速道路を走ることはしない。
間違っても事故など起こすわけにはいかないからだ。
仮に有事であったとしても自衛隊の車両が首都高速を走ることは無いだろう。その多くが高架構造の首都高速は強固な耐震構造が施されているとはいえ通行破壊程度ならばそれは容易であり、そうと成ればそこから出る事は難しくなるであろうからだ。
川本が運転する軽装甲機動車は東京環状八号を目指し東京ゲートブリッジを進む。
その存在を知ってはいたが初めて目にした花藤はさすがに驚き感嘆の声を漏らした。
「トラス構造でこんな・・すごいですね」
「羽田が空港が近いこともありま・・・あって・・・吊り橋構造では高さ制限が・・・」
川本が言いよどむ様に答える。
川本二曹は船の中での事を気にしているようだ。
面倒だな。花藤はそう思いそれ以上は口を開かない。
川本二曹の運転する軽装甲機動車は東京ゲートブリッジを渡り東京湾中央防波堤を走り抜き東京港臨海道路の海底トンネルを進み城南島へと出る。
あとは湾岸道路を西へと進み東京環状八号線へと入ったらひたすら北上するだけだ。
渋滞を考慮しても3時間はかからないだろう。
その僅かな沈黙にすら耐えられない川本二曹は環状八号線に入る前にたまらずに口を開いた。
「ああ・・・そのぅ・・えーと・・・」
花藤は川本二曹の顔を見て答える。
「私は陸士長です、川本二曹。ただ、名前で呼ばれるのは好きではないです。分かりますか?士長と言って下されば何の問題もありません」
分かっている。そりゃあそうだ、肩を外されて船の中ではその後、一言も話すことすらなく二日の船旅を終え、あとは3時間ほどこの軽装甲機動車に乗っていれば終わりだ。
五年以上、ほとんど会話をすることなく過ごしてきた花藤には3時間など一瞬だ。
だが川本二曹にはそうもいかないのだろう。
「あっと・・・そのぅ士長・・・」
「なんですか、川本二曹」
「あのう・・・士長はレンジャーの、教官だったので・・・?」
ハンドルを握り真正面を向いたままの川本二曹をみて花藤は軽く答える。
「ええ、そうです」
川本二曹は続く言葉を待つが花藤の言葉がそれで終わりだと分かると更に聞いた。
「私もレンジャーに挑戦したことがあるんです。鉄仮面と呼ばれる凄腕の教官がいると聞いたんですが、士長はご存じですか?」
「ええ、鉄仮面ね。聞いたことはあります。会った事はありませんが」
「そうですか、私はその鉄仮面に憧れてレンジャーに挑戦してみたんですが、まあそう上手くはいかなくて・・・」
「そうですか、ダメでしたか」
上手くはいかなかったと濁しては見た川本二曹の言葉を、花藤は無碍にへし折った。
黙ってくれればとの思いだったが川本二曹には通じなかったようだ。
「私も鉄仮面の下でならと思ったんですけど・・・」
「そうですか。レンジャーなんて努力次第ですよ」
花藤はそうは言ってみたが努力だけでは叶わずに身体の故障で諦めざるを得なかったバディを想う。
だが今はそれ以上その口を開かないで欲しい。その一心で答えた。もちろん川本二曹には通じない。
「レンジャー課程を修了した者達の中でも上位に立つのは鉄仮面と呼ばれる教官の下で鍛え抜かれた者ばかりだったそうなんです!私も彼の下でなら・・」
興奮気味に話す川本二曹の言葉を花藤は遮り言った。
「彼は部下を鍛えるのが上手かったわけではないです。ただ、見込みの無いものを切り捨てるのが上手かっただけですよ」
そう、平山三尉を切り捨てたように。
川本二曹は花藤の顔を見てすぐに前に向き直し聞いた。
「鉄仮面を知っているんですか?」
「知ってはいます。川本二曹は彼の名前を知らないんですか?」
「いえ、名前は知りません。噂だけです」
「そうですか、それは良かった」
川本二曹の運転する軽装甲機動車は湾岸道路を西に走り環状八号に入りその外回りを北上し始める。
「あの・・・士長・・」
花藤は窓を開け冷たい外気を車内に入れる代わりに外に向かって溜息をつく。
「ラジオでもあればいいですね」
「まさか!ラヴにラジオなんてないですよ」
そんなことは見れば分かる。民生車両がベースの高機動車などにはラジオやCDプレイヤーなどを装備した特注車両もあるにはあるが、この軽装甲機動車のような戦闘車両にはラジオどころかエアコンすらついていない。
花藤はかなりわかり易く、黙っていてくれと言ったつもりだったのだが、川本二曹にはやはり通じなかった。
「あの、士長の呪いって・・・まさか、そのぅ・・平山三尉の肩も・・?」
そうだな、我々は自衛隊だ、指示は分かり易くハッキリとせねばならない。万が一にも誤解されてはその行動が取り返しのつかないほどの失策と成る事もあるだろう。回りくどい言い方をする方が悪かったか。
「平山三尉の肩は外したりしていませんよ・・・」花藤の返答に川本二曹が言葉をかぶせてくる。
「ですよね!私はてっきり・・・」それに花藤は被せ返し、軽装甲機動車を操縦する川本二曹の横顔を見つめながら言う。
「私が肩を外したのは、川本二曹。あなたの肘を折ったらこれを静かに運転してくれる人がいなくなってしまうからですよ」
川本二曹は呆けたように口を開け花藤を見つめ返す。そして怖気を振るい前方を凝視した。
花藤はそれを見て窓を閉めてやる。
車内に再び暖気が満ちていった。
だがラジオくらい付けても良いだろうに。
そうだな、アレックスガウディーノのディスティネーションカラブリアがいいか。アレが聞きたい。
分かっている。自衛隊員にラジオなど必要ない。
それはラジオでは敵を殺せないからではない。自衛隊にそんな贅沢は必要ないという事だ。
そしてこういった戦闘車両のエアコンも敵は殺せないというわけだ。
もし日本が攻められるとしたらそれは真夏だろう。
だが川本二曹は黙ってくれるようになった。
花藤は窓から流れ行く東京の街並みを見ていた。
18年ぶりの東京だがあまり懐かしさは感じない。馴染みのない東京23区の東端、環状八号外回りを北上していたせいもあるだろう。
浅草に完成したというスカイツリーなる物を見てみたかったがまるで見えない。それほど高いものでは無いのか?
まあいい、明日には行くことになるのだ。それに今、あまり右を見る事は避けた方が良いだろう。川本二曹がまた何かを期待して話し始めるとも限らない。
花藤は窓から外を見続けた。
赤信号で止まると歩行者達が物珍しそうに視線を向けてくる。
軽装甲機動車の上部銃座の5.56ミリ機関銃や、16式機動戦闘車の同じく上部銃座にあるはずのM2重機関銃などは取り外されているが当然ながら16式機動戦闘車の52口径105mmライフル砲はそのままだ。目立つことだろう。
スマホを掲げてくる者も多い。
中には唾棄するような視線を向けてくる者もいるにはいるが、ほんのわずかだった。
子連れの男性がよく見えるようにと息子を抱え上げてやるとその男児は嬉しそうに手を振ってきた。
信号が青になり軽装甲機動車は発進するが花藤は微笑みを浮かべ男児に手を振り返してやる。
だが花藤はそこで異様な物を見て笑みは凍り付き手を止めた。
「川本二曹!止めろ!!」
「バカ言わないでください!路駐でもしろって言うんですか!?」
川本二曹は止まらずに加速を続ける。
花藤が見た異様な物は窓から流れ去り見えなくなった。
なんだ!?あれ、は・・・?
「川本二曹あれを見た・・見ましたか?」
「子供ですか?そういう士長は結婚は?」
「あ?ああ、いや・・・大丈夫です」
見間違いか?いや、確かにいた・・・。
・・・まさか、ここは日本なんだ。18年ぶりの東京に自分でも気が付かないうちに興奮していたのだろう。五年も一人だったのだ・・。それか俺は自分でも気が付かないうちに、あの小屋ですでに死んでいて別の世界に転生でもしたのかもしれないな。
花藤は自虐的に自分を納得させようとしたが無駄だった。
人見街道との交差点で再び赤信号で止まるとそれはまた、いた。
人々が珍しい自衛隊の軽装甲機動車と16式機動戦闘車に目を向けながらゆっくりと環八通りを横断していく中でソレは足早に、それでいて人々からは距離を取るように歩き去って行った。
見た目はスーツを着てコートを羽織る普通のサラリーマンと言った風で、思わず川本二曹を見るが彼には特に気を留める様子はない。
花藤はスマートフォンを取り出しすぐにメールを送った。
【調査、先行求ム】
そして電話を掛ける。
「この電話は現在電源が・・・」
やはり繋がらない。
メールを確認するが既読マークも付いていない。
田中、なんだあれは?
なぜ誰も気が付かない!?
あれは人じゃない。
花藤は確かに見た。
東京には、鬼がいる。




